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フォーラム’96

アメリカにおける福祉専門放送局カレイドスコープ社の試み

川越利信

1 はじめに

 視聴覚障害者向けの専門放送に対する関心が急速に高まりつつある。「障害者プラン」にも盛り込まれ、障害者団体による開局要望や署名運動も顕在化してきた。

 視覚障害者向け専門放送は、日本においては、昭和63年からJBS日本福祉放送が唯一試みているが、米国、オーストラリア、カナダなど諸外国では当然のサービスとして早くから確立しており、最近では、アジア地域においても動きが出始めている。

 ここではわが国における障害者向け専門放送を考えるうえでの参考として、平成8年1月、郵政省の「視聴覚障害者向け専門放送システムに関する調査研究会」により実施された米国調査の際に訪問した、福祉専門テレビ放送事業者、カレイドスコープ社を紹介したい。

2 沿革

 カレイドスコープ(KALEIDOSCOPE)社は、元は「SILENT NETWORK」という社名で、1984年に創業され、当時一部のケーブルで番組を制作・提供していた障害者向けケーブル・テレビ・チャンネルのサプライヤーであった。1990年、現在の社長ビル・ニコルス氏をはじめとする5名のテキサス在住の投資家がこの「SILENT NETWORK」を買収し、新会社を発足した。

 新会社は、「AMERICA'S DISABILITY CHANNEL」として、1日3時間の放送を開始し、後に局名をカレイドスコープに変更した。

 ビル・ニコルス氏らは、同年制定されたADA法(Americans with Disabilities Act:障害をもつアメリカ国民法)を、福祉・障害者に関する情報ビジネスを開始する好機である、と捉えて新会社を発足させる。

 州政府などによる公的な援助はいっさい受けていない完全な民間の商業チャンネルであり、ベンチャー企業である。

3 経緯

 新会社発足当初は、衛星を利用し、ケーブルテレビ局へ1日3時間の番組配信を行っていた。その後、障害者のみならず一般の視聴者、広告スポンサーなどからも好評を博し、1995年4月から、24時間放送に踏み切る。1日24時間放送だが、当日のオリジナル番組(新情報)は3分の1の8時間程度である。また、ケーブルオペレーターによって、カレイドスコープの放送時間には差がある。概ね1日5~12時間。3時間程度にとどまる地域もある。

 24時間放送開始後、加入者は爆発的に増加した。1996年1月現在で、35州、209のケーブルオペレーター、地上波放送局10局、他に電話会社によるビデオ・オン・デマンドサービスに配信している(この数は約1500百万世帯におよび、これは全米のCATV加入世帯の25%に相当する数字である)。また1996年度からは衛星による家庭への直接配信(DBS)も開始予定。

 カレイドスコープの放送が社会に受け入れられた背景には、アメリカ国民の「障害」認識が大きく作用しているように思われる。すなわち、高齢者や病人も社会生活において何らかの不自由(バリア)をもっているという意味で障害者としてとらえ、結果として、国民の3分の1は障害者であるか、または、家族に障害者がいる、とニコルス氏は語る。

 また、ADAの影響と思われるが、アメリカの3大ネットワークも障害者関連の番組を取り上げたり、障害者を対象としたCMも増加するなど、社会的な意識の高まりもあり相乗効果を生んだようだ。

4 番組内容

 90%が自主制作だがすべての番組に、オープンキャプション(注)または手話が付けられている。キャプションは原則的に要約せずに全文文字入力されている。映画など一部の番組には、視覚障害者のための解説を伴っている。この場合、副音声ではなく、解説放送を付帯した番組として提供されている。

 番組の構成は、エンターテイメント、教育、情報の3つを柱としており、なかでもエンターテイメントを重視しているのが特徴である。番組そのものは、障害者向け情報番組の他、一般のニュースやスポーツ中継、映画、教育、子供向けなど幅広いジャンルの番組を放送。当然、障害者自身が出演する番組が多い。最近、障害者を対象としたテレビショッピングを開始、好評を得ている。

 番組制作・提供の視点は、障害者よりもむしろ一般社会に向けられている。つまり、番組提供の対象をいわゆる「障害者」だけに限定しないで、何らかの障害をもつすべてのアメリカ人(4900万人、6990億ドル市場を試算)に向けられている。ここに、商業チャンネルとしての福祉専門放送の成功の秘訣があった、と考えられる。

 ニーズの把握については、100以上の障害者団体やヘルスケア団体の役員、上院議員などにより組織されたナショナル・アドバイザリー・ボード(NAB)からすい上げる仕組みができている。また、NABに所属している団体は、カレイドスコープで自分たちのアピール番組やイベントその他の告知を放送できる。

 なお、著作権料は、視聴者数に応じて支払っている。

5 組織・運営

 職員数はおよそ40名。盲ろう者も含み、半数が何らかの障害をもっている。制作スタッフ中心で、営業に関しては、全国に多くの契約スタッフをもつ。また、スタジオスタッフ、アップリンクおよび衛星回線についてもそれぞれ専門会社と契約を結んでいる。

 商業チャンネルであるため、運営費は番組スポンサーからの収入で、ほぼ賄われている。社会的意識の向上を反映して、大企業の多くがスポンサーとなっており、収入は比較的安定しているといえる。

6 おわりに

 カレイドスコープは、さらに発展しそうである。2000万世帯の視聴者の獲得をめざし、対象をさらに広げる一方で、小さなマーケットをターゲットとした番組も放送していく方針である。具体的には非英語圏からの移民への英語教育、識字教育、また、社会の第一線から退いた人たちを対象とした番組の開始など。日本を含む海外各国への番組提供を計画しているとともに、インターネットへの情報提供も計画中で、国際的にも積極的な展開をみせている。カレイドスコープ社の状況は、米国における民間の商業チャンネルが、障害を補完するための障害者向け専門放送の部分を包含しながら、大半は社会向けに「障害」理解を視点にした福祉専門放送に取り組み、成功している例として、極めて興味深いものである。

 カレイドスコープの手法がそっくりわが国においても通じるとは思わないが、刺激的でもあり参考としてはおもしろい。いずれにせよ、いよいよ日本においても障害を補完するための視・聴覚障害者向け専門放送システムが本格的に確立されなければならない時期にさしかかった。社会の理解と協力が強く求められるところである。

(かわごえとしのぶ JBS日本福祉放送)

(注)オープンキャプションとは、いわゆる字幕とは区別され、「洋画の字幕のようなもの」(秋山隆志郎氏、東京情報大学教授)。たとえば風の音の解説が入り、話者の下に字幕を出して誰がいま話しているのかを理解しやすくするなど、聴覚障害者に配慮されている。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年10月号(第16巻 通巻183号) 35頁~37頁