音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

検証ADA新時代

訴えられる民間事業者

―オープン・ザ・ドアー―

関川芳孝

●車いすでゴルフをプレーする権利

 こちらの生活にも慣れたのか、体重が増え始めた。少しはダイエットしようと決心し、家の周辺のジョギングとゴルフを始めた。大学の近くにあるゴルフレンジで少し練習してみたが、当然のことながらボールがまっすぐに飛ばない。アメリカのコースはわが国ほど混んでいないので、散歩のつもりでラウンドしている。

 さて、本誌でもADAのインパクトについて紹介してきたが、障害者に対する差別事件を調べていると「あっと驚く」ような事件に出会うことがある。先日も図書館で文献を読んでいると、車いす利用者がゴルフコースの利用を拒否されたことから、これをADA違反の違法な差別であるとして、当該ゴルフ場を訴えたケースが紹介されており、なるほどと驚かされた。

 事件は、脳性小児マヒに罹ったことがある24歳になる青年が、当該ゴルフ場において車いすに乗ってプレーしていたら、係員にコースから出るように求められたというもの。彼は、障害をもたない2人の友人とともに一緒にラウンドしており、電動カートの利用が認められたコースにだけ車いすを乗り入れてプレーしていたにもかかわらず、ゴルフ場利用を拒否された。本件では、かかるゴルフ場の利用拒否が違法な差別に当たるかどうかが争われたが、ゴルフ場サイドは、勝ち目がないと判断したようで、障害者に2万5000ドルの解決金を支払うことで和解が成立し、障害者が客としてゴルフを楽しむ権利を認めるところとなった。

 本誌『ノーマライゼーション』でも取り上げられているように、わが国でも身体障害者の間でゴルフが広がり始めている。しかしながら、わが国では、障害者がゴルフを楽しむ権利がゴルフ場の経営権を理由に制約されたり、奪われたとしても、あまり疑問はもたれない。障害をもつゴルファーは、理解が得られるゴルフ場を探してプレーしているのであろうが、それだけに何かと肩身の狭い思いをしながらのプレーであると推察される。

●訴えられる大手ホテル・チェーン

―新装オープンしたホテルの改修を求められる?

 民間のゴルフ場も、ADAの適用事業に含まれる。すなわち、ADAの第3編が、不特定多数の顧客を相手にする民間企業に対しても、障害者に対する差別を禁止しているからである。不特定多数の顧客を相手にする民間の事業所とは、たとえば、ホテル、レストラン、映画館、講堂、デパート、スーパーマーケット、小売店舗、銀行、福祉施設、レクリエーション施設などをいう。これらの事業所を経営する者には、障害者を客として拒むなど、障害を理由として来店する客を不当に差別することが禁止されている。

 大手の企業は、障害者団体や連邦政府からADA訴訟の標的にされやすい。最近では、全米にホテル・チェーンをもつ「ディズ・イン」が、連邦司法省からADAに違反しているとして訴えられている。連邦司法省の再三の指導にもかかわらず、最近建てられたホテルも相変わらず障害者のアクセスを考慮する設計にならなかったからである。ADAは、建物の所有者や事業主に対して、これらのために利用する建物を新たに建築したり、改築する場合には、所定のアクセス基準に基づいてすべて障害者がアクセスできる基本設計にすることを義務づけている。「ディズ・イン」のように、ADA違反を甘くみていると、後で大きなツケを支払わされる結果にもなりかねない。連邦司法省は、訴訟において「ディズ・イン」に対して基準の遵守のため必要な工事のやり直し命令と、悪質な違反事業者に対する制裁金の支払いを命じるように求めている。

 さて、わが国のハートビル法も、ホテルやデパートなど不特定多数の者が利用する建築物の建築主に対して、アクセス確保のための措置をとるよう努力することを義務づけているが、違反事業者に対し法律の遵守を強制できる仕組みにはなっていない。しかも、事業者へのインパクトに十分に配慮した結果、新設の建物に適用を限定している。わが国における行政指導の効果を過小評価できないにしても、限界があるのは明らかである。「障害者に優しいまちづくり」を掲げているが、実際のところ事業者に少し優しすぎるのではないかと考えてしまう。

●既存の建物も適用対象

 ハートビル法は、前述のとおり新築の建物に適用対象を限定している。これに対して、ADAのもとでは、これら事業者は、既存の建物についても、簡単な改修など「容易になしうる」ものであれば、アクセス確保のために必要な措置をとらなければならない。具体的にどのような改修が既存の建物について求められるかは、事業主体の規模などに応じて違ってくるが、たとえば大手銀行にとっては、スロープを付けたり、ドアを広くしたり、障害者専用の駐車スペースを確保することなどは、工事も技術的に困難ではないし、財政的にも容易に負担できるものと思われるので、「容易になしうる」ものと認定されるのではないかと推察される。実際に、バークレーにある比較的古い建物に店舗のある銀行では、これらの改修が施されている。もちろん、建物の改修に伴う経費は、民間企業において障害者を雇用する場合と同様に、事業者負担である。

 なお、レストランやホテルでは、「車いすを利用する顧客が来たら、従業員が車いすごと担いで運び込んだらいい」と安易に考えられがちであるが、ADAの行政規則では、かかる対応は特別な場合を除いて原則として違法と解釈されている。これは、連邦司法省が障害者団体の照会に回答したものであるが、「アクセス確保のための改修が、当該事業者にとって『容易になしうるもの』であるならば、障害者を運び込むことで対応するとして、必要な改修を怠ることは、ADA違反に該当する」という。

 しかも、アクセス確保に必要な改善措置が「容易になしうるもの」に当たらなくとも、車いすごと運び入れることは、次の場合を除いて原則として許されない。すなわち、「①車いすごと運び入れること以外に方法がないこと、②車いすごと運び入れるにしても、確実な方法で行われること、③運び込む従業員には、最も安全でしかも障害者の体面を傷つけることのないように行うよう、正しい指導があること」が条件となっている。

 確かに、車いすを利用する者にとって、担ぎ込まれるほど危険で不愉快な対応はないものと思われる。しかも、これから大事な商談というときに、最初から従業員におんぶされてテーブルにつくのでは、交渉にはったりもきかないし、話の内容にもどこか説得力を欠いてしまうのは明らかである。車いすの障害者を運び入れることは許されない。これが、障害者がビジネスの一線で活躍し始めたアメリカの「新しい常識」なのである。

●門前払いにされた障害者

 ところで、街の小さな店舗の経営者には、まだADAの内容が必ずしも十分に理解されていない様子である。最近公表された従業員十五名以下の事業主に対して行われたアンケート調査でも、回答者の42%が「ADAについて、聞いたことがない」、37%が「マスメディアからの報道で、およそのことは知っている」と回答している。ADA第3編の適用事業者であっても、ADAの基本的な内容について、十分な知識がなかったり、誤解しているケースが多いのが現状である。

 「現在係争中の事件だが、こんなケースがある」と教えられたのも、ADAの周知が必ずしも十分とはいえない現状を物語る事件であった。

 訴えられているのは、バークレー市テレグラフ通り、大学近くにあるコーヒーショップ。事件の概要は次のとおりである。

 車いすを利用する障害者が、介助犬と連れだって、このコーヒーショップに立ち寄った。カウンターでコーヒーを注文したところ、「犬を外に出さないかぎり、注文は受けられない」と断わられた。彼は、「この犬はペットではない。コーヒーショップには、法律で障害者が介助犬を連れて入ることを認める義務があるはずだ」と抗議したところ、店員は「ペットであろうとなかろうと、関係のないことです。これは店の方針ですので、注文は受けられません」とにべもない返事。彼がしかたなく「じゃあ、コーヒーを持ちかえりにしたい」といっても、店員は「私たちには誰であろうとサービスを断る権利があります」という断り書きを指して、「注文は受けられない」と繰り返したという。店内には客が大勢おり、何が起きたのかと興味本位で店員とのやりとりを一部始終見ていた。結局、彼はコーヒーショップから拒絶され、絶望と辱め、自らの不甲斐なさを痛感しながら、コーヒーショップを後にしなければならなかった。

 ADAは、物的な構造によって障害者がこれら店舗をアクセスできないことだけを、問題にするのではない。本件のような障害者に対する注文の拒否も、違法な差別に当たる。ADAは、適用事業者に対して、障害者に対する便宜の供与を求めている。適用事業者は、顧客に対して、ペットの立ち入りを拒否することはできても、これを障害者に対して適用することはできない。どのような店の方針があろうと、例外的な取扱いが「便宜の供与」として求められるからである。コーヒーショップの店員は、こんな基本的なことすら知らされていなかった。

 本件は、明らかにADA違反に該当するものと思われる。しかしながら、本件のようなケースでは、裁判で争ううえでADAによる救済内容に重大な問題がある。すなわち、連邦司法省に行政救済を求めても、あまりにマイナーすぎて迅速な事件の解決は期待できない。しかも、障害者個人による訴えには、ADAのもとでは損害賠償の請求が認められていない。ADA訴訟では、障害者に対してもサービスをするよう命ずる差し止め救済が可能であるが、注文を拒否された障害者からすれば、もう二度と行きたくないのが本音であろう。したがって、かかる救済では、少なくとも本人にとっては意味がない。

 そこで、本件では、障害者に対する差別を禁止し損害賠償の請求をも認めているカリフォルニア州法を根拠にしている。すなわち、原告の障害者は、カリフォルニア州法に基づいて、違法な差別であるとの宣言的判決、実損害の3倍額の懲罰的賠償、かかる取扱いによる辱めを受けたことに対する精神的な損害に対する賠償を求めている。しかしながら、かかる法律が存在しない州では、本件のようなケースについて適切な救済が期待できない。これらが「ADAのアキレス腱」となっている。

●オープン・ザ・ドア

 また、障害児に対するサービス拒否のケースとして話題となっているのが、大手幼稚園チェーン、キンダー・ケアが障害児の受け入れを拒否した事件。ADA第3編の適用事業者には、保育所や幼稚園など民間のチャイルド・ケア施設も含まれる。ケアに手間のかかる重度の障害をもつ児童の受け入れを拒む方針をとったキンダー・ケアに対して、障害者団体が、訴訟で「オープン・ザ・ドア」と唱え真っ向から争いを挑んでいるケースであり、「ここまでやるのか」と感心させられた。

 問題となったケースは、発作と活動亢進異常がある重度の知的障害をもつ5歳になる児童をキンダー・ケアがデイケア・プログラムへの入園を拒否したことから始まる。この児童には、自傷行為や目を離すといなくなるなどの問題行動がみられ、園でも常時誰かが付き添うことが必要であった。児童の両親は、共働きであったことから、州のプログラムからキンダー・ケアに対して幾人か交替で常時1人のアテンダントを派遣することになっていた。しかし、児童の両親は、どうしてもアテンダントが来られなくなったときのことを懸念して、かかる場合にはキンダー・ケア側で職員を確保し適切な対応をしてほしいと申し出た。

 当初は受け入れの方向で話し合いに応じていたキンダー・ケア側も、この児童のためだけに職員1人を確保するわけにはいかないとして児童の受け入れを拒否したことから、これが違法な差別に当たるかどうかが争われた。さすがに、連邦地方裁判所は、キンダー・ケアには原告が求めるような一対一のケアまでする義務はないと判断し、キンダー・ケアの経営権を尊重する判決を下した。しかし、障害者側は、キンダー・ケア全体の事業規模を考慮すれば、職員配置の人件費はそれほど負担とならないので、キンダー・ケアは重度の障害児をも受け入れる義務があるとして、なお戦い続ける構えを崩していない。

 目下、事件は連邦高等裁判所に控訴され係争中であるが、この事件がきっかけとなって、チャイルド・ケア施設を相手取って類似の訴訟事件をいくつも誘発する結果となっている。

(せきかわよしたか 北九州大学)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年10月号(第16巻 通巻183号) 40頁~43頁