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資料1

「障害を理由とする差別の禁止に関する法律の制定等」に関する差別禁止部会の意見(部会三役の原案5)(各論後半)【教育、商品・役務・不動産、医療、国家資格、婚姻・妊娠・出産・養育】

第6節 教育

第1、はじめに

1、教育における差別の禁止

 障害者権利条約は「教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、あらゆる段階のインクルーシブ教育制度及び生涯学習を確保する(第24条第1項)」としている。*1
 このように教育について、条約上「この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現する」ためにインクルーシブ教育制度が確保されなければならないとしており、教育の分野において差別が禁止されることが前提とされていることに留意しなければならない。

2、一般教育制度からの排除等の禁止

その前提に立って、同条2項は、次のことを確保するとして、
 1)一般教育制度から排除されないこと、*2
 2)自己の生活する地域社会において、初等教育の機会及び中等教育の機会を与えられること、
 3)合理的配慮が提供されること、
 4)必要な支援を一般教育制度の下で受けること、
 5)完全なインクルージョンという目標に合致する効果的で個別化された支援措置がとられること
 の5項目をインクルーシブ教育制度の在り方として規定し、さらに同条3項は、障害者が地域社会の構成員として教育に完全かつ平等に参加することを容易にするため、最も適切な言語、コミュニケーションの形態及び手段による盲人、ろう者又は盲ろう者に対する教育等を締約国が確保するとしている。

第2、分離排除から統合教育へ、そしてインクルーシブ教育

1、統合教育

 障害者の統合教育に向けた先駆的な法制度として、アメリカの全障害児教育法(現在、障害をもつ個人の教育法The Individuals with Disabilities Education Improvement Act of 2004)を挙げることができる。
 その法律には「公立や私立の教育機関、その他介護施設にいる障害をもつ子どもたちを含めて、障害をもつ子どもたちが、最大限適切であるように、障害をもたない子どもたちと一緒に教育される。特殊学級、分離による学校教育、又はその他通常の教育環境から障害をもつ子どもたちを移動することは、追加される援助やサービスの利用をもってしても、子どものその障害の性質や程度によって、教育目的を達成しえない場合に限定される(20USC§1412)」という規定が設けられている。
 ここでは、限りなく統合された環境での教育が求められたので、統合教育という言葉で象徴されるが、世界の教育界では次第に障害者だけではなく、万人のための教育という視点から、インクルーシブ教育という考え方に発展していった。

2、ユネスコ「サラマンカ宣言」

 インクルーシブ教育という考え方を、はじめて、国際的に認知したユネスコの「サラマンカ宣言」(1994年)では、通常学級以外に就学する場合の要件として「特殊学校-もしくは学校内に常設の特殊学級やセクション-に子どもを措置することは、通常の学級内での教育では子どもの教育的ニーズや社会的ニーズに応ずることができない、もしくは、子どもの福祉や他の子どもたちの福祉にとってそれが必要であることが明白に示されている、まれなケースだけに勧められる、*3 例外であるべきである。」とされている。

3、インクルーシブ教育

 障害者権利条約にあるインクルーシブ教育システムは、上記のような経過を踏まえたものであるため、特別学校における教育は原則としてインクルーシブ教育とは言えないことを前提として議論がなされた。

4、日本における原則分離の教育

 一方、我が国は、障害の種類と程度によって定められた基準に該当する場合には、原則として特別支援学校に就学先を決定する仕組みになっていることから、少なくとも、先に述べた障害者権利条約第24条の第1項及び2項に抵触していると言わざるを得ない状況である。そこで、本法においても、この条約を踏まえて、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第3、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

1)入学の拒否、条件の付与

 教育の分野においては、障害があるとして地域の小学校に入学が認められず兄弟姉妹とはわかれわかれになるといった事例、保護者が一日中教室に付き添わなければ入学を認めないとされた事例、他の児童生徒に介助を求めない等の確認書に捺印しなければ就学通知を出さないとされた事例など、入学を巡る事案は多数存在する。

2)授業や学校行事への参加制限

 地域の学校に入学はできたものの、障害を理由に、たとえば、希望しない特別支援学級に籍を置かれたり、プールに他の児童、生徒と一緒に入れなかったり、調理実習、運動会は見学するだけであったりなど、特定の授業に参加できないとされた事例、遠足に保護者が同行しないと参加できなかったり、参加できたとしても見学コースに一緒に行かずにバスで待機しなければならないといった事例、さらには保護者の同行なしには修学旅行には連れて行ってもらえないといった事例もある。

 したがって、教育の分野において差別が禁止されるべき事項は、入学、学級編成、転学、除籍、復学、卒業に加え、授業、課外授業、学校行事への参加など、教育に関するすべての事項である。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 教育分野において、差別をしてはならないとされる相手方としては、学校教育法第1条に定められている学校、すなわち、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校の設置者(同法第2条)である。
 なお、教育機関ではあるが上記に該当しない設置者により設置された幼稚園、認定子ども園、専修学校、各種学校、職業訓練校、予備校、私塾、または、教育機関には位置づけられないが同世代の子どもたちを対象とした保育園について、本法における教育の分野の対象とするか、【役務】【雇用】の分野で対応するのか、整理が必要である。

第4、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 先に述べたとおり、教育の分野においては、入学、学級編成、転学、除籍、復学、卒業に加え、授業、課外授業、学校行事への参加に関して、障害又は障害に関連した事由を理由とする区別、排除または制限その他の異なる取扱いは、不均等待遇として禁止されるべきである。
 ただ、人生の岐路にあってその選択に責任を持てるのは、本人もしくは本人にもっとも身近な関係者であるべきであるので、特に教育の分野においては、本人・保護者が望まない場合を不均等待遇の前提にすべきである。
 したがって、たとえば、入学に関して言えば、障害者または保護者が学校等の教育機関への入学を求めたにもかかわらす、障害を理由に拒否することは、不均等待遇として差別に該当することになる。障害者又は保護者が特別支援学校への入学を希望する場合もあるが、これは不均等待遇には当たらない。

2、不均等待遇を正当化する事由

 総則で述べたとおり、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、当該取扱いがやむを得ない場合には、不均等待遇を正当化する事由があるとして、差別の例外となる。
 もっとも、教育の分野において、当該取扱いがやむを得ないと言えるためには、学校及び学校設置者等が合理的配慮を尽くしても障害者の教育目的を達成しえない場合でなければならない。
 それは、先の述べた「障害をもつ個人の教育法」にあるように「追加される援助やサービスの利用をもってしても、子どものその障害の性質や程度によって、教育目的を達成しえない場合」あるいはサラマンカ宣言にあるように「通常の学級内での教育では子どもの教育的ニーズや社会的ニーズに応ずることができない、もしくは、子どもの福祉や他の子どもたちの福祉にとってそれが必要であることが明白に示されている」場合だけに限定されている趣旨と同じである。

第5、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、過度の負担が生じる場合にはその不提供に正当化事由があるとして差別禁止の例外となることについては、総則において述べたとおりである。

2、この分野で求められる合理的配慮の内容

 合理的配慮は、その状況に応じて個別的に判断されるものではあるが、教育の分野に求められる合理的配慮としては、障害者が、授業や課外活動等の教育活動に完全に参加するために教育方法や内容を変更したり、調整したりすることが求められる。たとえば、授業等に関して、

1)障害特性に適応した情報伝達手段を用いた授業
2)障害特性に適応できる態様の授業
3)障害特性に応じて利用可能な形態の教科書、教材の提供
4)利用可能な物理的環境の提供
5)必要な人員の配置
6)その他必要な変更及び調整

などをあげることができる。

 特に、1)については、点字、拡大教科書及びデジタル教科書等の個々の障害に応じた教科書や教材の提供がある。また、手話での教授や手話通訳者又は要約筆記者の配置等もこれに含まれる。
 また、2)は知的障害や発達障害のある児童、生徒及び学生について、授業の内容をわかりやすく構造化して示したり、使いやすい教材の工夫が求められる。
 以上のほか、試験では、試験時間の延長をしたり、筆記が難しい場合には解答欄を大きくする、パソコンで試験を受けられるようにする等が必要になる。特に、入学試験については、個別の障害に応じて合理的配慮が提供されるべきである。
 なお、教育における合理的配慮は、障害者本人に提供されるものだけではなく、保護者に障害がある場合も含むべきである。とりわけ、子どもの授業参観や学校行事に参加できないことがあれば、その子どもに対して教育的な影響があるからである。

3、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 合理的配慮を提供することが過度の負担であると認められる場合、これを提供しないことに正当化事由があることになり、差別の例外に当たることになる。
 その際、特に義務教育においては、そもそも、その条件整備はこれを提供する側の責務であること、合理的配慮がなければ、実質的に誰でも保障される義務教育の機会が十分に保障されないことに鑑みると、その例外は極めて限定的である必要がある。
 また、義務教育に関して、私立学校については私学助成として公的な助成が行われており、過度な負担であるかどうかについての判断は、これを踏まえたものであるべきである。

第6、その他の留意事項

1、合理的配慮の実現のプロセス

 合理的配慮の実現に関しては、学校設置者が、障害者または保護者の求めに応じて、必要な変更や調整を行う義務を負うことになるが、具体的には、関係者による話し合いを経て、内容を決定するのが妥当である。

2、内部的紛争解決の仕組み

 教育行政の現状においては、司法救済や行政不服制度以外の救済の仕組みがないため、障害者及び保護者と学校及び学校設置者と意見が一致しない場合に、調整するための機関は設けられていない。
 意見が一致しない場合でも、まずは、内部的な解決が望まれるが、障害者及び保護者が学校に対し対等な立場で意見を述べる事が困難であるという点に鑑みると、障害者及び保護者の立場を支援する第三者が参加しながら意見の調整が図られる仕組みが必要である。

3、高校進学

 高等学校への進学率は98.1%であると言われており、実態的に義務教育と同様になっていることから、知的障害者も高校での教育の機会が保障されるべきである。
 定員を満たしていない高校も存在している現状を考慮すると、知的障害者の高校進学の機会をどう確保していくかについて、政府において検討し、必要な措置を取ることが求められる。

(脚注)

*1 外務省の仮訳文では「inclusive education system」を「障害者を包容する教育制度」といった言葉で表現しているが、以下、ここでは「インクルーシブ教育制度」を訳語として使用する。

*2 外務省の仮訳文では「the general education system」を「教育制度一般」と訳しているが、以下、ここでは原語そのままに、特別教育制度に対する「一般教育制度」を訳語として使用する。なお、この点に関する文部科学省の「general education system(教育制度一般)の解釈について」は、http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1299375.htmを参照。

*3 UNESCO. The Salamanca Statement and Framework for *3 Action on Special Needs Education. 1994.(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所訳)

第7節 商品・役務・不動産

第1、はじめに

 現代社会において、商品を購入し、役務の提供を受け、または不動産を賃借することなくして、日常生活や社会生活を送ることは困難である。障害者権利条約は、これらの点について保険の契約以外については直接言及はしていないが、条約上は、これらの性質から見て、あらゆる生活分野における差別を禁止する総則規定の適用が想定されている。
 本法においても、このような日常生活や社会生活におけるこれらの意義に照らせば、本法においてこの分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

1)商品の売買

 商品を巡って差別が禁止されるべき事項としては、たとえば、知的障害者がひとりで買い物に行った場合の「親を連れて来ないと売れません」といった日用品の売買利用の拒否とか条件を付けるなど、商品の売買に伴う契約やその履行にかかわる事項である。

2)役務の提供

A)役務の提供を巡っては、具体的な事案としては、その多くが店舗や施設の利用と一体となって提供される場合が多いため、【公共的施設や交通機関の利用】の分野と重なる事例が多い。ただ、たとえば、生命保険のように広い意味での役務の提供にかかる契約など、公共的施設や交通機関の利用とは重ならないものも含めて、役務の提供の分野で差別の禁止が求められる事項は、役務提供にかかる契約やその履行にかかわる事項である。

B)また、国や地方公共団体による公共サービスも、ここでは、役務の提供として位置付けられる。行政による公共サービスとは、行政が国民一般、住民一般に提供している諸種のサービスであり、有償の場合に限られない。
 たとえば、地方公共団体による保健活動の一環として提供される健康診断であるとか、予防接種の機会の提供、夏休みの住民向けの催し物、災害時の避難訓練の機会の提供、行政主催のカルチャーサークル、税務署による税務相談サービスで、国が行う職業安定策としての職業訓練等、様々なものがある。
 このような公共サービスの分野で差別の禁止が求められる事項としては、公共サービスの手続きとその利用にかかわる事項である。
 なお、公共サービスに必ずしも含まれない行政機関の活動についても、検討が必要である。

3)不動産の利用

 不動産の利用において最も問題となるのは、住まいの場の確保としての賃貸借の場面であり、不動産売買については、商品の売買として検討すれば足りる。なお、公営住宅については、先に述べた行政による公共サービスであって、民間住宅の賃貸借契約とは法的な性格に違いがあるであろうが、住宅の確保にかかる問題という面では同様であるので、ここに含めて考察すべきである。
 そうすると、差別の禁止が求められる対象事項としては、賃貸借や公営住宅の入居の募集、賃貸借契約や公営住宅の利用契約及びその継続に関わる事項である。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 相手方の範囲については、対価を得て商品の販売や役務の提供を行う民間事業者と有償、無償を問わない公共的サービスを提供する国や地方公共団体に分けて次のように整理すべきである。

1)対価を得て商品を販売し、又は役務を提供し、もしくは不動産を賃貸する事業者

 例えば、対価を得て商品を販売し又は役務を提供する者には、日用品を販売する商店経営者、ホテル、旅館などの宿泊施設を経営する事業者、銀行、保険会社等の金融業者、娯楽またはレクリエーション施設や食堂、レストラン、喫茶店などの飲食関係の事業者等が含まれる。

2)公共サービスを提供する国または地方公共団体

 この場合、具体的には、当該公共サービスを提供する権限を有する国または地方公共団体の担当部局である。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 不均等待遇について総則で述べたことが、この分野でも適用されるべきである。したがって、本法において、先に述べた事項に関して、障害及び障害に関連する事由を理由とする不均等待遇が禁止されることを明記すべきである。

2、不均等待遇を正当化する事由

 不均等待遇に該当した場合においても、総則で述べたように、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、当該取扱いがやむを得ないとされる正当化事由がある場合においては、この分野においても、不均等待遇の例外として許容されることになる。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、過度の負担が生じる 場合にはその不提供に正当化事由があるとして差別禁止の例外となることについ ては、総則において述べたとおりである。

2、この分野で求められる合理的配慮の内容

 この分野で差別が禁止されるべき事項は、多様で幅が広いので、合理的配慮の内容も様々であり、それぞれの場面と障害の種別や程度に即して、検討されなければならない。
 その中で、たとえば、銀行口座の開設や預金の引き下ろし、保険の契約などにおいて「視覚障害のため本人が記入できないので郵便局の職員や銀行員に代筆を依頼するが、断られる。」といった事例がある。この場合本人の意思確認のための代替的手段として、契約時の本人の意思確認のために契約状況をビデオ撮影してCDなどに保管しておくことなども考え得るところであり、他にも複数の職員による確認などがあり得るのであるから、何らかの代替手段を合理的配慮として提供すべきである。
 また、不動産の利用においては、「民間住宅の賃貸契約において、スロープの設置や台所の改造について家主が承諾をしないために契約できなかった。」という事例が数多く挙げられている。このような場合、承諾をすることが合理的配慮となる。もっとも、この場合、借りる側で費用を負担するという前提であり、賃貸人側に設置の費用を求めるものではないので、合理的配慮とは異なるようにも思われるが、そのような造作の設置は、自己の所有物に何らかの変更が加わるのを受忍することになり、そういった負担を伴う合理的配慮であると考えることができる。

3、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 合理的配慮の提供が過度の負担を生じる場合は、これを提供しないことは差別には当たらないとされることは、総則で述べたとおりである。
 この過度の負担という場合には、経済的負担のみならず、業務遂行に及ぼす影響の面では、合理的配慮の提供により、業務遂行に著しい支障が生じるのか、提供される機会やサービス等の本質が損なわれるかどうかが判断されなければならないとされている。
 その点で、たとえば、「障害特性からクラシックコンサートの最中に会場で大声を上げてしまった場合に、当該サービスの提供に不可欠な静謐さを保つために会場内で鑑賞することを拒否された。」といった事例において、例えば個室を用意し、設置されているモニターを通じてコンサートを鑑賞する方法等もひとつの合理的配慮の方法として考え得るのであるから、他の代替的な手段の存在も踏まえたうえで、業務の本質を損なうものであるのか否かが問われなければならない。

第5、その他の留意事項

 公営住宅の単身入居に係る資格制限については、法令上の欠格条項の見直し(「国家資格」参照)の一つに位置づけられ、63制度にわたる見直しの結果、旧公営住宅法施行令では、本人が必要な介助や援助が得られるなら単身入居が可能として入居資格の制限に対する緩和措置がとられた。
 ところが、この点については、地方自治体に委ねられることになり、現状は国の見直しで到達したその水準からも大きく後退した自治体もある。
 地方公共団体の募集案内の中には、単身者で入居する場合には、公的介護を受けられていても、自らの力(すなわち、介助なし)で、食事やトイレ等の自活要件(一人暮らしができること)が必要とされ、そのため、自活要件の有無を確認するために申し込み者との面接を行う条件が付けられている事例が各地でみられる。
 公営住宅の入居は、地域で暮らすための前提となる重要な課題であることから、入居資格に「自活要件」を求めることは地域生活を妨げる要因となり、障害者権利条約の趣旨にもとる結果ともなっている。
 そもそも、障害者の中でも重度の障害者は家族を形成する機会に恵まれないだけでなく、低所得の場合が多いため、障害のない者、あるいは障害者の中でも比較的軽度の障害者と比較すると世帯を形成する割合はかなり低いと思われる。
 高齢者や障害者の場合には単身入居が特別に認められているとはいえ、世帯用の住居の数に比較すると圧倒的に少ない特例的な施策であり、基本を世帯単位として制度設計すること自体が、先に述べた状態にある重度の障害者の住宅ニーズを排除しているとも言える。
 かような状況において、特例的に認められる単身入居の枠からも自力で身の回りのことができない者(たとえ、公的介護を受けて民間のアパートで一人暮らしをすることが可能な者であっても)を排除する入居資格の設定は、各地方公共団体において、見直しも含めた検討が求められる。

第8節 医療

第1、はじめに

 障害者権利条約は「障害者は障害を理由とする差別なしに到達可能な最高水準の健康を享受する権利を有することを認める。」として、この分野で差別があってはならないことを前提としたうえで、締約国に対して「他の者と同一の質の医療(例えば、情報に基づく自由な同意を基礎とした医療)を障害者に提供するよう要請すること。」などを求めている。
 そもそも、医療分野は【役務】の提供の一つではあるが、国民の生命と健康に関わるものであるので、医師等の高い専門性を有する者だけに独占を委ねられた分野である。
 したがって、この独占は、市場原理だけからは導きだされることのない適正な医療水準で医療を提供するという公的責任を伴うものである。医師法自体が診療拒否を原則否定しているなどの特性があり、私的自治を前提とする一般の【役務】の提供の分野とは異なる。そこで、本法においても、医療は独自の分野として、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 障害者は、障害があるというだけで診察を拒否される、診察にあたって介助者や保護者の付添を求められる、逆に手話通訳者の同席を認めない、十分な説明なく治療されたり入院させられたりする等の扱いを受けることが多い。
 このような扱いにより、必要な医療を受けることができず、症状が悪化するだけではなく、命の危険につながるなど、深刻な状況に陥ることもある。他の者と同質・平等な医療を保障するためには、こうした現状を改め、障害に基づく差別は禁止されなければならない。
 したがって、この分野で差別が禁止されるべき事項は、医療の提供に伴う受付手続き、診療、医療行為、施薬、入通院管理、治療後の訓練、それらに必要な情報の提供などに関わる事項である。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 生活の中で医療に関連する場面を考えると、病院の受付や診察、ドラッグストアの薬の販売など、多岐にわたる。しかし、【役務】の提供の中で医療分野に特化した規定を設ける以上、医療の独占が許されている医療機関(病院、診療所、薬局)に限定すべきである。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 先に述べたように、障害者は、診療を拒否されたり、介助者や保護者の付添を求めるといった条件を加えられたり、十分な説明なく治療されたり入院させられたりする等の扱いを受けることが多い。また、一般的には入院の必要がないのに、安易に入院させる場合がある。これらは、障害及び障害に関連する事由を理由とした異なる取扱いに該当することになる。
 そこで、医療分野における不均等待遇の禁止においては、障害及び障害に関連する事由を理由とした以下の行為について明記することが妥当である。
1)医療の提供を拒むこと、医療の提供に当たって条件を付すこと
2)一般に提供されるインフォームド・コンセントなしに医療を提供すること
 すなわち、個々の医療行為について、インフォームド・コンセントの原則を履践すべきことは、医療一般の原則とされているところであるから、他者と同質・平等な医療を保障するという観点からインフォームド・コンセントなしに強制的な医療行為を行うこと
3)地域医療の提供など、自宅などで医療が受けられるための合理的配慮を提供することなしに、入院を強制すること

2、不均等待遇を正当化する事由

 総則で述べたように、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、当該取扱いがやむを得ないとされる正当化事由がある場合においては、不均等待遇の例外として許容されることになる。
 たとえば、歯科や耳鼻科の治療でパニックを起こす、またはその可能性がある場合、本人や周囲の安全のためとして、診療を断ることや押さえつけて治療をすることがあるが、それ自体は、不均等待遇を正当化する事由にはならない。安心感を伝えながら診療するといった合理的配慮を提供してもなお、必要な医療が提供できない場合でなければならない。
 障害者に特化した自傷他害のおそれや法的判断能力の欠如ということも、他の者と同質・平等な医療を保障するという観点から、交通事故で意識不明の重体になり、本人の意思が確認できない場合といった緊急医療一般で認められる例外を除き、合理的配慮を尽くしてもなお入院以外の治療ができないといった場合に限定することが妥当である。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、過度の負担が生じる場合にはその不提供に正当化事由があるとして差別禁止の例外となることについては、総則において述べたとおりである。

2、この分野で求められる合理的配慮の内容

 障害者に他の者と同質・平等な医療を受ける権利が実質的に保障されるためには、治療や検査の内容を絵や写真をつかって伝えることや、診察で手話通訳者や支援者の同席を認めることといった合理的配慮の提供が求められる。
 したがって、合理的配慮として以下の内容をガイドライン等に明示することが妥当である。
1)適切な情報伝達方法
2)医行為等に関して十分な説明に基づく自由な同意が行われるために必要な自己決定の支援
3)補助者の付添いの承諾
4)補助機器、人的援助の提供
5)医行為等の提供に関する運用、方針、手続における不利益除去対策
6)在宅での療養及び可能な限り居住地域で医療的ケアを受けられるようにするための配慮
7)自閉症の場合、不安感を取り除き、安心感を伝えながら診療するための配慮
8)その他、障害者のサービスの提供を受ける権利を実質的に保障するために必要な合理的配慮を行うこと。

3、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 総則で述べたとおり、この分野においても合理的配慮の提供が過度の負担を生じる場合は、これを提供しないことが差別には当たらないとされる。
 しかし、医療が独占され、国民の生命や健康に関わるものであることからすると過度の負担の判断は慎重であらねばならない。

第5、その他の留意事項

1、精神医療

 精神障害者に限定した強制入院は「いかなる場合においても自由のはく奪が障害の存在によって正当化されない」とする障害者権利条約に抵触するのではないかという問題点があり、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)や精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)についての見直しが指摘された。

2、関連領域

 医療に関連する薬の製造、ドラッグストアでの薬の販売等についても、医療分野に含めるべきとの指摘もあったが、先に述べたように、【商品】【役務】等の分野で対処するのが妥当である。

3、プライバシー

 この分野では、診察や治療等で身体に接触したり肌を露出する機会が多いため、障害のない人に対するのと同程度のプライバシーや性別の差に配慮した医療の提供が求められる。

第9節 国家資格

第1、はじめに

 障害者権利条約は、国または地方公共団体が認定し、一定の行為を許可する国家資格や地方自治体だけで通用する資格(以下、「国家資格」という。)について、明文では言及していない。
 しかし、国家資格の認定が行政によりなされるものであり、行政による差別的行為は当然禁止されてしかるべきであること、国家資格は生活の多方面にわたっており、地域社会で生活する上で、極めて重要な要素となっていること、障害者権利条約が「締約国は、すべての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を認める」としていることなどを踏まえると、国家資格における差別についても、あらゆる分野を対象とする総則における差別禁止規定の適用が想定されるところである。
 本法においても、このように国家資格が有する生活上の重要性に鑑みると、本法においてこの分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 国家資格において差別が禁止される対象事項は、資格試験そのものだけではなく、資格試験に関する案内、受付手続き、受験資格、合格発表など、資格試験及びその手続きに関する行為である。
 なお、この一連の行為に付随して、事前、事後の研修や教習の問題があるが、これについては、その他の留意事項の項で述べる。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 この分野の相手方は、資格試験を募集・管理し、資格認定の権限を有する国または地方自治体の担当部局であるが、車両の運転免許などのように資格試験が民間事業者に委託されている場合には、当該民間事業者もこの分野における相手方となる。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 この分野で求められる不均等待遇の内容は、先に述べたように、資格試験そのものだけではなく、資格試験に関する案内、受付手続き、受験資格、合格発表などにおける障害又は障害に関連した事由を理由とする区別、排除または制限その他の異なる取扱いであり、差別としてこれを禁止することが求められる。

2、欠格条項

 この中で、受験資格(のみならず、合格の資格も含む)については法律上一定の欠格事由が定められている場合があるが、この欠格事由の中に障害そのものやこれに関連する事由が規定されている場合がある。いわゆる欠格条項と呼ばれている問題である。
 この障害者に係る欠格条項とは、資格・免許制度等において障害または障害に関連する事由を理由に資格・免許等の付与を制限したり、障害者に特定の業務への従事やサービスの利用等を制限・禁止する法令上の諸規定を指している。

 これに関する政府の取組みとして、障害者基本法の制定(平成5年)に伴う「障害者施策に関する新長期計画」の中で、「資格制限等による制度的な障壁」として「障害者に係る欠格条項」が取り上げられ、それを踏まえて「障害者に係る欠格条項の見直しについて」(平成11年8月9日障害者施策推進本部)の「具体的対処方針」が示されている。その結果、63制度(当時)の法令上の欠格条項が見直され、「資格を与えない」とする絶対的欠格から「資格を与えないことがある」とする相対的欠格事由に改正された。

 しかし、見直し後の資格取得に係る現行の法令(法律本則、政省令、規則、基準、運用マニュアルなど)における規定(相対的欠格事由)に基づくその解釈と運用は、実質的に「絶対的欠格事由」に類似した取扱いが行われる可能性も懸念されるとか、長年、欠格事由が存在してきたために、一定の見直しが進められてきた今も、試験を受けることや資格を取得しようとする以前に、障害者が参画しやすく自分の力を発揮しやすい環境には、ほど遠い現状があるといった指摘がなされている。

 かかる指摘を踏まえ、政府においては、さらに引き続きこの問題を検討すべきであるが、この点については、国等の責務の項で述べたとおりである。
 従って、本法が法令上の欠格条項の在り方自体について直接言及するといったことにはならないが、欠格条項の解釈運用の結果、個々の事案において不均等待遇といった結果を生じた場合には、後に述べる不均等待遇を正当化する事由の存否を含め、本法の適用があり得ることになる。

3、不均等待遇を正当化する事由

 この分野における不均等待遇における正当化事由も、総則で述べたとおり、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、当該取扱いがやむを得ない場合を指すが、先に述べた欠格事由に関連して次の点について触れておくことが必要である。
 すなわち、国家資格の試験は、一定の能力と知識の有無を判定するものであるが、そういった能力判定のほかに、当該国家資格を設けた趣旨から、一定の事由がある場合にこれに該当する者を除外する事由、すなわち、欠格事由を設けている場合がある。
 問題は、この欠格事由の存在が当該国家資格を設けた趣旨や目的に実質上どのような影響があるのかである。
 そこで、個々の事案では、まずは、当該欠格事由が設けられた趣旨や目的の正当性を吟味することが必要となる。そして、その上で、当該事案において、その欠格事由の存在が実質的に見て、当該欠格事由に該当する者を除外しなければ、その趣旨、目的を達し得ないかどうかという観点から、それがやむを得ない場合といえるかどうかが判断されなければならないことになる。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、過度の負担が生じる場合にはその不提供に正当化事由があるとして差別禁止の例外となることについては、総則において述べたとおりである。

2、この分野で求められる合理的配慮の内容

 国家資格において差別が禁止される対象事項は、先に述べたように、資格試験そのものだけではなく、資格試験に関する案内、受付手続き、受験資格、合格発表など、資格試験及びその手続きに関する行為であるので、合理的配慮もこれらに関して求められることになる。
 特に、資格の判定は一定の能力の有無を確認するものであるが、試験の方法や態様が障害の特性を考慮しないことで、本来有している能力が正当に判定されない場合がある。
 従って、たとえば、これらの手続きにおける情報が障害者にも適切に伝達できるような方法や態様においてなされなければならないし、試験会場等への物理的アクセスが確保される必要があるだけでなく、試験そのものにおいても適性に能力が反映されるための合理的配慮が求められる。

3、この分野で求められる合理的配慮の具体例

 この点に関し、政府は「資格取得試験等における障害の態様に応じた共通の配慮について」(平成17年11月9日障害者施策推進課長会議決定)において、国が直接実施する資格取得試験等において、共通的に対応すべき主な配慮項目として「試験における配慮」「試験案内及び申請書等における配慮」を取り上げ、下記のような具体例を示している。
1)試験における配慮
 A)問題用紙及び解答用紙に関する配慮
 B)器具等の使用に関する配慮
 C)移動に関する配慮(試験室までの介助者の同伴)
 D)情報伝達に関する配慮
 E)その他(試験時間中の糖質類等の補飲食及び服薬等)
2)試験案内及び申請書等における配慮
 A)試験案内における配慮(冊子又はホームページ等)
 B)申請書等における配慮
 これらの具体例のほか、たとえば、点字受験の時間延長であるとか、中途失明者のニーズに対応した音声読み上げパソコンを使用した受験であるとか、本人の障害によるニーズや実情を踏まえて個別に柔軟な配慮をすることが求められる。

4、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 この分野においても、過度な負担がある場合には、合理的配慮の不提供に正当化事由が認められ差別とされない場合がある。
 ここでは、試験の実施に関して経済的な面での過度の負担といったことは考えにくいと思われるが、問題は、知識や能力の判定という試験に求められるその本質を害するような形態の合理的配慮の場合には、提供しないことを正当化する事由があるということになるであろう。

第5、その他の留意事項

1、国家資格の取得に関わる養成、教習、研修等

 国家資格の取得を目的とする教習所、大学等の各種養成機関での差別的取扱いや民間事業所における研修や実習を経た上で免許が交付される場合の民間事業者における差別的取扱いの問題は、国家資格を付与する機関の行為ではない。そこで、本法では、【教育】または【役務】の課題として検討されることにはなるが、国家資格を取得する上で、重要な役割を果たしていることに留意されなければならない。

2、入学試験、就職試験、その他の試験

 試験においては、知識と能力等の判定が行われるが、先に述べたように、試験の方法や態様が障害の特性を考慮しないことで、本来有している能力が正当に判定されない場合がある。
 こうしたことは何も、国家資格のための試験に限らないのであるから、ここで述べたことは、入学試験、就職試験、その他の試験にも当てはまる。したがって、それぞれ、【教育】【雇用】などの各則で考慮されなければならない。

3、不動産の利用、選挙権の行使、議会の傍聴等

 公営住宅などの入居、選挙権の行使、議会の傍聴等については、法令上に欠格事由が定められている場合もある。これらは国家資格にかかわる問題ではないが、法令上の欠格事由として、国家資格の問題と同様の側面を有している。
 したがって、公営住宅の入居利用制限は【不動産】、議会の傍聴制限や成年被後見人に対する除外規定は【政治参加(選挙等)】の問題として位置づけられることが適当であるが、ここで述べたことにも留意すべきである。

4、民間資格

 国家資格以外にも、民間団体が独自の資格認定を行う場合がある。民間資格においては、法令上で規定されていないので法令上の欠格事由の問題はないが、内部規定において欠格事由を定めている場合もある。従って、資格試験の実施方法も含めて以上のことを準用するか、【役務】に位置付けるかについて整理が必要である。

第10節 婚姻・妊娠・出産・養育

第1、はじめに

 障害者権利条約は、家庭及び家族の尊重について「他の者と平等に、婚姻、家族及び親子関係に係るすべての事項に関し、障害者に対する差別を撤廃するための効果的かつ適当な措置をとる」「いかなる場合にも、児童は、自己が障害を有すること又は父母の一方若しくは双方が障害を有することを理由として父母から分離されない」ことを締約国に求めている。
 本法においても、障害者が家族を形成するという当たり前の生活を確立するうえで、家族に関する分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 婚姻、妊娠、出産、養育に関わる場面において、障害に基づく差別と思われる事案は多い。

1)婚姻

 婚姻について最も多いと思われる事例は、障害者や相手方の家族や身内からの反対であろう。「どうやって子育てするの」「どうやって授乳するの」「どうやってお風呂に入れるの」「自分の面倒すら見れないのに!」など、家族や身内の反対の声に結婚をあきらめざるを得ないこともある。結婚を認めるにしても「子供は作らない」といった条件を付けられることもある。
 こうしたことは、行政の相談窓口や障害者の入所・通所の施設関係者の対応に中にも見られる。入所中の障害者にとって多くの場合は結婚という生活スタイルの選択肢はない。
 さらに、たとえば、結婚相談所に入会を申し込みに行っても入会申込書を渡してくれない、相談にものってもらえず入会を拒否されたりする。その後、幾つかの結婚相談所に行っても、同じような対応でどの結婚相談所にも入会できないといった事例もある。
 障害者本人の婚姻の問題とは側面が異なるが、障害のない兄弟姉妹や身内の結婚式などのおめでたい席には障害者だけ招待されないといったこともある。

2)妊娠・出産

 将来の妊娠を心配して、または、生理介助に手間がかかることを理由に望まないあるいは本人に意味を理解させないまま子宮摘出等の優生手術をされた事例が日本にも存在したことはそれほど古い話ではなく、障害者についてだけそのような優生手術がなされる可能性は、現在においても否定はできない。
 また、妊娠した際に「障害者なのに子どもを産む気なのか」と医療従事者に言われ、その病院での出産を断られたり、聴覚障害のため、コミュニケーションがとれないということを理由に本人の望む出産方法を断られたり、そうでなくとも、子どもは生むべきではないという対応を取られることがある。
 さらには「子どもはどうせ育てられないのだから」と、医療従事者から堕胎を勧められることもある。

3)養育

A)母子保健サービス

 日本では母性並びに乳児及び幼児の健康の保持及び増進を図るため、母性並びに乳児及び幼児に対する保健指導、健康診査、医療その他の母子保健サービスが提供されている。
 しかし、障害者の場合は、子どもを出産した後に障害者本人には育児はできないと医療関係者や保健師が判断する、本人に子育てに関する適切な情報提供をしてくれない等の扱いを受けることがある。また、子どもの予防接種、健康診断、両親学級、育児相談などに際し、親の障害の特性に配慮されていないため会場を利用できなかったり、コミュニケーションが取れず、適切な情報が提供されないこともあり得る。

B)医療

 また、子どもが病気になった場合、入り口の段差等のため物理的に診察室まで行けないとか、聴覚障害があり病院側が適切なコミュニケーションが取れないとして診療が受けられないといった事情のため、利用可能なまたは適切な対応をしてくれる病院を必死に探し回るといった事態もある。障害者総合支援法は障害者本人が病気になった場合のことは想定しているものの、子どもが病気にかかった場合における親たる障害者への支援に関する規定はない。

C)教育

 さらに、親は、保育園や幼稚園、義務教育やその後の教育の過程で、様々な形で親としての役割を求められる。しかし、どういった場面であれ、親の中には障害者も存在するといったことが想定されていないと言わざるを得ない。昔ほどではないにしても、緊急避難所にもなるかもしれない地域の学校ほどバリアフルな公共建築物はないとの指摘もある。そういった中で、授業参観にしても、進路相談にしても、PTA活動への参加にしても、障害者が親の役割を果たそうとしても、そこには多くの困難が待ち受けている。

D)親権

 最後に、親権について触れることにする。親に知的障害のある場合の子どもの養育権の問題を取り扱った米国の映画が日本でも有名になったことがあるが、日本においても親に障害がある場合の親権剥奪等の問題が起き得ることを示唆していた。
 日本においては、親権の剥奪にあたる親権喪失のほか、本年4月からは親権の停止制度が導入されている。この問題について開催された法務省委託の「児童虐待防止のための親権制度研究会報告書」では「親権者がその精神上の障害等により子を適切に養育することが著しく困難であるが、それが親権の濫用又は著しい不行跡という現行の親権喪失の原因に該当するとは必ずしもいえないような事案」も含めて検討が行われていた。
 確かに、子どもへのネグレクトも含めた虐待防止という観点からは、必要な改正であったと言えるが、その運用の過程で障害者に対する偏見から、障害があるというだけで安易に養育に関する権利が制限されるといった事態が発生した場合には、本法における差別にあたる場合も想定しなければならないところである。

 これらの状況を踏まえると、婚姻、妊娠、出産、養育において、差別が禁止されるべきである。
 なお、これらの事項における差別に関しては、特に障害女性が被害を受けやすい傾向にはあるものの、性別で限定することなく差別が禁止されるべきである。また、上記内容は、【役務】【医療】【教育】とも内容が重なる部分もあるが、この事由に関わる差別が解消されるよう注意を喚起することが肝要であるため、特にこの項目を独立して設けるべきである。

2、差別をしてはならないとされる相手方

1)婚姻

 婚姻に関して、家族や身内の反対などの事例が多いことについては、先に述べたとおりであり、深刻な事態を引き起こしていることは事実である。
 しかし、法律が家族関係の有り方を規制することには慎重であるべきである。身内の結婚等について、身内の立場で意見を述べ、反対することがあるのは障害の有無にかかわらずあり得ることであり、その理由がどういうものであれ、それは身内の関係の中で判断され、対応されるべき性格のものである。
 そういった中で、家族の反対という言動に対応できる法律としては、障害者虐待防止法があるので、家族の反対に伴う言動が精神的虐待に該当する場合には、同法に委ねるべきである。
 しかし、行政の相談窓口であるとか、法律に基づく支援の業務を担当する者、結婚相談や様々な「婚活」を支援する企画をする地方自治体や民間事業者については、本法の対象に含めるのが妥当である。

2)妊娠・出産

 妊娠・出産については、これに関わる医療機関、入所、通所の福祉施設が相手方となる。

3)養育

 養育の分野においては、母子保健サービスの場合はそれを担当する行政部局、子どもの病気の場合は医療機関、保育園や幼稚園、義務教育やその後の教育の過程に関わる場合はその設置者、親権喪失や停止に関しては、虐待防止や親権の制限に権限を持つ機関が相手方となる。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 以上の通り、婚姻、妊娠、出産、養育において、上記に述べた相手方による障害及び障害に関連する事由を理由とする不均等待遇は禁止されるべきである。
 なお、障害者に対して入所施設や医療従事者が「月経時の介護困難だから子宮を摘出した方が後が楽だ」とか、「障害者は子育てはできない」等の理由で、障害者にいわゆる優生手術を受けさせてきた悲惨な事実については、先に述べたとおりであるが、差別であるかどうかが問われる前に、犯罪に該当する場合もあるであろう。

2、不均等待遇を正当化する事由

 当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、当該取扱いがやむを得ない場合においては、総則で述べたとおり、例外として扱われるべきである。
 例えば、障害女性の妊娠、出産に際して、医療機関が診察を拒否することは差別にあたるが、当該の医療機関にその女性が出産するための設備が備えられておらず、障害女性が安全に出産できない場合には、障害を理由にした診察拒否には当たらないとするのが妥当である。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 第2の1でも述べているように【役務】【医療】と重なるが、特にここでの事項に関する合理的配慮は次のようなものがある。

1)婚姻

A)婚活での利用可能な情報提供の在り方と企画に参加する際に必要となる障害特性に応じた配慮(例えば、視覚障害者が結婚相談所に行った時に、点字での資料を用意する。申込み用紙への記載を代行する。企画参加の際には、他の参加者の状況を伝えることができる情報提供者を配置する等)

B)婚姻後に、居住の場の確保がされるようすること(例えば、入所施設の施設利用者相互の結婚の場合、婚姻後本人たちの希望に反して異なる棟での生活が強いられることなく、家族としての住環境が提供される等)

2)妊娠・出産

 障害者が子どもの数や出産の間隔について自由に責任をもち、決定するために、個々の障害に応じた避妊や妊娠等に関する情報提供と意思確認が行われること(例えば、知的障害者に対して、医療従事者は手術を行う際に、特に堕胎手術の場合には、どのような結果になるのかを説明した上で、その説明を理解していることが確認しなければ手術を行うべきではない。)

3)養育

A)障害を理由に親権剥奪が行われないようにするために、障害をもつ親が子育てができるように適切に情報提供されること、また、一般に提供される子育て支援を利用できること

B)障害を理由に親子分離の強制がされないようにするために、障害をもつ子どもの子育てについて適切に情報提供されること、また、一般に提供される子育て支援を利用できること

2、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 過度の負担については、総則で述べたとおりであり、合理的配慮の不提供が正当化される場合もある。