特集/結婚と生活~さまざまな状況~
ライフコースにおける結婚の意味
嶋崎尚子
「結婚して一人前」という意識は、日本では市民権を得ている感がある。結婚=妻子を養う経済力=安定した職業=「社会的に一人前」という発想であり、結婚と仕事が人生最大の事業といわれるゆえんでもある。
ライフコース(個人が一生の間にたどる道筋)における発達には、社会的位置(外的)の次元のほかに、個人のアイデンティティ(内的)次元がある。これは「成熟」の過程である。きわめて個人的な次元であるが、そこには他者との相互作用が大きく影響する。
ここでは、「結婚して一人前」、「他者とのつながりの中での成熟」を手がかりに、ライフコースにおける結婚の意味について考えていきたい。
結婚して一人前?
われわれは、人生段階を順々にたどりながら発達していく。「子ども」から「おとな」への1段を上がる時期(成人への移行期)には、学校を卒業し、就職し、親から独立し、自らの家庭を築くことが課題となる。結婚はこの移行の最終局面であり、「おとな」への仲間入りを象徴する出来事である。
一方で、結婚は親になることの前提条件ともなっている。結婚が人生最大の事業となる背景の一つには、社会の次世代を再生産すること、つまり子どもをもつこととの関連がある。「親になって一人前」といった社会通念が存在することにもなる。これは出産の主体である女性に対してとりわけ強い通念である。
表は、未婚の男女(35歳未満グループ、35~49歳グループ)に「結婚の最大の利点」をたずねた結果である。(注1)。最大の利点としてあがる第1位は「精神的安らぎ」である。第2位は男性では両グループとも「社会的信用、周囲と対等」となる。しかし、女性では35歳未満では「子供や家族をもてる」であり、35~49歳グループでは、「経済的余裕」「社会的信用、周囲と対等」が上位を占める。この結果からも、結婚という出来事が、男性にとっては、対社会的な志向性での「一人前」の契機となる出来事、女性にとっては、親になることを保障する出来事として意味をもっていることがうかがえる。
男性 | 女性 | |||
35歳未満未婚者 | 35~49歳未婚者 | 35歳未満未婚者 | 35~49歳未婚者 | |
総数 | 2,811 | 431 | 2,604 | 205 |
経済的に余裕がもてる | 3.6 | 4.9 | 6.3 | 18.5 |
社会的信用を得たり、周囲と対等になれる | 16.0 | 25.1 | 6.4 | 15.1 |
精神的な安らぎの場が得られる | 38.6 | 30.2 | 31.1 | 34.6 |
現在愛情を感じている人と暮らせる | 14.8 | 3.2 | 22.2 | 4.9 |
自分の子供や家庭をもてる | 14.7 | 16.7 | 22.4 | 7.8 |
性的な充足が得られる | 0.7 | 1.2 | 0.1 | - |
生活上便利になる | 3.2 | 5.3 | 1.2 | 3.4 |
親から独立できる | 1.6 | 1.4 | 2.3 | - |
親を安心させたり周囲の期待にこたえられる | 5.8 | 10.7 | 6.8 | 14.6 |
その他 | 0.2 | - | 0.5 | - |
不詳 | 0.8 | 1.4 | 0.8 | 1.0 |
*厚生省人口問題研究所「第10回出生動向基本調査」報告書より作成
結婚は成人という社会的位置を獲得する契機となる出来事である。しかし今日の日本社会では、晩婚化・未婚化ならびに子どもをもたない夫婦の存在が現象として取り上げられる。家族とのかかわり方の多様化といえるが、ライフコースの発達の視点から考えると、結婚しない、あるいは子どもをもたない者たちは「一人前」ではないのだろうか。その回答は出ていない。ただ現在、社会の「一人前」規範がゆらいでいることは事実である。もはや結婚は「一人前」であることの要件の一つにすぎないのかもしれない。
他者とのつながりのなかでの成熟
文化人類学者のD・プラースは個人のもつ他者との親密なつながりを考えるうえで、興味深い概念を提示している(注2)。コンボイ(convoys)という概念である。これは「ある人の人生のある段階を通じてずっとその人とともに旅をしていく親密な人びとの独特の集団」であり、別のやや比喩的な表現をすれば「あなたの存在と成長の道程を検討し確認するために特別陪審員として選任された人びと」である。プラースによればもっとも長期間にわたってコンボイとしてかかわり続けるのが、配偶者である。コンボイをあえて訳すなら「道づれ」である。
図は、カーンらがプラースの概念を発展させて仮説的にその構造を示したものである(注3)。図中央のP(個人)の周囲に三重の同心円が描かれている。最も内側の円には「Pにとってきわめて親密な人々」が含まれ、「彼らは重要な支えの提供者として認識されている」。多くの者にとって、配偶者はこの円の中心的人物となる。
図 コンボイの仮説的な1例
(Kahn,R.L.et al. 1980より)
個人は、社会・文化的に用意されたライフコースの「道筋」を参考にしながらも、内面では「持続的な自己イメージ」をもち続けながら、人生のかじをとって成熟していく。そうした外的な志向性と内的な志向性との橋渡しをする機能をコンボイは担っている。われわれは日常生活のなかで、コンボイたちの支援を得て、進むべきコースの選択と、自己の確認という作業を繰り返しながら成熟していく。すなわち「他者とのつながりのなかでの成熟」であり、その過程で、種々の幸福感、満足感を得ていくのである。
障害のある人の場合、日常生活の機能面での支援はもちろんのこと、ライフコースの道筋を選択し、自己の可能性を探り、確認する作業の場面での支援(精神的支援)の必要性は切実である。前者は、種々の社会福祉サービス等の支援によっても満たし得るが、後者は、コンボイによる支援の貢献が大きい。
配偶者というコンボイは、まさに自己の確認作業での中心的な精神的支援者となり得る。結婚以前からの関係性のなかで培われてきたであろう相互の信頼関係が、結婚という契機により安定し、強力な相互支援の関係へと転換するからにほかならない。
また、配偶者との精神的支援は、一方向のものではない。相互作用を通じて、双方向の精神的支援関係が確立され、夫婦双方の成熟を促す。さらにいえば、両者の個人としてのアイデンティティのみならず夫婦のアイデンティティを確立していくことにもつながる。
ライフコースにおいて結婚は、成人としての社会的位置の獲得ならびに内的成熟の促進という、個人の社会的発達、内面的発達上の肝要な意味をもっているのである。
(しまざきなおこ 放送大学)
<注>
(1)厚生省人口問題研究所、1994、『独身青年層の結婚観と子供観』
(2)Plath,D.W.,1980,Long Engagements:Maturity in Modern Japan. Stanford Univ.Press.(『日本人の生き方』1985、井上俊ほか訳、岩波書店)
(3)Kahn, R.L. and Antonucci, T.C., 1980,Convoys over the life course:Attachment,roles,and social support, in Baltes,P.B.and Brim, O.G.Jr.(eds.), Life-Span Devel-opment and Behavior, Vo1.3. Academic Press, pp. 253-286.(『生涯発達の心理学』2巻、1993、東洋ほか訳、新曜社 2章に訳所収)
参考文献 略
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年10月号(第16巻 通巻183号) 24頁~26頁