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列島縦断ネットワーキング

京都・障害をもつ人たちの素敵な親になるための講座

谷口明広

1 何故に素敵な親になる必要があるのか

 子どもが障害をもつかもたないかに関係なく、子どもをもつ親たちは「素敵な親になりたい」と思う気持ちがあるでしょう。
 学齢期に達しない子どものほとんどは、その大半の時間をお母さんを初めとする家族とともに過ごしますし、学齢期にある子どもでさえ、1日の3分の2は家庭にいると考えられます。学校教育の重要性は以前から積極的に考えられ、幾度にもおよぶ改善がなされてきました。しかしながら、プライベートな教育の場である「家庭」は、密室の行為であるが故に、誰からの批判を受けることもなく時間が過ぎていくのが現状なのです。家族との関係以外でも多くの人間関係を築いていける障害をもたない子どもたちにとっては、人生を左右するほどの影響はないのかもしれません。
 それと比較して、親以外の人間関係が築きにくい障害をもつ子どもたちにとっては、母親を中心とした家族が人生を左右するくらいの大きな要素であるといえます。さらに、重い障害をもつ人たちは、1日のほとんどの時間を母親とともに生活している訳で、無意識のうちに話している一言や、何気ない行動が彼らにとって大きな影響力となっているのです。このようなことからいえることは、障害をもつ人たちにとって最も大きな存在となるのが「親」であり、“素敵”だと言われる親に育てられる子どもは幸福なる道を歩み、そうではない親に育てられる子どもは問題多き道を歩むのではないでしょうか。

2 素敵な親になるための講座を開始するために

 障害をもつ子どもたちのお母さんやお父さんにスポットを当てた講座は、親の会や養護学校のPTAなどが主催する研修が中心であり、内容としては単発物で、講義講演形式をとるものが大半でした。以前から、親に焦点を当てた連続講座に対する参加要望が多いことは認知していましたが、講座の対象となる「障害をもつ人たちの親」は専門分野で捉えると『障害者福祉』の範疇で対応するべきなのか、『家族福祉』の専門家が対応した方が良いのかを考えていました。
 私自身も『障害者福祉』を専門としている関係で、障害者の自立生活を阻害する障壁の1つとして「親」という存在を捉えてきており、この障壁が援助者として変身すれば何にも代え難い存在となることを痛感し、訴えてきました。家族を中心にした福祉を専門として、障害をもつ人たちの生活にも関心がある研究者とともに講座を開くことの意義を強く感じ、求めていたところ、同じ考えをもつ渡辺顕一郎氏(現四国学院大学)と声をかけ合い、講座が現実のものとなったのです。
 4年も前になりますが募集を始めるにあたり、お母さんばかりでなくお父さんにも参加してもらうように心がけることと、身体障害や知的障害に偏ることなく全般的に人集めをすることを確認しました。しかしながら、予想はしていましたが、お父さんの参加が皆無であり、また募集締切日を迎えても定員に5人も満たない10人の参加者と寂しい状況となりました。さらに、すべてのお母さんが知的障害をもつ子どもを抱えており、身体障害をもつ子どもたちのお母さんは一人も参加されませんでした。
 しかし、幸いにも初めての講座が好評で、半年をおいた2回目の講座では、2日間で定員に達してしまうという状況でしたが、やはり身体障害をもつ子どもたちのお母さんは参加してくれませんでした。
 その理由を私なりに調べてみると、身体障害の子どもを抱えているお母さんは、機能訓練や学習指導などを手がけており、さらに身辺介護という献身的な行為をもって、すでに「素敵な親」であると思い込んでいることが多いという事実が分かりました。それに比べて、知的障害をもつ子どもたちのお母さんは、何から手を着けてよいのかも分からず、試行錯誤する中で本当の「素敵な親」を目指しておられることが分かったのです。

3 講座の期間および内容

 素敵な親になるための講座は1週間おきに召集され、全5回を約3か月の期間に実施します。1週間という期間を空けることは、講座の内容を日常生活の中にフィードバックできる期間を設けるためです。前回の講座内容が日常生活の中で手応えを受けると、次回に取り組む姿勢が大きく変化することもありました。
 講座の内容は、自分の子どもがもっている障害を十分に理解を深めるところから始めます。十数年をともに過ごした子どもの障害を正式に学ぶ場所もなく過ごしてきたお母さんたちは、障害をもつという意味合いや内容を理解することで、子どもに対する見方を変えた方もおられます。他には、自立生活に対する考え方や利用できる公的サービスの理解という内容に加えて、障害をもつ人たちの性や結婚の問題に関しても考察を深めていってもらいます。
 講義を一方的に聞くばかりではなく、家族絵や家族彫刻を代表とするワークと呼ばれる技法により、参加者自らが身体を動かしながら、問題を自覚していくという時間も設けています。今まで気付かなかった問題に直面してしまうことは危険性を伴いますが、フォローできる体制が組めているからこそでき得ることなのです。自分の抱えている問題を明確に認識することは、問題解決を早めることの第1条件です。
 講座の時間は、1回につき2時間半と決めています。朝の10時半から午後1時までという時間帯は、子どもたちが学校や作業所に出掛けているので、お母さんたちも気軽に参加できるのです。

4 講座の成果と展望

 講座が回を重ねてくると、お母さんたちの凝集性が高まってきます。講座の内容もさることながら、グループに参加して同じような問題を抱えている人たちと会うことが高度なフラストレーション解消につながる人たちも出現してきます。このような効果が発展していくと「セルフヘルプ・グループ」へと移行していくのかもしれませんが、講師側が先導して組織化するものでもないので、自然の成り行きに任せています。
 講座を経験したお母さんの中から「レベルアップ講座」を求める声があがり、経験者の中から希望者を募り、上級講座も開催しました。現在は講師の関係で上級講座の開催は中断していますが、上級講座を終了したお母さんが集まり「素敵な親になる会」が結成され、月1回のペースで勉強会という名の会合を重ねています。その中には、自分の住んでいる地域でグループを組織化して、知的障害をもつ人たちの「溜まり場」をつくることを目標に積極的に活動を進めているお母さんも出てきました。多かれ少なかれ、講座に参加したお母さんの周りには何らかの変化が起きてきており、「仲間がいて、相談できる人がいる」という安心感の大きさを痛感させられています。
 「親が変われば、子どもも変わる」をモットーに、これからも有意義な講座を継続していきたいと考えています。

(たにぐちあきひろ 自立生活問題研究所所長)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1997年7月号(第17巻 通巻192号)70頁~72頁