意見書レジュメ 障害のある子どもの放課後活動の制度化について
事務局長 村岡真治
(1)放課後問題の経緯と現状
- 学校教育だけで、障害のある学齢児のニーズが充足されるわけではない。
- 現在、放課後活動団体(自治体独自施策などを活用)は500 ヶ所以上、児童デイサービスII型(学 齢児中心の児童デイサービス)の事業所は700 ヶ所以上存在。知的障害・自閉症を伴う子どもが多 い。設置状況は地域格差が大きく、箇所数も足らない。厳しい財政運営にあり、職員の身分保障や 労働条件は不安定。子どもの受け入れ人数が限界に達して、待機児が膨らむなどの問題も抱える。
(2)放課後活動制度化の必要性
- 児童デイサービス(1972年、自治体が簡便に設置できる通園事業として、障害のある乳幼児の療育 を進めるために始まる)は1998年、学齢児にも機能訓練などを実施することを想定して、学齢児の 利用が認められた。その後、児童デイサービスを活用した放課後活動が急増した。
- 2006年、障害者自立支援法の実施に伴って児童デイサービスは、見直しが行なわれた。学齢児中心 の児童デイサービス(II型)は、乳幼児中心の事業に戻すためとして、◎報酬単価を大幅に引き下 げる、◎当面は「経過措置」とするものの2009年3月で廃止する、などという問題が生じた。
- 私たちは、①児童デイサービスII型の報酬単価を障害者自立支援法実施以前の状態に緊急に戻す、 ②障害のある子どもの放課後活動の制度化を行なうことを厚労省に要望するほか、国会議員や関係 者への働きかけも積み重ねた。
- 2008年、「障害児支援の見直しに関する検討会・報告書」と「社会保障審議会障害者部会・報告書」 において、放課後活動の制度化が提起された。「放課後活動の制度化を求める国会請願」(署名数11 万8000 筆、紹介議員36 人)は衆議院・参議院で採択された。児童福祉法改正案(その後、廃案) でも放課後活動の法定化が提起された
- 2009年4月、児童デイサービスII型も報酬単価が一定程度引き上げられ、新規指定も認められた。 児童デイサービスII型は存亡の危機から脱した。だが、児童デイサービスは本来、乳幼児の療育の ための事業。障害のある子どもの放課後活動を新たに制度化する必要がある。
(3)放課後活動の役割
- 集団的な遊びや文化・スポーツ活動などを通じて、子どもが様々な経験を積み重ねたり、指導員や 他の子どもと関わり合ったりするなかで、子どもの成長・発達を豊かで確かなものにする。
- 通常の学童保育(放課後児童健全育成事業)において、障害のある子どもの受け入れがいっそう進 むことも重要。ただし、比較的障害の重い子どもや中高生のニーズに対応しきれない。
- 放課後活動の多くでは、地域の住民がボランティアやアルバイトなどの指導員として協力をしてい る。大人自身が、障害のある子どもやその家族が抱える問題を深く理解し、社会への橋渡しをして いくことも、インクルージョンの1 つだろう。
- 経済的な理由や単親家庭であるなどのために保護者が働かなければならない場合が急増している。 保護者のうち特に母親の心身の疲労が極めて著しいことが浮き彫りになっている。
(4)前提となる2 つの要望
- 放課後活動を、現行の児童デイサービスなどの枠組みにはとらわれず制度化する。保護者の負担を 軽減し、事業所の運営を安定化させるため、応益負担や日払い報酬の仕組みは導入しない。
- 「子ども部会」を設置し、障害のある子どもの問題が具体的に議論できるようにする。全国放課後 連からもメンバーの一員として出席させてほしい。
意見書
障害のある子どもの放課後活動の制度化について
事務局長 村岡真治
(1)放課後問題の経緯と現状
■学校教育だけではニーズは充足されない
障害のある子ども( ここでは、小学生から中高生などの学齢児) の放課後問題(通常の 放課後のほか、土・日曜日などの休日、夏休みなどの長期休業中における問題を含む)は、 特に1992年に学校週5日制が導入されて以来、大きくクローズアップされてきた。
だが、学校週5日制実施によって初めて、障害のある子どもの放課後問題が生じたわけ ではない。1979年に養護学校義務制が実施に移され、憲法に定められた義務教育が、障害 のある子どもにもようやく保障されたその時点( 東京においては1974年、障害のある子ど もの希望者全員就学が実現) から、放課後問題はすでに注目されていた。自治体独自施策 として補助金制度などを持つ都市部においては、その当時から、障害のある子どもを対象 にした放課後活動に取り組む団体が開設されてきている。「日曜学校」や「サマースクール ( 夏期休業中の活動)」などを実施する地域もあった。
つまり、学校教育の実施をもって、障害のある子どものニーズが完全に充足されたわけ ではない。学校週5日制の実施は、学校休業日の地域での「受け皿」をどう整備するのか という議論を切り口にして、障害のある子どもの放課後問題に対するニーズをいっそう顕 在化させた。「障害のある子どもの放課後問題には、大きなエアポケットがある」と指摘す る識者もいる。
■厳しい放課後問題の実態
現在、障害のある子どもを対象にし、自治体独自施策などを活用して、何らかの形態で 放課後活動を実施している団体は、全国で少なくとも500 ヶ所以上(1 万人以上の障害の ある子どもが所属) が存在すると推定される。また、国の制度にのっとった事業を実施す るものとして、およそ700ヶ所の児童デイサービスII型(障害のある学齢児を主な対象と した児童デイサービス) の事業所が存在している。
こうした放課後活動に参加している子どもの実態を概観すると、知的な障害のある子ど もが相対的に多くなっている。自閉症を伴う子どもも多くいる。多動やパニックなどの問 題を抱えた子どもたちの放課後問題に対する支援の必要性の高さの反映であろう。
だが、放課後活動団体の設置状況は地域間の格差が大きく、箇所数も足らない。場合に よっては、数十年前と同様に、家の中で1 人または母親と2 人きりで過ごす、友だちと遊 ぶ機会がほとんどない、などといった問題に直面している子どもも少なくない。
既存の放課後活動団体も、厳しい財政運営を余儀なくされ、職員の身分保障や労働条件 は非常に不安定である。また、子どもの受け入れ人数が限界に達していて、待機児が膨ら む一方だったり、子どもを週に数日しか受け入れられなかったりするなどの問題も抱えて いる( 添付資料:冊子『障害のある子どもの放課後活動の制度化に向けて― 全国アンケー ト調査から― 』[ 以下、「冊子」と略す] 7~ 16 ページを参照)
(2)放課後活動制度化の必要性
■学齢児中心の児童デイサービスの急増
もともと児童デイサービスは、知的や身体の障害のある子どもが通園施設( 法定施設) を利用することが困難な地域に、自治体が簡便に設置できる「心身障害児通園事業」( 障害 のある乳幼児を対象)として1972年に始まった。地域の実情に応じて柔軟に活用されなが ら、障害のある乳幼児の療育を発展させていった。
この「障害児通園事業」は、1990年の児童福祉法改正において、居宅支援事業の1 つと して児童デイサービス事業に位置づけられた。さらに1998年には、名称が「障害児通園( デ イサービス) 事業」と変更されるとともに、学齢児の利用にも道を開くなどの変更が講じ られた。この学齢児の利用については、放課後活動を実施するためというよりは、乳幼児 期から引き続いて機能訓練などが必要な子どもが当面、週に数回の個別的な訓練を受ける ような場合が想定されていた。
児童デイサービスはその後、2003年に創設された支援費制度のもとで、「在宅3 事業」 の1 つとして位置づけられるほか、平均利用人数による補助金算定の仕組みが導入される など、大きな転換を遂げていく。
以上のような経過が、障害のある乳幼児の療育にどのような影響を及ぼしたかについて は省略する。障害のある学齢児に関しては、1998年に学齢児の利用が児童デイサービスに おいて認められて以来、支援費制度の時期も通して、児童デイサービスを活用した放課後 活動が、当初の予想を超えて急増した( 例えば、愛知県ではこの時期に、学齢児を対象と した児童デイサービスが50 ヶ所以上も開設)。これは、障害のある子どもの放課後活動を 支える国の制度が存在しないため、代替的に活用できる児童デイサービスに“ しがみつく” ようにして事業を展開せざるをえなかったからであろう。
国も2005年、障害のある子どもの放課後活動の制度化を求める全国の自治体や関係者の 声に押されて、「障害児タイムケア事業」という補助金制度をいったんは創設した。これは、 補助額が低いなどの不十分さをもっていたものの、後述するような、障害のある子どもの 放課後活動の役割( ● 学齢児の発達への支援、●保護者の就労やレスパイト[ 心身の一時 的休息] への支援) を事業の趣旨として盛り込んでいた。
だが「障害児タイムケア事業」は、2006年に障害者自立支援法が施行されたことに伴っ て、地域生活支援事業である「日中一時支援事業」に吸収され、国の制度としては事実上 消滅してしまっている。
■存亡の危機に瀕した学齢児中心の児童デイサービス
障害者自立支援法は、応益負担や日払い報酬などの問題を障害者福祉の全分野にわたっ て持ち込むなど、大きな制度変更をもたらした。児童デイサービスについても、大きな見 直しがなされた。
学齢児を中心とした児童デイサービス( 学齢児が3割以上利用。「II型」) の見直しに限 っていえば、乳幼児中心の事業に戻すためとして、● 報酬単価を大幅に引き下げる( 従来 の7~ 8割、乳幼児を中心とした「I型」の5~ 6割。障害者自立支援法の関連事業で、こ れほど報酬単価が削減された類例はない)、● 当面は「経過措置」として存続させるものの、 2009年3月までで廃止する、● 日中一時支援事業への移行を奨励する、という重大な問題 が生じた。
だが、児童デイサービスII型の移行先とされた日中一時支援事業は、市町村事業として 位置づけられているため、条件において自治体間の格差が極めて大きい。また、これまで の日中ショートが横滑りして事業化されたものが多いため、報酬単価が総じて低い。事業 目的や公費水準の面で、児童デイサービスII型の移行先になりうるものではまったくなか った。
こうして、学齢児を中心とした児童デイサービスは、運営の困難と将来への不安とが一 気にもたらされ、存亡の危機に瀕することとなった。
私たち「障害のある子どもの放課後保障全国連絡会」( 略称「全国放課後連」。2004年結 成)は、① 児童デイサービスII型の報酬単価を障害者自立支援法実施以前の状態に緊急に 戻す、② 児童デイサービスII型の問題の根本的な解決のためにも、障害のある子どもの放 課後活動の制度化を行なう( 全国放課後連が結成以来掲げてきた要望)について、厚労省 に幾度となく要望した。国会議員や関係者への働きかけも積み重ねた。
■放課後活動制度化の提起
このようななかで2008年には、いくつかの変化が表われた。まずは、「障害児支援の見 直しに関する検討会」( 厚労省社会・援護局障害保健福祉部長主催の検討会) の「報告書」 (2008年7月) において、「子どもにとっては、放課後や夏休み等の時間を合わせると、 学校にいる時間や家庭にいる時間と同じ位になるなど、放課後や夏休み等の対応は重要な もの」「子どもの発達に必要な訓練や指導など療育的な事業を実施するものについては、 放課後型のデイサービスとして、新たな枠組みで事業を実施していくことを検討していく べき」などという記載がなされた(「冊子」34 ページを参照)。
また、社会保障審議会障害者部会の「報告書」(2008年12月)の「障害児支援」の項目 においても、「現在の経過的な児童デイサービスや日中一時支援事業について、放課後や夏 休み等における居場所の確保が求められていること等を踏まえ、単なる居場所としてだけ ではなく、子どもの発達に必要な訓練や指導など療育的な事業を実施するものは、放課後 型のデイサービスとして新たな枠組みで事業を実施することとすべきである」と記述され た(「冊子」34 ページを参照)。
さらには、全国放課後連が行なった「障害のある子どもの放課後活動の制度化を求める 国会請願」が2008年12月に衆議院・参議院ともに採択された。この請願は、半年間で11 万8000 筆もの署名が集まり、36 人( 衆議院26 人、参議院10 人)もの議員によって紹介 されたものであった(「冊子」33 ページを参照)。
2009年3月には、障害者自立支援法・児童福祉法改正案( 一括法案)が国会に上程され た( その後、衆議院の解散に伴って廃案)。この改正案は、応益負担や日払い報酬などの問 題を根本的に解決するものではなかったものの、「放課後等デイサービス」が新規に盛り 込まれた。障害のある子どもの放課後活動の法定化が明確にされた意義は大きい。
2009年4月からは、障害者自立支援法に関連する事業の報酬単価が改定された。児童デ イサービスII型についても、報酬単価が一定程度引き上げられた。また、2009年3月まで で廃止される予定が取り消され、それまでストップされていた新規指定も認められること になった。これらによって児童デイサービスII型は、存亡の危機からとりあえず脱するこ とができた。
だが児童デイサービスは、あくまでも乳幼児の療育を主目的にした事業である。「障害児 支援の見直しに関する検討会」や社会保障審議会障害者部会の「報告書」、国会請願採択、 児童福祉法改正案などによって明確になっているように、学齢児の放課後活動の制度化が 早急に実現されなければならない。
全国放課後連ではこの機会に、障害のある子どもの放課後活動について、現行の児童デ イサービスなどの枠組みにはとらわれず、新しい枠組みで制度化することを要望する(添 付資料:『放課後活動の制度化に向けて―議論の整理( 案)』[ 以下、「議論の整理( 案)」 と略す] を参照)
(3)放課後活動の役割
■子どもの成長・発達を豊かで確かなものにする
障害のある子どもの放課後活動の役割の1 つは、子どもの成長・発達を支援することに ある。学校教育とは異なって放課後活動では、子どもの成長・発達の課題に長期にわたっ て継続的に取り組みつつ、集団的な遊びや文化・スポーツ活動などを通じて、子どもが様々 な経験を積み重ねたり、指導員や他の子どもと関わり合ったりすることができる。そのな かで子どもは、自らの成長・発達を豊かで確かなものにする。
特に思春期にさしかかった子どもが激しいパニックなどを頻発させる場合もある。こう した問題を乗り越えていく力を子ども自身につけていかなければ、保護者の養育困難が限 界に達したり、その子どもの将来の進路や生活に重大な支障をきたしたりする。
こうした継続的で集団的な活動を重視することは、個別的な指導と比べて、専門性や指 導員の配置基準が低くてもよいことを意味するわけではない。放課後活動においても、子 ども1 人ひとりの成長・発達の課題を丁寧に把握することが必要となる。それに応じた活 動を、他の子どもや大人の状況も同時に把握しながら、集団的な関わり合いとして具体化 することが重要となる。
■大人も社会への橋渡しをする
私たちは、通常の学童保育( 放課後児童健全育成事業) において、障害のある子どもの 受け入れがいっそう進むことも重要な課題だと考える。ただし、通常の学童保育では、比 較的障害の軽い子どもや小学生は対象になっても、比較的障害の重い子どもや中高生のニ ーズには対応しきれない。そのためにも、障害のある子どもを対象にした放課後活動の制 度化が求められる。
なお、インクルージョンの課題は、障害のある子どもと、障害のない子どもの交流だけ に限定されない。障害のある子どもを対象にした放課後活動の多くでは、地域の住民がボ ランティアやアルバイトなどの指導員として協力をしている。学生や新任教員の実習先と して機能している団体も存在する。大人自身が、障害のある子どもやその家族が抱える問 題を深く理解し、社会への橋渡し役を果たしていくことも、インクルージョンの大きなテ ーマの1 つであろう。
■保護者の就労やレスパイトを支援する
障害のある子どもの放課後活動のもう1 つの役割は、保護者の就労やレスパイト(心身 の一時的な休息) などへの支援を行なうことである(「冊子」21 ページを参照)。 現在の社会的な状況を反映して、経済的な理由で両親が共に働かなければならない場合 や、単親家庭であるなどのために保護者が働かなければ生活が成立しない場合などが急増 している。
また、1990年代から全国各地で実施されてきている、障害のある子どもの介護者の実態 調査では、保護者のうち特に母親の心身の疲労が極めて著しいことが浮き彫りになってい る。なかには、障害のある子どもへの対応だけではなく、家庭に高齢者なども同居してい て、そうした人への介護も行なわなければならない場合もある。
どのような障害のある子どもでも、日常的に安心してあずけることができる場が整備さ れ、その保護者が、障害のない子どもの保護者とまったく同様に、就労や心身のリフレッ シュをはかることができるようにしなければならない。
(4)前提となる2 つの要望
全国放課後連では現在、障害のある子どもの放課後活動の制度化を進めるため、全国ア ンケート調査( 2009年9月~ 10月。児童デイサービスII型の事業所345 ヶ所、その他の事 業所164 ヶ所から有効回答。「冊子」28・29 ページを参照)、会議の開催や意見の募集(「議 論の整理( 案)」を参照) などを行なって、全国の状況や要望の把握に努めている。 ここでは、障害のある子どもの放課後活動の制度化を具体的に検討していくために、前 提となる事柄として、次の2 点を要望したい。
- 障害のある子どもの放課後活動を、現行の児童デイサービスなどの枠組みに はとらわれず、放課後活動の実践にふさわしく継続的で集団的な活動が実施 できるように、新しい枠組みで制度化する。そのときには、保護者の負担を 軽減し、事業所の運営を安定化させるため、応益負担や日払い報酬の仕組み は導入しない。
- 障がい者制度改革推進会議に「子ども部会(仮称)」を設置し、障害のある子 どもの放課後活動の制度化の問題を含む、障害のある子どもの問題が具体的 に議論できるようにする。そのときには、全国放課後連からもメンバーの一 員として出席させてほしい。