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フォーラム’97

アメリカにおけるユニバーサルデザインの概念

柳田宏治

 アクセスの問題(製品や環境が人に使えるものであるかどうか)について、近年アメリカでは「ユニバーサルデザイン」というコンセプトが非常に注目されている。
 筆者は、1994年から96年までの2年間のアメリカ滞在中に、このコンセプトに関する動向とADA後のものづくりの変化について調査した。ユニバーサルデザインの名付け親と言われるロン・メイス氏をはじめ、何人かのアドボケイト(主唱者)や専門家に話を伺ったが、それはものづくりの大きな転換を感じさせるものだった。ここでは、このコンセプトの真価について報告したい。

■ ユニバーサルデザインとは

 ユニバーサルデザインとは、「改造や特別な設計をすることなく、できる限り幅広くすべての人々が使える製品や環境のデザイン」(注1)で、建築やプロダクツ、公的サービス、情報通信などさまざまな分野でアクセスの問題解決のキーコンセプトとなってきている。
 ほとんどの製品や環境は、「平均へのアプローチ」で作られている。ここでいうアメリカでの平均とは、身長180センチの若く健康な、体力のある男性である。だが、このアプローチが適応できない場合がある。そこで、特に障害者のニーズに焦点を合わせ、そのアクセスを妨げているバリア(障壁)を取り除く「特殊アプローチ」(バリアフリーデザイン)が生まれた。
 しかし、アクセスに関して平均へのアプローチが適応していないのは、障害者だけではない。人々の、実際の生活の中でのアクセスに関する状況は、実に多様である。「多くの人々は、さまざまなニーズをもっており、“平均”は実際には大多数ではない」(注2)。人々の製品や環境を使う能力は、単に障害をもっているか否かで二分されるようなものではなく、連続的で幅広いものだ。けがや病気などによる一時的な能力変化や、子どもから高齢になるまでの生涯にわたる能力変化、さらに両手に荷物を抱えていたり急いでいるという、その時々の状況による変化もある。このような多様なアクセス能力への便宜を幅広く同時に考える「全体的アプローチ」がユニバーサルデザインである。
 このコンセプトの画期的なところは、アクセスの問題解決を一般品にもち込むことを前提にしていることである。「だれもが、常に、すべてのものにアクセスできるべきだ」(注3)という考え方が基本になっており、これは機会の平等という公民権の思想に基づくものだ。これまでの平均へのアプローチやそれを補完する特殊アプローチから、この全体的アプローチへの移行は、ものづくりの考え方のパラダイムシフトを意味しているといえよう。つまりアクセスの問題を、規制に押されて取り組むのではなく、また特別な分野として扱うものでもない、すべてのものづくりにおいて当然果たされるべき責任として位置づけようというのである。

■ ユニバーサルデザインの価値と位置づけ

 ユニバーサルデザインというコンセプトの価値を、「すべての人々」「企業」「政府」の三者の関係から考える(図1)。

図1

図1

● 人々にとって

 ユニバーサルデザインは、まずアクセスを可能にし機会の平等を実現する。一般品となるためだれもが同じ製品や環境を使え、人を分けない。特殊アプローチのようにそれを使う人が特別視されることもない。さらに専用品と比べて低価格で入手できる。人々にとってユニバーサルデザインは、幅広い包含(Inclusion)を実現するコンセプトである。

● 企業にとって

 障害者や高齢者を含めた多様な人々のニーズへの適応を考えたユニバーサルデザインは、当然より大きなマーケットを獲得できる。さらに、この取り組みは研究開発を刺激し、商品力を高めたり新しい商品を生む源泉となる。これは単に利益を生むだけでなく、企業の競争力を左右し、将来を分けるものである。

● 政府にとって

 障害者など特定の人々が製品や環境を使えないということは、重大な差別である。すべての国民に機会の平等を保障する政府にとって、アクセスを包括的に可能にする現実的なコンセプトがユニバーサルデザインである。そしてこれは、より多くの人々の自立や雇用を促進し、コストの低い社会を実現させる。また、産業政策の視点からも、国際競争の中でのアメリカ産業の優位性のカギと位置づけられている。
 このように三者を、互いに協調してアクセスの問題に積極的に取り組める関係に導くことができる初めてのコンセプトがユニバーサルデザインである。これは、三者共にメリットのある「WIN-WIN-WIN コンセプト」とも呼べるもので、それぞれの関係が相乗して社会全体に広がりつつある。

■ ユニバーサルデザインと専用品

 ユニバーサルデザインは、すべての人に使えることをめざすものではあるが、「すべての状況で、すべての人が使えるものを作るのは不可能」(注4)だということを了解している。実際には「できる限り幅広い」ニーズへの適応になる。これにはいくつかの方法の組み合わせという柔軟さも必要だ。それでも適応できないケースには、特殊アプローチによる専用品が重要になる。ユニバーサルデザインは、「(スペクトラムの両端の例外的ともいえる能力をも含めた)すべての人々の能力に取り組まないかぎり実現できない」(注5)ため、専用品の研究開発を刺激すると同時に、専用品からのフィードバックはさらに優れたユニバーサルデザインを生む。両者は相互に深くかかわり、両輪の関係にあるといえる。また、専用品と相性のいい設計をすることもユニバーサルデザインの要素の1つである。

■ ユニバーサルデザインの近況

 ユニバーサルデザインの最近の動きをいくつか報告したい。
 このコンセプトはまだ新しく、進化の途中にあるものだ。95年に、ロン・メイス氏を中心とした建築、プロダクト、情報通信など幅広い分野のユニバーサルデザインの代表的アドボケイトらが、「ユニバーサルデザインの原則」(The Principles of Universal Design)を設定した(図2)。プリンシプルの最初が「原則1:公平な使用」(Equitable Use)であるのは、ユニバーサルデザインの本質を最も良く表しているといえる。実は、この「公平な使用」は当初2番目になっており、1番目は「シンプルで直感的な使用」(Simple and Intuitive Use)であった。使いやすさというデザインテクニックの問題よりも、機会の平等の問題を先に挙げるべきだという議論があったようだ。

図2

「ユニバーサルデザインの原則」(Principle of Universal Design)
 Version1.1 1995年12月7日
 by Advocates of Universal Design

原則1:公平な使用(Equitable Use)
原則2:フレキシブルな使用(Flexibility in Use)
原則3:シンプルで直感的な使用(Simple and Intuitive Use)
原則4:わかりやすい情報(Perceptible Information)
原則5:間違いの許容(Tolerance for Error)
原則6:少ない身体的負担(Low Physical Effort)
原則7:接近し使用するためのサイズとスペース(Size and Space for Approach and Use)

 この原則を使い、ユニバーサルデザインの優れた事例を選定するプロジェクト「Universal Design Excellence Project」が96年に行われた。建築、グラフィックデザイン、インダストリアルデザイン、インテリアデザイン、ランドスケープデザインの各分野から選定された事例は、139枚のスライドショーの形で出版されている(注6)。
 最もホットな話題に溢れているのが、インフォメーション・テクノロジーの分野である。政府は、情報スーパーハイウエイを、すべての人々にアクセシブルなものに発展させるとしている。96年通信法(Telecommunications Act of 1996)255条「障害者によるアクセス」では、テレコミュニケーションの機器の製造者やテレコミュニケーションサービスの提供者は、容易に実現可能ならば、機器やサービスを障害者にアクセシブルで使えるものにするよう求めている。そのためのガイドラインが今年8月までに設けられる。ガイドラインづくりを行う政府に対して提言するアドバイザリー委員会は、その最終報告書(注7)で、「アクセシブルなプロダクツの設計における重要なアプローチはユニバーサルデザインである」と述べており、ガイドラインに反映されることになろう。
 情報社会のインフラのユニバーサルデザインは、建築的インフラと同様に重要な課題となってきており、インターネットや情報キオスク(公共情報端末)などで盛んな研究開発がみられる。企業の取り組みも積極的で、マイクロソフト社やナイネックス社などコーポレート・ポリシーにユニバーサルデザインを掲げる例もでてきている。
 また、93年から3年間にわたって行われた「ユニバーサルデザイン教育プロジェクト」も注目される(注8)。これは、全米のデザイン系の大学で、同時にユニバーサルデザインの教育プログラムに取り組んだもので、初年度は22校が参加した。将来のデザイナーにユニバーサルデザインを基本態度として教育することと、大学のデザイン教育にユニバーサルデザインという新しい文化を吹き込むことを目的としている。このプロジェクトで学んだ学生たちの一部は既に社会に出てデザイナーとして活躍しつつある。プロジェクトの成果が期待される。

■ まとめ

 最後に、アメリカでなぜこのコンセプトが必要とされたのかを考えることでまとめとしたい。
 アメリカの社会を動かす最大の力は「市場原理」であろう。ユニバーサルデザインというコンセプトは、この市場原理を巧みに利用したものである。アクセスの問題解決を、一般品というビジネスの本流に持ち込み、商品力の重要なファクターに組み込む。すべての製品や環境でこれを考えることになり、多くの投資がなされ、英知が集まり、創造性も発揮される。そうなればもはや法律の規制がなくても進展する。アメリカの産業全体の問題となれば、政府のより強力な政策が期待できる。そしてこれは専用品をも牽引していく。
 アクセスのことだけを考えれば特殊アプローチによる専用品だけでも可能である。しかしこれでは社会の一部のこととして扱われ、問題解決に時間がかかる。アクセスの問題をすべての人々、すべての企業、すべての政策にかかわるものに位置づけし直すことで、社会的なムーブメントにすると同時に市場原理で加速度的に進展させることができる。これがユニバーサルデザインというコンセプトが必要とされた真の理由といえるだろう。
 そうであれば、このコンセプトは、21世紀には超高齢社会となり、アクセスの問題が今以上に大きな問題となって吹き出してくる日本でこそ応用されるべきものだろう。ユニバーサルデザインというアクセス加速装置を社会全体に反映させることが、21世紀への軟着陸を可能にすると思われる。

(やなぎだこうじ 三洋電機㈱総合デザイン部)

〈注〉
1 Advocates of Universal Design (1995) The Principles of Universal Design, Center for Universal Design, NCSU

2 Ron Mace (1988) Universal Design : Housing for the Lifespan of All People, US Department of Housing and Urban Development, p4

3 George A. Covington / Bruce Hannah (1996) Access by Design, New York ; Van Nostrand Reinhold, p14

4 Gregg C. Vanderheiden (1996) Universal Design... What It Is and What It Isn't, Trace R&D Center, University of Wisconsin-Madison

5 ref. 4

6 Universal Design Excellence Project(ユニバーサルデザインの情報問い合わせ先参照 略)

7 Telecommunications Access Advisory Committee (1997) Access to Telecommunications Equipment and Customer Premises Equipment by Individuals with Disabilities

8 The Universal Design Education Project(ユニバーサルデザインの情報問い合わせ先参照 略)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年6月号(第17巻 通巻191号)64頁~69頁