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1000字提言

家庭におけるコミュニケーションの大切さ

ジョン・ディーリ

 今まで教育学とは、教授法や科目のことだけを意味するものと思われがちでしたが、実際は学習過程に対する深い理解があって初めて成り立つものであり、学習は人間同士の交流によって得られるものなのです。直接の対話では意思の疎通が困難なろう難聴児者にとって、この事実は計り知れない重みをもっています。
 子どもにとっては学校だけが教育の場ではありません。私たちは教育過程において家庭が果たす役割の大きさにやっと気づき始めたのです。どんなに素晴らしい教育でも、学校は子どもの成長から見れば「二義的、二の次」なものにしか過ぎません。ろう難聴児者教育に携わる人は、このことを深く胸に刻み込んでおく必要があります。従来の教育は、家庭を無視し、学校だけが児童の成長と教育を担うと教えていたからです。
 アメリカを中心として各国に受け入れられ、成果をあげているトータル・コミュニケーションというシステムがありますが、ここで注目すべきことはこれは親中心のシステムであり、その根本哲学が主張するところも、教育で一番大切なのは初期の言語発達であるという点です。障害は上辺だけではよく理解できませんが、大切なのは、成長の諸段階でこの障害がどう作用するかを家族が理解することなのです。耳が聴こえないことは、考えたり、愛したり、思いやったり、価値観を育てたりといったことにも強い影響を及ぼすと同時に、ろう難聴児者には、回りの人間の深い理解が何より必要なのです。人間は他人との関係を通して初めて自分の存在を考えることができます。これまでの方法では、ろう児は学校に通い教育を受けるまで、意思の疎通の難しい世界の中で中途半端な扱いを受けざるを得ません。子どもの心には、寂しく孤独な世界が、不安で、不確かな世界が刻み込まれてしまうのです。ろう難聴児者は成長のあらゆる段階で、信頼と理解を基にして成り立つ家族関係を求める権利があります。
 トータル・コミュニケーションは、子どもが生まれた時からもっているこの権利を守り、育てていく役割を果たします。手話は子どもにとって分かりやすく、目を引くものであるばかりでなく考え方とも密接な繋がりをもつため、両親と子どもが言葉でやり取りできない時、言葉の代わりをする道具として大変有効です。ろう難聴児に早い段階でこの手話や身振りに基づいた明確な体系を学ばせることができたなら、能力にふさわしい言語発達が可能です。また、それによって家族とも触れ合いをもつことができるのです。

(上智大学)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年7月号(第17巻 通巻192号)29頁