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北米における権利擁護とサービスの質に関するシステム 連載4

虐待等の人権侵害に対する権利擁護システム
―成人援護サービス(APS)と
長期ケアオンブズマン(LTCO)―
(その2)

北野誠一

1 アメリカで長期ケアオンブズマンが生まれてきた背景

 長期ケアオンブズマン(Long Term Care Onbudsman)は、アメリカ高齢者法に基づく市民アドボカシーの典型であり、ナーシングホームや成人入所施設等の施設における人権侵害に対するアドボカシーシステムである。アメリカで最初に施設オンブズマンがモデル事業として開始されたのは、1970年代のニクソン政権においてである。1960年には9,600か所33万床であったナーシングホームが、1973年には15,700か所118万床に膨れあがり、そこでの虐待・無視・薬漬け等がマスコミや議会をにぎわした。そのためにニクソンの改善指令のひとつとして、施設オンブズマンプログラムが、いくつかの州でモデル事業として組み込まれたわけである。アメリカのナーシングホームは日本の特別養護老人ホームや老人保健施設と違って、65歳以下の身体障害者や知的障害者も利用している、重い障害をもつ人たちの施設でもある。現在(1995年の統計)では、16,700か所177万床であり、その3分の2(66%)が民間営利企業の経営で、全体の半数以上(55%)が、ひとつの営利企業が複数の施設を経営しているチェーン施設に属している(注1)。
 モデル事業として取り組まれた結果明らかとなったのは、限定された予算の中で少人数の専門職による対応では、まったく現実の利用者の訴えに対応できないことであり、そのために市民アドボケイトとしての施設オンブズマンが導入されたのである。そこでまず一般的な市民アドボケイトとしての施設オンブズマンの利点と問題点を整理しておくと、次のようになる。

利点(メリット)

(ア) 対象となる市民と日常的に接することが可能なゆえに、信頼関係を築きやすく、相談にものりやすいこと
(イ) 対象となる市民の日常生活をよく知っているので、提起された問題についても、またその解決方法についても具体性をもちやすいこと
(ウ) 身近な関係ゆえに臨機応変に対応できること
(エ) コストが安いこと
(オ) 自分たちの地域に暮らす人たちのことを考慮に入れた地域づくりの発想を市民がもちやすく、市民啓発的な意味も有すること

問題点(デメリット)

(ア) 一定の法的権限を有する活動を委任するためには、市民の理解と経験等に応じた、多種多様なトレーニングのプログラムとシステムが必要なこと
(イ) コーディネイトやスーパービジョンの体制がきっちりとできていないと、活動が利用者のエンパワーメントにつながらないこと
(ウ) 地域に密着しているがゆえに、プライバシーの保持等が困難であること
(エ) 地域によってボランティアの質や量に差が出てしまい、利用者にとって確実性のあるシステムとはなりにくいこと

 これらの利点を伸ばして、問題点をどう抑え込むかが、アメリカの長期ケアオンブズマンの最大の課題であるが、それについては最後に考察したいと思う。

2 長期ケアオンブズマンはどんな仕事をしているのか

 カリフォルニア州アラメダ郡のオンブズマン事務所の1990年度の年次報告を見れば、ほぼその活動の全容がつかめる(注2)。

1.スタッフは、所長以下常勤スタッフ3名、非常勤スタッフ5名、ボランティアオンブズマン25名
2.予算は187,534ドル(うち人件費127,349ドル)
3.年間の活動実数は

(ア) アラメダ郡内283か所のすべての長期ケア施設の10,864人の利用者に対する予防的接触
(イ) 658件の訴えに対して、5,697時間を使っての調査と問題解決に向けた活動
(ウ) 1,032件の家族や友人等への相談や情報提供
(エ) 349件の施設に関する認可庁の監査報告書を入所を希望する家族に代わって調査し照会
(オ) 1,582時間の長期ケア(施設)に関する地域啓発活動
(カ) ラテンアメリカ系の人たちへの支援のためのスペイン語の資料作成と2名のスペイン語を話すボランティアオンブズマンの養成

 サンフランシスコのオンブズマン事務所のボランティアオンブズマンの業務記述書(Job Description)によれば、その資格要件に基づく業務は次の通りである(注3)。

(ア) 1年間単位で熱心に活動できること(実際には週1回以上決められた施設を訪問して週5時間以上活動すること)
(イ) 利用者へのアドボカシーの精神をもちながら、公正に行動できること
(ウ) 利用者の訴えや、調査や問題解決の技術を熱心に学び、活用すること
(エ) しっかりとかつ粘り強くケースをフォローする技術を高め、行動すること
(オ) ケースの照会等に必要な関係機関と専門的につきあえること

 次に、まったく金銭的な対価を伴わない、しかもかなり高いレベルが求められる施設オンブズマンがどのように養成されているのかを見ておきたいと思う。

3 ボランティアオンブズマンはどのように養成されているのか

 長期ケアオンブズマンはボランティアとはいえ、連邦高齢者法及び各州の法によって一定の権限と責務が与えられている。
 カリフォルニア州では、州の福祉と施設法典において、施設への自由な立入権(9720条)、記録等の調査権(9723条24条)、さらにオンブズマンの活動を故意に妨害するものに対する民事罰(9732条)等が規定されている。
 そのために、組織的かつハイレベルな養成プログラムが用意されている。ここでは連邦のモデルカリキュラムとカリフォルニア州のモデルカリキュラム及びアラメダ事務所で実際に使われているカリキュラムを表で示しておく。実際の1年間のトレーニングや認定試験方法等は、カリフォルニア州に35か所ある各オンブズマン事務所に委任されている。
 たとえばサンフランシスコのオンブズマン事務所では、毎年5人くらいがトレーニングを積み、3人くらいが試験に合格して登録される。実際活動している認定ボランティアは各事務所とも20~40人程度であり、毎年12時間以上の現任訓練が課せられる。州全体では、1996年度で1,160人である(注4)(コーディネーターやスーパーバイザーの職員は151人である)。
 筆者も1997年に現任訓練プログラムに参加したが、ボランティアの中心は50~60代で、教師、SW、看護婦、公務員等をリタイアした人が多い。アフリカ系、ラテンアメリカ系、中国系とそれぞれの言語や文化に堪能な人が揃っているが、2で見た業務記述書にある要件をすべて満たしている人は少なく、コーディネーターやスーパーバイザーの負担はかなり大きいものと思われる。

オンブスマントレーニングカリキュラム比較表

連邦モデルカリキュラム
1.長期ケアオンブズマンプログラム
 1-1 オンブズマンプログラムの歴史
 1-2 オンブズマンの機能と役割
2.老いと病気
3.長期ケア施設の全容
 3-1 施設の種類と介助のレベル
 3-2 ナーシングホームの経営と運営主体
 3-3 長期ケア施設の職員と業務
 3-4 各種サービスプログラム
 3-5 長期ケア施設の利用者
 3-6 長期ケア施設のコスト
 3-7 長期ケア施設に関する法律と規則
4.入居者の権利
5.入居者のさまざまなコミュニケーション
6.訴えについてのプロセス
 6-1 概要
 6-2 訴えのプロセス
 6-3 訴えの調査
 6-4 訴えの解決


カリフォルニア州モデルカリキュラム (時間)
1.長期ケアオンブズマンプログラムの歴史と役割
2.人口動態 0.5
3.老化のプロセス
4.オンブズマンの機能と責任に関する法律
5.権利擁護
6.長期ケアシステムの概要
7.ナーシングホームの概要
8.ナーシングホームに関する法と規則
9.ナーシングホームの見学に際して
10.成人・高齢者入所施設の概要 1.5
11.入所施設に関する規則
12.入所施設の見学に際して
13.オンブズマンの他機関との連携 1.5
14.患者と入居者の権利
15.長期ケアのコスト 1.5
16.薬と入居者  
17.コミュニケーション技術
18.訴えの調査・報告・解決
19.オンブズマンの法的証言責任について(自由選択)


アラメダ事務所トレーニングカリキュラム (時間)
1.長期ケアオンブズマンの歴史
2.オンブズマンとしてのスタート
3.ナーシングホームの概要
4.ナーシングホームの見学
5.入所施設の概要  
6.老人入所施設の見学
7.入居者の権利
8.だれがどんなことでオンブズマンを動かすのか
9.ケースの調査について
10.報告書の作成


4 長期ケアオンブズマンが対応するケース内容とは?

 少しデータが古い(1988年)が、カリフォルニア州の長期ケアオンブズマンの年次報告書(注5)によれば、1年間で報告された問題は44,545件(複数の問題を有する訴えを含む。訴えの総数は39,846ケース)で、訴えの多かった問題を順に見れば、1.ケアの質の問題(11,653件) 2.利用者の権利侵害(4,491件) 3.金銭トラブル(3,426件) 4.施設設備の問題(3,082件) 5.食事栄養問題(2,732件) 6.職員の不足(2,490件) 7.身体的虐待(2,446件)等となっている。

5 施設オンブズマンの可能性と日本での展望

 日本においても湘南オンブズマンネットのような地域オンブズマンシステムや、多摩更生園のような単独施設型のオンブズマンも始まり、さらに東京都のように一定の権限を与えられた施設オンブズマンのモデル事業も模索されつつある。
 また厚生省においても、事業者が選んだ第三者を交えた苦情解決のシステムが提起されている。
 ここでアメリカの長期ケアオンブズマンの問題点を踏まえて、施設オンブズマンの可能性について考えてみたい。
 ボランティアオンブズマンのメリットは、フレンドリービジター(親密な面会人)とアドボケイトとを兼ね備えている点である。カリフォルニア州のマニュアル(注6)には、オンブズマンは特定の人物への感情移入を避けるために、フレンドリービジターであってはならないとされているが、そのアメリカにおいてもナーシングホームの半数以上が親密な面会人のない人たちである。
 面会人のいない施設利用者は人権侵害を受けても支援が得られにくく、そのために人権侵害にさらされやすい。まずはフレンドリービジターや利用者の個別的な活動ニーズに対応するボランティアを展開することが求められる。
 日本では毎週、施設を訪ねてオンブズマンをすることは、かえって施設側と癒着しやすく、言いたいことも言いにくくなってしまうのではないかという心配もある。一般的なボランティアではなく、ある種の専門性や距離感が求められるのはそのためでもある。
 しかし、湘南オンブズマンネットワークのように、現役の弁護士や研究者等の専門職を中心とするチームによるシステムでは、会員の施設が増えてくれば、たとえ月1回、1回2時間程度の訪問であっても困難となる。
 私見では、アメリカ流の養成プログラムを初級プログラム、中級プログラム、上級プログラムという形に分けて、フレンドリービジターに近い相談相手を養成する初級プログラムから、トラブルの多いあるいは巧妙で対応の困難な施設に対応する中級、上級プログラムという形でレベルを上げて、人材を養成していく方法がよいと思われる。
 その際、学ぶことに熱心で柔軟性もある学生や若い主婦層、社会人層にも、月1回という形で参加できる仕組みが求められる。
 初級プログラムの修了者は、いわゆるインターンオンブズマンとして施設の中で先輩から現任訓練を受け、さらに中級、上級プログラムの研修を受けることになる。そして法的に難しいケース等には上級プログラム修了者があたり、また上級プログラム修了者は中級プログラムを担当し、中級プログラム修了者が初級プログラムを担当するといった形が考えられよう。

(きたのせいいち 桃山学院大学教授)


(注1) “Advance Date Number 280”January 23 1997(Center for Disease Control and Prevension, National Center for Health Statistics, DHHS)

(注2) “Alameda County Ombudsman Inc., Annual Report”1990

(注3) 以下サンフランシスコ・オンブズマン事務所の情報はすべてSF Onbudsman ProgramのプログラムマネジャーであるBenson Nadell氏へのインタビュー及び提供してくれた資料による。アラメダ事務所の情報は当時の所長のJane Robinson氏による。

(注4) California LTC Ombudsman Association, Annual Report”1996(CLTCOA)

(注5) “Long Term Care Ombudsman Program, Annaul Report”1987-88(California Department on Aging)

(注6) “LTC Ombudsman Program Curricuram Trainer’s Manual”(California Dapartment on Aging 1987)

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
1999年6月号(第19巻 通巻215号)