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ワールド・ナウ

イギリス

英国における障害者のパワーと実践

小川喜道

●はじめに

 英国は、かつて「ゆりかごから墓場まで」をうたい文句に、世界に先がけて「福祉国家」を示した。しかし、現在おかれている社会状況はまことに厳しいものがあるといえよう。政情不安、慢性的不況、そしてホームレスの増加などが、その現れである。障害者をめぐる状況をみても、さまざまな問題がある。建物や公共交通のアクセスは、障害者にとって決して良好とはいえない。コミュニティ・サービスについても、現実のサービスに対する障害者の批判は手厳しい。お題目はいいが、内実は不十分だというのだ。

 こうした状況に対して、前向きに闘う多くの障害者の姿がある。1994年には、障害をもつ活動家300人が鉄道を止め、35分の遅れを出させている。95年には、公民権(障害者)法や障害者差別法(Disability Discrimination Act)の国会通過に向けてフェンスに体を結びつけてのデモを行ったり、バスの前に座り込んだりという行動を行っている。デモに参加したグロスタシャー障害者協会会長のシャロン・トロットマン氏(写真略)は、楽しそうに語ってくれた。「警察が来て、私たちを排除したのだけれど、彼らは私たちに理解を示していたわよ」と。

●「社会モデル」の実践

 英国の障害者運動を通じて、障害の定義は――それが用語上、国際的に混乱を招いているにせよ(注1)――、「社会モデル」(social model)を使い、あらゆる場面において一貫した方向性をもっている。それは政治的運動の領域にとどまらず、学術的領域にも深く浸透している。

 障害者運動の理論的指導者の一人、ヴク・フィンケルシュタインは、「医療モデル」は障害の「個人的ないし悲劇のモデル」と特徴づけ、「社会モデル」は障害の「社会による障壁のモデル」と特徴づけている(注2)。もう一人の重要な人物であるマイク・オリバー氏は自らが頸髄損傷をもち、英国で障害学の唯一の教授(グリニッジ大学)であるが、表に示すように二つのモデルを比較して(注3)、障害者とは社会的制約によって生み出されるものであり、ソーシャル・アクションによって改革されることになるとしている。

表 障害モデルの比較
個人モデル 社会モデル
本人の悲劇の理論 社会的抑圧の理論
本人の問題 社会の問題
個人的治療 社会的行動
医療優先 自助
専門家支配 個人及び共同の責任
訓練 経験
適応 主張
偏見 区別
態度 行動
ケア 権利
統制 選択
政策 政治
本人の適応 社会の変化

(出典:Oliver,M.1996)

 さて、それではいかなるアプローチをするかといえば、第一に「障害平等トレーニング」(Disability Equality Training)である。これは、公的機関、民間機関、私企業などあらゆる団体・組織を対象に、障害者も他のすべての人と同様に権利をもっていることを理解させ、必要な改善を行わせるプログラムである。例えば、ロンドン障害者協会(GLAD:Greater London Association of Disabled People)では、それに対する専従職員がいて、地域の教育にあたっている。

 プログラムの内容例としては、スタッフの態度(応対)、それから受ける障害者の心理、コミュニケーション手段、アクセシビリティなどである。第二には、セルフ・アドボカシーである。これは、①選択する権利、②したいことを表現する権利、③失敗をする権利、④自信をもち主張する技術を向上すること、⑤社会のすべての領域に自信をもって参加できるようになること、などを達成するためのプログラムである。

 こうした力をつけていくには、できるだけ若い年齢から行ったほうがいいということで、同協会では、セルフ・アドボカシー担当(障害をもつスタッフ)が地域の学校に出向き、13歳から16歳ぐらいの生徒を対象に、自分たちの直面している具体的なことがらについてどう解決していくかを、実践を通して学んでいけるよう援助している。例えば、映画に行きたいのに段差があって入場できないとあきらめていた生徒を囲んで、みんなでその対策を話し合い、要望を出し、管理者と会う場を設定し、そこでの話し合いを通じて、スロープがつけられるというように、具体的で結果のみえる課題に取り組み、一人ひとりの問題解決能力を高めるというものである(注4)。

●英国の自立生活センター

 障害者の自立生活を促進しようとする立場では、社会モデルに沿って次のように述べている。「専門家は、障害者に対して、学校の家庭科の時間に教えるような内容にこだわっていて、〝障害をもっている社会〟に注目していない」(注5)。そこには、「選択」と「コントロール」(〝される〟のではなく〝する〟)を柱に置いた「自立生活」の考え方がある(注6)。

 1980年代にはハンプシャーとダービシャーの2か所に自立生活センターが発足し、89年には、英国障害者団体協議会(BCODP:British Council of Organizations of Disabled People)――この協議会は、国際障害者年の1981年に発足している。当時は4団体だったにもかかわらず、今では、95団体、傘下のメンバーは30万人といわれている――の自立生活委員会(Independent Living Committee)が設置され、各種セミナーなどが催されている。サリー県にあるサトン自立生活センターの責任者マンディ氏(視覚障害)は、学習、訓練内容は手段であって、そこに参加するメンバーの相互の刺激、コミュニケーションによって自立へのパワーがもたらされると強調している。

●おわりに

 私は、1995年7月より1年間、ロンドンに滞在し、ロンドン大学児童保健研究所にて「地域を基盤にしたリハビリテーション(CBR)」に関して学んでいたが、その間に英国の障害者運動の先頭に立つレイチェル・ハースト氏、スティファン・ブラッドショー氏をはじめ多くの活躍する障害者に会う機会を得た。これは、FLC代表の金子寿さんの来英と、障害分野で日英の掛け橋をしているダルビーご夫妻の援助によるものである。彼らから、多くの刺激を受けてきたので、その一端を紹介させていただいた。

(おがわよしみち 神奈川県総合リハビリテーションセンター)

<注> 略


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1996年10月号(第16巻 通巻183号) 69頁~71頁