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旅で始まるいきいきライフ

第4章 障害のある人の旅を豊かにするために

2.障害のある人の旅 過去・現在・未来

フロンティア法律事務所 弁護士 黒嵜 隆
(もっと優しい旅への勉強会 代表)

○旅行から疎外されてきた障害のある人

旅行には、「移動」、「滞在」、「観光」などの広範な日常的及び非日常的行動が含まれていて、これらを包括した概念が旅であるといえます。そして、「移動」のためには公共交通機関の利用が、「滞在」には宿泊施設の利用がそれぞれ不可欠であり、また、観光には観光施設や自然環境を享受するための設備などが必要となります。

現在大多数の人は、整備された公共交通機関や宿泊施設等の建造物が当然に自由に利用できる社会基盤だという認識をもっているのではないでしょうか。しかし、数十年にわたって莫大な国家資本、民間資本を投入して構築された公共交通機関や建造物の発展の過程で、長い間、障害のある人の利用の利便性は考慮されてきませんでした。

障害のある人は、旅行の課程において、移動のための公共交通機関の利用、滞在のための宿泊施設の利用、さらには観光施設などの利用が制限されていたために、旅行することが極めて困難であると言わざるを得ませんでした。

これは、障害のある人の旅行に必要な各種情報の発信、受信が不十分であったことにも要因があると思われます。

障害のある人は、日常的行動においても社会参加のための機会を得ることが極めて限られていたのですから、非日常的な行動を伴う旅行についてはなおさらその機会から遠ざけられてきたのです。

また、公共交通機関や宿泊施設などの社会的基盤の不整備の問題だけではなく、障害のある人への「差別」や「偏見」が存在することによって旅行の機会が奪われてきたという面もあります。

これまで、車いす利用者や聴覚障害者に対する宿泊拒否事例、車いす利用者や精神障害者に対する航空機への搭乗拒否事例、盲導犬を同伴した宿泊を拒否された事例、車いす利用者や盲導犬同伴者の路線バス乗車拒否事例、元ハンセン病患者に対する宿泊拒否事例など、多くの障害のある人が差別や偏見によって旅行の楽しみを奪われてきました。人としての尊厳を傷つけられてきたといってもいいでしょう。

○旅の勉強会の活動

上記のような社会環境のなかで、「もっと優しい旅への勉強会」は、1991年4月の立ち上げ以来、ノーマライゼーションの理念を尊重し、障害のあるなしにかかわらず「だれでも、自由に、どこへでも」旅が楽しめる社会環境を作ること(Tourism For All)をめざしてきました。

「もっと優しい旅への勉強会」は、1991年4月から毎月定期的に定例会を開催し、「優しい旅」に関連する様々な立場の方を講師に招き、お話をお伺いするとともに、その内容に関する討論会や意見交換を行ってきました。また、実際に旅行を企画して実行したり、「優しい旅」を法的側面から学習する分科会の活動を行ってきました。さらに、交通機関や観光施設の改善についてのアドバイスや広報活動、イベントへのブース出展なども行なってきました。

写真 1

このような活動に相まって、障害のある人の旅行環境が現在少しずつではありますが整備されてきています。これは次に述べる法的整備によるところが大きいと考えられます。

○旅行条件の改善と法的整備

旅行条件に関連する法律としては、まず、建築物に関して、1995年に「高齢者、身体障害者が円滑に利用できる特定建築の促進に関する法律」(いわゆる「ハートビル法」)が制定されました。同法は、不特定多数の者が利用する公共的性格を有する建築物を、障害のある人にとっても利用しやすいものとすることを目的とするものです。

また、公共交通機関に関して、2000年には、「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」(いわゆる「交通バリアフリー法」)が制定されました。これは、高齢者、身体障害者に公共交通機関を利用した移動の利便性・安全性の向上を促進するために鉄道駅等の旅客施設及び車両について、公共交通事業者によるバリアフリー化を推進することを趣旨としています。

そして、2006年12月にはハートビル法と交通バリアフリー法が統合されバリアフリー新法として施行されました。同法では新たに特定道路や特定公園のバリアフリー化についての規定が追加され、一定の建築物について(特別特定建築物)では適合義務が求められています。また、同法では地方公共団体が条例によって適合義務を拡充強化できるとされており、バリアフリー条例等によって適合義務対象が拡大している自治体も多く見られます。

また、2002年10月から身体障害者補助犬法が施行されました。同法の補助犬とは、盲導犬・介助犬・聴導犬の三種をいうとされており、一定の施設等において身体障害者補助犬の同伴を拒むことはできないとされています。

バリアフリー新法の施行後、公共交通機関及び宿泊施設を含む建築物のバリアフリー化が促進されてきたこと、および身体障害者補助犬法の施行によって、現在は、障害のある人の旅行環境が改善されつつあるといえるでしょう。

このような法的整備と相まって、旅行業界においても、障害や疾病のある人、高齢者でも参加出来るツアーが出現し、専門部署を設置する会社、さらには専門会社も出来ています。

さらに、インターネットの発展によって、ホテル、旅館や観光施設のバリアフリー情報、公共交通機関の利用の便宜に関する情報などが旅行サービス提供側から発信され、障害のある人自身が自らの旅行に必要な情報を取得することが比較的容易になっています。

ただし、法的整備についても、旅行サービス側の体制整備や情報の流通についても、未だ「だれでも、自由に、どこへでも」旅が楽しめる社会環境を構築するために必要かつ十分な整備がなされているというわけにはいきません。あくまで、発展途上にあるといえるでしょう。

○将来の展望

それでは、我が国において、障害のある人の旅行環境の整備をより発展させていくためにはどのようなことが必要なのでしょうか。

アメリカ合衆国では、1990年に障害を持つアメリカ人法(ADA法)という法律が制定されて、様々な生活場面において障害があることによる差別が禁止されました。そして、差別には、積極的な排除だけでなく一定の合理的配慮を欠くことが含まれることが明記されました。

私は、この法律ができた5年後にアメリカを旅したのですが、まず驚いたのが、アメリカの空港近くにあるレンタカー会社に必ず手だけで運転できる手動運転装置付きのレンタカーが用意してあったことです。手動運転装置付きのレンタカーを準備することが合理的配慮なのです。車いすで生活する私にとって、英語は苦手にもかかわらず日本国内を旅行するよりもスムーズな旅ができたことは本当に驚きでした。残念ながら、現在でも日本にはこのようなレンタカーはほとんどありません。また、宿泊施設についても、小さなモーターホテルなどにも必ず車いすで利用しやすい部屋が設置されていました。

これらの環境整備は、まさにADA法の制定によるところが大きいといえます。

また、2006年11月の国連総会で採択された「障害者の権利条約」第30条には、障害のある人が、文化活動やスポーツ等と並んで観光に関してのアクセスが確保されるべきことが明記されています。すなわち、「障害のある人が、劇場、博物館、映画館、図書館、観光サービス等の文化的な公演又はサービスが行われる場所へのアクセスを享受し、また、可能な限度において国の文化的に重要な記念物及び遺跡へのアクセスを享受すること。」「障害のある人が、スポーツ及びレクリエーションの開催地並びに観光地にアクセスすることを確保すること。」「障害のある人が、レクリエーション、観光、余暇及びスポーツの活動の企画に責任を負う者及び団体によるサービスにアクセスすることを確保すること。」の措置をとることが締結国に求められているのです。

わが国は現在、この権利条約批准が議論されていますが、批准に際して、障害のある人にとっての公共交通機関、建築物の利用を促進する法的整備が強化されることになるでしょう。上記ADA法のように法律によって障害に基づく差別を禁止することも必要だと思われます。

また、法的整備だけでなく、旅行業界全体が障害のある人の旅行に対する理解を深めて、障害のある人が旅行することが普通のことだと捉えるような意識を持ってそれぞれのサービスを提供することが重要だと思われます。

また、上述した事例のように障害に対する差別や偏見が存在するのであれば、障害のある人が安心して旅行することが出来なくなってしまいます。障害に対する理解を深めるための積極的な啓発活動も必要となります。

以上のように、法的整備、旅行業界全体の意識向上、一般の市民への啓発などが相まって今後障害のある人の旅行環境が一層進んでいくこととなるでしょう。