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旅で始まるいきいきライフ

第2章 障害のある人の旅についてもっと知ろう

2. 障害のある人から見た外出と旅行の現状

大阪市立大学大学院 創造都市研究科 博士(後期)課程 中子富貴子
(もっと優しい旅への勉強会 運営委員)

バリアフリー観光の進展

障害のある人の外出や旅行は、時代とともに容易になってきました。インターネットを見ても宿泊施設や観光施設のバリアフリー情報は増加しています。航空会社や鉄道会社も施設のバリアフリー化や情報提供、利用客への対応を整えてきています。一般的に障害のある人への配慮は、今ではサービス提供を行う企業として当たり前と考えられるようになったと言ってもよいでしょう。こうした傾向は1990年代から徐々に顕著になってきました。

例えば日本の航空会社は障害のある人を中心に相談窓口を設けてサービスの充実をはかってきましたが、日本航空(JAL)は1994年からJALプライオリティ・ゲストセンターを、全日空(ANA)は1997年からANAスカイアシストをスタートさせています。現在、どの程度の障害のある人や高齢者がこうしたサービスを利用しているのでしょうか。JALの国内線では、プライオリティ・ゲストセンターに相談、利用しているのは、2008年から2010年までを例にとってみると、毎年約59,000~63,000人程度(有償の利用客のみ)ということです(*1)。ANAスカイアシストでは国内・国際線合わせて2008年には年間約123,000人前後の利用者がいます。また、ANAグループの旅行会社ANAセールスではツアーアシストデスクを設け、障害のある人のツアー参加の相談を受け、必要な追加手配などを行っていますが、例えば同社の海外ツアーのひとつである「ANAハローツアー」にはここ数年で年間約300~500人程度の人が利用しているようです。同行者も含めると年間1,000人以上の人がツアーアシストデスクを利用しています(*2)。実際にはこのような相談デスクを利用しない人や、他の航空会社を利用する人などもいることも考えられますので、もっと多くの人が航空機を利用して移動していると想像できます。また、これらの利用者はすべて観光目的ではなく商用なども含まれますので、正確な利用客の数値はわかりませんが、いずれにせよ障害のある人の移動は着実に進展していると言えます。

このように企業の対応が進んできたのはなぜでしょうか。時代とともに変化してきた背景には様々なものがあります。まず、旅行という側面から考えてみると、観光の大衆化は大きな要因です。旅行は「ぜいたくだ」と言われた時代もありましたが、現在はほとんどの人が望めば、自分なりに楽しむことができる身近な余暇となっています。それだけでなく日本の高齢化の進展にともなって旅行の消費者の年齢層が高くなってきたことも、サービス提供に様々な配慮が必要になってきた要因とも言えます。また、旅行そのもののもつ意義や効用への期待が増加してきたことがあります。観光は遊びや余暇に分類されますが、気分をリフレッシュする効用や、「旅はリハビリ」と言われるように、単なる遊びではなく精神的・肉体的な面からの効用も近年は見直されてきました。森林浴やヘルスツーリズムのように、日常のストレスからの回復や、健康志向をテーマとした旅行が増えているのも、旅の効用や意義への意味づけが以前に比べて積極的にされてきたことと関係があります。障害のある人にとっては、従来から余暇という大切な文化的な機会をなかなか得られない環境もありましたが、非日常的空間でのリフレッシュや健康的な生活は今後ますます必要とされます。

また、障害のある人の社会参加という面から考えてみても、ノーマライゼーション運動や自立運動、障害者権利条約の動きなど、様々な進展が観光への参加を後押ししてきました。例えば、障害者権利条約の第30条では「文化的な生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加」が言及され、障害者のスポーツ、レクリエーション、観光の場所へのアクセス、機会の保障、サービス利用の確保のために各締結国は適切な措置をとるとされています。この条約が日本で批准され効力が発揮されるようになると日本社会として人権の側面からも、観光の機会や参加を整備する動きは進むでしょう(*3)

日本の制度はこのような状況にともなって変化してきたのでしょうか。ハートビル法(1994年)や交通バリアフリー法(2000年)では、公共性の高い主要な施設を中心にバリアフリー化の義務が課されていました。この両者が統合されたバリアフリー新法(2006年)では、さらに対象が知的障害・精神障害・発達障害などにも拡大され、またバリアフリー化すべき対象施設も拡大されています。この法律は観光が目的ではありませんが、公共的な施設や鉄道や旅客ターミナルなどがバリアフリー化されることで、障害のある人の移動は容易になります。また、身体障害者補助犬法(2002年)などによっても、外出時の施設、サービス利用が容易になってきました。 日本において観光に関する基本的な法律は観光立国推進基本法(2007年)ですが、21条では「高齢者、障害者、外国人その他特に配慮を要する観光旅行者が円滑に利用できる旅行関連施設及び公共施設の整備及びこれらの利便性の向上、情報通信技術を活用した観光に関する情報の提供等に必要な施策を講ずる」こととされています。国土交通省は2008年に「観光のユニバーサルデザイン化 手引き集」を作成し、障害のある人の旅行の観光促進について具体的な方法案も提示しています。このように、国の観光政策でも障害のある人への配慮は必要だと見なされるようになってきました。地方自治体でも福祉のまちづくり条例を制定する自治体も増え、高齢者や障害のある人にも配慮した住みやすい環境を目指すようになりました。このような様々な背景のもとで、制度的な整備、ハードのバリアフリー化が進んできたことで外出や観光がより身近なものになってきているのです。

多様な支援の拡大

このように、制度的にも観光促進は進んできていると言えますが、その他にも様々な取り組みが見られます。例えば、宿泊施設のバリアフリー化に関しては、改修時に地方自治体が補助金を出すところがあります。観光客誘致に力を入れている自治体でもユニバーサルデザインやバリアフリーの考え方に目を向けるようになってきました。例えば、早くから福祉観光都市を目指してまちのバリアフリー化を進めてきた岐阜県高山市の例は有名ですが、まちにあるトイレや道路のバリアフリー化だけでなく、「おもてなし」という視点から、観光施設や宿泊施設での接遇の質の向上に努力もしています。

また、現在さまざまなNPO組織が支援を行うようになってきています。例えば、地域の観光施設や宿泊施設のバリアフリー情報を提供する、NPO法人伊勢志摩バリアフリーツアーセンター(三重県)や、神戸ユニバーサルツーリズムセンター(兵庫県)などがあります。これらのNPOは情報提供だけでなく、車いすのレンタルサービスや、地元の観光ポイントの案内やアドバイス、相談も行います。このようなNPOのもうひとつの目的は、訪れる人への支援を通じて自分たちの地域全体のバリアフリー化の向上を進めることです。旅行に出掛ける時に必要な介助の支援を行う団体もあります。NPO法人 高齢者・障がい者の旅をサポートする会(東京都)はその代表例です。また、外出支援のトラベルヘルパーを養成するNPO法人トラベルヘルパー協会(東京都)のような組織もあります。また、障害者スキースクールを行うNPO法人ネージュ(新潟県)のように、特定のレジャー・スポーツを専門的にサポートする組織もあります。このようにNPOの支援は幅広く多様な形で展開されています。上に挙げた伊勢志摩や神戸のNPOは、それぞれ全国の団体とネットワークを形成し活動を拡げています。その中には、観光地として人気のある沖縄や北海道の団体も含まれています。例えば、沖縄の那覇空港では、NPO法人バリアフリーネットワーク会議が、那覇空港しょうがい者・こうれい者観光案内所(沖縄バリアフリーツアーセンター)を管理・運営し、沖縄を訪れる人にバリアフリー情報の提供や相談を行っています。

NPOの活動の例は、これまでも任意団体や障害者団体などの取り組みとしてあり、このような先例の活動が基礎になってきたことは言うまでもありません。しかし、1998年のNPO法制定以降、各地にNPOが増加し、地域づくりやまちづくり活動と関連をもちながら地域のバリアフリー観光への取り組みが増えてきたことはひとつの特徴といえます。また、NPOには障害のある人の日常の福祉的支援を行う組織が多くありますが、この中で日常の外出支援や余暇支援を行う組織もあります。

NPOと旅行会社などとの違いを簡単に言うと、NPOではボランティアベースでのサービス提供が多いことが挙げられます。これは利用する人にとっては料金が無料、あるいは低料金であるという利点があります。また個別で丁寧にその人のニーズに対応できるのもNPO組織の特徴です。NPOの活動には、障害のある人自身が活動に取り組む組織もあります。旅行というと利用者として行くことばかりに目を向けがちですが、旅行会社に勤めることや、自分の住む地域の情報を障害のある人自身が発信できる仕組みや、地元での活動や雇用につながる活動も大切です。上に挙げた神戸ユニバーサルツーリズムセンターは、コンシェルジュとして障害のある人自身が神戸のまちを案内するメニューや、観光情報を取材して情報誌を発行することもしています。伊勢志摩でも、地域の施設のバリアフリーの状況は、障害のある人たちが専門員として調査しています。

もちろん、旅行会社の対応も様々に進んでいます。以前からもバリアフリー旅行に対応している会社もいくつかありました。また一部の大手旅行会社ではバリアフリー旅行の専門部署を置いているところもあります。旅行会社で専門的に対応をしている会社の利点は、ノウハウがあり対応がスムーズであり、必要な追加手配も可能、介助などに関する知識も一般の旅行会社より多くあるので安心な点です。また、全国の旅行業者、受け入れ機関、福祉関連団体からなる「バリアフリー旅行ネットワーク」のような、バリアフリー旅行の向上に積極的に取り組む組織の連携の動きもあります。

介護タクシーや福祉タクシーによる外出支援も広がっています。通常は通院などに限定をしている会社も多いようですが、遊びに行くなど外出や観光にも対応するところも増えてきました。このように福祉と観光の活動が接近してきたことも近年の特徴とも言えるでしょう。

しかし、課題も・・・

とはいっても課題もまだまだあります。

ひとつには、依然として乗車拒否や宿泊拒否などはなくなりません。近年でもホテルでの宿泊拒否などがニュースで流れることもありました。また、駅などでは、介助で待たされることが多い、駅間の連絡がうまくいかない、駅員が足らないなどの問題もあります。サービス提供機関では、配慮や対応をしようとすればするほど、責任に対して慎重になり、あるいはマニュアル化させてしまって杓子定規に対応してしまうということが起こります。そのため、障害のある人でも一部の人にとっては、余計に時間がかかったり、複雑な手続きが必要になったり、同意書を求められたりすることもあり、当人にとって不愉快な思いをすることも少なくありません。

また、東京などの都市部と地方都市の差が大きいこともあります。一般的には地方都市のバリアフリー化は大都市に比べて進んでいるとは言えない事も多く、対応する人手が足らないなどの問題もあります。都市部の空港から海外に行く場合などは、東京や大阪の空港まで来なければならず、地方都市からの移動は大きな負担になります。

旅行会社などの取り組みも進んでいることは先に書きましたが、一般的に考えると対応は会社によって温度差があるのも実情です。積極的に対応をする会社は旅行会社の全体数からいうとまだ少数ではないでしょうか。旅行会社だけでなく宿泊施設なども含めてサービス提供機関が対応に消極的になる理由は、バリアフリー化の金銭的な負担や、企業としての収益性の確保、利用者とのトラブルを避けるなど様々ですが、このような状況になってしまうのは、サービス提供機関が障害のある人の受け入れに否定的であるということではなく、「どのように対応してよいかわからない」ということも多くあるようです。どこまでバリアフリー化すればよいのか、障害のある人の配慮は具体的にどうすればよいのか、理解が社会全体としてまだ進んでいないことも大きな原因でしょう。

何がバリアになるのかは、障害によって、または人によって異なります。従って、事前に必要とする情報の内容も異なりますが、情報提供は十分とは言えません。例えば宿泊施設でも「バリアフリー化されています」と言うことはあっても、車いすしか念頭においていないケースもあります。インターネットの情報提供が普及してきた現在では、ホームページを中心に情報発信をすることも多いですが、障害のある人にとってインターネットは有効で役に立つツールであることは言うまでもありません。しかし、反面すべての人がそのツールを自由に使いこなせられるのか、ということも考えるべきかもしれません。また、障害によっては、情報があることよりもその内容がわかりやすいことが求められます。現在、情報は多く提供されるようになりましたが、このような点から考えると、どのような情報が必要で、どのような提供の方法がよいのかさらに考える必要もあるでしょう。観光にとっても情報のバリアフリーは重要な問題です。

障害のある人が旅行する場合、別途で介助者やリフト付きの車が必要になるなど、人によって何らかの対応や手配が必要になることがあります。確かに介助者の紹介や派遣などの仕組みは整いつつあり、また鉄道など交通機関では障害者割引の制度もありますが、介助の費用や追加手配で料金がかかってしまい、それが高額になってしまう場合になると、行きたくてもあきらめざるを得ません。

介助や同行者がいないとツアーに参加できないというケースであれば、家族による介助に頼るしかない場合もあります。しかし観光なのですから、介助者が家族である場合でも同行者自身もどのように旅を楽しめるかということも考える必要があります。例えば上に挙げた神戸ユニバーサルツーリズムセンターでは、介助者と非介助者に別々に旅行プランを提供する試みも行っていますが、このような例はまだ少数です。金銭的な負担や、介助者や同行者の問題も考えるべき課題だと思われます。

このような課題が意味することは、次の3点に要約できるでしょう。まず1点目としてハードのバリアフリー化だけでは問題は解決しないということです。また、完全なバリアフリー化もありえません。ハードのバリアフリー化は大前提です。しかし、障害によってはハード設備よりも別のバリアが問題になる場合もあり、配慮は様々に必要です。よく言われる「心のバリアフリー」の問題として考えれば、いくらハードがバリアフリーになっても、まわりの人の理解や配慮がなければ旅は楽しくなりません。バリアフリー新法で新しく知的、精神、発達障害者も法律の対象になり、心のバリアフリーの推進が強調されるようになったのも、このような幅広い対応が社会に要請されているからだと考えられます。

2点目として、旅行会社などこれまでの観光産業だけでは対応できないということです。宿泊施設や旅行会社など企業側に温度差がある実情や、NPOの活動が現在欠かせないものになってきていることを考えると、旅行業界だけでなく福祉の人材やNPOが必要になってきます。旅行会社やNPO、福祉の協力が進めばソフトやサービスの充実を図ることも可能です。

3点目として、申立機関を人権の視点から整備することが望まれることです。残念ながら拒否や差別的な対応もあることを考えると、申立を受け、仲裁、調停などを行う機関が必要だと思われます。同時に、受け入れ機関からすればどのように対応してよいかわからないという点もあり、誤解や理解不足からトラブルが生じることも多いのが実情であることも考えると、利用者、提供側双方にとって、旅行に関する相談機関や理解促進のための啓発なども必要です。

支援で心がけることは

こうして考えると、ハードのバリアフリー化や制度などは最低限必要です。しかし、制度があるからといって完全ではありません。観光における個人それぞれの楽しみ方や期待はそれぞれ異なります。従って、バリアフリー観光の完全なマニュアルは存在しないと言っていいでしょう。これは障害の有無とは関係なく、観光のような個人個人の楽しみや余暇を充足させるものにはそもそも決まった形がないのかもしれません。従って、最低限のバリアフリー化や制度の上に個別の対応を積み重ねていくしかありません。何を積み上げていくかは、まず個人それぞれの期待や要望を受けとめ、「楽しみたい」という気持ちを理解することではないでしょうか。また、サービス提供機関は障害のある人の状況をよく知り、理解することが必要です。旅に抱く楽しみや期待は、いわばその人にとっての夢であり、障害の有無に関わらず人間それぞれが抱くものです。上で紹介した伊勢志摩バリアフリーツアーセンターのスタッフの方は、まずどこに行けるかを伝えるのではなく、どこに行きたいのか、何をしたいのかを聞くことから始めるとおっしゃっていました。そうでないと、せっかく旅に出かけてきた人にこちらの都合のバリアフリーを押しつけることになるからです。完全なバリアフリーを目指すのではなく、その人の行きたい場所やしたいことを出来るだけ支援できるように活動をしているとのことです。

「住んでよし訪れてよし」という言葉はよく聞きますが、「住んでよし」とは、そこに住まう住民にとって地域が安心で快適な住空間になることが必要だということです。障害のある人や高齢者にとって本当に「住んでよし」と言える地域をつくるには努力と時間が必要ですが、「住んでよし」となることで「訪れてよし」というまちの空間が出来上がります。従って、そのためには、遠方への旅行だけでなく地域での日頃の外出の機会、ちょっとした散歩やカフェでお茶を飲むなど、近い場所への外出の機会が増えることも必要です。そのためにも、地域の環境を障害のある人自身が知り、観光情報として発信できるような活動も必要だと考えられます。

障害のある人の旅行を妨げてきたものは多くあります。社会的な整備が十分でないことや理解がないなどの要因は外的なものです。しかし、障害のある人自身も様々な不安があり一歩踏み出すのをためらうなど、内的なものもあります。思い切って出かけても嫌な思いをして、もう行きたくないと考えてしまう人もいるでしょう。 まだ旅行にでかけたことのない人には楽しみや期待よりも不安の方が大きいかもしれません。長い間行くのをためらっていた人が、旅に出て人生が変わるほどの体験をし、旅行好きになったという例も多くありますが、その一歩を踏み出す大変さは、旅行にでかけることに慣れている人にはなかなか理解できないかもしれません。旅行に出かけたことのない人は、そもそも外出や、知らない場所で泊まることなどが不安で、何がしたい、どこに行きたいということよりも、行けるかどうかの不安が先に立つ場合もあるでしょう。何回か旅行を経験すると自分の希望が具体的にでてきます。どこに行きたい、あれが買いたい、これを食べたい、などなど。不安も具体的になり、その具体的な心配ごとがクリアできるかどうかが本人にとっての不安材料になります。支援する人は、そのような状況を見ながら必要な制度やサービス機関につなぐ必要があります。その場合、当事者とサービス提供機関の間にたってサポートをする場合は契約内容を確認し、誤解のないように伝え、あるいは必要なら異議申し立てをはっきり行うことも必要です。従って旅行の知識もある程度必要になります。

*1:JALカスタマーセンターへの問い合わせによる数字

*2:ANACSRレポート2006年度版、2009年度版を参照

*3: 2011年8月現在、日本はこの条約に署名をしていますが、まだ批准はしていません。現在批准に向けた作業が進んでいます。