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ワールド・ナウ

長田こずえ

ヨルダン

アラブ女性、家族そして障害者

 今回は前回(『障害者の福祉』平成7年8月号)に引き続き筆者が、ESCWA(国連西アジア社会委員会)を代表して、ESCWA主催のセミナー〝アラブ女性、家族そして障害者〟に提示した論文の中から、1 血族結婚と障害、そして、2 障害を持つアラブ女性の結婚問題というテーマにしぼり要約してみたいと思う。また最近のESCWAの障害者に関係のあるプロジェクトについても手短かに述べたい(注1)。

1 血族結婚と障害

 アラブ社会では階級、貧困の差を問わず血族結婚(特に従兄妹同士の結婚)の因習があり、財産を同族内に残すためか、好まれる傾向さえある。これは、障害を産み出す原因の1つである。筆者が集めたデータによると遠縁を含む血族結婚は、ヨルダンで50%(注2)、エジプトで29%、クウェートでは54%、進んでいるはずのレバノンの首都ベイルート市内でも25%と非常に高い。

 マスメディアを通して啓発する方法や、結婚カウンセリングなどの必要性が指摘されているが、風土、文化、政治的な面からなかなか難しい。

 さて、スウェーデンの研究者ジャンソンが、ヨルダンで行ったサンプルリサーチによると、重度知的障害児の両親の68%が血族結婚(35%が従兄妹同士、14%がはとこ同士、18%が遠縁)である。ヨルダン一般平均の50%よりずっと高い。

 更に興味深いのは、21%の子供達が、やはり知的障害をもつ兄妹をもっている点である。その内訳は、11.3%が1人の兄妹が知的障害を持つ。7.9%が2人の兄妹。1.5五%が3人の兄弟。そして、残りの0.5五%に関しては、本人を除いて、家族内に4人の兄妹が、やはり知的障害を持つということである。

 これは、明らかに遺伝性の知的障害の兆候である。ここで注目したいのは血族結婚と一般女性の教育レベルの相関関係である。血族結婚防止のためには、女性側の高等教育が効率的である。というのは、ヨルダンの大卒女性(大卒既婚女性)の、80%が血族結婚をさけている。これに対して、大卒既婚男性で血族結婚をさけているのは61.5五%である。大卒女性は因習に縛られずに、自由にパートナーを選ぶようである。大卒男性の方が保守的で、因習に縛られているのだろうか。障害児の両親の血族結婚率に関しては、他のアラブ諸国でもよく似たデータが見られる。エジプトでも障害児の両親の67%が血族であり、パレスチナのガザでも知的又は複合障害を持つ子供達の両親の血族結婚率は約7割である。

2 障害を持つ女性の結婚、性の問題

 さて、障害を持つアラブ女性の3大問題は進学、就職、そして結婚である。ここでは結婚問題に絞ってみたい。1993年のヨルダンの統計によると、障害を持つヨルダン女性(13歳以上)の16%が既婚者であり、3%が離婚、18%が未亡人である。残りは独身。これに対して障害を持つ男性の場合、59%が独身、37%が既婚、1%が離婚、そして3%が男やもめである。男女の差は顕著に見られる。もちろん、日本でも同様の傾向かもしれないが、程度がぜんぜん違うだろう。障害を持つ女性のうち、たったの16%が結婚しているにすぎない。これは障害を持たない人と比較すると非常に低い。また、女性の18%が未亡人なのに男性の場合、やもめは3%にすぎない。男性は再婚するからであろうか。特に聴覚障害、聾唖者の場合、女性の離婚率は男性の8倍以上である。

 アラブ社会全体として障害を持つ女性の結婚の問題は深刻で、また、性(sexuality)に関しての認識が低い。特に、ESCWAの会議中でも、sexuality(広義における)という言葉を聞いたとたん、拒絶する専門家や男性障害者の姿が目立った。このあたりがアラブ社会の風土であろうか。筆者が数人の女性にインタビューした結果、全員一致で結婚そして、性の問題が大切だといった。

ハラのインタビューから

 ハラは銀行に勤める軽い身体障害をもつヨルダン女性である。彼女は、自分で運転して事務所に毎日通う。彼女は生後まもなく進行性筋ジストロフィーと診断された。ハラの兄も同じ病気で重症である。兄は車イスが必要である。ハラは知的でウイットに富み、活動的な現代女性である。家族そろってクウェートに住んでいたとき、通信教育を利用してベイルートの大学の商学、会計コースを終了して、現在ではヨルダンでは名のある銀行に勤めるキャリアウーマンである。

 ハラの最大の問題は、結婚である。ヨルダンでは障害を持つ女性が結婚するのは統計的にみればわかるように難しい。特に彼女の様に遺伝性の可能性のある障害の場合は更に難しい。ハラの2人の従姉妹も進行性筋ジストロフィーで、2人とも西欧人の男性と結婚して、現在は海外に住んでいる。ヨルダンで最大のボトルネックは結婚が家族制度の枠組みの中にすっかり組み込まれてしまって、子供を育てることが唯一の目的と考えられており、夫婦間の友情、相互理解という点にあまり重要性がおかれていない。そして、将来の〝嫁さん〟の選考に男性側の両親の影響、意見がかなり強いことなどがあげられる。

 ハラとハラの兄は将来を考えて海外に移住することを計画している。さて、筆者が1994年にこのインタビューを終えて数か月後に2人はそろって米国に移住してしまった。彼女も2人の従姉妹の様に西洋人の男性と結婚するのだろうか。

「私にはサナという娘が生まれた。サナは生後8か月のとき、高熱に侵されたので、医者に連れていった。ペニシリンを打ってもらったがサナは回復するどころか、代りに肢体麻痺してしまった。小児麻痺にかかったのだ。こんなことになってしまって、いったいどうすれば良いのだろうか。この子は女の子なのに、この子の将来はもう決まっている。だって、片端ものの女の子なんかと結婚したがる男がいるはずが無いじゃないか。」

 有名なエジプトの現代小説ナイラ・アティーヤ著『5人の女性の話』から、抜粋した。

3 セミナー後のESCWAの障害関係のプログラム

 さて、最近のESCWAのリストラとプログラム再編成のせいか、障害者のためというセクター別のプロジェクトが段々と難しくなってきたが、内部でのロビングとサポートを通して、1996年と1997年の2年間に2つのプロジェクトを守ることが出来た。1つはヨルダン女子視力障害訓練センターの成立である。1994年の5月号で筆者が詳しく述べたが、サウジアラビアのRegional Bureau of the Middle East Committee for the Affairs of the BlindというNGOとの協力で進められている。筆者が今まで積極的に推してきた障害を持つ女性の社会参加、コンピューターとその周辺器の利用、NGOと協力というアプローチを具体化した統合的プロジェクトである。更に日本の青年海外協力隊(JOCV/JICA)からもセンターに日本ヨルダンの2か国間協力としてボランティアをお願いしている。詳しい結果報告はまた後で述べる。

 もう1つはシリア、ヨルダン等での地域リハビリプロジェクト(CBR)であり、現在はそのための資金調達をしようと努力している。このプロジェクトについてもまた詳しく述べるときがくることを祈っている。

(ながたこずえ 国連西アジア経済委員会)

(注1)セミナーは1994年の10月16日から18日までアマンで開催された。

(注2)全結婚の総数を100%としてその半数が血族結婚。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1995年12月号(第15巻 通巻173号) 58頁~60頁