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「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」に関する差別禁止部会の意見(案)

平成24年9月 日
障害者政策委員会 差別禁止部会

章立

  • はじめに
  • 第1章 総則
    • 第1節 理念・目的
    • 第2節 国等の責務
    • 第3節 障害に基づく差別
  • 第2章 各則
    • 第1節 公共的施設・交通機関
    • 第2節 情報・コミュニケーション
    • 第3節 商品・役務・不動産
    • 第4節 医療
    • 第5節 教育
    • 第6節 雇用
    • 第7節 国家資格等
    • 第8節 家族形成
    • 第9節 政治参加(選挙等)
    • 第10節 司法手続
  • 第3章 紛争解決の仕組み

目次

はじめに

  • 第1、推進会議と当部会における検討の経緯
    • 1、障がい者制度改革推進会議
    • 2、障害者制度改革の推進のための基本的な方向について(閣議決定)
    • 3、差別禁止部会における審議
  • 第2、障害分野における差別禁止法の世界的広がり
    • 1、リハ法第504条からADAへ
    • 2、世界的な広がり
    • 3、アジアへの広がり
  • 第3、日本における立法事実の存在
    • 1、条例制定と差別に当たると思われる事例
    • 2、取組の必要性
  • 第4、障害に基づく差別の禁止に関する法制はなぜ必要か
    • 1、理解と交流
    • 2、差別事案の存在と国民意識
    • 3、物差しの共有
  • 第5、新法の制定に向けて
    • 1、共生社会の実現
    • 2、課題と想い

第1章 総則

第1節 理念・目的

  • 第1、理念
    • 1、差別の解消に向けた取組の重要性
    • 2、相手方を一方的に避難し制裁を加えようとするものではないこと
    • 3、差別の解消がこれからの社会により活力を与えるものであること
  • 第2、目的
    • 1、行為規範(人々が行動する際の判断基準)の提示
    • 2、差別からの法的保護
    • 3、国等の責務
    • 4、共生社会の実現

第2節 国等の責務

  • 第1、国の基本的責務
    • 1、差別防止に向けた調査、啓発等の取組
    • 2、ガイドラインの作成等
    • 3、円滑な解決の仕組みの運用と状況報告
    • 4、関係機関の連携の確保
    • 5、研修及び人材育成
  • 第2、国の基本的責務に関して特に留意を要する領域
    • 1、障害女性
    • 2、障害に関して行われるハラスメント
    • 3、欠格事項
  • 第3、地方公共団体の責務
  • 第4、国民の責務

第3節 障害に基づく差別

  • 第1、障害の定義
    • 1、議論の背景
    • 2、本法における障害の定義に求められるもの
    • 3、障害の限界事例に関する議論
  • 第2、禁止されるべき差別の形態
    • 1、障害者権利条約とその実施
    • 2、あらゆる形態の差別
  • 第3、直接差別、間接差別、関連差別の内容
    • 1、直接差別
    • 2、間接差別
    • 3、関連差別
  • 第4、直接差別、間接差別、関連差別の関係についての検討
    • 1、間接差別と関連差別の関係
    • 2、直接差別と関連差別の関係
    • 3、障害に基づく差別の禁止
  • 第5、不均等待遇(障害又は障害に関連した事由を理由とする差別)
    • 1、関連する事由
    • 2、関連する事由の多様性
    • 3、異なる取扱い
    • 4、過去の障害等
    • 5、主観的要素
    • 6、正当化事由
    • 7、不均等待遇が禁止される対象範囲
    • 8、積極的差別是正措置等
  • 第6、合理的配慮の不提供
    • 1、障害者権利条約における定義
    • 2、合理的配慮が求められる根拠
    • 3、合理的配慮が求められる対象範囲
    • 4、合理的配慮の内容
    • 5、ガイドラインの設定
    • 6、正当化事由
    • 7、合理的配慮の実現に向けたプロセス
    • 8、事前的改善措置との関係

第2章 各則

第1節 公共的施設・交通機関

  • 第1、はじめに
  • 第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、差別が禁止されるべき事項や場面
    • 2、対象物と差別をしてはならないとされる相手方の範囲
    • 3、国のバリアフリー施策との関係
  • 第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇
    • 1、不均等待遇の禁止
    • 2、不均等待遇を正当化する事由
  • 第4、合理的配慮及びその譜提供を正当化する事由

第2節 情報・コミュニケーション

  • 第1、はじめに
  • 第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、差別が禁止されるべき事項や場面
    • 2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲
  • 第3、この分野で禁止が求められる障害に基づく差別
    • 1、上記のA(一般公衆への情報提供)の場合
    • 2、上記のB(少数を対象とするが不特定の者への情報提供)の場合
    • 3、上記の2)(特定の者への情報提供)の場合
    • 4、上記の3)(一般公衆との意思の疎通)の場合
  • 第4、その他の留意事項

第3節 商品・役務・不動産

  • 第1、はじめに
  • 第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、差別が禁止されるべき事項や場面
    • 2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲
  • 第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇
    • 1、不均等待遇の禁止
    • 2、不均等待遇を正当化する事由
  • 第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供
    • 1、合理的配慮とその不提供の禁止
    • 2、この分野で求められる合理的配慮の内容
    • 3、合理的配慮の不提供を正当化する事由
  • 第5、その他の留意事項

第4節 医療

  • 第1、はじめに
  • 第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、差別が禁止されるべき事項や場面
    • 2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲
  • 第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇
    • 1、不均等待遇の禁止
    • 2、不均等待遇を正当化する事由
  • 第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供
    • 1、合理的配慮とその不提供の禁止
    • 2、この分野で求められる合理的配慮の内容
    • 3、合理的配慮の不提供を正当化する事由
  • 第5、その他の留意事項
    • 1、精神医療
    • 2、関連領域
    • 3、プライバシー

第5節 教育

  • 第1、はじめに
    • 1、教育における差別の禁止
    • 2、一般教育制度からの排除等の禁止
  • 第2、分離・排除から統合教育へ、そしてインクルーシブ教育
    • 1、統合教育
    • 2、ユネスコ「サラマンカ宣言」
    • 3、インクルーシブ教育
    • 4、日本における原則分離の教育
  • 第3、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、差別が禁止されるべき事項や場面
    • 2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲
  • 第4、この分野で禁止が求められる不均等待遇
    • 1、不均等待遇の禁止
    • 2、不均等待遇を正当化する事由
  • 第5、この分野で求められる合理的配慮とその不提供
    • 1、合理的配慮とその不提供の禁止
    • 2、この分野で求められる合理的配慮の内容
    • 3、合理的配慮の不提供を正当化する事由
  • 第6、その他の留意事項
    • 1、合理的配慮の実現のプロセス
    • 2、内部的紛争解決の仕組み
    • 3、高校進学
    • 4、通学支援

第6節 雇用

  • 第1、はじめに
  • 第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、差別が禁止されるべき事項や場面
    • 2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲
    • 3、福祉的就労
  • 第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇
    • 1、不均等待遇の禁止
    • 2、不均等待遇と労働能力
    • 3、不均等待遇を正当化する事由
  • 第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供
    • 1、合理的配慮とその不提供の禁止
    • 2、事業主の合理的配慮義務についての公的支援と過度の負担
    • 3、合理的配慮とガイドライン
  • 第5、その他の留意事項
    • 1、合理的配慮の実現に向けた事業所内部における仕組み
    • 2、紛争解決
    • 3、通勤支援等
    • 4、公務員

第7節 国家資格等

  • 第1、はじめに
  • 第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、差別が禁止されるべき事項や場面
    • 2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲
  • 第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇
    • 1、不均等待遇の禁止
    • 2、欠格条項
    • 3、不均等待遇を正当化する事由
  • 第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供
    • 1、合理的配慮とその不提供の禁止
    • 2、この分野で求められる合理的配慮の内容
    • 3、この分野で求められる合理的配慮の具体例
    • 4、合理的配慮の不提供を正当化する事由
  • 第5、その他の留意事項
    • 1、国家資格等の取得に関わる養成、教習、研修等
    • 2、入学試験、就職試験、その他の試験
    • 3、不動産の利用、選挙権の行使、議会の傍聴等
    • 4、民間資格

第8節 家族形成

  • 第1、はじめに
  • 第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、差別が禁止されるべき事項や場面
    • 2、差別をしてはならないとされる相手方
  • 第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇
    • 1、不均等待遇の禁止
    • 2、不均等待遇を正当化する事由
  • 第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供
    • 1、合理的配慮とその不提供の禁止
    • 2、合理的配慮の不提供を正当化する事由

第9節 政治参加(選挙等)

  • 第1、はじめに
  • 第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、差別が禁止されるべき事項や場面
    • 2、差別をしてはならないとされる団体や個人の範囲
  • 第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇
  • 第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供
    • 1、合理的配慮とその不提供の禁止
    • 2、合理的配慮の不提供を正当化する事由
  • 第5、その他の留意事項
    • 1、政治参加
    • 2、政見放送等における手話通訳・字幕の提供
    • 3、介助体制
    • 4、政治活動における情報提供

第10節 司法手続

  • 第1、はじめに
  • 第2、手続上の配慮
  • 第3、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲
    • 1、対象となる手続
    • 2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲
    • 3、法的保護の対象
  • 第4、この分野で禁止が求められる差別
  • 第5、合理的配慮が求められる事項や場面
    • 1、刑事手続(捜査段階)
    • 2、刑事手続(公判段階)
    • 3、刑事手続(判決)
    • 4、受刑又は身柄拘束中の処遇
    • 5、民事手続、その他
    • 6、合理的配慮の具体例
    • 7、合理的配慮の不提供を正当化する事由
  • 第6、関係者への障害特性等に関する研修等

第3章 紛争解決の仕組み

  • 第1、紛争解決の仕組みの必要性
  • 第2、自主的な解決の仕組みと促進
  • 第3、想定される紛争事案
    • 1、相手方と事案の性格
    • 2、紛争の態様
  • 第4、第三者が関与する解決の仕組み
    • 1、紛争解決の仕組みに求められる機能
    • 2、紛争解決に当たる組織の在り方
  • 第5、他の紛争解決の仕組みとの関係
  • 第6、司法判断
    • 1、裁判規範性
    • 2、法的効力
    • 3、私人間効力と差別禁止法の位置付け
    • 4、本法施行後の検証
  • 第7、制度的な解決

はじめに

第1、推進会議と当部会における検討の経緯

1、障がい者制度改革推進会議

 障害者の権利に関する条約(仮称)(以下、「障害者権利条約」という。)は平成18年12月に第61回国連総会で採択され、平成20年5月に発効している。

 日本政府は平成19年9月に同条約に署名した上で、平成21年12月には、障害者権利条約の締結に必要な国内法の整備等を行い、障害者施策の総合的かつ効果的な推進を図るため、内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置し、同本部の下で、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障害当事者、学識経験者等からなる「障がい者制度改革推進会議(以下、「推進会議」という。)」が開催されることとなった。

2、障害者制度改革の推進のための基本的な方向について(閣議決定)

 推進会議は、平成22年1月から6月まで14回の会議を経て同年6月に第一次意見「障害者制度改革の推進のための基本的な方向」を取りまとめ、この第一次意見を最大限に尊重した改革の工程を示す「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」が同年6月29日に閣議決定された。

 この中の横断的課題の一つとして「障害を理由とする差別を禁止するとともに、差別による人権被害を受けた場合の救済等を目的とした法制度の在り方について、第一次意見に沿って必要な検討を行い、平成25年常会への法案提出を目指す。」とされたことを受けて、同年11月からは推進会議の下で差別禁止部会が開催されることになった。

3、差別禁止部会における審議

 差別禁止部会では、障害を理由とする差別の禁止に関する法制(以下、「差別禁止法」という。)について議論を行った。諸外国の法制度についてのヒアリングに始まり、差別禁止法の必要性、差別の捉え方やその類型といった総論的な議論を踏まえ、雇用・就労、司法手続、選挙、公共的施設及び交通施設の利用、情報、教育、日常生活(商品、役務、不動産)、医療の各分野について検討し、平成24年3月には論点の中間整理を行った。

 その後、ハラスメント、欠格事由、障害女性等の残された課題や差別を受けた場合の紛争解決の仕組みの在り方について検討し、同年6月からは部会の意見の取りまとめに向けた議論を始めた。

 さらに、同年7月には、障害者基本法(昭和45年法律第84号)の改正に基づき、推進会議の機能を発展的に引き継ぐものとして障害者政策委員会(以下、「政策委員会」という。)が発足したことから、差別の禁止に関する法制の在り方の検討の場も推進会議から政策委員会に移ることとなった。

 政策委員会の下に新たに設置された差別禁止部会は、推進会議の下で開催されてきた差別禁止部会における21回にわたる議論も踏まえて、平成24年7月から4回の議論を行い、同年9月14日に差別禁止部会としての意見を取りまとめた。

第2、障害分野における差別禁止法の世界的広がり

1、リハ法第504条からADAへ

 ところで、世界で最初に障害分野に関して実効的な差別禁止法制を産み出したのはアメリカであった。1973年、リハビリテーション法に第504条が追加され「障害があるという理由だけで、連邦政府の財政的補助を受けているプログラムや活動、又は行政機関及び米国郵便公社のプログラムや活動において、その参加から排除され、利益の享受を否定され、差別を受けることはない。」とされ、行政機関と連邦政府の財政的補助を受けたプログラムや活動といった幅広い分野における差別が禁止された。

 その後、例えば、航空アクセス法(1986年)等、個別分野における差別を禁止する法律が制定され、1990年には連邦政府の財政的補助を受けていない雇用の分野も含む形で包括的に差別を禁止した「障害のあるアメリカ人のための法律(ADA)」が制定されるに至った。このADAは、その後各国の差別禁止法制に大きな影響を与えたといわれている。

2、世界的な広がり

 ADA後、1992年、オーストラリアでは「1992年障害差別禁止法」が制定され、
  【雇用】【教育】【施設へのアクセス】【商品、サービス及び設備】【建物】【クラブ及び法人格のある団体】【スポーツ】【連邦法及び連邦プログラムの施行】
等の分野における差別が禁止された。

 1993年、ニュージーランドにおいては、「1993年人権法」が制定され、障害を性別等の差別禁止事由に加える形で様々な分野における差別が禁止された。

 また、1995年、イギリスでは「障害差別禁止法」が制定されたが、2010年には障害が他の差別禁止事由とともに「2010年平等法」に盛り込まれ、
  【サービスと公務】【不動産】【労働】【教育】【団体】【契約】【公的機関の平等義務】【交通機関】
等の分野における差別が禁止されるに至った。

 さらに、現在27カ国で構成されているヨーロッパ連合(EU)では、障害者権利条約が制定される以前からインクルーシブな社会構築に向けた取組がなされ、特に「雇用・就業と職業における均等待遇のための一般的枠組み設定に関する指令(2000/78/EC)」が採択された後、これを加盟国の国内法に置き換えるための雇用分野における差別禁止の法制化を端緒にして、労働分野以外の他の分野にも広げる取組がなされている。この結果、EUにおいて障害分野の差別を禁止する立法を有しない加盟国はない状況となっている。

3、アジアへの広がり

 2010年、韓国では「障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律」が制定されている。この法律では
  【雇用】【教育】【財と用益の提供及び利用】【司法・行政手続及びサービスと参政権】【母・父性権・性等】【家族・家庭・福祉施設・健康権等】【障害女性及び障害児童等】
等を対象分野として、網羅的に差別が禁止されている。

 このように、西洋先進国といわれる国においては、障害分野の差別を実効的に禁止する何らかの法律の制定をみない国はないといった状態となっており、その波は韓国を始め、アジアにも広がりつつある。

 特に、第2次アジア太平洋障害者の十年の最終年に当たる本年、この「十年」の検証を行うハイレベル政府間会合の開催が予定されているが、既に、障害者権利条約批准の進捗を確認する指標として差別禁止法の制定を掲げる「アジア太平洋障害者の権利を実現するためのインチョン戦略」と題する草案が用意されており、それを基に成果文書となるよう議論される予定である。

第3、日本における立法事実の存在

1、条例制定と差別に当たると思われる事例

 ADAの制定以降、障害分野に係る差別禁止法制が国際的な広がりを見せる中で、特に障害者権利条約の採択の前後から、日本においても、差別禁止法制を求める障害者、家族等の関係者の取組が全国的に広まってきた。

 その結果、平成18年から現在まで、4道県と1政令市1市において障害者に対する差別をなくす条例が制定され、さらに各地にこうした動きが広まっている。

 これらの条例制定過程においては、行政あるいは障害者団体によって「こんな差別を受けた」「差別かどうかわからないがこんな悔しい納得できない扱いを受けた」等の体験事例の募集がなされ、寄せられたこれらの体験事例等について議論され、整理分析された成果が条例制定に結びついている。

1)千葉県では行政により「差別に当たると思われる事例」の募集が行われ、
  【福祉】【呼称】【労働】【教育】【不動産の取得・利用】【建築物】【交通アクセス】【サービス提供】【医療】【知る権利・情報】【参政権】【司法手続】【所得保障】【その他】
の分野で事例が800件近く寄せられている。

2)北海道では行政により
  【相談のしやすさ】【就労・企業の理解促進】【権利擁護】【住宅の確保】【コミュニケーションの確保】【情報提供】
に関連して約970件の意見や要望が集められ、この中には差別に関する事案も含まれている。

3)熊本県では障害者団体により、差別と思われる事例が、
  【教育】【労働】【商品及びサービスの提供】【公共交通】【建築・道路・トイレ】【福祉】【医療】【情報保障】【不動産の利用・取得】【選挙及び政治参加】【人間関係】
の分野で800件を超えて集められている。

4)さいたま市では行政により「障害者差別と思われる事例」として、
  【行政関連(福祉サービスや所得保障等の制度の利用、行政書類の記入と手続き、警察・交番、消防・救急対応、補装具や日常生活用具の支給、議会の傍聴等)】【医療】【教育】【子育て】【就労】【生活(防災・安全等を含む)】【交通(電車・バス・駅・道路・タクシー)】【家族の無理解】【一般市民の偏見・差別】
の分野で521件の事例が集められている。

5)また、内閣府では、政府による障害者権利条約の署名後、平成20年から21年にかけて「障害者に対する障害を理由とする差別事例等の調査」が全国の障害種別ごとの団体や家族団体等の協力を得て実施された。同調査では、
  【福祉サービス】【保健・医療】【雇用・就業】【教育・育成】【建物・公共交通機関】【情報・コミュニケーション】【商品サービス提供】【政治・行政・司法】【その他(結婚・出産・性・家族・団体組織・町内会)】 の項目にわたって、8,000件を超える事例等が寄せられている。

2、取組の必要性

 これらの事例は、差別と思われる事案として集められたものである。これらを通して見ると、障害者が日常生活及び社会生活の様々な場面で、障害のない人であれば何も問題にならないことが、障害があることにより様々な制約に直面している実態が浮かび上がってくる。

 このような事例は、これまで、あまり社会からは見えない、表面化することのなかった社会的障壁の存在を示すものであった。

 このような事例は、誰にも相談できず、あきらめるしかない、しかし、決して消し去ることのできない記憶として、障害者や家族の胸の奥深いところに仕舞い込まれてきた事実であり、障害者の人格を傷つけ、生きる力や活き活きと個性と能力を発揮する場を奪い、ひいては社会に貢献する機会も奪ってきた事実の存在を明らかにしている。

 このような事実の存在は、これまでの人権教育や障害者に対する福祉施策等では限界があることを表すものであり、差別の禁止によってこういった事実に正面から取り組むことの必要性を示しているものといえる。

第4、障害に基づく差別の禁止に関する法制はなぜ必要か

1、理解と交流

 「障害者への差別を禁止する」と聞くと、身構えてしまう人も少なくないだろう。これは「差別禁止と言われても何が差別か分からない」「知らないうちにしてしまったことでも差別として罰せられるのか」といった不安によるところが大きい。さらに、こうした不安の源をたどると、障害者と接する機会が少ないために「障害や障害者のことがよく分からない」という声が聞こえてくる。

 それでは、障害者と障害のない人が社会の中で接する機会を今以上に増やせば、差別はなくなるだろうか。これまでも家庭や教育の場を始め、地域や職場等、様々な場面で障害者との交流の重要性が強調され、障害や障害者への理解は一定前進してきた。

2、差別事案の存在と国民意識

 しかし一方では、前項で見たように今もなお、障害者は様々な差別的取扱いに直面しており、障害や障害者への無理解を嘆く声も途切れない。つまり、障害のない人が障害について知ること、理解することの重要性は誰も否定しないだろう。しかし、それだけでは差別が解消されることはないのである。

 それでは何が必要なのだろうか。実は、この法律を制定する最大の眼目はここにある。ここで注意すべきは、前項に述べたように、差別的取扱いと思われる事例が多数存在するという現実がある一方で、多くの国民が「差別は良くないし、してはならない」「障害者には理解を持って接したい」と考えているのも事実であり、好んで差別をしているわけではないという点である。

3、物差しの共有

 そこで、「差別はよくないことだ」という国民誰もが持つ考えを形あるものにして生かすためには、具体的に何が差別に当たるのか、個々人で判断することは困難であるので、その共通の物差しを明らかにし、これを社会のルールとして共有することが極めて重要となる。

 もちろん、実際に差別を受けた場合の紛争解決の仕組みを整えることもこの法律の目的に据えなければならないが、これも、決して差別した人をつかまえて罰を与えることを目的とするものではないのである。これらが、差別禁止法を必要とする理由である。

第5、新法の制定に向けて

1、共生社会の実現

 障害者権利条約の前文には、この条約が「障害者の社会的に著しく不利な立場を是正することに重要な貢献を行うこと並びに障害者が市民的、政治的、経済的、社会的及び文化的分野に均等な機会により参加することを促進することを確信」するとあり、また障害者基本法の目的には「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現する」とある。

 この法律が目指すのは、この条約と基本法が示している、障害の有無に関わらず全ての人が「市民的、政治的、経済的、社会的及び文化的分野」、すなわち国民のあらゆる生活分野において「均等な機会により参加すること」を保障することであり、誰もが障害の有無で分け隔てられることなく共に生きることのできる差別のない社会の実現である。

2、課題と想い

 以上を踏まえ、この意見書は障害に基づく差別禁止に関する法制がどのような理念・目的で制定されるべきなのか、どのような行為が差別として許されないのか、誰に向けての法制なのか、差別を受けた場合の紛争解決の道筋はどうあるべきなのかといったことの基本的な考え方について、差別禁止部会で重ねてきた議論をまとめたものである。

 2001年9月24日、日本政府は、国連の「経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会」から「障害者に関連するあらゆる種類の差別を禁止する法律を制定すること」との「勧告」を受けている。しかし、実効性のある差別禁止法制は未だ制定されていない。かような状況において、障害者権利条約の批准という大きな課題に真摯に向かい合うとすれば、障害分野に係る差別禁止法の制定は、必要不可欠な課題である。

 この意見書で提案されている内容は、これまでの障害施策にはなかった新たな分野を切り開くものであるがゆえに、その実現には多くの困難が予想される。
 しかし、それでも一歩前に進めるために、新たな法律がここに述べられた意見を踏まえて制定されること、そして障害者権利条約の批准と真に差別のない社会の実現につながることを心から願ってやまない。

平成24年9月14日

障害者政策委員会差別禁止部会一同

第1章 総則

第1節 理念・目的

第1、理念

 差別の禁止に関する新たな法律(以下、「本法」という。)において理念規定を 設けるに当たっては、以下の視点が重要である。

1、差別の解消に向けた取組の重要性

 全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するためには、障害者*1が日常生活又は社会生活を営む上で直面する社会的障壁をなくすことが重要であり、なかでも、障害者の完全参加と平等に大きな制約をもたらす見えざる社会的障壁としての差別は早急に解消されなければならないこと。

2、相手方を一方的に非難し制裁を加えようとするものではないこと

 この差別をなくそうとする試みは、人類普遍の原理を希求するものであり、障害の有無に関わらず個人の尊厳を認め合う社会の実現に資するものである。
 ゆえに、本法は、差別者・被差別者という形で国民を切り分けてこれを固定化し、相手方を一方的に非難し制裁を加えようとするものであってはならず、今後、差別者・被差別者を作り出さないためにも、国民誰しもが理解し得る共生社会の実現に向けた共通のルールとして機能することが重要であること。

3、差別の解消がこれからの社会により活力を与えるものであること

 属性や能力において多様性に富む個人により構成される社会において、それぞれがその力を発揮し、お互いに支え合っていくには、その間に存する差異は尊重されるべきであり、障害者の完全参加と平等の実現は、特に少子高齢化が進行する我が国にとって社会全体に活力を与えるものであること。

(脚注)
*1 本意見書においては、「障害者」は「障害児」を含むものとして使用している。

第2、目的

 本法において目的規定を設けるに当たっては、以下の視点が重要である。

1、行為規範(人々が行動する際の判断基準)の提示

 我が国において悪意を抱いて差別するといった事案は少ないと思われる。観念的には差別はしてはならないという思いを抱きつつも、障害又は障害者についての無理解や偏見又は固定化した概念やイメージにより差別的な行為に出てしまうことが多いことに鑑みると、本法は、国、地方公共団体及びこれに従事する公務員のほか、民間事業者、私人も含めた社会全般に対して、何が差別に当たるのかの判断の物差しを提供することが求められる。このことを本法の目的に明示すべきである。

2、差別からの法的保護

 次に、差別的取扱いを受けても、これまで民法や刑法等の既存立法では解決が不十分であったことに鑑みると、本法が、私人を含む第三者による差別から個人を法的に保護することを目的とした立法であることを前提として、その上で、相互の調整や調停等の話し合いを出発点とした簡易迅速に問題を解決する仕組みを創設し、それでも解決できない場合には司法において解決するための法規範を定立することが重要である。したがって、この点も本法の目的に掲げるべきである。

3、国等の責務

 さらに、2も含め、差別の防止、啓発、相談体制等に関わる国等の責務を定めることも本法の目的に掲げるべきである。

4、共生社会の実現

 最後に、以上の措置を講ずることで、本法が差別を解消し完全参加と平等が図られる共生社会の実現に資することを明記すべきである。

第2節 国等の責務

第1、国の基本的責務

1、差別防止に向けた調査、啓発等の取組

 本法の目的は障害に基づく差別をなくすことにある。このため、国は、まずは現状を把握した上で差別行為の防止を図ることが求められる。

 現状を把握するためには、差別実態についての調査を行うことが必要である。その上で、これにより収集された情報を整理して施策の基礎に据えなければならない。さらに、これを一般に提供し、関係事業者を含む国民に障害者の置かれている状況を明らかにすることが求められる。

 差別の防止に関しては、学校やその他の場面で障害に対する正しい理解を含めた啓発及びどのような行為が差別に当たるのかなどの知識の普及を含む総合的な施策を策定してこれを実施することが求められる。

2、ガイドラインの作成等

 本法は、国や地方公共団体を含め、国民相互間の関係を規律することを目的とするものであるので、本法に対する事業者を含む、国民の幅広い理解が必要となる。

 このため、国は、これらの理解を広めるため本法に関する広報・情報提供に努めるとともに、本法の実効性を確保するために、不均等待遇や合理的配慮に関するガイドラインを作成してこれを広く周知しなければならない。
 このガイドラインの作成においては、事業者、障害者、障害者の家族等の参画を図りつつ、状況の変化に応じて見直していくことが求められる。

 また、国は、合理的配慮を実施する上での技術面や考え方等について、相談に応じ、これに対し助言することが求められる。

 さらに、合理的配慮の実施に対する国の支援については、本法施行後、合理的配慮の実施に伴う負担の程度や過度の負担を伴うことで実施が困難となった事案の状況等を検証し、過度な負担により合理的配慮の実施が困難とならないための技術的支援、財政的支援、税制措置等を検討することが求められる。

3、円滑な解決の仕組みの運用と状況報告

 本法は、差別事案が発生した場合の実効性のある簡易で迅速な解決の仕組みを提供するものである。

 このため、国は、これらの仕組みが円滑に運用されるよう、その実施状況を検証するとともに、解決事案、未解決事案を含め、事案の種類、障害の種別、問題とされた分野等、差別実態の解明や事案の分析に必要な視点から整理された受理事案の概要を毎年度、公表することが求められる。なお、政策委員会において、これを検証することを検討すべきである。

4、関係機関の連携の確保

 本法の対象とする分野は多岐にわたり、その円滑な施行には関係機関が相互に協力しつつ、それぞれの立場からの取組を進めることが必要である。
 このため、国は、関係機関相互の連携を確保するための体制の整備等を行うことが求められる。

5、研修及び人材育成

 本法の円滑な施行のためには、関係機関の職員等が障害及び障害に基づく差別問題に関する専門的知識等に基づき、業務を行う必要がある。
 このため、国は、関係機関の職員等に対する研修、必要な人材の育成を行うことが求められる。

第2、国の基本的責務に関して特に留意を要する領域

 当部会では、障害に基づく差別に深く関連する重要な分野として、下記の3つの領域について議論を深めた。国が第1に掲げた基本的責務を履行するに当たっては、以下の点に十分に留意することが求められる。

1、障害女性

 内閣府に置かれた男女共同参画会議は、平成22年7月23日に取りまとめた「第3次男女共同参画基本計画策定に当たっての基本的な考え方(答申)」の中で「障害のある女性は、障害に加えて、女性であることで更に複合的に困難な状況に置かれている」とした。これを受けて同年12月17日閣議決定された「第3次男女共同参画基本計画」は、「障害のある女性は、障害に加えて、女性であることで更に複合的に困難な状況に置かれている場合があることに留意する必要がある。」としている。

 このように男女共同参画の分野では、「障害のある女性」が取り上げられるようにはなったが、障害者に関わる統計には、現在も、男女別統計がほとんど示されておらず、差別防止の観点を踏まえた具体的な施策の実施やモニタリングは不足しているといわれている。同時に、これまでの障害者施策には、差別や不利益を受けるリスクの高い女性が置かれている実態を問題にする視点が欠落していた。

 このため、国は、障害女性の複合的な困難が解消されるよう、障害女性の置かれた状況の実態調査を始めとして、基本的な責務として求められる各施策の全てに障害女性の複合的な困難を取り除くための適切な措置を取り入れることが求められる。

2、障害に関連して行われるハラスメント

 障害に関連して行われるいじめや嫌がらせ等のハラスメントは、障害女性等へのセクシャルハラスメントを含め、障害者の尊厳と誇りを奪い、著しく人格を損なう行為である。

 このため、国は、学校、職場、施設、地域社会における障害に関連して行われるハラスメントを防止するため、本法に基づく差別防止に関する施策に関し、障害に関連して行われるハラスメントに対して適切に対処する措置をとるとともに、本法の運用に当たっては、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成23年法律第79号、平成24年10月1日施行)、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(平成13年法律第31号)、児童虐待の防止等に関する法律(平成12年法律第82号)とも連携した取組を行うことが求められる。

3、欠格条項

 障害又は障害に関連した事由によって国等が認定する資格の取得が制限されるとなれば、障害者は当該資格が求められる生活分野から排除されることになる。
 資格制度が設けられた趣旨や目的から見て、業務等の本質部分の遂行に必要な最低限の要件や能力に障害の存在が影響を及ぼさないにも関わらず、障害の存在が資格取得の制限の理由とされることは、極めて不合理であり、差別的待遇といわざるを得ない。

 現在、障害の存在だけでこのような資格制限をするいわゆる絶対的欠格条項は、大幅に見直されてきてはいるものの、運用の在り方によってはそうした結果を引き起こさないとはいえない。

 このため、国としては、業務等の本質部分の遂行に必要な最低限の要件や能力に関わる制限の必要性を踏まえつつも、資格取得の認定の仕方や制度運用の実態を引き続き検証し、障害に基づく差別の例外となる「正当化事由」の観点に照らして、必要な場合には適切な措置をとることが求められる。

第3、地方公共団体の責務

 地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとされている。
 障害者の地域における生活支援は、もとより国とともに地方公共団体の大きな役割であるが、地域生活を支援するためにも、障害者に対する地域における差別をなくすことは、地方公共団体が果たすべき重要な役割である。

 現に、地方公共団体の中には、差別のない地域社会作りを目指す条例を制定し、条例に基づく救済や解決の仕組みにより実際の差別問題に取り組むところも次第に多くなってきているところである。

 これらの点に鑑みると、地方公共団体は、「国の基本的責務」及び「国の基本的責務に関して特に留意を要する領域」に関し、国の立場においてのみ対応可能な事項を除いて、差別のない地域社会を作る主体として積極的な取組に努めることが求められる。

第4、国民の責務

 本法の円滑な施行には、民間事業者を含む国民各層における自主的な協力が必要であり、国民は本法の目的とする差別防止の重要性に関する理解を深め、国や地方公共団体の施策に協力するよう努めることが期待される。

第3節 障害に基づく差別

第1、障害の定義

1、議論の背景

 「障害」の捉え方、特に障害者が負う社会的不利の原因を巡っては、従来から 医学モデルと社会モデルという考え方があるとされている。

 そのような中で、障害者権利条約の前文では、「障害は発展する概念であり、機能障害のある人と他の者との平等を基礎として社会に完全にかつ効果的に参加することを妨げる態度や環境の障壁との相互作用に起因するものであることを認め*1」るとされ、障害が機能障害(インペアメント)と社会的障壁の相互作用から生まれるという考え方が示された。

 もっとも、かかる視点を踏まえて平成23年に改正された障害者基本法第2条においては、「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害」を障害とした上で、障害者を、これらの障害がある者であって、「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と定義している。

 したがって、この定義では「障害」そのものではなく、「障害者」の定義の中に社会的障壁が位置付けられることになった。

(脚注)
*1 政府仮訳文では「障害が、発展する概念であり、並びに障害者と障害者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、障害者が他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め」とあるが、ここでは、原文である「persons with impairments」に従い、「障害者」ではなく、「機能障害のある人」と訳した。

2、本法における障害の定義に求められるもの

 障害についてはかように、「障害」の定義の中で社会的障壁を考慮する考え方と「障害者」の定義の中で社会的障壁を考慮する考え方があるが、本法においては、本法の目的や趣旨から「障害」の定義を検討する必要がある。

 まず、本法は障害に基づく差別に特化した法律であるがゆえに「障害」とは何かを明らかにする必要がある。もちろん、一言で「障害」といっても実際の在り方は多様であり、また、医学の進歩や技術の革新等により変容し得る概念であるため、法律上の定義としてはある程度曖昧な内容を含むものとならざるを得ない側面もある。

 しかしながら、本法は、様々な場面において、国、地方公共団体及びこれに従事する公務員のほか、民間事業者、私人も含めた社会の行為規範(人々が行動する際の判断基準)として機能することが求められるため、本法の基本的な概念である「障害」の意味については、誰しもが理解し得る一定の明確性が確保される必要がある。

 そういった観点に立つと「障害」の中に社会的障壁を盛り込む障害者権利条約上の「障害」の考え方を考慮しつつ、機能障害(インペアメント)に重きを置いた障害者基本法上の「障害」の考え方の方が「障害」の内容を分かりやすくより明確なものとして提示できると思われる。

 また、憲法や諸外国の立法例を見ても、差別が禁止される事由は、性や人種等に見られるように、個人に関係した属性であり、それらの事由により差別されないとされている。したがって、本法においても、個人の属性といった観点から「障害」が定義されることが求められる。

 このことは、個人の属性に社会的不利の原因を求めるものではなく、差別という社会的障壁の発生の契機となる事由を特定するに過ぎないものであるがゆえに、社会モデルの考え方と相反するものではない。

 そうした点に鑑みると、本法においては、障害者基本法を前提とした上で、心身の機能の障害(インペアメント)を中心とした「障害」概念を採用することが妥当である。

3、障害の限界事例に関する議論

 障害を主として「機能障害」と理解した上で、例えば、日常誰しも経験するような風邪に伴う軽微で一時的な機能障害までも含むのか、又は、必ずしも病気による肥満ではなく、医学的な意味での機能障害はないが、極度に身体の大きな人が様々な社会生活上の制約を受ける場合にも本法の障害の定義に含めるべきでは、といった議論がなされた。

 これらは、いずれについても重要な議論ではあるが、現段階では、機能障害についての法解釈の余地を残しつつ、将来の議論に委ねるべきである。なお、本法にいう機能障害は、世界保健機関(WHO)の国際生活機能分類(ICF)が機能障害に含むとしている構造障害も含まれる。したがって、容貌の障害(facial disfigurement)もこれに含まれると思われる。

第2、禁止されるべき差別の形態

1、障害者権利条約とその実施

 障害者権利条約は、「障害を理由とするあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者と平等に全ての人権及び基本的自由を認識し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するもの」を差別とした上で「障害を理由とする差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む」と規定している。

 本法においても、このような権利条約の規定や諸外国における立法例を踏まえ、「合理的配慮の否定」を含むあらゆる形態の差別が禁止されるべきである。

 ただ、その際、本法は、障害に基づく差別に関して、国、地方公共団体及びこれに従事する公務員のほか、民間事業者、私人も含めた社会全般に対し、行為規範(人々が行動する際の判断基準)を示すことを目的とするものであるため、立法に当たっては、どのような行為が禁止されるのか、どのような行為が求められるのか、ができるだけ分かりやすい形で理解できるようなものであることが重要である。

 なお、本意見書では、障害者権利条約上の「合理的配慮の否定」という訳語はなじみにくいので、以下、「合理的配慮の不提供」「合理的配慮を提供しないこと」「合理的配慮をしないこと」等の言葉を当てることにする。

2、あらゆる形態の差別

 そこで当部会では、障害者権利条約及び諸外国の立法例を参考にしてこの分野で禁止されているあらゆる形態の差別について検討を行った。
 検討の俎上にのった差別の形態としては、直接差別、間接差別、関連(起因)差別(以下、「関連差別」という。)、合理的配慮の不提供の四つの類型である。
 これらの類型は、諸外国においても必ずしも同じような定義が与えられているとはいえず幅のある概念であるが、おおまかにいえば、主に下記のような場合を指している。

○ 直接差別の類型においては、
障害を理由とする区別、排除、制限等の異なる取扱いがなされる場合。

○ 間接差別の類型においては、
外形的には中立の基準、規則、慣行ではあってもそれが適用されることにより結果的には他者に比較し不利益が生じる場合。

○ 関連差別の類型においては、
障害に関連する事由を理由とする区別、排除、制限等の異なる取扱いがなされる場合。

○ 合理的配慮の不提供の類型においては、
障害者に他の者と平等な、権利の行使又は機会や待遇が確保されるには、その者の必要に応じて現状が変更されたり、調整されたりすることが必要であるにも関わらず、そのための措置が講じられない場合。

第3、直接差別、間接差別、関連差別の内容

 以上の四つの類型のうち、合理的配慮の不提供は後に述べるが、それ以外の類型の具体的な内容は以下のとおりである。

1、直接差別

 直接差別とは、前記のとおり、障害を理由とする区別、排除、制限等の異なる取扱いがなされる場合である。

 例えば、精神障害者は、原則として飛行機の搭乗はできませんといった場合がこれに当たる。「障害者の場合、何が起こるか分からない」「障害者はきっと障害があるために○○することはできないだろう」、「障害者は○○であるべきだ」というような障害又は障害者に対する無理解や偏見又は固定化した概念やイメージが根底にあり、それが、障害を理由にした異なる取扱いという行為になって現れる場合がある。これが、本法において禁止されるべき差別の基本形態である。

 ただ、さすがに障害を直接的な理由とすることに躊躇を覚えるのか、別の理由が持ち出される場合もある。こうした場合、外形上、又は表面上どのような理由が持ち出されているのかではなく、客観的にその理由が何であったのかが問われることになる。

2、間接差別

 次に、間接差別とは、前記のとおり、外形的には中立の基準、規則、慣行ではあってもそれが適用されることにより結果的には他者に比較し不利益が生じる場合である。

 例えば、勤務先の就業規則にはマイカー通勤禁止という規定があるため、これまでは公共交通機関を使って通勤し、会社では事務職を担当していた社員が、運悪く会社の慰安旅行で数名の同僚とともに事故に遭い、両足を切断してしまったという事例において、事務職の仕事自体は車いすでも何らこれまでと変わりなくこなすことができるものであったので、本人は仕事に戻ろうと思った。ところが、これまで利用していた公共交通機関が車いすでは利用できないため、マイカー通勤を希望したところ、会社側がマイカー通勤禁止を定める就業規則を根拠に、この社員の希望を受け入れなかった。このため、この社員は退職せざるを得なかったといった場合、マイカー通勤禁止という就業規則の文言は障害者の就業を直接排除するものではなく、外形的には中立的であるといえる。

 しかし、この就業規則を当該障害者に適用することで、この障害者は通勤手段を欠き、結果として、職場復帰の機会が奪われることになる。しかも、この不利益は、同じく事故に遭って入院したが後遺症の残らなかった他の同僚と比較すると、この両足を切断した社員だけが不利益を被ったといえる。

 このような場合に、障害者になった社員については、障害が残ったから復職を認めない、他の社員は、障害が残らなかったから復職を認めるといった障害の有無を直接的な理由として他と異なる取扱いをしたわけではなく、あくまでも、就業規則でマイカー通勤が禁止されているからだと相手方は主張するであろう。

 しかし、結果において見るならば、障害者だけが退職せざるを得なかったわけであるから、実質的には障害者だけを解雇する、すなわち、障害を理由として他と異なる取扱いを行うことと同じなのである。このような事例からもわかるように、間接差別も差別であるとされたのである。

3、関連差別

 さらに、関連差別とは、前記のとおり、障害に関連する事由を理由にした区別、排除、制限等の異なる取扱いがなされる場合である。

 例えば、あなたが車いすを使っているからうちのお店の利用は困ると言っているだけで、あなたに障害があるからという理由ではありませんと説明される場合においても、障害と車いすの使用は、相互に無関係ではあり得ない。車いすを使用していることを理由にした異なる取扱いがあれば、それが障害に関連する事由であるため、障害を理由にした異なる取扱いと同様の結果が生じるのである。そこで、障害に関連する事由を理由とする場合も、差別であるとされているのである。

 その点を障害の捉え方との関係でいえば、そもそも、世界保健機関(WHO)が示した国際障害分類(ICIDH)は、「疾病の諸帰結」として、疾病により機能障害(impairments)が発生しそれが能力障害(disabilities)を生むことにより障害者に社会的不利(handicaps)が発生するという考え方を提示したが、現在においては、社会モデルの影響を受け、環境因子との相互作用という概念を取り入れた国際生活機能分類(ICF)へと改訂されていることは周知のとおりである。

 したがって、社会的障壁等の環境要因を考慮しないまま機能障害の存在のみによって能力障害が発生する、あるいは社会的不利を被るといった理解は、一面的であり、誤った過去の見解といわざるを得ない。しかし、反面、能力障害あるいは社会的不利の発生に機能障害が一つの要素として影響を与えていること自体は否定しがたい現実でもある。

 仮に機能障害が機能障害にとどまり、他に何らの影響を与えないものであれば、差別類型としても、障害そのものを理由とする異なる取扱い(直接差別)のみを対象にすれば事足りるはずである。しかしながら、能力障害あるいは社会的不利が機能障害の影響の下にあるとすれば、機能障害に関連して発生する能力障害や社会的不利に関わる事由を理由とする社会的排除が発生すると、それは結局、「機能障害」のある人を排除する結果となるのである。

第4、直接差別、間接差別、関連差別の関係についての検討

 これらを前提に、差別禁止部会では、後に述べる合理的配慮の不提供も含め、それぞれの類型の有用性や守備範囲、類型相互の違いや関係等が検討された。なかでも、直接差別、間接差別、関連差別については、あまりにいろいろな類型があると行為規範として分かりがたく、多くの人の理解を得がたいのではないかといった観点から、これらを包括的にまとめる方向での議論が行われた。

1、間接差別と関連差別の関係

 間接差別は、前記のとおり、外形的には中立の基準、規則、慣行ではあってもそれが適用されることにより結果的には他者に比較し不利益が生じる場合であるが、なぜ中立的な基準等の適用が障害者のみに不利益を与える事態が生じるかといった観点から考察すると、それは、適用される基準、規則、慣行の中に、障害そのものを問題とする条項や内容がなくとも、障害と関連する事由を問題とする条項や内容がある場合には、実質的に障害者を排除する結果(効果)を生じるからである。

 したがって、適用する基準等の面からいえば、直接、障害を理由とするものではないため、間接的な形態の差別といいうるが、他方、問題となる事由から見れば、障害に関連した事由を理由とする差別の形態と評価することも可能である。

 具体的な事例をみても、例えば、盲導犬を伴った視覚障害者が、レストランの入店を拒否された事案において、犬の同伴は一般的に断っているといった外形的には中立的な規則の適用により視覚障害者だけが排除される事態は、間接差別の問題として扱うことも可能である。しかし、同時に、盲導犬の同伴は視覚障害に関連するものであるため、視覚障害という機能障害に関連する事由による差別と構成することも可能である。

 このように、間接差別は、障害に関連する事由を理由とする関連差別と基本的な部分で重なり合うものと評価できる。したがって、関連差別のほかに、一般に理解が困難であるといわれている間接差別を独自の類型として規定する意味は少なく、間接差別は関連差別の類型に統合するのが適切である。
 なお、この場合、間接差別に当たる実態が法の規定から漏れることがないよう十分配慮されなければならない。

2、直接差別と関連差別の関係

 その上で、直接差別は障害を直接理由にする場合、関連差別は障害そのものではなく、障害に関連する事由を理由とする場合を指すものとして、別個独自に規定する方法もあり得るであろうが、実際に見るとそれが障害そのものを理由とする場合であるのか、それとも障害に関連する事由を理由とする場合であるのか、その区別が困難な場合もある。

 そうした点に鑑みるとこれらの両類型はこれを「障害又は障害に関連した事由」を理由とする差別類型(本意見書では「不均等待遇」と呼ぶ。)として一本化すべきである。

3、障害に基づく差別の禁止

 したがって、本法においては、不均等待遇と合理的配慮の不提供の二つの差別類型を含む形で差別を禁止する規定を設けるべきである。そこで、ここでは、不均等待遇と合理的配慮の不提供を合わせて、「障害に基づく差別」と呼ぶことにする。

第5、不均等待遇(障害又は障害に関連した事由を理由とする差別)

 このように、直接差別、間接差別、関連差別の三つの類型は、不均等待遇という一つの類型として包括すべきである。そうした場合、不均等待遇という差別の内容は以下のとおりである。

1、関連する事由

 不均等待遇においては障害のみならず障害に関連する事由を理由とする場合も含むことになる。ここでいう「関連する事由」としては、例えば、能力障害や社会的不利そのもの、能力障害を補う車いす等の補装具、補助犬、その他の支援器具等の利用や携行、介助者の付き添いや同行、利用できる公共交通機関がないといった社会的不利を補う代替的移動手段の利用、等が挙げられる。こうした障害すなわち機能障害に関連する事由を理由にした異なる取扱いも不均等待遇の類型に取り込まれることになる。

 もっとも、この関連差別を不均等待遇の一つであるとすることは、即座にそれが差別に該当するということではない。この点は直接差別と何ら変わりのないところであり、差別に該当するというためには、それが異なる取扱いであるかどうか、さらには正当化事由の存否の吟味を経る必要があるのである。

 したがって、例えば、能力障害を理由とする場合には関連差別の問題とはなるが、誰に対しても本質的に必要な能力が求められる場合には、異なる取扱いをしたとはいえず、差別には該当しないことになる。

2、関連する事由の多様性

 そうした理解の上で、関連性の程度についてどう考えるかが問題となる。性別や人種と異なり、障害という属性はその種別、程度又は態様において多様性に富むため、それに関連する事由もまた多様性に富むことになる。上記に挙げた例はあくまで一つの例に過ぎない。あらかじめ関連する事由を類型化し、又はその関連の程度を法定化することは困難であるだけでなく、線引きによって生ずる弊害も大きい。

 したがって、不均等待遇に当たるかの判断に当たって、問題とされている事由が客観的に障害に関連すると認定されれば、関連差別に該当すると考えるのが妥当である。もちろん、その上で、当該行為が異なる取扱いであるかどうか、正当化事由があるかどうかの判断を経た上で、最終的に差別に該当するか否かの判断がなされることになるので、どんなにささいな関連事由がある場合でも即座にそれが差別だと判断されることにはならないのである。

3、異なる取扱い

 不均等待遇における区別、排除又は制限その他の異なる取扱いの具体的な内容としては、例えば、公共施設の利用を考えると、そもそも障害者の利用を排除する、障害者の利用については制限を付ける、障害者には障害のない者とは異なる形態での利用しか認めない、障害者の利用に当たっては障害のない者には付されない条件を付す、等が挙げられる。

 障害者に対して障害のない者と異なる取扱いをすることは、障害者に対する不利益な取扱いにつながり、障害及び障害者についての無理解や偏見を固定化させることとなりかねないため、基本的にはこれらの異なる取扱いは広く本法の対象とすることが妥当である。

4、過去の障害等

 障害を理由とする異なる取扱い(直接差別)については、障害又は障害者についての無理解や偏見又は固定化した概念やイメージに基づく差別の禁止が目的の一つでもあり、かかる視点に立てば、過去に存在した障害又は将来発生する障害もしくは誤認された障害を理由に障害のない者に対して異なる取扱いをすることも、さらには、障害を理由として障害者の家族等の関係者に対して異なる取扱いをすることも、本法において「障害を理由」とする差別として禁止される。

5、主観的要素

 不均等待遇というためには、行為者が障害又は障害に関連した事由を理由として区別、排除又は制限その他の異なる取扱いを行っていることを認識していれば(あるいは認識すべきであれば)足り、積極的に相手に害を加えようとする意図までは必要とされないとすべきである。

 もっとも、完全参加と平等の実現といった観点から考えれば客観的に差別状態が発生していれば、相手方の認識の有無に関わらずこれを差別とした上で、なくしていくということが求められる。そうした観点からすると差別が成立する上では積極的な害意だけでなく相手方の認識も不要であるとする考え方も成り立ちうると思われる。

 しかし、本法が行為規範を提供することの重要性を謳い、相互の理解の下で差別をなくしていくべきという基本的なスタンスを取っていることに鑑みると、不均等待遇に当たると認識し又は認識し得たにも関わらず、それに該当する行為に及んだ場合には、差別に当たるとして本法を適用する必要性があるが、全く認識し得なかった場合にまで責任を問うべきではない。

 ただ、その際においても、本法は今後の適切な認識を求め、同じ行為の繰り返しを回避することを求める契機として機能するものであり、同種事案の発生防止に効果を発揮することが期待される。

 なお、障害又は障害に関連する事由を理由として区別、排除又は制限その他の異なる取扱い(不均等待遇)が行われた場合に、それ以外にも異なる取扱いの理由が存在することは本法の適用の妨げとならない。

6、正当化事由

 障害又は障害に関連する事由を理由とする区別、排除又は制限その他の異なる取扱い(不均等待遇)は、それがいかなる場合においても本法において禁止される差別とすることは妥当ではない。相手方にも正当に保護すべき利益がある場合があり得るからである。

 しかしながら、差別をしてはならないことは公序として守られなければならない社会の基本的なルールであること、往々にして差別を受ける少数派に対して多数派の利害が優先されがちであることに鑑みると、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないといえる場合においては、不均等待遇は例外的に是認されるとすることが妥当である。

 ここで、「客観的に見て」とは、正当化事由の存否の判断は、相手方の主観的な判断に委ねられるのではなく、相手方の主張が客観的な事実によって裏付けられるもので、それが第三者の立場から見ても納得を得られるような客観性を備えたものでなければならないといったことを意味するものである。

 なお、このような場合において、正当化事由の存否について、最終的な立証責任を行為者に負わせるなど、当事者間の訴訟遂行能力や証拠へのアクセスの可否等を踏まえ、立証責任の配分が考慮されなければならない。

7、不均等待遇が禁止される対象範囲

 不均等待遇は、障害又は障害に関連する事由を理由とする区別、排除又は制限その他の異なる取扱いを禁止するものであるが、全ての人にその効力が及ぶのか、それとも一定の範囲には及ばないのか、検討が必要である。

 本法は、差別禁止という要請を国や行政だけでなく、私人間の行為規範としても法定化することに大きな意義を有しているが、私人間においては、結社の自由や私的自治の原則、法律による規制はできるだけ慎重であるべきこと等を踏まえると、合理的配慮の分野でも述べるとおり、どのような関係を取り結ぶかについて、個人の自由な意思に委ねられ、異なる取扱いをすることが社会的に容認されている私的な領域においては、法律で差別とすることは妥当ではない。

8、積極的差別是正措置等

 最後に、不均等待遇と積極的差別是正措置等の関係について言及する。
 合理的配慮が個別の障害者のその時々の具体的な状況において必要とされるものであるのに対し、障害者全体を念頭に置いた事前の制度であるいわゆる積極的差別是正措置や障害者に対する各種優遇措置については、将来、社会的障壁が除去され、障害者が何の制限を感じることなく日常生活又は社会生活を送ることができるようになった際には廃止されることが望ましいと考えられるが、当面はその必要性が認められることから、これらの措置が本法に基づき禁止される差別に当たらないことを明確にする必要がある。

 ただし、現行法上、積極的差別是正措置として想定されるのは雇用率制度であるが、その具体的な内容については差別禁止の趣旨に即して「障害者の事実上の平等を促進し、又は達成するために必要な特別の措置(障害者権利条約)」であることが求められる。

第6、合理的配慮の不提供

1、障害者権利条約における定義

 障害者権利条約は合理的配慮を「障害者が他の者と平等に全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義している。
 このように障害者権利条約は合理的配慮の目的を「すべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するため」としている。

1)人権及び基本的自由

 ここで示されている「人権」とは、例えば、投票所に段差があり、車いすでは投票箱までたどり着けないといった事例においては、選挙権という権利を指し、選挙権の行使を確保するためには、何らかの人的支援又は物理的な段差解消の措置というものが必要とされることになる。
 また、「基本的自由」には、差別を受けないことにより確保される自由(不当な関与や取扱いからの自由)も含まれる。これらは、これまで差別禁止によって達成すべきとされてきた機会や待遇の平等を確保する上で、必要な合理的配慮がなされなければならないことを意味しているのである。

2)必要かつ適当な変更及び調整

 そもそも、「すべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使すること」は本来誰にでも認められるはずのものであるところ、なぜ改めて障害者権利条約に規定されなければならなかったのかというと、それは人権及び基本的自由の享有や行使が形式的に認められても、障害者の場合は、個々の状況を考慮した必要かつ適当な変更及び調整の措置がなければ、実質的に見るとその享有や行使が困難だからである。そこで、障害者権利条約は、必要かつ適当な変更及び調整を内容とする「合理的配慮」の否定を差別であるとしているのである。

 したがって、本法においても、障害者の求めに応じて障害者が障害のない者と同様に、人権を行使し、又は機会や待遇を享受するために、必要かつ適切な現状の変更や調整を行わないことを、差別として位置付ける必要がある。

2、合理的配慮が求められる根拠

 このように、合理的配慮の不提供は差別と位置付けられ、相手方に積極的な作為義務が課されることになる。
 このことについては、単に障害者権利条約が「合理的配慮の否定」を差別に位置付けたから本法においても同様の規定を置くべきだということではなく、その社会的背景を理解する必要がある。
 合理的配慮の不提供がなぜ差別と位置付けられるのかを考察する上で、まずは、障害のない者もその者自身が有する心身の機能や個人的能力だけで日常生活や社会生活を送っているわけではないことに目を向けることが必要である。
 例えば、

  • 二階建てのスーパーマーケットで仮に階段が壊れた場合には事業主がその負担で修理することになる。店を訪れたお客は事業主のこのようなサポートによって、二階にある飲食品等の購入の機会を享受している。
  • 視覚や聴覚に支障のない学生であっても、その有する個人の視力や聴力では対応できない大教室においては、学校設置者によってマイクやモニターが設置され、その結果、視覚や聴覚に障害のない学生も勉学の機会を享受できている。
  • 知的障害のない者でも人間の個人的な体験による知見の集積や記憶力には限界があるので、図書館が提供する社会が集積した知識や情報を参照することで、間違いなく物事を判断する機会を享受している。
  • 自己主張する能力に障害のない者であっても、自己が無実であることを訴え続けることには困難があるため、憲法や刑事訴訟法が被疑者・被告人に黙秘権を始めとする様々な権利を付与し、その結果として被疑者・被告人は自己を防御する機会を得ている。

 このように障害のない者もその日常生活や社会生活を営むに当たっては、様々な場面で人的サービス、社会的インフラの供与、権利の付与等による支援を伴う待遇や機会が与えられているのである。

 ところが、こうした支援は、障害のない者を基準にして制度設計されており、障害者の存在が想定されていないことが多く、往々にして障害者はこれを利用したり、その恩恵を受けられないといった事態が発生することになる。

 こうした観点から見ると、国、地方公共団体、民間事業者、個人等によって提供されるこうした待遇や機会の提供、ないしは一般に認められる権利といったものが、一般には利用できる形で提供されているにも関わらず、障害者には利用できない形でしか提供されないことになれば、そのことによって障害者が日常生活や社会生活から排除されることになるのは明らかであろう。

 上記の例でいえば、二階フロアーでの買い物を希望する障害者に階段に替わる、例えば、人力で二階に上げるとか、それが極めて困難な場合には二階の商品を一階に持ってきて見てもらうなどの何らかの手段を提供しなければ、実質上は、二階フロアーでの買い物の機会を障害者にだけ提供しないのと同様である。

 このように、一般には利用できる形で提供する反面、障害者には利用できない形でしか提供しないこと、言葉を換えれば障害者が利用できるように合理的配慮を提供しないことは、実質的には、障害のない者との比較において障害者に対して区別、排除又は制限といった異なる取扱いをしているのと同じであるから、障害者権利条約は「合理的配慮の否定」を差別であるとしたのである。

 そこで、相手方は「合理的配慮を提供しない」という差別をしてはならない義務を負うことになるので、結局のところ、相手方は合理的配慮を提供する義務を負うことになるのである。

3、合理的配慮が求められる対象範囲

 以上を踏まえると、合理的配慮を提供しないことが差別と位置付けられ、そのための積極的な作為が求められる分野は、障害のない者へ何らかの役務提供、機会や権利の付与がなされている分野である。

 したがって、障害のない他の者へ提供される役務、機会、権利において同等の扱いが求められる分野とは異なり、人と人が何らかの接触を持つ場合に、どのような人間関係を築くのかについて、一般的に個人の自由な意思に委ねられていると認められる私的な領域において、合理的配慮の提供が義務付けられることはない。

4、合理的配慮の内容

 合理的配慮の内容については、合理的配慮といわれても分かりがたいといった指摘がある。確かに、合理的配慮という概念は、言葉としても新しいものであり、日本に定着した言葉ではない。
 しかしながら、障害者に対する配慮については、既に様々な分野において社会連帯や思いやりの観点から一定程度実施されているものと認められ、その実体は既に日本にも古くから存在しているものでもある。

 ただ、障害者が必要とする合理的配慮の具体的な内容は、障害の態様や配慮が求められた状況等に応じて変わるものであり、その内容をあらかじめ確定することは困難であるので、具体例を示すことが求められる。諸外国における運用等を踏まえると、合理的配慮の内容を考察するに当たっては、1)基準・手順の変更、2)物理的形状の変更、3)補助器具・サービスの提供という以下の三つの視点から検討することが有用と考えられる。

1)基準・手順の変更

  • 例1.パニック障害がある労働者の勤務時間を変更し、ラッシュ時に満員電車を利用して通勤する必要がないようにする。
  • 例2.視覚障害がある顧客に対して、求めに応じて、大きな文字で印刷された利用案内を提供する。
  • 例3.コミュニケーション特性に応じた会話や職業指導を行う。

2)物理的形状の変更

  • 例4.建物の入口に存在する段差を解消するために、スロープを設置して、車いす利用者が建物に入ることができるようにする。
  • 例5.職場において車いすを利用する労働者が使用する机の高さを変更し、車いすを利用したままで机を使用して仕事ができるようにする。

3)補助器具・サービスの提供

  • 例6.視覚障害がある労働者が職務遂行上使用するパソコンに音声読み上げソフトを導入し、パソコンを使用して仕事ができるようにする。
  • 例7.発達障害者がパニックになった場合等に備えて、他人の視線や態度を遮る避難所的な空間を用意する。

5、ガイドラインの設定

 上記のように合理的配慮の内容は三つの視点から検討することが有用であるが、合理的配慮は個別性の強い概念であり、具体的な場面に即して必要となる措置の内容を判断することが求められる。また、後に述べる過度の負担か否かの判断はケース・バイ・ケースで行うこととなる。

 したがって、法律上、これらの概念を規定する場合にはある程度抽象的なものとならざるを得ないが、障害者及び措置を求められた者が合理的配慮の措置内容や過度な負担について適切な判断ができないのでは、本法が社会において実効性のある行為規範(人々が行動する際の判断基準)として機能することは考えられない。

 このため、政府においては、国等の責務で述べたとおり、障害者や事業者等の意見を聴くとともに、広く国民の理解を得つつ、各分野における措置内容や負担の判断に関するガイドライン等を作成し、これを周知するとともに、時代の変化に応じてステップアップすることが求められる。

6、正当化事由

 合理的配慮は相手側の負担でその実施を求めるものであるが、無制限の負担を求めるものではない。

 このため、障害者権利条約においても、合理的配慮の定義において「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」であることを求めている。本法においても、同様に均衡を失した又は過度の負担が生じる場合には措置が義務付けられないとすることが妥当である。なお、「均衡を失した」と「過度」という文言にことさら異なる意味が付与されるとは考えられないので、以下、「過度」の負担という。

 過度の負担であるかどうかの判断に当たっては、諸外国における立法例・運用等を踏まえると経済的・財政的なコストの他に業務遂行に及ぼす影響等を考慮する必要がある。

 まず、経済的・財政的なコストの面では、相手方の性格(個人か、団体か、公的機関か)、業務の内容、業務の公共性、不特定性、事業規模、その規模から見た負担の割合、技術的困難の度合い等が、判断の要素として考慮されるべきである。

 次に、業務遂行に及ぼす影響の面では、合理的配慮の提供により、業務遂行に著しい支障が生じるのか、提供される機会やサービス等の本質が損なわれるかどうかが判断されなければならない。

 以上のように、合理的配慮の提供に過度の負担が生じる場合には、相手方に当該措置の提供が義務付けられることはないが、措置を求めた障害者の側が事業規模や負担の程度や割合といった情報にアクセスすることは困難であることから、措置を求められた者に立証責任を負わせるなど、立証責任の配分の在り方に配慮する必要がある。

7、合理的配慮の実現に向けたプロセス

 障害者が実質的に均等な待遇を受けるために必要とする合理的配慮の内容は、障害の態様や配慮が求められた状況等に応じて変わるものであり、障害者と配慮が求められた者の間で協議して、その具体的な内容が確定されることが望ましい。

 そのための措置として複数提供可能なものが存在する場合等においては、障害者の希望に沿った措置が取られるよう配慮されるべきだが、提供される配慮が障害者の希望とは異なる場合もあり得る。かような場合も含め、どうしても合意できない場合には、調停等の合意形成をベースとした解決の仕組みや最終的には司法の場における判断によることになる。

8、事前的改善措置との関係

 合理的配慮は個別の場面において、障害者からの求めがあって初めて問題となるものだが、このような合理的配慮を実効性のあるものとするためには、障害者からの求めがない場合においても、あらかじめ何かしらの措置を講じておくことが望ましい。

 しかしながら、本法は事案ごとの個別調整を求めるものであるのに対し、このような事前の改善措置は、社会の全般的な枠組みに大きな影響を与えるだけに、当面は、重要な政策課題として位置付けるのが妥当である。また、本法における合理的配慮との関係や事業者等の義務等との関係をどう整理するのかの課題もある。さらには、建築物や交通機関のバリアフリー化等、特定の分野においては現行法に基づく取組が進められていることもあり、現時点では本法の対象とはしないこととするが、本法の実施状況や関係法に基づく施策の実施状況を見つつ検討を続けるべきである。

第2章 各則

第1節 公共的施設・交通機関

第1、はじめに

 障害者権利条約は、公共的施設及び交通機関の利用に係る分野に関して、「公衆に開放され、又は提供される施設及びサービスを利用することができることを確保するため」、その「利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ、公表し、及び監視すること」等を含む措置をとることを締約国に求めている。

 これは、これらの利用ができなければ、障害者の社会生活への完全参加は極めて困難に陥るからである。障害者権利条約は、この分野に特化した差別禁止規定を持たないが、条約上は、あらゆる生活分野における差別を禁止する総則規定の適用が想定されている。

 本法においても、障害者の社会生活への完全参加を実現する上で、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 この分野において、不均等待遇及び合理的配慮の不提供として差別が禁止される事項は、公共的施設及び交通機関の利用に関する事項である。

1)公共的施設

 公共的施設の場合、例えば、障害を理由として宿泊を断られる、知的障害者というだけで公営プールを利用できない、あるいは、精神障害者というだけで議会の傍聴を禁止されることがあるが、これらは当該施設の利用自体を制限するものである。なお、この場合、当該利用が契約に基づくものである場合には契約の拒否といった形をとることになる。

 また、利用が認められた場合でも、他人の同伴を条件に許可されるといった利用の制約や当該施設の物理的な障壁によって、利用が制限される場合もある。段差や階段、エレベーターの使用時間規制、障害者に使えないトイレ等が典型である。障害者用の座席しか利用できない劇場や他の客室に比べ高額なバリアフリーの部屋しかないホテルでは、障害のない人と比較すると選択肢が限られる場合もある。

 さらには、当該施設を利用する上で必要なアナウンス情報や案内表示板が障害者には分からないことによって、当該施設を利用する上で困難を伴うこと、施設案内に障害者の利用に関する情報が載せられていないため、利用の機会を逸すること、その他、施設利用者一般に提供しているサービスに合理的配慮がないため、これを受けられないこともある。

 したがって、公共的施設の利用において、差別禁止の対象となる事項としては、施設利用契約の締結、利用の許諾、利用に必要な手続や条件の付加、付加的料金の設定、施設内やその敷地内における移動や施設に付属する設備等の利用、施設やその利用に伴う情報の提供、施設利用に伴う役務の提供等に関する事項も含まれる。

2)交通機関

 交通機関の場合、例えば、車いす利用者だからといってタクシーの乗車を拒否される、「通勤時は込み合うので無理」という理由でバスの乗車を断られる、ハンドル型電動車いすやストレッチャー型車いすは安全でない又は場所を取るという理由で鉄道利用を断られる等、利用そのものを拒否される場合、さらには長距離列車に設置してあるトイレが使えない場合のように、交通機関に付属して設置してある設備等が使えないために交通機関そのものを利用できない場合もある。

 また、利用申込みにおいて、一般よりも早い事前の利用申込み、一般とは異なる利用申込み、一般にはないプライバシーに関わる個人情報の開示、介助者の同伴、医者の診断書の添付等を求められる等のように利用に条件が課されることもある。

 さらに、利用ができる場合でも駅舎にエレベーターがなかったり、隣接ビルのエレベーターを経由する場合には、隣接ビルの営業時間の制限を受ける場合もある。プラットホームと電車のステップの間隔が広かったり、かなりの高低差がある場合もあるが、このような物理的障壁をなくすための何らかの合理的配慮がなされていない場合も多い。障害者が使用できるよう配慮された座席は指定のみで、自由席を選択できないといった制約があることもある。

 加えて、交通機関を利用する上で必要な駅や空港のアナウンスによる運行状況の情報や行き先等の案内表示板が障害者には分からないことによって、当該交通機関の利用に困難を伴うこともある。

 したがって、交通機関の利用において、差別禁止の対象となる事項としては、運送契約の締結、運送に必要な手続や条件の付加、外部からの交通施設への経路、施設内やその敷地内における移動、施設に付属する設備(例えば券売機、改札、トイレ)等の利用、交通機関の運行に伴う情報の提供、交通機関の利用に伴う役務の提供等に関する事項も含まれる。

2、対象物と差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 本法における公共的施設とは、障害者の社会参加といった視点と他者との平等を図るといった視点からすると、対象物は、不特定又は多数の者の利用に供される建物、施設、設備(例えば、学校は特定の者の利用に供されるものであるとしても、多数であるのでここに含まれる)であれば足り、不特定かつ多数の者の利用に供されるもの(例えば、デパートや公会堂)だけに限定するのは妥当でない。しかし、特定された者でかつ少数の者だけの利用に供されるもの(例えば、戸建ての個人住宅やそれほど大きくはない共同住宅)は除外するのが妥当である。

 また、交通機関とは、上記同様の視点からすると、不特定又は多数の者を想定した旅客の運送を行うための車両その他の運搬手段、駅舎等の運送のために供される建物と建物内に設置された設備、付属の駐車場やバス停等の路外設備等を含むものである。

 なお、不特定又は多数の者の運送を想定したものであれば、実際の運行において、少人数が利用するタクシーであるとか、多数ではあるが特定の者だけを運ぶ貸切りの場合もここに含まれる。

 そこで、この分野における相手方としては、上記公共的施設又は交通機関をその目的・用途の下に管理・運営する事業者であり、所有権の有無又は官民を問わないことになる。

3、国のバリアフリー施策との関係

 国は以前よりこの分野におけるバリアフリー化を図るため、法に基づいてこのための施策を推進している。これは「第1、はじめに」において述べたように、障害者権利条約が求める施設等の利用可能性に関する最低基準及び指針を設定して実施するための措置といえる。

 ただ、これらは、障害者全体の利便性確保といった観点から行われるものである以上、全体的に必要性が高く、障害者の利用が多いと思われる対象に絞って、実現可能性の高いところから行うことにならざるを得ないといった側面がある。

 したがって、公共的施設や交通機関の範囲、既存のものであるか否か、又はその規模等において、求める施策の内容が異なることになる。
 こういった施策は障害者権利条約も求めており、その重要性は誰しも認めているところではある。しかしながら、

  • バリアフリー基準はハード面に焦点があり、バリアフリー基準を満たしている場合であっても、個別的接遇においては不均等待遇といった事例が起こり得ること
  • 一般的なバリアフリー基準が障害の多様性や個別の状況に沿った合理的配慮を満たすとは必ずしもいえないこと
  • 施策の対象範囲外である場合には、何ら合理的配慮をしないといった事例の発生を防止するのは困難であること
  • バリアフリー施策では、差別事案が生じた場合の紛争の解決の仕組みが提供されていないこと

 等に鑑みるとこの分野における差別を防止するには、本法によりこの分野における差別を禁止することが求められる。そうした場合、国のバリアフリー施策と本法による差別禁止は、障害者の社会参加を確保するための両輪であるといえる。

 そういう観点からすると、本法においては、対象物の規模の大小等は経営規模に関わるので、不均等待遇や合理的配慮の不提供における正当化事由として考慮される要素にはなるとしても、本法の適用対象自体としては、既存か否か、規模の大小等は問わないことになる。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 この分野においては、前述のとおり、公共的施設及び交通機関の利用における不均等待遇及び合理的配慮の不提供が禁止されることになる。
 不均等待遇の事例としては、先に述べたとおりである。障害者が他の者との平等に基づき社会参加できるようにする観点から、障害者が利用する上で構造上の障壁があることやそれを補う補助的サービスが提供されていないことも含め、障害又は障害に関連する事由を理由とする利用の拒否、利用の制限、利用に条件を課すこと、その他の異なる取扱いをすることを差別とし、これを禁止することが求められる。

2、不均等待遇を正当化する事由

 この分野における不均等待遇における正当化事由は、総則で述べたとおりであるが、建物又は交通に供される車両等の構造上、安全上やむを得ないと認められる場合等の理由がある場合は、差別に当たらない場合もある。ただし、以下の点に留意すべきである。

 すなわち、安全性に関して、例えば、交通機関の運行に際して事故の発生の根絶は困難であり、そういった意味で抽象的なリスクは誰に対しても負わされているといえる。しかし、可能な限り、安全性は誰に対しても保障されなければならないものである。したがって、障害者が交通機関を利用する場合も他の利用者と同等の安全性が確保されるための合理的配慮がなされなければならない。

 にも関わらず、交通事業者が安全確保のための合理的配慮を提供することなく、障害者自身の独力では安全性を確保できないといった理由で利用が拒否される場合もある。そういった点に鑑みると、安全性は、個別具体的な状況を踏まえ、必要な合理的配慮がなされることを前提にして判断されるべきである。

第4、合理的配慮及びその不提供を正当化する事由

 合理的配慮の具体的な内容としては、例えば、移動においては物理的障壁を除去すること、又は人的支援を提供すること、接遇においては障害特性に配慮した対応をすること、設置してある設備の利用においては障害者にも可能となるような手段を提供すること、危険を回避し安全に利用できるよう対策を講じること、当該施設の利用に必要な情報においては容易に理解したり、受け取れるようにするための手段を提供することなどが考えられる。

 また、合理的配慮の例外として正当化される場合があることについては、総則で述べたことがこの分野にも当てはまる。

第2節 情報・コミュニケーション

第1、はじめに

 障害者権利条約は、その前文において、情報及び通信についての機会が提供されることの重要性に触れた上で、情報、通信その他のサービス(電子サービス及び緊急事態に係るサービスを含む。)へのアクセスに関して、その「利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ、公表し、及び監視すること」等を含む措置をとることを締約国に求めるとともに、コミュニケーション(意思疎通)の手段等に関しては、それは自ら選択すべきものであって、他から強制されるべきものではないということを前提に様々な手段や態様があることを示している。

 これは、情報が利用できず、又はコミュニケーションが制約されるならば、障害者の日常生活や社会生活は極めて困難に陥るからである。障害者権利条約は、この分野に特化した差別禁止規定を持たないが、条約上は、あらゆる生活分野や社会活動における差別を禁止する総則規定の適用が想定されている。

 このように、情報とコミュニケーションがあらゆる生活分野における基礎としての重要であることに鑑みると、本法においても、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 この分野において、不均等待遇及び合理的配慮の不提供として差別が禁止される事項は、情報の取得や利用及びコミュニケーションの確保に関する事項である。

 情報は全ての人が日常生活及び社会生活を送る上で不可欠なもので、情報が提供されない、あるいは提供されても理解できない等の場合には、生活が大きく制約されることになる。

 ところが、社会にあふれている様々な情報の多くは、障害者がアクセスすることを想定していないため、障害者にとっては手話通訳、要約筆記、知的障害者又は発達障害者の支援者等の情報を受け取る上で必要な支援なしではこれを利用できないことが多い。

 また、点字文書、音声、振り仮名の付与、イラストや絵記号等の構造化された形での情報提供等の障害特性に配慮した形の情報提供を受けることはほとんどないために、他の市民が得ることのできる情報を障害者は得ることができないということも少なくない。

 とりわけ、緊急地震速報や避難及び被害に係る災害時の緊急情報等は極めて重要なものであるにも関わらず、障害の特性に配慮されているとはいえず、障害者の生命を一層危険にさらすこともあり得るのである。

 さらに、情報や意見等のやり取りを行うコミュニケーションについても、その手段を利用できなかったり、手話通訳等の手段を使うことを拒否されれば、生活に不可欠な人とのつながりに困難を生じるということも少なくない。

 したがって、この分野で禁止の対象とされる事項は、情報に関しては、その取得や伝達及び情報の利用に関する事項であり、コミュニケーションに関しては、それを確保するための手段の選択やその使用に関する事項である。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 情報のやり取りは個人と個人のやり取りからインターネットの利用に至るまで多様な過程や形態があることから、相手方として想定すべき範囲は広範なものとなる。

1)一般公衆へ提供される情報

A)一般公衆へ情報を提供する相手方

(A-1)情報の提供自体を主たる目的とする事業者

○ 報道機関(テレビ、ラジオ、新聞)
○ 出版社(本、雑誌等)
○ 大容量記憶装置により情報を記録した媒体(CD、DVD、BD)を販売する事業者
○ 一定の施設においてその管理に係る情報を提供することを目的とする事業を営む者(図書館、美術館、博物館、映画館)
○ インターネットを通じて情報を提供する事業者

(A-2)情報を添えた商品を一般消費者に販売する事業者

○ 一般公衆に提供する商品に付随して情報を提供する事業者

(A-3)国又は地方公共団体

○ 国民に情報を提供又は開示する国又は地方公共団体

B)上記Aと比較すると少数を対象とするが不特定の者に情報を提供することを主な業務とする相手方

○ メディアを介在せずに直接様々な情報が提供される演劇の公演、寄席、音楽ライブ、スポーツ観戦等の情報を提供する事業者 ○ 各種の公開講座、公開授業、公開シンポジウム、集会等における情報を提供する事業者又は主催者

2)特定の者に提供される情報

○ 職場、学校、その他の団体もしくは会議体等が構成員に情報を提供する場合の事業者

3)一般公衆との意思の疎通

○ 事業活動において一般公衆との意思疎通が必要となる事業者

第3、この分野で禁止が求められる障害に基づく差別

 この分野においても、不均等待遇や合理的配慮の不提供及びそれらを正当化する事由については、総則で述べたとおりであるが、上記区分にしたがって、それぞれ、検討することが求められる。

1、上記のA(一般公衆への情報提供)の場合

 このAにおいては、一般公衆へ情報を提供する場合であるので、個別的に情報の提供を拒否するあるいは制限するといった不均等待遇の事例は想定しにくい。

 問題となるのは、情報提供に当たっての合理的配慮である。現在、IT技術の進歩とともに、様々な情報伝達手段が開発され、従来のマスメディアの形態も変わりつつある中で、例えば新聞にしても、従来の活字を印刷した紙ベースの情報伝達形式に加え、インターネットを活用した電子媒体での提供も同時的に行われるようになっている。これは新聞のみならず、マスメディアの全体的な変化であり、このような技術革新を応用することで、障害特性にマッチした代替的な情報伝達技術も開発されるようになってきている。

 テレビに求められる手話や字幕付放送、解説放送の中でも字幕付放送は実際にも多くなってきており、出版物についても、ページごとにQRコードを付したり、出版物を購入した障害者にはテキストデータを配布する等の代替手段が開発され、文字の読み上げソフトを利用することで、視覚障害者でもこれを利用できるような状態になってきている。

 ただ、このような代替手段による合理的配慮は、情報提供の形態や性格によって、様々のものがあるので、どのような手段が技術上可能であるのか、どのような手段が適切であるのか、また、技術的困難さや提供のための体制整備に要する期間や経済的負担の度合い、さらには、どのような場合には過度な負担となるのかなど、様々な違いがある。そこで、現状として提供できる合理的配慮としてどのような手段や方法があり得るのかも含め、政府においては、障害者、専門家、事業主の参画を得て、ガイドラインを作成することが求められる(この点に関しては、以下の場合も同様である。)。

 以上を踏まえると、現状においても技術や体制の整備ができるにもかかわらず、これを提供しない場合については、これを合理的配慮の不提供として考えるのが妥当である。
 なお、国及び地方公共団体による情報提供の場合、国民や住民を対象とするものである以上、原則として過度の負担について問題にするのは適切ではない。

2、上記のB(少数を対象とするが不特定の者への情報提供)の場合

 この場合、障害又は障害に関連する事由を理由として観劇を拒んだり、受講を断るなどの異なる取扱いをすることは不均等待遇となる。合理的配慮に関しては、生の情報を同時的に提供することの技術的困難さであるとか、演劇や音楽鑑賞等の芸術性、提供する側の表現の自由との関係もあり、適切な代替手段は上記Aの場合に比較し、限られたものとなる可能性があるにしても、少なくとも有償でかかる情報を提供する事業者が、合理的配慮として実施できる手段があるにもかかわらず、これを提供しない場合は差別と考えるのが妥当である。

3、上記の2)(特定の者への情報提供)の場合

 この場合、障害者はその事業の構成員となっている場合であるので、情報の提供において合理的配慮がなければ、構成員としての役割を果たすことは極めて困難となる。したがって、例えば、手話通訳、要約筆記、ノートテイク、筆談、知的障害者や発達障害者の特性を配慮した通訳者の立ち会いなどを含む対応、点字文書、振り仮名付きの文書等、様々な手段を検討して障害の特性に応じた情報提供及びコミュニケーションのための合理的配慮が求められる。

4、上記の3)(一般公衆との意思の疎通)の場合

 事業活動において一般公衆との意思疎通が必要となる事業者、例えば、レストランでは、客の注文を聞いて食事を提供することになるが、そのような役務を提供する事業者の場合、コミュニケーションなしには、役務の提供とはいえない、又は不十分であることがある。
 この場合、コミュニケーションが取れないことを理由として役務の提供自体を断るなどの異なる取扱いをすることは不均等待遇となる。
 また、合理的配慮に関しては、上記例示の手段の提供や障害者の発することが間違って受け取られることがないようにすること等を含め、障害に配慮した方法、手段等の提供が求められる。

第4、その他の留意事項

 「第1、はじめに」で述べたとおり、障害者権利条約は、情報へのアクセスに関して、その利用可能性に関する最低基準及び指針の実施を発展させ、公表し、及び監視すること等を含む措置をとることを求めている。これは、公共的施設や交通機関へのアクセスと同様、情報におけるバリアフリー化に向けた施策がなければ、個別的な紛争解決を図ろうとする本法だけでは、情報における障壁を全般的になくしていくことは困難であるからである。
 したがって、政府は、障害者権利条約を踏まえて、このための施策を検討し、必要な措置をとることが求められる。

第3節 商品・役務・不動産

第1、はじめに

 現代社会においては、商品を購入し、役務の提供を受ける、又は不動産を賃借することなくして、日常生活や社会生活を送ることは困難である。障害者権利条約は、保険の契約を除いてこの分野に特化した差別禁止規定を持たないが、条約上は、これらの性質から、あらゆる生活分野における差別を禁止する総則規定の適用が想定されている。

 このような日常生活や社会生活におけるこれらの意義に照らせば、本法においても、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 この分野において、不均等待遇及び合理的配慮の不提供として差別が禁止される事項は、特に、商品においては売買、役務においては提供、不動産においては利用に関する事項である。

1)商品の売買

 商品を巡って差別が禁止されるべき事項としては、例えば、知的障害者が一人で買い物に行った場合に「親を連れて来ないと売れません」といった日用品の売買利用の拒否や条件を付けたり、視覚障害者が商品の内容を識別できるような点字表示がないため、商品の選択ができないなど、商品に関わる情報の提供の在り方や売買に伴う契約やその履行に関わる事項である。

2)役務の提供

A)役務の提供を巡っては、具体的な事案では、その多くが店舗や施設の利用と一体となって提供されているため、【公共的施設・交通機関】の利用の分野と重なる事例が多い。一方、生命保険のように広い意味での役務の提供に係る契約等、公共的施設や交通機関の利用とは重ならないものもある。
 これらも含め、役務の提供の分野で差別の禁止が求められる事項としては、役務提供に係る契約やその履行に関わる事項である。

B)国や地方公共団体による公共サービスも、ここでは、役務の提供として位置付けられる。行政による公共サービスとは、行政が国民一般、住民一般に提供している諸種のサービスであり、有償、無償を問わない。
 例えば、地方公共団体による保健活動の一環として提供される健康診断であるとか、予防接種の機会の提供、夏休みの住民向けの催し物、災害時の避難訓練の機会の提供、行政主催のカルチャーサークル、税務署による税務相談サービス、国が行う職業訓練等、様々なものがある。

 このような公共サービスの分野で差別の禁止が求められる事項としては、公共サービスの手続とその利用に関わる事項である。
 なお、公共サービスには必ずしも含まれない行政機関の活動についても、検討が必要である。

3)不動産の利用

 不動産の利用において最も問題となるのは、住まいを確保するための賃貸借であり、不動産売買については、商品の売買として検討すれば足りる。また、公営住宅については、先に述べた行政による公共サービスであって、民間住宅の賃貸借契約とは法的な性格に違いがあるが、住宅の確保という面では同様であるので、ここに含めて考察すべきである。したがって、差別の禁止が求められる対象事項としては、賃貸借や公営住宅の入居の募集、賃貸借契約や公営住宅の利用契約及びその継続に関わる事項である。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 相手方の範囲については、障害者の社会参加といった視点と他者との平等を図るといった視点からすると、不特定又は多数に対して商品の販売、役務の提供、不動産の賃貸を行う民間事業者と公共サービスを提供する国や地方公共団体に分けて次のように整理すべきである。

1)不特定又は多数に対して商品を販売し、又は役務を提供し、もしくは不動産を賃貸する事業者
 例えば、日用品を販売する商店経営者、ホテル、旅館等の宿泊施設を経営する事業者、銀行、保険会社等の金融業者、娯楽又はレクリエーション施設、食堂、レストラン、喫茶店等の飲食関係の事業者、不動産賃貸の事業者が含まれる。

2)公共サービスを提供する国又は地方公共団体
 この場合、具体的には、当該公共サービスを提供する権限を有する国又は地方公共団体の担当部局である。

第3、この分野で禁止が求められる不均等

1、不均等待遇の禁止

 不均等待遇について総則で述べたことが、この分野でも適用されるべきである。したがって、本法において、商品の売買、役務の提供、不動産の利用に関して、障害又は障害に関連する事由を理由とする区別、排除又は制限その他の異なる取扱いをすることを差別とし、これを禁止することが求められる。

2、不均等待遇を正当化する事由

 不均等待遇に該当した場合においても、総則で述べたように、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないとされる正当化事由がある場合においては、この分野においても、不均等待遇の例外として許容されることになる。

 ところで、本節における商品の購入、役務の提供、不動産の賃借は契約に基づくことになるが、民法上、成年被後見人の場合、あるいは被保佐人や被補助人の場合で保佐人又は補助人の同意を得る必要がある行為について、同意又はこれに代わる裁判所の許可がない場合には、その法律行為は取り消すことができるとされている。

 そこで、本節の相手方が、契約を希望する障害者にこのような行為能力の制限があるのではないかとの疑念を生じた場合に、制限の有無の確認を求めること、行為能力の制限があると分かった場合に、法律上有効でない契約の締結を拒むことは、やむを得ない場合として不均等待遇の例外に当たる場合もあるであろう。

 ただし、いずれの場合も、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、行為能力の制限はなく、取り消されることで相手方が不利益を負うこともないので、例外とは認められない。

 また、単なる外見だけで行為能力に制限があるのではないかと判断することは、本法が障害や障害者への無知・無理解・偏見をなくそうとするものである以上、許されるべきではない。コミュニケーションに必要な合理的配慮を提供した上で本人の意思を確認し、それでも、行為能力の制限があるのではないかとの疑念を持つことが相当な場合でなければならない。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、過度の負担が生じる場合にはその不提供に正当化事由があるとして差別禁止の例外となることについては、総則において述べたとおりである。

2、この分野で求められる合理的配慮の内容

 この分野で差別が禁止される事項は、多様で幅が広いので、合理的配慮の内容も様々であり、それぞれの場面と障害の種別や程度に即して、検討されなければならない。

 例えば、銀行口座の開設や預金の払い戻し、保険の契約等において、視覚障害のため本人が記入できないので郵便局の職員や銀行員に代筆を依頼するが、断られるといった事例がある。このような場合には本人の意思確認のための代替的手段として、契約時の本人の意思確認のために契約状況をビデオ撮影してCD等に保管しておくこと等も考え得るところであり、他にも複数の職員による確認等もあり得るのであるから、何らかの代替手段を合理的配慮として提供すべきである。

 その他、この分野における合理的配慮には様々のものがあるので、政府においては、障害者、専門家、事業主の参画を得て、ガイドラインを作成することが求められる。

3、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 合理的配慮の提供に過度の負担が伴う場合は、差別には当たらない。この過度の負担という場合には、経済的負担のみならず、業務遂行に及ぼす影響の面では、合理的配慮の提供により、業務遂行に著しい支障が生じるのか、提供される機会やサービス等の本質が損なわれるかどうかが判断されなければならないとされている。

 例えば、障害特性からクラシックコンサートの最中に会場で大声を上げてしまった場合に、当該サービスの提供に不可欠な静けさを保つために会場内で鑑賞することを拒否されたといった事例においては、個室を用意し、設置されているモニターを通じてコンサートを鑑賞する方法等も一つの合理的配慮として考えられることから、このような他の代替的な手段の存在も踏まえた上で、業務の本質を損なうものであるのか否かが問われなければならない。

第5、その他の留意事項

 公営住宅の単身入居に係る資格制限については、法令上の欠格条項の見直し(【国家資格等】参照)の一つに位置付けられ、63制度にわたる見直しの結果、旧公営住宅法施行令では、本人が必要な介助や援助が得られるなら単身入居が可能として入居資格の制限に対する緩和措置がとられた。

 ところが、この点については、地方公共団体に委ねられることになり、現状は国の見直しで到達したその水準から大きく後退したところもある。
 地方公共団体の募集案内の中には、単身者で入居するには、介護を受けていてもなお、自らの力(介助なし)で、食事やトイレ等ができる自活要件(一人暮らしができること)が必要とされ、そのため、自活要件を確認するために申込者との面接を行う条件が付けられている事例が各地でみられる。また、県営住宅の所在市町村において常時の相談対応等の居住支援(居住サポート事業)が実施されていることを条件とする地方公共団体もある。

 公営住宅の入居は、地域で暮らすための前提となる重要な課題であることから、入居資格に「自活要件」を求めることや、居住サポート事業がある地域に限定することは地域生活を妨げる要因となり、障害者権利条約の趣旨にもとる結果ともなっている。

 そもそも、障害者の中でも重度の障害者は家族を形成する機会に恵まれないだけでなく、低所得の場合が多いため、障害のない者、あるいは障害者の中でも比較的軽度の障害者と比較すると世帯を形成する割合はかなり低いと思われる。

 高齢者や障害者の場合には単身入居が特別に認められているとはいえ、世帯用の住居の数に比較すると圧倒的に少ない特例的な施策であり、基本を世帯単位として制度設計すること自体が、先に述べた状態にある重度の障害者の住宅ニーズを排除しているともいえる。

 かような状況において、特例的に認められる単身入居の枠からも自力で身の回りのことができない者(たとえ、公的介護を受けて民間のアパートで一人暮らしをすることが可能な者であっても)を排除する入居資格の設定は、各地方公共団体において、見直しも含めた検討が求められる。

第4節 医療

第1、はじめに

 障害者権利条約は「障害者は障害を理由とする差別なしに到達可能な最高水準の健康を享受する権利を有することを認める。」として、この分野で差別があってはならないことを前提とした上で、締約国に対して「他の者と同一の質の医療(例えば、情報に基づく自由な同意を基礎とした医療)を障害者に提供するよう要請すること」等を求めている。

 そもそも、医療分野は【役務】の提供の一つではあるが、国民の生命と健康に関わるものであるので、医師等の高い専門性を有する者だけに独占を委ねられた分野である。

 したがって、この独占は、市場原理だけからは導きだされることのない適正な医療水準で医療を提供するという公的責任を伴うものである。医師法自体が診療拒否を原則否定しているなどの特性があり、私的自治を前提とする一般の【役務】の提供の分野とは異なる。

 そこで、本法においても、医療は独自の分野として、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 障害者は、障害があるだけで診察を拒否される、診察に当たって介助者や保護者の付添いを求められる、逆に手話通訳者の同席を認めない、十分な説明なく治療されたり、入院させられたりする等の扱いを受けることが多い。

 このような扱いにより、必要な医療を受けることができず、症状が悪化するだけではなく、命の危険につながるなど、深刻な状況に陥ることもある。他の者と同質・平等な医療を保障するためには、こうした現状を改め、障害に基づく差別は禁止されなければならない。

 したがって、この分野で差別が禁止されるべき事項は、医療の提供に伴う受付手続、診療、医療行為、施薬、入通院管理、治療後の訓練、それらに必要な情報の提供等に関わる事項である。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 生活の中で医療に関連する場面を考えると、病院の受付や診察、ドラッグストアの薬の販売等、多岐にわたる。しかし、【役務】の提供の中で医療分野に特化した規定を設ける以上、本節における相手方は、医療の独占が許されている医療機関(病院、診療所、薬局)に限定すべきである。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 先に述べたように、障害者は、診療を拒否されたり、介助者や保護者の付添いといった条件を加えられたり、十分な説明がないままに治療されたり、入院させられたりする等の扱いを受けることが多い。また、一般的には入院の必要がないのに、安易に入院させる場合もある。これらは、障害又は障害に関連する事由を理由とする異なる取扱いに該当することになる。

 そこで、医療分野における不均等待遇の禁止規定においては、障害又は障害に関連する事由を理由とする以下の行為について明記することが妥当である。

1)医療の提供を拒むこと、医療の提供に当たって条件を付すこと

2)一般に提供されるインフォームド・コンセントなしに医療を提供すること
 すなわち、個々の医療行為について、インフォームド・コンセントの原則を履践すべきことは、医療一般の原則とされているところであるから、他者と同質・平等な医療を保障するという観点からインフォームド・コンセントなしに強制的に医療を行うこと

3)在宅医療の提供等、地域で生活しながら医療が受けられるための合理的配慮を提供することなしに、入院を強制すること

2、不均等待遇を正当化する事由

 総則で述べたように、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないとされる正当化事由がある場合においては、不均等待遇の例外として許容されることになる。

 例えば、歯科や耳鼻科の治療で不随運動やパニックを起こす可能性がある場合、本人や周囲の安全のためとして、診療を断ることや押さえつけて治療をすることがあるが、それ自体は、不均等待遇を正当化する事由にはならない。安心感を伝えながら診療するといった合理的配慮を提供してもなお、必要な医療が提供できない場合でなければならない。

 障害者に特化した自傷他害のおそれや法的判断能力の欠如ということも、他の者と同質・平等な医療を保障するという観点から、交通事故で意識不明の重体になり、本人の意思が確認できない場合といった緊急医療一般で認められる例外を除き、合理的配慮の提供を通じた平等取扱いの方途がある限りは、不均等待遇を是認しうる正当化事由にはならないと解される。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、過度の負担が生じる場合にはその不提供に正当化事由があるとして差別禁止の例外となることについては、総則において述べたとおりである。

2、この分野で求められる合理的配慮の内容

 障害者に他の者と同質・平等な医療を受ける権利が実質的に保障されるためには、治療や検査の内容を絵や写真を使って伝えることや、診察で手話通訳者や支援者の同席を認めることといった合理的配慮の提供が求められる。
 したがって、合理的配慮として以下の内容をガイドライン等に明示することが妥当である。

1)適切な情報伝達方法
2)医療行為等に関して十分な説明に基づく自由な同意が行われるために必要な自己決定の支援
3)補助者、介助者、手話通訳者等の必要な付添いの承諾
4)補助機器、人的援助の提供
5)医療行為等の提供に関する運用、方針、手続における不利益除去対策
6)在宅での療養及び可能な限り居住地域で医療的ケアを受けられるようにするための配慮
7)障害特性に応じて、必要な場合には不安感を取り除き、安心感を伝えながら診療するための配慮
8)その他、障害者のサービスの提供を受ける権利を実質的に保障するために必要な配慮

3、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 総則で述べたとおり、この分野においても合理的配慮の提供が過度の負担を生じる場合は、これを提供しないことが差別には当たらないとされる。
 しかし、医療が独占され、国民の生命や健康に関わるものであることからすると過度の負担の判断は慎重であらねばならない。

第5、その他の留意事項

1、精神医療

 精神障害者に限定した強制入院は「いかなる場合においても自由のはく奪が障害の存在によって正当化されない」とする障害者権利条約に抵触するのではないかという問題点があり、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)や精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)についての見直しの必要性が指摘された。

2、関連領域

 医療に関連する薬の製造、ドラッグストアでの薬の販売等についても、【医療】の分野に含めるべきとの指摘もあったが、先に述べたように、【商品】【役務】等の分野で対処するのが妥当である。

3、プライバシー

 この分野では、診察や治療等で身体に接触したり、肌を露出する機会が多いため、障害のない人に対するのと同程度のプライバシーや性別の差に配慮した医療の提供が求められる。

第5節 教育

第1、はじめに

1、教育における差別の禁止

 障害者権利条約は「教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、あらゆる段階のインクルーシブ教育制度及び生涯学習を確保する(第24条第1項)」としている*1。

 このように教育について、条約上「この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現する」ためにインクルーシブ教育制度が確保されなければならないとしており、教育の分野において差別が禁止されることが前提とされていることに留意しなければならない。

2、一般教育制度からの排除等の禁止

 その前提に立って、同条2項は、次のことを確保するとして、

1)一般教育制度*2から排除されないこと、
2)自己の生活する地域社会において、初等教育の機会及び中等教育の機会を与えられること、
3)合理的配慮が提供されること、
4)必要な支援を一般教育制度の下で受けること、
5)完全なインクルージョンという目標に合致する効果的で個別化された支援措置がとられること

 の5項目をインクルーシブ教育制度の在り方として規定し、さらに同条3項は、障害者が地域社会の構成員として教育に完全かつ平等に参加することを容易にするため、最も適切な言語、コミュニケーションの形態及び手段による盲人、ろう者又は盲ろう者に対する教育等を締約国が確保するとしている。

第2、分離・排除から統合教育へ、そしてインクルーシブ教育

1、統合教育

 障害者の統合教育に向けた先駆的な法制度として、アメリカの全障害児教育法(現在は、障害をもつ個人の教育法The Individuals with Disabilities Education Improvement Act of 2004)を挙げることができる。この中には、

「公立や私立の教育機関、その他介護施設にいる障害のある子どもたちを含めて、障害のある子どもたちが、最大限適切であるように、障害のない子どもたちと一緒に教育される。特殊学級、分離による学校教育、又はその他通常の教育環境から障害のある子どもたちを移動することは、追加される援助やサービスの利用をもってしても、子どものその障害の性質や程度によって、教育目的を達成しえない場合に限定される(20USC §1412)」

という規定が設けられている。

 ここでは、限りなく統合された環境での教育が求められたので、統合教育という言葉で象徴されるが、世界の教育界では次第に障害者だけではなく、万人のための教育という視点から、インクルーシブ教育という考え方に発展していった。

2、ユネスコ「サラマンカ宣言」

 インクルーシブ教育という考え方を、初めて、国際的に認知したユネスコの「サラマンカ宣言」(1994年)では、通常学級以外に就学する場合の要件として、

「特殊学校-もしくは学校内に常設の特殊学級やセクション-に子どもを措置することは、通常の学級内での教育では子どもの教育的ニーズや社会的ニーズに応ずることができない、もしくは、子どもの福祉や他の子どもたちの福祉にとってそれが必要であることが明白に示されている、まれなケースだけに勧められる、例外であるべきである」*3

ことが示されている。

3、インクルーシブ教育

 障害者権利条約にあるインクルーシブ教育システムは、上記のような経過を踏まえたものであるため、特別学校における教育は原則としてインクルーシブ教育とはいえないことを前提として議論がなされた。

4、日本における原則分離の教育

 一方、我が国は、障害の種類と程度によって定められた基準に該当する場合には、原則として特別支援学校に就学先を決定する仕組みになっていることから、少なくとも、先に述べた障害者権利条約第24条の第1項及び2項に抵触しているといわざるを得ない状況である。そこで、本法においても、この条約を踏まえて、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第3、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

1)入学の拒否、条件の付与

 教育の分野においては、子どもに障害があるため地域の小学校への入学が認められず兄弟姉妹とは異なる学校に通うことになるといった事例、保護者が一日中教室に付き添わなければ入学を認めないとされた事例、他の児童生徒に介助を求めない等の確認書に捺印しなければ就学通知を出さないとされた事例等、障害のある子どもの入学を巡る事案は多数存在する。

2)授業や学校行事への参加制限

 地域の学校に入学はできたものの、障害を理由として、例えば、希望しない特別支援学級に籍を置かれたり、プールに他の児童、生徒と一緒に入れなかったり、調理実習、運動会は見学するだけであったりなど、特定の授業に参加できないとされた事例、遠足に保護者が同行しないと参加できなかったり、参加できたとしても見学コースに一緒に行けずにバスで待機しなければならないといった事例、さらには保護者の同行なしには修学旅行には連れて行ってもらえないといった事例もある。

 したがって、教育の分野において差別が禁止されるべき事項は、入学、学級編成、転学、除籍、復学、卒業に加え、授業、課外授業、学校行事への参加等、教育に関する全ての事項である。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 教育分野において、差別をしてはならないとされる相手方としては、学校教育法第1条に定められている学校、すなわち、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校及びその設置者(同法第2条)である。また、同世代の子どもたちを対象とした保育所及びその設置者も本節における相手方となる。

 なお、教育機関ではあるが上記に該当しない設置者により設置された幼稚園、専修学校、各種学校、職業訓練校、予備校、私塾、又は教育機関には位置付けられないが同世代の子どもたちを対象とした児童館について、本法における【教育】の分野の対象とするか、【役務】の分野で対応するのか、整理が必要である。

第4、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 先に述べたとおり、教育の分野においては、全ての教育段階において、入学、学級編成、転学、除籍、復学、卒業に加え、授業、課外授業、学校行事への参加に関して、障害又は障害に関連した事由を理由とする区別、排除又は制限その他の異なる取扱いは、不均等待遇として禁止されるべきである。

 ただ、人生の岐路にあってその選択に責任を持てるのは、本人もしくは本人に最も身近な関係者であるので、特に入学、転学においては、本人や保護者が望む場合は不均等待遇とすべきではない。

 したがって、例えば、義務教育である小中学校への入学、転学に関する不均等待遇とは、障害者又は保護者が特別支援学校への入学を求める場合を除く、障害を理由にした入学等の拒否を意味することになる。障害者又は保護者が特別支援学校への入学を希望する場合は不均等待遇には当たらない。

2、不均等待遇を正当化する事由

 総則で述べたとおり、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないとされる場合には、不均等待遇を正当化する事由があるとして、差別の例外となる。

 もっとも、教育の分野において、当該取扱いがやむを得ないといえるためには、学校及び学校設置者等が合理的配慮を尽くしても障害者の教育目的を達成しえない場合でなければならない。

 それは、先に述べた「障害をもつ個人の教育法」にあるように「追加される援助やサービスの利用をもってしても、子どものその障害の性質や程度によって、教育目的を達成しえない場合」、あるいは、サラマンカ宣言にあるように「通常の学級内での教育では子どもの教育的ニーズや社会的ニーズに応ずることができない、もしくは、子どもの福祉や他の子どもたちの福祉にとってそれが必要であることが明白に示されている」場合だけに限定されている趣旨と同じである。

第5、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、過度の負担が生じる場合にはその不提供に正当化事由があるとして差別禁止の例外となることについては、総則において述べたとおりである。

2、この分野で求められる合理的配慮の内容

 合理的配慮は、その状況に応じて個別的に判断されるものではあるが、教育の分野に求められる合理的配慮としては、障害者が、授業や課外活動等の教育活動に完全に参加するために教育方法や内容を変更したり、調整したりすることが求められる。例えば

1)授業等に関して

A)障害特性に適応した情報伝達手段を用いた授業
B)障害特性に適応できる態様の授業
C)障害特性に応じて利用可能な形態の教科書、教材の提供
D)利用可能な物理的環境の提供
E)介助等を含む必要な人員の配置
F)その他必要な変更及び調整
等をあげることができる。

 特に、A)については、点字や拡大文字による教科書及びデジタル教科書等の個々の障害に応じた教科書や教材の提供がある。また、手話での教授や手話通訳者又は要約筆記者の配置等もこれに含まれる。また、知的障害や発達障害のある児童、生徒及び学生について、B)として授業の内容をわかりやすく構造化して示すことや使いやすい教材の工夫、D)としてクラスメイトからの刺激や騒音など環境に由来する苦痛を生じることを避けるための場所的な環境の提供が求められる。

2)入学試験・定期試験に関して

 義務教育とは異なり、高校、大学又は大学院等への入学は、試験により入学者が決定されることになるが、試験においては、試験の方法等が障害の特性に配慮されていないことにより、学力自体の適正な判定ができない場合もある。
 そこで、点字試験を行う、試験時間を延長する、筆記が難しい場合には解答欄を大きくする、パソコンで試験を受けられるようにする等、適正に学力判定ができるよう必要な合理的配慮がなされなければならない。また、これらは、定期試験においても同様である。

3)保護者への合理的配慮

 なお、教育における合理的配慮は、障害者本人に提供されるものだけではなく、保護者に障害がある場合も含むべきである。とりわけ、子どもの授業参観や学校行事に参加できないことがあれば、その子どもに対して教育的な影響があるからである。

3、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 合理的配慮を提供することが過度の負担であると認められる場合、これを提供しないことに正当化事由があることになり、差別の例外に当たることになる。

 しかし、特に義務教育においては、そもそも、その条件整備はこれを提供する側の責務であること、合理的配慮がなければ、誰でも保障される義務教育の機会が十分に保障されないことに鑑みると、その例外は極めて限定的である必要がある。

 また、義務教育に関して、私立学校については私学助成として公的な助成が行われており、過度な負担であるかどうかについての判断は、これを踏まえたものであるべきである。

第6、その他の留意事項

1、合理的配慮の実現のプロセス

 合理的配慮の実現に関しては、学校設置者が、障害者又は保護者の求めに応じて、必要な変更や調整を行う義務を負うことになるが、具体的には、関係者による話し合いを経て、その内容を決定するのが妥当である。

2、内部的紛争解決の仕組み

 教育行政の現状においては、司法救済や行政不服審査制度以外の救済の仕組みがないため、障害者及び保護者と学校及び学校設置者との意見が一致しない場合、調整するための機関は設けられていない。

 意見が一致しない場合でも、継続的な信頼関係を基礎とする教育現場において、まずは、内部的な解決が望まれるが、障害者及び保護者が学校に対し対等な立場で意見を述べる事が困難であるという点に鑑みると、障害者及び保護者の立場を支援する第三者の参加を得ながら意見の調整が図られる仕組みが必要である。なお、その場合においても、第3章の紛争解決の仕組みを利用することができるものとすべきである。

3、高校進学

 高等学校への進学率が98.1%であると言われ、実態的に義務教育と同様になっていることからすると、高校における教育の機会を保障するため、定員を満たしていない高校への入学を認めるなど、障害者、特に知的障害者や発達障害者の高校進学の機会をどう確保していくかについて、地方公共団体における先行的な取組を踏まえ、必要な措置をとることが求められる。

4、通学支援

 通学時の移動支援は、学校やその設置者がなすべき合理的配慮であるのか、行政による福祉サービスであるのかについては、障害者が教育を受ける上で不可欠な支援であることから、政府において引き続き検討することが求められる。

(脚注)
*1外務省の仮訳文では「inclusive education system」を「障害者を包容する教育制度」といった言葉で表現しているが、以下、ここでは「インクルーシブ教育制度」を訳語として使用する。

*2外務省の仮訳文では「the general education system」を「教育制度一般」と訳しているが、以下、ここでは原語そのままに、特別教育制度に対する「一般教育制度」を訳語として使用する。なお、この点に関する文部科学省の「general education system(教育制度一般)の解釈について」は、http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1299375.htm を参照。

*3UNESCO. The Salamanca Statement and Framework for Action on Special Needs Education. 1994.(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所訳)

第6節 雇用

第1、はじめに

 雇用の分野の差別に関して、障害者権利条約は、締約国に対して、「あらゆる形態の雇用に係る全ての事項(募集、採用及び雇用の条件、雇用の継続、昇進並びに安全かつ健康的な作業条件を含む。)に関し、障害を理由とする差別を禁止すること」を求めている。また、既に障害分野の差別を禁止する国内法を有している諸外国において、雇用の分野に言及していない立法例はないと思われる。

 これは、雇用が障害者の自立や社会参加にとって極めて重要な分野であるにも関わらず、世界的にこの分野に多くの差別的取扱いが存在しているからに他ならない。本法においても、障害者の自立と社会参加を実現する上で、雇用分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 雇用の分野においては、障害者は障害があるというだけで採用されない、給料が他の従業員より少ない、昇進できない、あるいは、退職を強要される等の扱いを受けることがある。このような事項を挙げると、以下のようにいわば、入口から出口まで広範囲に及ぶ。

募集及び採用の機会、賃金、労働時間、配置、教育訓練、昇進、昇格、降格、福利厚生、職種及び雇用形態の変更、労働契約の更新、退職の勧奨、定年、解雇、再雇用、その他の労働条件

 こうした現状を改め、障害者が、他の者と平等に社会参加をするためには、これらの全ての事項における差別の禁止が求められる。
 以上のことから、差別が禁止される事項には、募集、採用から解雇、退職、再雇用に至るまで雇用に関わる全ての事項を含めることが求められる。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 この分野において、差別禁止が求められるのは、雇用分野における契約の相手方である事業主である。これに関し、労働基準法のように事業主のために行為をする者(使用者)まで相手方の範囲を広げるべきかについては検討を要する。

 なお、労働者派遣法に基づく派遣労働者は、派遣元と雇用契約を結び、派遣先の指揮命令の下で働くことになる。そうした場合、派遣元であれ、派遣先であれ、いずれの場面においても、不均等待遇や合理的配慮の不提供という障害に基づく差別に該当する行為を受ける可能性があり、いずれの事業主も含むものと解するのが妥当である。したがって、いずれの領域で発生した事案であるのか、その事案に権限と責務を有する者がいずれの側であるのか等について詳細に検討することが求められる。

3、福祉的就労

 福祉的就労については推進会議等でも、労働の実態がある場合にも労働法が適用されないという指摘がなされている。したがって、少なくとも、福祉的就労のうち、いわゆる就労継続支援A型事業で働く障害者はもちろんのこと、就労継続支援B型事業で働く障害者であっても実体として労働者性が認められる場合には、本節の対象とすべきである。なお、労働者性が認められない福祉的就労については、第3節の【役務】の提供で扱われる。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 不均等待遇について総則で述べたことが、この分野でも適用されるべきである。したがって、本法において、先に述べた雇用に関わる全ての事項に関して、障害又は障害に関連する事由を理由とする不均等待遇が禁止されることを明記すべきである。

2、不均等待遇と労働能力

 雇用に関しては、障害の有無に関わらず、職務遂行能力が問われる。このことが前提となる雇用分野については、例えば、アメリカのADAが新規採用の拡大につながるものではなかったといった批判がなされたり、このことが、割当雇用制度の存在価値が強調されるゆえんともなっている。そこで、不均等待遇と労働能力の関係について、特に採用の場面で、整理する必要がある。

 その際、まず前提として、雇用された障害者が、自ら障害があることを明らかにして、職務遂行能力を発揮するに当たって必要な合理的配慮を事業主に求めた場合、事業主はそれが必要かつ適切で、過度の負担にならない限りは、当該合理的配慮を提供しなければならない。

 その上で、障害者が採用選考において、対象となる職務の遂行に必要とされる本質的な能力がないことを理由として採用拒否されたとしても、他の障害のない応募者にも同じ能力判断がなされる限り、障害を理由とする採用拒否ということにはならないであろう。

 また、職務の遂行に必要とされている本質的な能力を備えている場合であっても、50人の採用に100人の応募があり、応募した障害者の成績が51番目であるという理由で採用されない場合、競争試験の結果であるから、これについても、他と異なる取扱いとはいえないであろう。むろん、これらの能力の判定は、その前提として試験等の方法や実施に際して合理的配慮が提供される等、適正なものでなければならない。

 次に、そもそも採用に関しては、法律その他による特別の制限がない限り、事業主に採用の自由があるとされている(三菱樹脂事件最高裁判決)が、この採用の自由を全く無制約のものと捉えれば、一般的な採用選考基準である応募者の能力及び資質の有無等の要素の他に、障害という属性を採否の判断基準に組み入れることも許されることになろう。

 しかし、障害がその職務遂行に必要とされる本質的な能力に何ら影響を与えず、あるいは、影響があったとしても、前述のように合理的配慮を行えば、当該能力が発揮できるというような場合にも、これが許されるとなると、障害者は障害があるというだけで、働く機会を奪われるという結果を甘受しなければならなくなる。

 したがって、一般的な採用選考の判断基準である応募者の能力や資質の有無等の要素だけで判断されれば、採用されてしかるべきであったところ、障害があるということによって採用拒否されたという場合には、不均等待遇に該当することになる。こうした場合を不均等待遇として禁止することは、法律による制限として、先の最高裁判決にも矛盾しない。

3、不均等待遇を正当化する事由

 以上の例は、採用を巡って、そもそも不均等待遇に該当するのかといった問題であるが、不均等待遇に該当した場合においても、総則で述べたように、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないとされる正当化事由がある場合においては、不均等待遇の例外として許容されることになる。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、事業主に合理的配慮の提供義務が発生すること、過度の負担が生じる場合にはその不提供に正当化事由があるとして差別禁止の例外となることについては、総則において述べたとおりである。この点は、障害者権利条約を批准する上でも必要である。なぜなら、障害者権利条約は合理的配慮をしないことも差別であるとした上で、職場における差別を明示的に禁止しているからである。

2、事業主の合理的配慮義務についての公的支援と過度の負担

 厚生労働省の「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会」では、合理的配慮に係る経済負担の調整や助成について検討がなされているが、仮にこのような助成を受けた事業主が障害のある労働者から合理的配慮の提供を求められた場合に、助成を受けてもなお過度の負担であることを主張できるのかどうか、差別禁止の観点から検討が必要である。

 そもそも、合理的配慮は過度の負担が生じる場合を除いて、相手方の負担を伴うことが前提となっているのであるから、過度な負担の軽減を目的とする場合はもちろんのこと、過度な負担とはいえない費用についての助成を目的とする場合においても、助成の目的が合理的配慮を行うことにある以上、助成を受けたことは過度の負担であるかどうかの判断に当たって、考慮すべき要素の一つとなる。

3、合理的配慮とガイドライン

 合理的配慮は個別具体性が高い反面、法律の文言は一定程度抽象的であることを避けられない。そこで、事業主や障害のある労働者にも分かりやすい具体例を伴うガイドラインが必要になり、この分野における関係当事者である労働者側の委員、使用者側の委員、障害者側の委員、公益委員の参画の下で、政府においてこれを策定することが求められる。

第5、その他の留意事項

1、合理的配慮の実現に向けた事業所内部における仕組み

 雇用の場における合理的配慮が迅速に実現するためには、事業所の内部に実現に向けた仕組みが用意されておくことが望ましく、この仕組みの在り方については、「第3章紛争解決の仕組み」で述べていることも含め、上記の枠組みの下で政府において引き続き検討することが求められる。

2、紛争解決

 障害のある労働者が職場で差別を受けた場合の解決の在り方には、以下の3つが考えられる。

1)職場内の相談機関等を通じての自主的解決
2)既存のADR(行政型裁判外紛争解決制度)による解決
3)司法による判断

 このうち、1)、2)については、「第3章紛争解決の仕組み」で述べていることも含め、上記の枠組みの下で政府において引き続き検討されることが求められる。なお、本法による解決の仕組みも選択可能とすべきであるが、それらを通じても問題が解決しない場合には、本法に基づき3)に向かうことになる。

3、通勤支援等

 通勤時の移動支援や職場内での身体介助が事業主のなすべき合理的配慮であるのか、行政による福祉サービスであるのかについては、障害のある労働者にとっては、働く上で不可欠な支援であることから、政府において引き続き検討することが求められる。

4、公務員

 国家公務員又は地方公務員は、法律により民間とは異なる取扱いがなされているが、ともに、本節の適用において民間における労働者と同等の取扱いがなされるべきである。

第7節 国家資格等

第1、はじめに

 障害者権利条約は、国又は地方公共団体が認定し、一定の行為を許可する国家資格や地方公共団体だけで通用する資格(以下、「国家資格等」という。)について、明文では言及していない。

 しかし、国家資格等の認定が行政によりなされるものであり、行政による差別的行為は当然禁止されてしかるべきであること、国家資格等は生活の多方面にわたっており、地域社会で生活する上で、極めて重要な要素となっていること、障害者権利条約が「締約国は、すべての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を認める」としていること等を踏まえると、国家資格等における差別についても、あらゆる分野を対象とする総則における差別禁止規定の適用が想定されるところである。

 このように国家資格等が有する生活上の重要性に鑑みると、本法においても、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 国家資格等において差別が禁止される対象事項は、資格試験そのものだけではなく、資格試験に関する案内、受付手続、受験資格、合格発表等、資格試験及びその手続に関する行為である。
 なお、この一連の行為に付随して、事前、事後の研修や教習の問題があるが、これについては、その他の留意事項の項で述べる。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 この分野の相手方は、資格試験を募集・管理し、資格認定の権限を有する国又は地方公共団体の担当部局であるが、社会福祉士等のように資格試験が民間に委託されている場合には、当該民間事業者もこの分野における相手方となる。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 この分野で求められる不均等待遇の内容は、先に述べたように、資格試験そのものだけではなく、資格試験に関する案内、受付手続、受験資格、合格発表等における障害又は障害に関連した事由を理由とする区別、排除又は制限その他の異なる取扱いであり、差別としてこれを禁止することが求められる。なかでも、資格試験の内容は、障害があることにより資格取得に当たって求められる本質的な能力以外の要素で不利益につながるものであってはならない。

2、欠格条項

 この中で、受験資格(合格の資格も含む。)については法律上一定の欠格事由が定められている場合があるが、この欠格事由の中には障害そのものやこれに関連する事由が規定されている場合がある。いわゆる欠格条項と呼ばれている問題である。

 この障害者に係る欠格条項とは、資格・免許制度等において障害又は障害に関連する事由を理由に資格・免許等の付与を制限したり、障害者に特定の業務への従事やサービスの利用等を制限・禁止する法令上の諸規定を指している。

 これに関する政府の取組として、障害者基本法の制定(平成5年)に伴う「障害者施策に関する新長期計画」の中で、「資格制限等による制度的な障壁」として「障害者に係る欠格条項」が取り上げられ、それを踏まえて「障害者に係る欠格条項の見直しについて」(平成11年8月9日 障害者施策推進本部)の「具体的対処方針」が示されている。その結果、63制度(当時)の法令上の欠格条項が見直され、「資格を与えない」とする絶対的欠格から「資格を与えないことがある」とする相対的欠格事由に改正された。

 しかし、見直し後の資格取得に係る現行の法令(法律本則、政省令、規則、基準、運用マニュアル等)における規定(相対的欠格事由)が、その解釈と運用において、実質的には「絶対的欠格事由」に類似した取扱いが行われることが懸念される、又は、長年、欠格事由が存在してきたために、一定の見直しが進められてきた今も、試験を受けることや資格を取得しようとする以前に、障害者が参画しやすく自分の力を発揮しやすい環境には、ほど遠い現状があるとの指摘がある。

 こうした指摘を踏まえ、政府においては、さらに引き続きこの問題を検討すべきであるが、この点については、国等の責務の項で述べたとおりである。
 したがって、本法が法令上の欠格条項の在り方自体について直接言及することにはならないが、欠格条項の解釈運用等により、個々の事案において不均等待遇となった場合には、後に述べる不均等待遇を正当化する事由の存否を含め、本法の適用があり得る。

3、不均等待遇を正当化する事由

 この分野における不均等待遇における正当化事由も、総則で述べたとおり、当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないとされる場合を指すが、先に述べた欠格事由に関連して次の点について触れておくことが必要である。

 すなわち、国家資格等の試験は、一定の能力と知識の有無を判定するものであるが、そういった能力判定のほかに、当該国家資格等を設けた趣旨から、一定の事由がある場合にこれに該当する者を除外する事由、すなわち、欠格事由を設けている場合がある。

 問題は、この欠格事由の存在が当該国家資格等を設けた趣旨や目的に実質上どのような影響があるのかである。個々の事案では、まずは、当該欠格事由が設けられた趣旨や目的の正当性を吟味することが必要となる。その上で、その者が業務の本質的部分を遂行できるかどうか、その者を欠格事由によって除外しなければ、その国家資格等の趣旨や目的を達し得ないか、という観点から、それがやむを得ない場合といえるかどうかが判断されなければならないことになる。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 合理的配慮の不提供が差別として禁止されるものであり、過度の負担が生じる場合にはその不提供に正当化事由があるとして差別禁止の例外となることについては、総則において述べたとおりである。

2、この分野で求められる合理的配慮の内容

 国家資格等において差別が禁止される対象事項は、先に述べたように、資格試験そのものだけではなく、資格試験に関する案内、受付手続、受験資格、試験の実施方法、合格発表等、資格試験及びその手続に関する行為であるので、合理的配慮もこれらに関して求められることになる。

 特に、資格取得の判定は資格に必要な能力の有無を確認するものであるが、試験の方法や態様が障害の特性を考慮しないことで、本来有している能力が正当に判定されない場合がある。

 したがって、例えば、これらの手続における情報に関しては、障害者にも適切に伝達できるような方法や態様においてなされること、試験会場等への物理的アクセスに関しては、物理的障壁を除去する手段、方法の確保、試験そのものに関しては、適切に能力が反映されるための手段、方法等の合理的配慮が求められる。

3、この分野で求められる合理的配慮の具体例

 政府は「資格取得試験等における障害の態様に応じた共通的な配慮について」(平成17年11月9日障害者施策推進課長会議決定)において、国が直接実施する資格取得試験等における共通的に対応すべき主な配慮項目として「試験における配慮」「試験案内及び申請書等における配慮」を取り上げ、下記のような具体例を示している。

1)試験における配慮

A)問題用紙及び解答用紙に関する配慮
B)器具等の使用に関する配慮
C)移動に関する配慮(試験室までの介助者の同伴)
D)情報伝達に関する配慮
E)その他(試験時間中の糖質類等の補飲食及び服薬等)

2)試験案内及び申請書等における配慮

A)試験案内における配慮(冊子又はホームページ等)
B)申請書等における配慮

 これらの具体例の他、例えば、点字受験における時間延長、中途失明者のニーズに対応した音声読み上げパソコンの使用等、本人の障害によるニーズや実情を踏まえた個別に柔軟な配慮をすることが求められる。

4、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 この分野においても、過度な負担がある場合には、合理的配慮の不提供に正当化事由が認められ差別とされない。

 この分野では、試験の実施に関して経済的な面での過度の負担は考えにくいと思われるが、知識や能力を判定するために実施する試験の本質を損なう場合は、提供しないことを正当化する事由があることになる。

第5、その他の留意事項

1、国家資格等の取得に関わる養成、教習、研修等

 国家資格等の取得を目的とする教習所、大学等の各種養成機関での差別的取扱いや民間事業所における研修や実習を経た上で免許が交付される場合の民間事業者における差別的取扱いの問題は、国家資格等を付与する機関の行為ではない。
 そこで、本法では、【教育】又は【役務】の課題として検討されることにはなるが、国家資格等を取得する上で、重要な役割を果たしていることに留意されなければならない。

2、入学試験、就職試験、その他の試験

 試験においては、知識と能力等の判定が行われるが、先に述べたように、試験の方法や態様が障害の特性を考慮しないことで、本来有している能力が正当に判定されない場合がある。
 こうしたことは何も、国家資格等のための試験に限らないのであるから、ここで述べたことは、入学試験、就職試験、その他の試験にも当てはまる。したがって、それぞれ、【教育】【雇用】等の各則で考慮されなければならない。

3、不動産の利用、選挙権の行使、議会の傍聴等

 公営住宅等の入居、選挙権の行使、議会の傍聴等については、法令上に欠格事由が定められている場合もある。これらは国家資格等に関わる問題ではないが、法令上の欠格事由として、国家資格等の問題と同様の側面を有している。
 したがって、公営住宅の入居利用制限は【不動産】、議会の傍聴制限や成年被後見人に対する除外規定は【政治参加(選挙等)】の問題として位置付られることが妥当であるが、ここで述べたことにも留意すべきである。

4、民間資格

 国家資格等以外にも、民間団体が独自の資格認定を行う場合がある。民間資格においては、法令上で規定されていないため法令上の欠格事由の問題はないが、内部規定において欠格事由を定めている場合もある。したがって、上記で述べた類似の課題について、資格試験の実施方法も含めて以上のことを準用するか、【役務】に位置付けるかについて整理した上で対応することが必要である。

第8節 家族形成

第1、はじめに

 障害者権利条約は、家庭及び家族の尊重について「他の者と平等に、婚姻、家族及び親子関係に係る全ての事項に関し、障害者に対する差別を撤廃するための効果的かつ適当な措置をとる」「いかなる場合にも、児童は、自己が障害を有すること又は父母の一方若しくは双方が障害を有することを理由として父母から分離されない」ことを締約国に求めている。

 本法においても、障害者が家族を形成するという当たり前の生活を確立する上で、家族に関する分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 婚姻、妊娠、出産、養育等の家族形成に関わる場面において、障害に基づく差別と思われる事案は多い。

1)婚姻(婚姻の解消も含む。)

 婚姻は、本来、両性の合意のみに基づいて成立するものであるが、最も多いと思われる事例は、家族や身内からの反対であろう。「障害者と結婚すると不幸になる」「家族に障害者は欲しくない」「どうやって子育てするの」「どうやって授乳するの」「どうやってお風呂に入れるの」「自分の面倒すら見られないのに!」等、家族や身内の反対の声に結婚を諦めざるを得ないこともある。結婚を認めるにしても「子どもはつくらない」といった条件を付けられることもある。

 こうしたことは、行政の相談窓口や障害者の入所・通所の施設関係者の対応にも見られる。特に、入所中の障害者にとって多くの場合は結婚という生活スタイルの選択肢はない。

 さらに、例えば、結婚相談所に入会を申し込んでも入会申込書を渡してくれない、相談にも乗ってもらえず入会を拒否される。その後も、同じような対応でどの結婚相談所にも入会できないといった事例もある。

 障害者本人の婚姻の問題とは異なるが、障害のない兄弟姉妹や身内の結婚式等のおめでたい席には障害者だけ招待されないといったこともある。

2)妊娠・出産

 将来の妊娠を心配して又は生理介助に手間がかかることを理由に本人が望まない、あるいは本人に意味を理解させないまま、優生保護法の下で優生手術をされた事例が日本にも存在したことはそれほど古い話ではない。障害者に対して、本人が望まないあるいは意味を理解していない不妊手術が、あるいは生理介助の手間を省くための違法な子宮摘出がなされる可能性は、現在においても否定はできない。

 また、妊娠した際に、障害者が親になることへの支援(「産む支援」や「育てる支援」)が用意されていない状況で、「障害者なのに子どもを産む気なのか」と医療従事者に言われその病院での出産を断られる、「子どもはどうせ育てられないのだから」と医療従事者から堕胎を勧められる、聴覚障害のため、コミュニケーションがとれないということを理由として本人の望む出産方法を断られるなど障害者は子どもは産むべきではないという対応を取られることがある。

3)養育

A)母子保健サービス

 日本では母性並びに乳児及び幼児の健康の保持及び増進を図るため、母性並びに乳児及び幼児に対する保健指導、健康診査、医療その他の母子保健サービスが提供されている。

 しかし、障害者の場合は、子どもを出産した後に障害者本人には育児はできないと医療関係者や保健師が判断し、本人に子育てに関する適切な情報が提供されないなどの扱いを受けることがある。また、子どもの予防接種、健康診断、両親学級、育児相談等に際し、親の障害の特性に配慮されていないため会場を利用できなかったり、コミュニケーションも取れないまま、適切な情報が提供されないなど、最もサービスを必要とする障害者に届いていないといえる。

B)医療

 また、子どもが病気になった場合、病院の入口の段差等のため物理的に診察室まで行けない、聴覚障害があり病院側が適切なコミュニケーションが取れないとして診療が受けられないといった事情のため、利用可能な又は適切な対応ができる病院を必死に探し回る事態もある。障害者総合支援法は障害者本人が病気になった場合のことは想定しているものの、子どもが病気にかかった場合における親たる障害者への支援に関する規定はない。

C)教育

 さらに、親は、保育所や幼稚園、小中学校、その後の教育の過程で、様々な形で親としての役割を求められる。しかし、どういった場面であれ、親の中には障害者も存在するといったことが想定されていないといわざるを得ない。障害のある保護者が障害のない保護者と同様の役割を果たすために必要な対応や配慮はほとんどないと思われる。
 地域の学校は緊急避難所の指定を受けている場合が多いにもかかわらずバリアフリー化が遅れている中で、授業参観にしても、進路相談にしても、PTA活動への参加にしても、障害のある保護者が親としての役割を果たそうとしても、そこには多くの困難が待ち受けている。

D)親権

 最後に、親権について触れることにする。日本においては、親権の剥奪に当たる親権喪失の他、本年4月からは親権の停止制度が導入されている。この問題について開催された法務省委託の「児童虐待防止のための親権制度研究会報告書」では「親権者がその精神上の障害等により子を適切に養育することが著しく困難であるが、それが親権の濫用又は著しい不行跡という現行の親権喪失の原因に該当するとは必ずしもいえないような事案」も含めて検討が行われていた。

 これは虐待防止という観点からの改正であるが、その運用の過程で障害者に対する偏見から、障害があるというだけで安易に養育に関する権利が制限されるといった事態が発生した場合には、本法における差別に当たる場合も想定しなければならない。

 また、親権の制限には至らないにしても、親に育児能力がないとして、出産直後に子どもを乳児院等に入れられるなど、適切な支援もないまま親子分離がなされることもある。

 これらの状況を踏まえると、婚姻、妊娠、出産、養育等の家族形成において、差別が禁止されるべきである。

 なお、これらの事項における差別に関しては、性別で限定することなく差別が禁止されるべきであるが、特に差別や不利益を受けるリスクの高い障害女性の実態には留意する必要がある。また、上記内容は、【役務】【医療】【教育】とも重なる内容もあるが、この事由に関わる差別が解消されるよう注意を喚起することが肝要であるため、特にこの項目を独立して設けるものである。

2、差別をしてはならないとされる相手方

1)婚姻

 婚姻に関して、家族や身内の反対等の事例が多いことについては、先に述べたとおりであり、深刻な事態を引き起こしていることも事実である。

 しかし、法律が家族関係の在り方を規制することには慎重であるべきである。身内の結婚等について、身内の立場で意見を述べ、反対することがあるのは障害の有無に関わらずあり得ることであり、その理由がどういうものであれ、それは身内の関係の中で対応されるべき性格のものである。

 そういった中で、家族の反対という言動に対応できる法律としては、障害者虐待防止法があるので、家族の反対に伴う言動が精神的虐待に該当する場合には、同法に委ねるべきである。

 しかし、行政の相談窓口であるとか、法律に基づく支援の業務を担当する者、結婚相談や様々ないわゆる「婚活」を支援する企画をする地方公共団体や民間事業者については、本節の対象に含めるのが妥当である。

2)妊娠・出産

 妊娠・出産については、これに関わる医療機関、入所、通所の福祉施設が相手方となる。

3)養育

 養育の分野においては、母子保健サービスの場合はそれを担当する行政部局、子どもの病気の場合は医療機関、保育所や幼稚園、小中学校やその後の教育の過程に関わる場合はその設置者及び管理者、親権喪失や停止に関しては、虐待防止や親権の制限に権限を持つ機関が相手方となる。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

1、不均等待遇の禁止

 以上のとおり、婚姻、妊娠、出産、養育等の家族形成において、上記に述べた相手方(家族等は除外されている。)による障害又は障害に関連する事由を理由とする不均等待遇は禁止されるべきである。

 なお、障害者に対して入所施設や医療従事者が「月経時の介護困難だから子宮を摘出した方が後が楽だ」とか、「障害者は子育てはできない」等の理由で、障害者にいわゆる優生手術を受けさせてきた悲惨な事実については、先に述べたとおりであるが、差別であるかどうかが問われる前に、犯罪に該当する場合もあるであろう。

2、不均等待遇を正当化する事由

 当該取扱いが客観的に見て、正当な目的の下に行われたものであり、かつ、その目的に照らして当該取扱いがやむを得ないとされる場合においては、総則で述べたとおり、例外として扱われるべきである。

第4、この分野で求められる合理的配慮とその不提供

1、合理的配慮とその不提供の禁止

 第2の1でも述べているように【役務】【医療】と重なるが、特にここでの事項に関する合理的配慮は次のようなものがある。

1)婚姻

A)いわゆる「婚活」での利用可能な情報提供の在り方と企画に参加する際に必要となる障害特性に応じた配慮(例えば、視覚障害者が結婚相談所に行った時に、点字での資料を用意する、申込み用紙への記載を代行する、企画参加の際には、他の参加者の状況を伝えることができる情報提供者を配置する等)

B)施設入所中の障害者が婚姻する場合、婚姻後本人たちの希望に反して異なる棟での生活が強いられることなく、家族としての生活が営める住環境の提供

2)妊娠・出産

 障害者が子どもの数や出産の間隔について自由に責任を持ち、決定するために、個々の障害に応じた避妊や妊娠等に関する情報提供と意思確認が行われること(例えば、知的障害者に対して、医療従事者は手術を行う際に、特に不妊手術、人工妊娠中絶手術の場合には、どのような結果になるのかを説明した上で、その説明を理解していること及び手術に同意していることが確認できなければ手術を行うべきではない。)

3)養育

障害又は障害に関連する事由により、

A)一般に提供される子育て支援や母子保健サービスを利用できない
B)子どもが病気の際に医療を受けられない
C)保育所や幼稚園、小中学校やその後の教育の過程における親としての役割を果たすことができない
D)さらには、親権剥奪や親子分離といった事態に陥る

 こと等がないように、それぞれの場面において、障害特性に応じた手段、対応、配慮がなされなければならない。

2、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 過度の負担については、総則で述べたとおりであり、合理的配慮の不提供が正当化される場合もある。

第9節 政治参加(選挙等)

第1、はじめに

 障害者権利条約は、政治的及び公的活動への参加に関し、「障害者が投票し、及び選挙される権利及び機会」を確保すること、「投票の手続、設備及び資料が適当であり、利用可能であり、並びにその理解及び使用が容易であることを確保すること」、「必要な場合には、障害者の要請に応じて当該障害者が選択する者が投票の際に援助することを認めること」等を締約国に求めている。

 これは、選挙が民主政治の根幹となっているからである。障害者権利条約は、この分野に特化した差別禁止規定を持たないが、条約上は、あらゆる生活分野における差別を禁止する総則規定の適用が想定されている。

 このような重要な権利である選挙の意義に照らせば、本法においても、この分野における不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第2、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、差別が禁止されるべき事項や場面

 この分野では、特に選挙に関して、選挙権や被選挙権に関わる資格、選挙に関する公的機関による情報の提供、政見放送、投票方法、投票所における人的・物的支援等が問題とされる事項である。

2、差別をしてはならないとされる団体や個人の範囲

 選挙を含む政治参加に関しては、中央選挙管理委員会、都道府県選挙管理委員会、市町村選挙管理委員会、特別区選挙管理委員会、政令指定都市選挙管理委員会のほか、関係機関がその相手方となる。

第3、この分野で禁止が求められる不均等待遇

 この分野においても、障害又は障害に関連する事由を理由とする不均等待遇は、禁止されるべきである。
 例えば、選挙権や被選挙権の欠格事由の一つとして成年被後見人であることが掲げられている。是非弁別の判断能力は心身の機能障害、あるいは能力障害に当たると考えれば、これは、障害又は障害に関連する事由を理由とする不均等待遇に該当することになる。

 これについては、不均等待遇の禁止といった面から見て、これを正当化する事由があるのかについて検討する必要がある。現在、これを違憲として選挙権があることの確認を求める訴訟が全国で4件起こされている。これらの訴訟の動向を見て判断される必要がある。

第4、合理的配慮及びその不提供を正当化する事由

1、合理的配慮が求められる場面と具体例

 選挙等の分野において、政見放送における字幕や手話の付与については、従来と比べると多くの選挙に取り入れられるようになってはきたが、残された課題も指摘されている。点字及び音声による選挙公報等の発行については、必ずしも十分になされているとまではいえない。

 葉書による投票整理券や投票用紙等に漢字が使われており知的障害のある人等には意味が分からない、投票所まで又は投票所内の移動や情報に係るアクセスが困難、入院・入所中や寝たきりで投票所に行けない障害者の投票の機会も不十分である等、障害者は、選挙の分野においても障害のない人に比べこのようなバリアに直面しているとの指摘がなされている。

 この分野では、障害者に対し、他の者との平等に基づく政治参加の機会を保障する観点から、例えば、以下のような合理的配慮を提供することが考えられる。

1)投票の機会

a)政見放送における手話通訳・字幕の付与

  • 全ての選挙における政見放送への手話通訳・字幕の付与

b)選挙情報の提供

  • 選挙公報等における視覚障害のある人が必要とする配慮(点字版、テキスト版、音声テープ版等の整備等)
  • 知的障害や発達障害のある人が必要とする配慮(分かりやすい表現を用いたもの、振り仮名を付したもの等)
  • 投票所における知的障害者や発達障害者のための視覚による情報伝達支援(投票用紙の記入ブースに貼ってある候補者名に顔写真を付けるなど)

c)投票所のバリアフリー

  • 投票所における段差の解消
  • 車いす利用者が記入できる机の設置
  • 視覚障害者のための点字板又は照明具の設置
  • その他、投票所における障害者の負担を軽減するために利用可能な物理的環境の提供、投票所における手助けや案内等の人的配慮

d)投票方法

  • 知的障害者や発達障害者等に分かりやすい投票用紙の様式
  • 代理による投票や自宅での投票(郵便による投票を含む。)等障害特性に応じた適切な投票方法の整備及びそれを利用するための手続の簡易化等の配慮
  • 代理による投票の際のプライバシーへの配慮
  • 最高裁裁判官の国民審査投票において、視覚障害者のみに負担となることのない投票方法の実施

2)入院・入所中の投票の機会

  • 投票所への移動の支援、出張による投票、その他投票の機会を確保するための配慮

3)政策決定過程への参画の機会

  • 国や地方公共団体が実施しているパブリックコメントをアクセスしやすいものにする、また政策に関する公聴会での情報保障を行う等の配慮

2、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 一般的に合理的配慮の提供が過度の負担を生じる場合は、これを提供しないことが差別には当たらないとされるが、民主制の根幹をなすこの分野に安易に適用すべきではない。

第5、その他の留意事項

1、政治参加

 障害者権利条約は、選挙の機会の確保とともに、障害者が国の公的及び政治的活動に関係のある非政府機関及び非政府団体に参加し、並びに政党の活動及び運営に参加することができる環境の整備を求めている。
 したがって、政治的活動に関係する団体や政党への参加等に関する障害者への必要な配慮について、各党各会派における真摯な議論が求められる。
 なお、言語障害者等が言語に代わる文書による選挙活動等をすることができるよう、障害者自身の政治活動についても、同様の議論が求められる。

2、政見放送等における手話通訳・字幕の提供

 政見放送における手話通訳・字幕の提供については、放送局の人的物的整備、通訳に係る人材の確保等の体制整備が必要であり、また、公職選挙法に関わる事項もあるため、この分野における合理的配慮の実施には一定の期間を要するであろうが、政府及び国会での早急な対応が求められる。
 なお、国会中継等における手話通訳・字幕の提供も政治参加において重要であり、放送局の体制整備が求められる。

3、介助体制

 障害に関連する理由で入院・入所している人が、投票の際の介助体制がないことや外出できないこと等により投票できないことがある。在宅の重度の障害者を対象とする郵便による不在者投票の制度も代理記載による投票も可能となっているが、投票に至るまでの手続が煩雑で、実際には適切な支援者がいない場合には利用できないこともある。
 このような場合の介助体制について、障害者に対する公的サービスの仕組みとの関連も含め、今後、政府において検討されることが求められる。

4、政治活動における情報提供

 政見放送のみならず、選挙演説や日頃の政党主催の講演会等における手話通訳者や要約筆記者の配置、政党機関誌等による情報提供における点字又は利用可能な電子データの提供については、政党の政治活動の自由や公職選挙法の制約があると思われるが、この点についても、各党各会派の真摯な議論が求められる。

第10節 司法手続

第1、はじめに

 司法へのアクセスに関し、障害者権利条約は「障害者がすべての法的手続(捜査段階その他予備的な段階を含む。)において直接及び間接の参加者(証人を含む。)として効果的な役割を果たすことを容易にするため、手続上の配慮及び年齢に適した配慮が提供されること等により、障害者が他の者と平等に司法手続を効果的に利用することを確保する(第13条1項)」ことを締約国に求めている。

 これは、例えば、憲法や刑事訴訟法が被疑者・被告人に黙秘権を始めとする様々な権利を付与し、その結果として被疑者・被告人は自己を防御する機会を得ているが、障害者の存在が必ずしも想定されていないため、障害者は、このように一般に与えられている手続き上の権利等が実質的には保障されていない結果として裁判を受ける権利そのものが脅かされかねない状況が世界的に存在するからに他ならない。

第2、手続上の配慮

 障害者権利条約が、司法へのアクセスに関して「手続上の配慮」を求めているのは、これを欠くことになれば、実質的に見ると、一般に与えられている法的保護を障害者には与えないという、他と異なる取扱いをしたのと同様の結果を生じることになるからである。

 したがって、「手続上の配慮」は、合理的配慮が司法分野に特化された概念であると考えられる。ただ、障害者権利条約が司法分野に特化した表現をとったのは、合理的配慮の例外を示す「均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」に該当する場合であっても、適正な手続が求められる司法分野においては、かような抗弁については原則として認めるべきではないという判断があったからである。

 本法においては、司法分野においても合理的配慮という言葉を使用するが、この分野においては、それが手続上の配慮に当たる場合、過度の負担が問題とされるのは権利の性質上原則として適切であるとはいえない。それらを前提として、本法においても不均等待遇や合理的配慮の不提供が障害に基づく差別であることを明確にして、これを禁止することが求められる。

第3、この分野において差別の禁止が求められる対象範囲

1、対象となる手続

 障害者権利条約上、司法分野において、手続上の配慮が求められる対象としては、「すべての法的手続(捜査段階その他予備的な段階を含む。)」となっている。

 この中で、刑事手続については、裁判所が関与する前の捜査段階だけでなく、同条約13条2項において、研修が求められる範囲として摘示してある司法に係る分野に携わる者の中に「刑務官」が含まれていることからすると刑を受け終わるまでが対象範囲となる。

 また、全ての法的手続とあるので、刑事手続のみならず、民事訴訟法、行政事件訴訟法、人事訴訟法、民事調停法、家事審判法、少年法、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律、その他の法律に基づいて裁判所が関与する司法手続全般に及ぶことになるであろう。

2、差別をしてはならないとされる相手方の範囲

 司法手続に関わる職責を有する機関や個人は、上記手続に登場する弁護士、警察署、警察官、検察庁、検察官、裁判所、裁判官、刑務所、刑務官、拘置所等であるが、様々な立場を含むものであるから、本法における相手方としてどのように捉えるべきかについては、整理する必要がある。

3、法的保護の対象

 本節によって保護される障害者は、上記手続の当事者(例えば、被疑者、被告人、原告、被告、受刑者)のほか、証人である場合も含む。

 なお、傍聴者は【公共的施設】の利用者として、物理的アクセス及び情報アクセスのための合理的配慮が求められる。また、裁判員の場合、障害を理由として就任を拒否されることは不均等待遇に当たる場合もあり、審理への有意な参加が阻害されないためには、【情報・コミュニケーション】の分野に係る合理的配慮が求められる。

第4、この分野で禁止が求められる障害に基づく差別

 障害者権利条約上は、「手続上の配慮」といった形で特化された合理的配慮について言及するだけであるが、司法手続の分野においても、障害又は障害に関連する事由を理由とする不均等待遇といった事態があり得るので、これも含めて、差別が禁止される必要がある。ただ、この分野において実際上最も大きい問題は合理的配慮の不提供の問題である。

第5、合理的配慮が求められる事項や場面

1、刑事手続(捜査段階)

 先に述べた対象手続において問題となる場面を網羅的に摘示することは困難であるが、例えば刑事手続においては、主に以下の点が問題となる。

 捜査段階では、逮捕理由の告知においては被疑者が何の理由で逮捕されるのか、何を防御して良いのかについて、また、弁護人選任権や黙秘権の告知においてはそのこと自体の意味について、例えば発達障害者、知的障害者、精神障害者、聴覚障害者、視覚障害者等に正確に伝わらなければ、こういった防禦権の保障は機能しない。視覚障害がある場合には、そもそも逮捕しようとする者が警察官であるのか、令状が発布されているのかさえ、確認できない場合もある。

 また、取調べにおいては、聴覚障害者の場合、取調べの段階で手話通訳者が立ち会うとは限らず、筆談等では事情が飲み込めないまま取調べが進行し、でき上がった調書の意味も正確に理解できないまま署名押捺してしまう可能性がある。視覚障害者の場合、調書の朗読を受けても、書面どおりに朗読されているのかどうかの確認はできない。発達障害者の発することが間違って受け取られることもある。知的障害者の場合、相手方に対する迎合的な性格が強ければ強いほど、質問の内容や意味を理解できないまま、うなずいたり、ハイと答えたりすることが多く、冤罪の要因ともなりかねない。

 このような捜査段階での諸手続において、本来刑事訴訟法上被疑者に認められた諸種の防禦権が障害のない者と同様に保障されるための合理的配慮が求められる。

2、刑事手続(公判段階)

 公判段階では、被疑者の供述調書が証拠として取調べられるが、その際、自白の任意性がチェックされることになる。その場合、一般の任意性の判断に加えて、捜査段階での諸手続において、本来刑事訴訟法上被疑者に認められた諸種の防禦権が障害のない者と同様に保障されるための合理的配慮がなされて得られたものであるのかどうかをチェックすることが求められる。

 なぜなら、合理的配慮がないまま取調べがなされたとすると、それは、実質的に刑事訴訟法が被疑者に与えた防禦権が奪われた状態での取調べであるからであり、質問等の意味が分からないままの取調べは、そもそも取調べとはいえないからである。手段としては、ビデオ撮影等による取調べの全面可視化の方法等が検討されるべきである。

 また、被告人質問や証人尋問等の手続においては、聴覚障害者の場合、手話通訳によっても、擬声音の表現、過去の仮定、抽象的な概念を伝えることが困難な場合もあると指摘されており、それらが理解されているのかなどの検証をしながら、尋問を進めることが求められる。知的障害者の場合も同様と思われる。さらに、視覚障害者に対し、図面を示したり、証拠物の形状を示しながら尋問が行われても、答えるのは困難であり、それに代替する手段が合理的配慮として用意されることが求められる。

 さらに、発達障害者の場合、相手の感情や周囲の空気を読み取るのが苦手で、自ら深く反省する気持ちがあってもそれを表現することがうまくできず、裁判の過程での振る舞いがあたかも「反省していない」ように受け取られることもある。普通に会話をしてコミュニケーションをとるということが容易でない知的障害者や発達障害者の話や真意を十分かつ的確に聞きとるための本人と信頼関係が築け、本人の障害特性やコミュニケーションの特徴を把握して適切に対応できる人材を捜査段階も含めて配置し、本人の意思や認識が適正に把握されるための措置が合理的配慮として求められる。

3、刑事手続(判決)

 判決は、宣告により告知されることになるが、裁判官の朗読では意味が伝わらない聴覚障害者には手話通訳、知的障害者等の言葉の理解に困難がある障害者にはその内容を分かりやすく伝える支援者等による伝達、控訴期限内に控訴するかどうかの判断ができるように、視覚障害者の場合には点字で翻訳された判決文を交付すること等、障害の特性に配慮した在り方について検討されることが期待される。

4、受刑又は身柄拘束中の処遇

 障害者の中には、介助者の支援を受けて生活する者や日常的に医療的ケアを受けながら生活している者も存在するが、身柄拘束を受けるとそういった日常の支援から切断されることになる。しかしながら、これらの支援は生活を維持する上で、必要不可欠なものであり、拘束されることでこれらの支援が切断されることは、受刑や身柄拘束そのものより、心身の苦痛を伴うものとなる。

 このような苦痛は、他の被拘禁者が負担しない不利益であるため、他の被拘禁者と実質的に同等の扱いを行うためには、合理的配慮として、障害のある被拘禁者に対して必要な介助や医療が継続されなければならない。

 また、更生プログラム等において、障害のない受刑者に提供されると同質・同程度のプログラムを提供するには、障害の特性に配慮した形で提供される必要がある。

5、民事手続、その他

 以上が、刑事手続において合理的配慮が必要とされる場面であるが、民事訴訟その他の手続においても、相手方から提出された書面や証拠という情報の伝達や証人尋問や調停等におけるコミュニケーションの保障等、権利の性質に鑑みて刑事手続に準じた合理的配慮が求められる。

 以上の手続上の合理的配慮に加え、裁判所内での移動、法廷へのアクセス面での合理的配慮は、【公共的施設】における合理的配慮とも重なる。この場合は手続上の合理的配慮とはいえなかもしれないが、司法へのアクセスを確保する重要性に鑑み、代替手段も含め可能な限り配慮されることが求められる。

6、合理的配慮の具体例

 以上のように、司法手続において障害者に合理的配慮が提供されなければ、障害のない者以上の不利益を被ることにつながる。この分野における合理的配慮として、考えられる主な具体例は以下のとおりである。

1)情報伝達に係る合理的配慮

 例えば、判決文、その他の訴訟関係書類の点字化、正当な権限ある者による取調べや逮捕であることを確認できる方法の確保、逮捕事由、黙秘権、弁護人選任権等の告知が理解し得る形で伝えられるような適切な形での情報提供

2)コミュニケーションに係る合理的配慮

 例えば、取調べ、証人尋問、本人尋問における手話通訳者、知的障害や発達障害の特性について理解のある人の立ち会いによる通訳支援、外部からの接見、面接時の手話による会話の許可や手話通訳者による通訳、弁護人を専門的な見地から補佐する特別代理人等の選任

3)処遇における合理的配慮

 例えば、刑事施設やその他の収容施設での知的障害や発達障害を含む様々な障害特性に配慮した介助や医療の提供、日課や刑務作業等の処遇、更生プログラムの導入、受刑することの意味を発達障害者が真に理解し内省を深めるための発達障害者の特性に合ったコミュニケーション方法や心理的アプローチ

7、合理的配慮の不提供を正当化する事由

 先にも述べてはいるが、司法の分野は私人間の問題ではなく憲法が保障する適正手続に関わる分野であり、問題となり得る権利の性質に鑑みると、原則として過度の負担を問題とするのは適切ではない。

第6、関係者への障害特性等に関する研修等

 司法手続において、障害者が差別されることなく、効果的に適正手続の保障を受けるためには、一連の手続に携わる者が障害特性を含む障害への理解を深めることが不可欠である。したがって、本法において、対象となる手続の関係者全てに対する研修等が求められる。

第3章 紛争解決の仕組み

第1、紛争解決の仕組みの必要性

 本法の目的の一つは、国、地方公共団体及びこれに従事する公務員の他、民間事業者、私人も含めた社会に対して、行為規範(人々が行動する際の判断基準)を法で定め、何が差別に当たるのかの判断の物差しを提供することにある。これにより差別等の紛争が事前に回避されることが望ましい。

 しかしながら、不幸にして紛争が発生した場合に備えて、司法的解決のほか、本法の目的を実現するため、本法に係る紛争の性質に即した簡易迅速な裁判外紛争解決の仕組みが用意される必要がある。

第2、自主的な解決の仕組みと促進

 紛争が発生した場合においても、本来的には、自主的に解決されることが望まれる。そこで、国等にあっては、一般的な広報啓発活動の他にガイドラインの策定や事例集の作成等、当事者間の自主的な紛争解決を促進するための取組を進めることが求められる。

 中でも、本法において規定される【雇用】の分野のように紛争当事者間に継続的な契約関係がある場合においては、可能な限り、当事者間における自主的な努力により円満な解決が図られる仕組みが、民間事業者等において事前に用意されることが望まれる。ただ、知的障害や発達障害のある労働者を含む障害のある労働者の孤立した状況に鑑みると、障害のある労働者をサポートする第三者の参加等の工夫が必要である。

 また、【教育】の分野のように、本来学校や教師と児童生徒及び親との間に継続的な信頼関係が特に求められる分野においても、学校が同様の仕組みを用意する必要がある。なお、【雇用】の分野と同じく、児童生徒及び親の立場をサポートする、例えば、一部地方公共団体で設置されている子どもオンブズパーソン等の第三者の参加等の工夫が必要である。

第3、想定される紛争事案

1、相手方と事案の性格

 紛争が自主的に解決できない場合の解決の仕組みを検討するに当たっては、まずは、誰に対してどのような紛争が起こりうるのか、ある程度そのパターンを想定する必要があろう。その際、前述のとおり、本法が国、地方公共団体及びこれに従事する公務員の他、民間事業者、私人も含めた社会に行為規範を示すものであることや本法において規定される個別分野の特徴を踏まえる必要がある。

 そうした観点から見ると、【雇用】、【公共的施設・交通機関】、【商品・役務・不動産】、【情報・コミュニケーション】、【医療】、【家族形成】の分野においては、主に民間事業者や私人が相手方として想定される。

 もちろん、この分野においても、雇用主が国や地方公共団体である場合、行政による公共サービス等、相手方が公的機関である場合もあるが、この分野における紛争の性格において、民間事業者と区別して取り上げる必要性は少ないと思われる。

 他方、それ以外の【司法手続】、【政治参加(選挙等)】、【教育】、【国家資格等】の分野においては、主に、国、地方公共団体及びこれに従事する公務員が相手方として想定されるだけでなく、事案の性格も権力作用に関わる行政処分的な要素もはらんでいる点で、前に述べた分野における事案の性格とは異なる点があるといえよう。

2、紛争の態様

 次に、紛争の態様といった視点からの考察も必要であろう。そうした点から、

1)まず、解決の困難性という観点からおおまかに見ると、

A)相手方の思い込みや誤解をなくしたり、少し相手方に配慮してもらえれば解決可能な軽微な事案

B)一定の利害対立が想定され、正しい理解や情報の提供等簡易な調整では納得が得られないような事案であるが、一定の時間をかければ、合意的な解決が望めそうな事案

C)利害対立が強く合意的な解決では解決が望めない事案

等、紛争の度合いにおいて異なるパターンが想定される。

2)また、紛争の個別性や地域性という観点から見ると、

A)事案が、地域的な広がりを持たず、他への影響をあまり考慮しなくて済むような個別的事案、

B)事案が広域にわたるものや、行政の一般的な運用に関わるもので、個別的な解決が困難と思われる事案

といった違いも考慮すべきであろう。

3)さらに、日常的な生活のなかで、一定の継続性を持った関わり合いがある中で発生する事案であるかどうかといった点も紛争解決の仕組みにおいて考慮される必要があるであろう。特に関わり合いが一定の継続性を持った関係の中で発生する事案においては、紛争事案の発生後においても関係が継続されることを考えると、可能な限りしこりを残さない円満な解決が望まれるからである。

第4、第三者が関与する解決の仕組み

1、紛争解決の仕組みに求められる機能

 先に述べたように紛争解決に当たっては当事者間での自主的な紛争解決が望ましいが、解決の受け皿がないことによって、障害に基づく差別事案の多くが放置されてきたことに鑑みると、中立・公平な第三者が当事者間に関与する仕組みを設けることで、紛争の円満な解決を促進することが求められる。

 第3で述べた想定される紛争事案の態様等を踏まえると、紛争解決の仕組みには以下の機能が求められる。

1)相談及び調整の機能

 どのような事案であれ、解決紛争の仕組みに求められる機能として、最初に挙げなければならないのは、障害者が身近なところで、安心して相談できるものであることである。

 ここで留意すべきことは、差別によって精神的にも被害を受けている状況の中で、このような痛みを理解できるピア・カウンセリング的手法を用いた相談、あるいは、コミュニケーション支援や意思決定支援を伴う相談であることが重要であり、かかる機能を担当できるような障害者、家族、障害及び障害に基づく差別問題に理解のある専門家等の社会資源(以下、「相談担当者」という。)をこれに当てることが求められる。

 障害を巡る紛争は、障害や障害者に関する理解不足や思い込み、あるいは双方のコミュニケーション不全に起因して発生する場合もある。このような場合には相手方の誤解をなくし、相手方の理解が深まることで解決可能な場合もあることから、地域の身近なところに配置された相談担当者が相手方に出向き、相談で問題となった事柄、障害者の置かれた状況等について説明し、相手方との関係を調整することが求められる。

 これは、一定の継続性を持った関わり合いがある中で発生する事案で可能な限りしこりを残さない円満な解決が望まれる事案においても同様のことが求められる。

2)調停、斡旋、仲裁、裁定(以下、「調停等」という。)の機能

 事案の中には、一定の利害対立が想定され、状況の説明、正しい理解や情報の提供等の簡易な調整では納得を得ることが困難である事例も想定される。

 このような事案でも、一定の調整の手続を経るべきであるが、調整だけでは紛争の解決が困難であると見込まれる場合には、障害者の権利擁護につき専門的な知識、素養、経験といった資質を備えた専門家を含む中立・公平な機関による調停等の手法により、粘り強い紛争の解決を図ることが求められる。その際に、他との公平の観点から、権利主張をする力の弱い知的障害者や発達障害者には、本人の側に立ち、本人の主張を支え、表現しきれない部分を補う役割を果たすことができる人材の配置が必要であろう。

 この紛争解決の一つの手段として仲裁がある。これは、紛争当事者が、第三者の判断に解決を委ねることをあらかじめ合意することを条件に、中立・公平な第三者の判断により紛争の解決を図るものである。この手法も合意的解決の一つであるが、仲裁の結果に不服申立てする手段がなくなるというリスクもあるため、これを取り入れるにはかかるリスクの検討が必要であるとともに、運用においてはその点の十分な説明が求められる。

 また、事案の中には、利害対立が強く、以上のような合意的な解決手法では解決が望めない事案も想定される。
 このような場合に、本法による解決の仕組みに、第三者による裁定等によって解決を図る仕組みを導入することが求められるが、これについては、調停や斡旋とは質的に異なる、いわば準司法的な機能を担える機関として、後に触れる政策委員会がこれを担える枠組みを備えているのか、他に適当な機関があるのか、新設の機関を設置できるのか、等の大きな課題がある。

3)実効性の担保

 以上述べたように、紛争解決の仕組みにおいては、相談及び調整の機能を始めとして調停等の機能が求められるが、特にこの調停等の機能を発揮する上で、その実効性を担保することが求められる。例えば、事実調査に関する協力義務や出頭等の手続に協力する義務を課すことや、一定の解決を見たにも関わらず、相手方が任意にこれを履行しない場合、あるいは、明らかに差別に該当する行為が認定され、しかも、事案が悪質であると認められるような事案については勧告ないし公表を行うなどの解決の実効性を図る仕組みが検討されるべきである。

2、紛争解決に当たる組織の在り方

 紛争解決の仕組みに以上のような機能が求められることを踏まえると、紛争解決に当たる組織の在り方としては以下のことが求められる。

1)相談及び調整を行う機関

 相談及び調整の機能を担当する組織の検討に当たって、重要なことは、障害者が気軽に相談等を行うことができるよう、また、障害者が気付いていない場合でも問題を発見することができるよう、障害者にとって身近であり、かつ障害者に寄り添えるような存在であることである。

 ここにおける相談担当者は、法律のみならず、障害者の置かれた立場、心情をよく理解できる素養、障害や障害に基づく差別問題に関する知識、紛争を円滑に解決するために紛争当事者を説得する技術も求められる。

 このような者として、具体的には、相談実務の経験を有する障害者、家族、身体障害者相談員、知的障害者相談員、障害者と日常的に接する関係者や支援者及びそれらのネットワークや障害者団体等の知見を活用することも考えられる。

 また、政府は、相談及び調整の重要性に鑑み、これを担当する者の研修等、更なる人材の育成・確保に努めるための取組を進める必要がある。

 これらの点を踏まえた具体的な組織としては、例えば、障害者総合支援法に基づいて市町村が設置する基幹相談支援センター、又は都道府県の条例等において独自に設置された広域の相談支援センター等の既存の組織を活用すること等も含め、検討されるべきである。

2)調停等を行う機関

 一定の利害対立が想定され、調整によっては解決が望めない事案については、先に述べたとおり、調停等による解決の仕組みが用意されることが求められる。

 この仕組みもできるだけ身近なところで解決されることが要請され、少なくとも都道府県ごとに、調停等の機能を果たすものとして、障害者の権利擁護につき専門的な知識、素養、経験といった資質を備えた専門家を含む中立・公平な機関が必要となる。

 これらの点を踏まえた具体的な組織としては、例えば、障害者基本法に基づいて都道府県が設置する審議会その他の合議制の機関、あるいは都道府県により障害者の権利擁護を図るために設置された委員会等の既存の組織を活用できるかも含め、検討されるべきである。

3)中央に置かれる機関

 事案の中には、先に述べたとおり、構造的なものであって広域にわたり、他に与える影響が重大で個別的な解決が困難な事案もある。また国による行政の一般的な運用に関わるもの、又は国が行った行政処分的な事案は性質上地方公共団体の解決にはなじまない事案である。

 こうした点に鑑みると、このような事案については、例えば、国が障害者基本法に基づいて設置する政策委員会等の既存の組織を活用できるかも含め、検討されるべきである。

4)国内における実施及び監視

 障害者権利条約第33条2項は、「締約国は、自国の法律上及び行政上の制度に従い、この条約の実施を促進し、保護し、及び監視するための枠組み(適当な場合には、一又は二以上の独立した仕組みを含む。)を自国内において維持し、強化し、指定し、又は設置する。締約国は、このような仕組みを指定し、又は設置する場合には、人権の保護及び促進のための国内機構の地位及び役割に関する原則を考慮に入れる。」としている。

 この中で、条約が求める保護には、人権が侵害された場合の救済が含まれており、障害者権利条約は、締約国にこの救済の枠組みを用意するよう求めているが、その在り方としては、人権の保護及び促進のための国内機構の地位及び役割に関する原則を考慮に入れ、適当な場合には独立した仕組みであることを求めていることになる。

 この点に関して、障害者権利条約の文言からも分かるように、障害者権利条約は、必ずしも独立の仕組みであることを絶対的な要件としているわけではないが、仮に政策委員会に調停等の機能を付与するとなれば、条約上の要請を満たすよう努めることが求められるのではとの意見があった。

 これに対して、多くはその方向性については同様の意見であると思われるが、司法制度という独立した仕組みがあるなかで、現状においては、この原則にこだわらずに具体的な紛争解決の仕組みを早急に用意すべきであるといった意見も出された。

 このように、紛争解決に当たる組織の在り方の検討に当たって、障害者権利条約上の要請を意識した議論が求められるところであるが、本法においては、障害に基づく差別による紛争が生じた場合に備え、簡易迅速な実効性のある裁判外紛争解決の仕組みを早急に用意すべきである。

第5、他の紛争解決の仕組みとの関係

 本法に係る紛争について、既存の紛争解決の仕組みを通して解決することは排除されるものではない。

 例えば、労働分野において、労働者と事業主との間の個別労働関係紛争については、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成13年法律第112号)に基づく都道府県労働局長による情報提供・相談等や紛争調整委員会によるあっせん等の仕組みが設けられているが、本法に係る紛争の解決にこれらの仕組みを利用することも妥当と考えられる。この点については、手続の実効性の観点から、政府において引き続き検討することが期待される。

第6、司法判断

1、裁判規範性

 本法は行為規範であると同時に司法判断の基準となる裁判規範性も有している。本件に係る紛争について、以上の解決の仕組みで解決が図られない場合、最終的には、司法の判断に委ねられることもある。

2、法的効力

 ここで、本法の法的な効力に触れておく必要がある。
 本法は、国や地方公共団体の差別に該当する行為を禁止するだけでなく、既に触れたように差別禁止が及ばない部分もあるが、原則として民間事業者を含む私人の差別に該当する行為も禁止するものである。

 仮に本法が国や地方公共団体だけを対象とするのであれば、本法は憲法が人種等と並んで差別を禁止する「社会的身分」に障害が含まれるとの解釈を前提とするものであり(なお、人種、性別等が憲法により特に列挙されているのは、歴史的に繰り返されてきた差別に係る事由であり、かつ個人の意思によってはいかんともしがたい事由であることによると一般に解されていることから、障害を人種、性別等と並べて憲法が掲げる「社会的身分」に含めて解することは自然といえる。)、さらに、憲法がこれらの事由により「差別されない」とするその差別が具体的に何を意味するのかを立法レベルで明らかにして、障害分野における国等による差別を具体的に禁止する法律といえる。

 その場合、かかる法律は憲法における差別禁止を具現化するものであるから、国等から差別を受けた個人が、国等に対し差別してはならないと求めることは、法的根拠に基づくことであって、単に相手方の倫理や道徳を頼りにするお願いとは異なるものと位置付けられることになる。言葉を換えていうならば、そのような法的根拠を認めることで、国等による差別から個人を法的に保護するものということになるのである。

 本法は、そのような国等による差別に対する個人の法的保護を私人による差別に対しても広げようとするものである。私人による差別を受ける場合は、差別する側の私人にも契約に応じない自由等があることから、法的強制まで認められるかどうかは別として、差別を受けた個人が差別を行った私人に対して差別をしてはならないと求めることは法的根拠に基づくものであることを明確にしておく必要がある。

 仮に法的根拠がないとなれば、道徳や倫理の世界に委ねることと同じことになり、あらためて立法する必要はないことになる。また、それでは障害者権利条約の国内的実施を行ったと到底いいがたいことになる。

 本法は、そういった意味で、私人と私人の間で差別が行われた場合にも、そのような差別をしてはならないと求めることに法的根拠を認めるもの、すなわち、相手方に対する法的な権利を認めるものである。

3、私人間効力と差別禁止法の位置付け

 従来、差別禁止法といった特別立法がない中にあっても、私人間における度を超した差別事案については、公序良俗に反し契約を無効としたり、不法行為法により損害賠償等の救済を認めることは可能であり、その場合、憲法で定められた差別禁止等の憲法規範は、直接には私人間に適用されず、民法90条や民法709条等の私法の一般条項を通して実現されるとする間接適用の考え方が取られてきた。このような従来の法的救済の仕組みと、本法が予定するそれは、矛盾するものではなく、本法はそれらの一般条項の内容を具体化する機能を果たすものと位置付けられる。

 したがって、何が差別に当たるかを判断する基準は本法が提示するとしても、他にどのような要件が備わる場合に、どのような法的救済が認められるかは、民法等の一般法の定めるところに従って判断されることになる。さらに、そのようにして民法等により権利があるとされる場合でも、それがそのまま訴訟上認められ、法律上強制できるかというと、そうではなく、民事訴訟法や民事執行法によって判決や強制執行になじむかどうかの吟味を経て実現されることになる。

 そういった意味で、相手方に対して差別をしてはならないといえることは法的に認められる権利であるとしても、実際に差別を受けた場合に、どのような救済が認められるかは、民法等の一般法と民事手続法に従って判断されることになる。

 例えば、差別行為の差止め請求や妨害排除請求、合理的配慮の作為請求がどのような場合に認められ、判決として認容され、強制執行の対象になるかについては、物権や人格権に基づく差止め等に関する民法の解釈、民事訴訟法や民事執行法等の解釈に委ねざるを得ないと考えられる。

4、本法施行後の検証

 そういった状況に鑑みると、本法の施行後における司法的解決として現行法制度が差別禁止に関して機能しているのかについて検証し、不十分であれば団体訴訟等の訴訟形態も含め検討し、必要な措置をとることが求められる。

第7、制度的な解決

 紛争解決の仕組みにおける事例の蓄積や当事者からもたらされる個別の紛争を超えた制度自体に関する問題点の指摘等によって、既存の制度や施策の問題点が明らかになることも考えられる。個別の紛争において、制度や施策自体の改正を行うことは困難なものと考えられるが、このような情報を国又は地方公共団体が権限ある行政機関にフィードバックすることで、必要に応じて、既存の制度や施策の見直しにつなげることが重要である。

 政策委員会において、本法に係る紛争やその解決の状況、紛争解決の仕組みを通じて得られた情報に基づく制度や施策の状況等を把握し、必要に応じて、政策提言が行われることも期待される。

 また、制度的な解決が問題となる場合においては、本法に係る紛争は幅広い分野で起こることが想定されるものであり、単独の機関だけで解決することは困難である。このような観点から、政府においては関係する行政機関間での連携の在り方や体制整備等についても検討する必要がある。

以上