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障害の経済学 第3回

障害者の就労システムの構造

京極高宣

 前回は、労働能力(労働力)の経済的な概念についていくらか私見を述べましたが、今回はこうした労働能力の発揮(労働ないし就労)の分類について考えてみましょう。
 障害者の場合、就労に至るまでの過程で、職業リハビリテーション、職業訓練、技能訓練などがしばしば必要不可欠ですが、これは厳密には就労には属さない前段階(準備期)だと思います。しかし、一般雇用や保護雇用までに至らぬ段階にも、働きながら職能を身につけること(授産事業)や健康、生きがいを主として一部の稼得を図る就労(いわゆる福祉的就労)が中間領域として含まれるのです。このあたりの問題の整理が障害者問題では、大変複雑です。以下、ごく簡潔に述ベてみたいと思います。
 まず障害者の就業とは、障害者が業に就いて一定の稼得を図ることで、最も理想的には一般的就業(雇い主からみると一般雇用)が最右翼です。しかし障害者の場合には、一般雇用ではないが、福祉工場などのような一定の保護を受けて雇用される形態(保護雇用)も就業の中に含まれることが多いのは当然です。さらに、職業リハビリテーションの機能を一部果たしながら、働きながら技能を会得する授産部門(授産事業)があります。この「授産」は産を授けるという意味で、助産(すなわちお産を助ける)の意ではありませんので、念のため申し添えておきます。私も社会福祉を学びはじめた頃に、授産を助産と間違えて大失敗をした経験があります。
 さて、こうした授産の外側に、本来的な職業リハビリテーションの分野がありますが、一般の労働者の場合の職業訓練と障害者のそれは、一部は共通していますが、一部には相違があります。一般の労働者は低技能な面を職業訓練で補完し、一定の技能取得を可能とし、次の一般雇用の段階へ容易に飛躍できますが、障害者の場合にこうした例は一部分であり、特に重度障害や知的障害をかかえた人たちは、生きがいと就労は表裏一体のもの(福祉的就労)として、一般雇用や保護雇用には結びつかないまま生涯を終えることが少なくありません。こうした福祉的就労はある意味では、高齢者のシルバー人材センターのように、生きがいと小遣い稼ぎを合わせた就労(これも福祉的就労)とやや似た要素をもちますが、小規模作業所などでは、さらに障害者の生きがいや自己実現に重点を置いています。
 以上を整理すると、図のようになります。

図 就業と職業リハビリテーションの関係

図 就業と職業リハビリテーションの関係

 私もかつて厚生省の授産施設の在り方検討委員会の座長として、厚生省関係4課長及び障害者団体代表とご一緒して、障害者の授産施設の在り方について検討させていただいた経験をもっています。その時の結論は、広義の「授産」には、次の三つの形態があるということでした。
 1.就労を重視し、高い工賃を目指す福祉工場
 2.訓練と福祉的就労(作業)の機能を併せもつ授産施設
 3.社会参加、生きがいを重視し、創作・軽作業を行うデイサービス機能をもつ施設
 以上の3区分はいわば理念型としてのもので、現実の障害者の授産施設は明確には3区分はできないかもしれませんが、おおよそ1.は福祉工場レベル、2.は一般の授産施設、3.は小規模作業所と一部の重度授産施設と更生施設を指しています。上の図では、斜線部分が授産施設2.プラスその周辺の1.及び3.を示すとみてよいと思われます。
 これまでみてきたように、障害者の就労(ないし厳密には就労システム)は、きわめて複雑な構成をみせており、通常の経済学で扱うような一般雇用を前提としたモデルでは、問題の解決は得られないのです。特に職業リハビリテーションとオーバーラップした部分(広義の授産部門)の正しい位置付けが重要であり、そこに労働政策と福祉政策の重なり合うところが存在するのです。
 これまで、障害者の就労は一方の厚生省サイドからは、生きがいや機能訓練にウエイトを置きすぎ、他方の労働省サイドからは、一般雇用ないし保護雇用にウエイトを置き、両者の重なり合う部分が不明確でした。そこから労働省サイドの職業訓練は、保護雇用ないし、一般雇用向けと片寄って展開されるキライもありました。平成13年以降の両省の併設により厚生労働省が誕生することで、新たな障害者雇用の積極的、一元的な展開が望まれます。
 重い障害をもつ者もしばらくは、福祉的就労をしていても、必要に応じて適切な職業訓練を受け、できれば授産部門を経て、保護雇用へ、あるいは一般雇用につながる就労システムが構築されれば、理想的ではないかと思われます。

(きょうごくたかのぶ 日本社会事業大学学長)