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ワールドナウ

マレーシア 1
障害分野の現状と課題
―動き出した当事者活動―

久野研二

はじめに

 今年の「アジア太平洋障害者の十年」推進キャンペーンはマレーシアで開催される。マレーシアは東南アジア諸国の中でも発展している国のひとつであるが、97年から経済危機に直面し、障害分野においても、福祉分野の予算削減や雇用機会の減少など、打撃を受けている。しかし、一方では障害当事者運動なども活発になりつつあり、そのいくつかと、日本の協力現状などを報告する。

障害者の交通アクセスを求める権利運動

 首都のクアラルンプールでは、公共交通機関の整備として、近郊電車2路線、主に高架を走る狭軌鉄道(LRT)4路線、モノレール1路線の建設を進めつつある。1994年、LRT第1路線の営業会社であるスターは、障害者の利用を「禁止する」という方針を発表し、これに対し、LRTのアクセスを求める障害者運動が起こった。
 LRTの駅はほとんどが高架上にあるがエレベーターなどもなく、会社側は「障害者の利用を禁止するのは障害者を排除するためではなく、避難の際の安全確保ができないためで、障害者を守るためであり、私たちは障害者の安全を考慮しているのだ」という発表をした。マレーシアでは、デモなどの“反政府的”な運動は厳しく取り締まられており、既存の障害当事者団体も、障害者のための団体からも目立った反対運動は起きなかった。しかし現在、障害者・解決・開発センターの代表を務めるクリスティーン・リーらを中心に、200人を超える障害当事者が集まり、プトラ・アクショングループを結成し、街頭デモ行進による反対運動を決行した。この運動はメディアにも大きく取り上げられ、新聞にも30以上の関連記事が掲載された。
 これに対して、政府・福祉局はLRTが利用できない代わりに、イギリスから障害者用タクシーを導入する方針を出したが、残念ながらいまだ実施には至っていない。また、スターは改築に20億円程かかることなどを理由に一切の改造は行っていない。しかし、交通省はLRT第2路線のプトラについては、エレベーターの完備など障害者が使えるものとする方針を決め、第6・7次国家開発計画にも盛り込み、1998年部分開通となった。交通省は近郊電車2路線についてもバリアフリー化する方針を打ち出すなど、この運動をきっかけに社会が少しずつ変わりつつある。

グループホームと自立生活運動

 マレーシアでは、まだ自立生活センター設立には至っていないが、グループホームの形での自立生活が開始されつつある。
 現在、政府・福祉局や民間団体(NGOs)がグループホームを行っているが、その中でも注目すべきは、クアラルンプール近郊のクポン地区にある五つのグループホームである。1984年、聖ビンセント・カトリック教会が初めてここにグループホームを開いた後、他の教会が開いたり、チェシャホームなどの入所型施設にいた障害者が仲間数人と共同で家を借りるなどをし、徐々に数が増えていった。
 聖ビンセント・グループホームは定員7人で、現在車いす使用のインド系男性5人が暮らしている。他のグループホームもそうだが、生活習慣がインド系、マレー系、中国系と異なるため、比較的一つの人種になるグループホームが多い。マレーシアの家はもともと段差が少ないが、平屋の続き長屋であるテラスハウスを、車いすで生活しやすいよう改造している。1人は近くの工場勤務、もう1人は宝くじ売り、他の3人は手工芸品の作製・販売をしているが販路が少なく十分な収入を得てはいない。ホームの責任者には毎月5人のうち1人が1か月交代でなり、問題が起こった場合は教会の委員とホームの生活者で話し合われる。当然、外出やその他の規制はなく、日常の運営は共同生活者に任されている。他のプロテスタント教会系のホームは毎週のミサへの出席を義務づける所もあるが、ここは特にそのような決まりはない。
 このホーム自体は教会が所有し、電気代などは教会が負担している。ホームの生活者は収入に応じて自由意志での寄付が求められており、工場勤務の1人は毎月1,500円を寄付している(注1)。
 プロテスタント系教会が行うビューティフル・ゲートというグループホームは、3軒続きのテラスハウスを改造し、男女が生活できるようにしている。さらにこれらのホームから結婚をして出ていったり、一人暮らしを始めた障害者もいる。
 また、日本のヒューマンケア協会の協力を得て、障害者・解決・開発センターなどが中心となり、今年8月にマレーシアで、初の自立生活セミナーを開催するべく準備を進めている。

当事者団体の動き

 福祉局には328の福祉関連NGOsが登録し、うち59団体が総額2億5000万円の助成を受けた(1997年)。障害分野の団体は80ほどあり、今年の「キャンペーン」の事務局であるマレーシア・リハビリテーション協会は、障害分野にかかわる政府機関とNGOによって1973年に設立された。現在は5省庁・局と21のリハ専門職の協会やNGOsが加盟している。一方、五つの障害当事者団体と知的障害者のための団体一つを準会員とするマレーシア障害者連合は1985年に結成され、障害者インターナショナル(DPI)のマレーシア代表となっている。
 マレーシア盲人協議会は、1994年から日本点字図書館と協力して東南アジアから研修生を招いてデジタル点字図書の作成講習会を行ってきた。今年は国際協力事業団(JICA)の協力も得て、東南アジア地区で初めてとなるデジタル音声情報システム(DAISY)に関する講習会を実施した。日本点字図書館から講師を招き、教育省特殊教育局を含む五つの団体から10人が参加し、1週間の講習会とフォローアップが行われた。マレーシアではマルチメディア・スーパー・コリドーというデジタル情報通信網整備を国策として進めており、この国策に合ったデイジーはメディアでも大きく取り上げられ、国営放送の時事番組でも特集が組まれた。
 マレーシアろうあ者連盟は、1963年から学校教育に導入された英語手話を元にしたKTBMという手話が、実際に人々が日常使う手話と異なることから、マレー語・文化を基礎にしたマレー統一手話の作成を行っており、今年度末をめどに統一手話辞典の発行と講習会の実施を行う予定である。

モビリティー

 長年、日産系のタン・チョン・モトという会社1社だけが上肢だけで運転できるようにする改造を行ってきたが(注2)、最近、フォードも改造車の販売を開始した。オートバイを三・四輪にする改造も行われており、ダマイという障害当事者団体が障害者の自動車教習を支援している。また、国産車メーカーのプロトンが「キャンペーン」で発表することを目標に障害者用自動車の開発を進めている。電動車いすはまだまだ高価で普及していないが、JDシステムという障害者のためのコンピュータを扱う会社が、シンガポールの高等技術専門学校・リハ工学科で開発された安価な電動車いす装置の導入を検討している。
 マレーシアでは統一建築物細則という法律によって、学校やホテルなど、公共建築物のアクセスを保障する法律があるが、建物の“外”に関しては、指針はあるものの法律がなく、その実施は各自治体任せとなっており、障害者が自由に動ける状況ではない。

(くのけんじ 国際協力事業団・専門家〈社会開発・福祉〉)


注1 彼の工場勤務の給与は約1万6000円
注2 改造費は約8万円