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高度情報化社会にむけて

障害者と電子情報通信ネットワーク

江田裕介

 盲人とろう者が1つのテーブルで対面したと仮定します。さて、この2人はどのような方法で会話をするのでしょうか。盲人の声はろう者へ伝わらず、反対に、ろう者が手話や筆談で話しかけても盲人には見えません。おたがいに利用できる情報の種類が異なるため、両者の直接の対話は困難です。

 実際には、このような場面に遭遇した経験のある盲人やろう者は少ないでしょう。そもそも両者が直接対話するという仮定に現実味が薄い、必然性がないと感じる人がいるかもしれません。しかし、本当に必然性はないのでしょうか。最初から対話の手だてがないと諦めているため、これまで出会いの場面すら乏しかったのではないでしょうか。

 
 近代日本の障害者の教育は、明治期の盲唖院に始まりました(1878年、京都盲唖院)。当時は、視覚障害者と聴覚障害者を同じ場所で教育したのであり、わが国の障害者教育は統合の形態で始まったと言うことができます。しかし、盲人とろう者では教育方法が異なり、しかも両者の意思疎通が難しかったことなどにより、視覚障害者教育と聴覚障害者教育はやがて分離していきます。また、当時は同じ障害者どうしの結婚による遺伝的な問題を避けるため、盲とろうの間での結婚が推奨され、多くの会話のできない夫婦を作ってしまったという歴史的な反省もあります。

 以後、視覚障害者と聴覚障害者の接点はどんどん希薄になりました。それだけコミュニケーションの手だての違いが人間関係の壁を作るということでしょう。現在では、筑波技術短期大学という双方に共通の高等教育機関が設置されていますが、そこでも授業はまったく別個に行われ、学生どうしの交流もあまり見られないということです。


 さて、今から5年前の地方新聞に次のような記事が掲載されました。石川県で聴覚障害者の美多哲夫氏がパソコン通信のホスト局を開設しました。そこへ視覚障害者の斉藤正夫氏が自宅からアクセスしてきました。2人はオンラインで対話を進めるうち、実は30年も前に同じ県立盲唖学校に通っていたことを知ります。かつて同じ場所で学びながら相手の存在さえ知り得なかったのですが、長い時間を経て、コンピュータのネットワークを通じて初めて共通の恩師の話題に花を咲かせた、という内容です(『北国新聞』、1990年6月21日付夕刊)。

 美多氏は聴覚障害者のためのパソコン通信のネットワーク、LIFE-NET金沢の開設者であり、また斉藤氏は「斉藤ソフト」と呼ばれる盲人用の音声合成ソフトウェアの作者として知られています。両氏とも障害者のネットワーカーとしての草分け的な存在でした。

 このエピソードが教えてくれることは、コンピュータが異なった障害を有する人の間で共通のコミュニケーションの道具になり得るということ、そして、電子情報通信のネットワークにおいては、盲人とろう者の対話も比較的容易に実現するということです。

 今日では、社会全般にコンピュータのネットワークが広まり、国内の利用者は数百万人に達したと言われています。障害者の参加も珍しいことではなくなりました。障害者は、それぞれ独自の機材やソフトウェアを用いてコンピュータを操作し、ネットワークの情報にアクセスしています。しかし、ひとたび発信された電子情報には性質の区別がありません。そこで、障害者と健常者のコミュニケーション、あるいは障害の異なる人どうしのコミュニケーションも、特別に相手との差異を意識する必要がありません。相手がどのような障害を有するかを知らなくてもコミュニケーションは成立するのです。


 では、障害者は、どのようにネットワークを利用しているのでしょうか。視覚障害者と聴覚障害者および肢体不自由者それぞれのコンピュータの操作環境を概観していきましょう。

 視覚障害者の多くは、コンピュータに音声合成装置を接続しています。これにより、コンピュータの画面に表示された文字を音声に変換して読み上げさせます。また、通常のディスプレイに代えて、点字ディスプレイや触覚ディスプレイを使う人もいます。これは複数のピンを突出させたり、ピンを振動させたりして、コンピュータの情報を指先で触知可能なものにする装置です。

 盲人にとってコンピュータのネットワークは、他者とのコミュニケーションに役立つばかりでなく、必要な情報の入手や検索を飛躍的に能率化しました。これまで盲人は、新聞記事のような文字情報へ直接アクセスすることが困難でした。まして過去に遡り蓄積された膨大な情報から必要な事柄だけを検索するような作業は非常に難しかったのです。文字の情報は点字にするとかさばるので、一般的な国語辞典や英和辞典を1冊点訳するだけでも、部屋の壁一面を占有するほどのスペースが必要と言われます。しかし、ネットワークで電子情報のデータベースを検索できるようになると、盲人の情報の収集能力は健常者と大差ないところまで向上しました。さらに、これらの情報は、必要ならいつでも自宅の点字プリンタで出力することができます。

 聴覚障害者は、通常コンピュータの利用に大がかりな機材の追加や改良は必要ありません。ネットワークでやりとりされる情報も現状は文字情報が中心です。聴覚障害者は標準的なビジュアル・ディスプレイとプリンタで情報を出力すればネットワークの利用に問題はありません。しかし、わが国では聴覚障害者の間で、パソコン通信より先にファクシミリによるコミュニケーションが普及しました。そのため大きな効果が期待される割合に、聴覚障害者のパソコン通信への関心は必ずしも高くないようです。ファクシミリは画像通信の一種ですから、文字だけでなく手描きの絵なども送受信することができます。そこで、より聴覚障害者に適した通信方法と言うことができます。もっとも、ファクシミリは一方通行の通信メディアであり、リアルタイムに双方向の通信ができるパソコン通信の方が便利な面もあります。また、繰り返し述べているように、コンピュータのネットワークでは障害の有無や種類を越えたグローバルなコミュニケーションが可能です。こうした意味から、聴覚障害者もパソコン通信を積極的に利用してほしいと考えています。

 肢体不自由は、上肢の運動のマヒなどにより、通常のキーボードを扱えないことがあります。そこで、障害の状態に応じて、主に入力装置を改良することになります。キーボードの上に、誤打を防止するプラスチックのカバーをかぶせるだけでコンピュータを使えるようになる人もいます。その一方、レーザー光線を利用した入力装置や、筋肉の電波を感知する装置など、高度な技術を応用して開発された装置もあります。一般的に障害の程度が重いほど大がかりな機材の改良が必要です。この連載の第1回目で、人物紹介のコーナーへ登場していただいた西川謙弥氏は、モールス信号を利用した入力装置でコンピュータを操作し、パソコン通信のネットワークで活躍されています。筋肉の障害のため、指先がわずかに動くだけなのですが、入力の速度は健常者の平均的なスピードよりずっと速く、コンピュータを介して対話していると障害をまったく感じさせません。ネットワークで知り合った仲間は、たいがい本人に直接会うと驚くようです。また、車イスの利用者は、移動の困難から活動の範囲が限られがちです。自宅や病院の一室からでも、外部の多くの人たちと交信できるネットワークは、重度の障害者の世界を広げてくれます。

 盲人とろう者に限らず、異なる障害の人たちの対話は、健常者と障害者の対話よりずっと難しかったのです。そのため、これまで障害者は、コミュニケーションの特性により、それぞれ独自にコミュニティを形成する傾向がありました。インテグレーション、ノーマライゼーションといった思想や運動も、特定の問題を共有する障害者と健常者との統合化、均等化であり、異なる障害を有する人たちの問題を、お互いどこまで理解しようとしてきたか、その点には疑問も残ります。

 しかし、これからの時代、障害者はコンピュータという新たな自己表現の方法を手に入れました。ネットワークという共通の土俵も眼前に開かれようとしています。これらが、障害者の新たな発言の場となって、次世代のノーマライゼーションの運動に貢献してくれることを願ってやみません。

(えだゆうすけ 東京都立小平養護学校)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年12月号(第15巻 通巻173号) 30頁~32頁