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ほんの森

ジュリア・カセム著
光の中へ

―視覚障害者の美術館・博物館アクセス―

〈評者〉原田良實

 視覚障害者と美術を考える時、はっきりと意志表示された三つの言葉を思い出す。
 「見たことないもん作られへん」(福来四郎氏・1950年から神戸市立盲学校で実践)。「見たことないもの作ろう」(西村陽平氏・1975年から千葉盲学校で実践)。「ぼくたち盲人もロダンを見るけんりがある」(ギャラリー・トム1984年設立)。
 美術には創作と鑑賞という二つの側面がある。わが国でも視覚障害をもちつつ創作活動を行う人が少しずつ出てきている。エイブルアート展などを発表の場に、盲学校の子どもたちだけでなく、先天性全盲の作者が線を追求したり、中途視覚障害の作家が音の出る造形に工夫を凝らしたりしている。鑑賞のほうは、村山亜土、治江夫妻の「手で見るギャラリー・トム」の開設をきっかけに、美術館で少しずつ視覚障害者のためのプログラムが開かれつつある。
 私たちの周りには、図書館、美術館をはじめとする社会教育施設と呼ばれるたくさんの施設がある。こうした施設の重要な役割の一つが市民の生涯学習援助である。しかし長い間、施設が対象と考える市民の中に障害をもつ人々は含まれていなかった。物理的にアクセスができないばかりにたくさんの蔵書や美術品等を利用できない車いすの人々、アクセスはできてもたくさんの蔵書、美術品をそのままでは利用できない視覚障害者たち。
 ジュリア・カセム氏の著書『光の中へ―視覚障害者の美術館・博物館アクセス』は、こうした背景の中で、視覚障害者の美術館・博物館へのアクセス活動の中から実践を通して誕生した。
 本書にはいくつかの重要な視点がある。1.施設利用にあたっての配慮。2.施設利用にいたらなかった人たちの意欲の喚起。3.美術知識の学習や創作活動の機会の保障。4.楽しめることは何もないと思いこんでいる中途視覚障害者に、再び外出の機会と美術館の魅力を取り戻させる。この本には、これらの課題を解決する解答やヒントがある。
 著者はイギリス出身の美術専門家である。また、視覚障害者の手記等にも目を通し、随所に的確な引用がなされている。美術・美術館だけでなく、視覚障害者のことがきちんと見えている著者の、視覚障害者と美術館を結びつけたいとする強い意志とあたたかい心が伝わってくる。

(はらだよしみ 日本盲人社会福祉施設協議会理事・リハビリテーション部会長)