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『ヘレン・ケラー』という芝居作り

北岡賢剛

 今回、東京演劇集団風がヘレン・ケラーとアニー・サリバンについての芝居を演じることになった。ヘレン・ケラーは幼少期の病によって視覚、聴覚、そして言語に障害をもつことになったが、アニー・サリバンの援助を得ながら、言葉を獲得する。孤絶した暗闇の世界から解放されたヘレンは、アニーとの二人三脚によって博士号を受けるまでに至り、自らの経験をもとに、その一生を通じて世界に支援の手を差し伸べ続ける。この多くの人々を感動させ、勇気づけてきた二人の物語は、ここに紹介をするまでもないだろう。演劇においても『奇跡の人』として数多く上演されている。そのような題材に、なぜいまさらのように取り組もうというのか。

人間になる瞬間

 ヘレン・ケラーはアニー・サリバンの教育によって《ものには名前がある》ことを知っていく。ヘレンが片方の手に流れる冷たい〝それ〟とアニーによって別の手に綴られる《water》という語が同一のもの、その冷たいものの名であることをはじめて知る瞬間は、あまりにも有名である。事実それは、その以前と以後のヘレンを分ける大きな瞬間であるばかりではなく、その家族にとっても、もちろんアニーにとっても、特筆すべき出来事であっただろう。そしてそのことは一般に、ヘレンが障害を乗り越えた〝証し〟として感動をもって受け入れられてきたように思う。見えず、聞こえず、言えない、わがままな動物であったヘレンが、言葉を知ることによって人間になる瞬間だと。つまり、言葉をもつことによって救われ、人間になるという観点である。

 私はこのことに対して反旗をひるがえすつもりはない。当然のように人間の可能性の深さをあらためて知る機会となった。しかし、同時にこの2人の関わりについて知ればそれだけ、割り切れない想いになったりもしていく。言い換えれば、これまでの『奇跡の人』はそのことだけがデフォルメされて、たとえば表現されてきた。2人の関わりは、言わば愛情に溢れた教師の熱心な指導と、それに結果として応えることができた、お勉強熱心な生徒の物語として映ったりさえもする。

置き忘れていたもの

 そして、時には教育という場面で、「人は努力さえすれば何でもできる」とも言われ、その時代を生きる子どもたちにとって、また大人たちに対して息苦しささえ感じさせることもあった。「人は生きている限り努力をする」という美学が、時として私を苦しめてきた。実はもう少し違う切り口というか、この2人のありようから想像すること、考えてみることがあるような気がする。そして、その切り口こそが今の時代が、求めているような、気がするのである。

 たとえば言葉を獲得する前に抱いたであろう、お互いを理解したいという想いややるせなさ。アニーはヘレンの心を深く知りたいという願い。ヘレンは自分というものと、自分以外のものたちを知りたいと、もがいた本能。そういう視点にこだわってみてもいいのではないかということ。そのことがこれまでの芝居の中に、置き忘れられていたように思うのは、私だけなのだろうか。

人が人と出会う一瞬の可能性

 人はいつもたくさんの試みで、心を発信している。言語ですら同じ記号で中身を変える。言葉とはそのようなものではないか。確かにヘレン・ケラーが言葉を獲得したことで掴み、世界が拡がったことはそうであろう。しかし、もっと肝心なのは《water》というあの瞬間に、ヘレンによって理解されたアニーがいて、また、アニーによって理解されたヘレンがいるということ、そのものの事実である。そしてその感動は、ヘレンが〝障害〟を乗り超えることにあるのではなく、人が人と出会う一瞬の可能性にこそあるのではないだろうかということである。

 アニー・サリバンとヘレン・ケラーは《water》に始まり(あるいはその以前に、他人には分からない予兆をもっていたのかもしれないが)、その障害によって制限された見え・聞こえ・言える世界からすれば、いちじるしく限られたコミュニケートの手段で、どれだけの出会いをどのように繰り返そうとしたのだろうか。あるいは、コミュニケートの道具が限られていると思われた分、私たちが分かり合えたような気がするばかりに、見過ごしてしまう小さな触れ合いを、集中した豊かなコミュニケートでそこを補っていたのかもしれない。いずれにしても、私たちには推測はできても、とうてい理解しようがないことだ。

 ヘレン・ケラーとアニー・サリバンとその生涯は、〝言葉〟とは何かということ〝障害〟とは何かということ、そして何より、人が人と出会うという壮大なテーマを物語っている。それは、言葉の獲得に向かうヘレンの、あるいはそれを可能にしたアニーの一つの成功に集約できるものではない。ましてや、危険なのは、その美談のもとに努力すればヘレンのようになれるという教訓が引き出されることである。できないことができるようになるのは、なるほど素晴らしい一面もある。しかし、それが第一に優先される価値観は、本人にとって、必ずしも良い結果を生まない。その意味ではラストシーンは、クライマックスではなく、その後幾度となく繰り返しただろう2人の出会いのはじまりの1場面であり、《water》はその通過点に過ぎない。

 今回、東京演劇集団風と小室等、松兼功、佐竹修をはじめとした、ここに関わるみんなが、ヘレン・ケラーとアニー・サリバンの出会いをありったけの想像力で探求し、表現することで、この物語をただのサクセスストーリーにしてしまうことそのものが、片寄った価値観を生み出していくのだという赤信号を発するとともに、もっと多様で個別な人と人の出会いを描けたらと思う。そしてこのことが、観客との間に新たな出会いと、お互いへのほんの少しの理解を生み出すことができたら、と思う。

(きたおかけんこう 日本障害者文化協会事務局長・信楽青年寮副寮長)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年4月号(第16巻 通巻177号) 76頁~78頁