音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

障害の経済学 第7回

自立生活の経済的意味

京極高宣

 前回は障害者の「工賃」について述べましたが、障害者が自らの労働によって稼いだお金で生活できることは、生活保護法でいう自立助長の促進にとって誠に意義あることであることは言うまでもありません。ただ最近気になることは、少なくない障害者が重度化、重複化などのために稼得収入が仮にあってもわずかで、障害年金を加えたとしてもそれだけでは生活できず、生活保護費を必要としている現実です。そこで、授産施設の工賃論に深入りする前に、否むしろ前提論として自立とは何か、改めて問い直してみることにしましょう。
 通常、自立は自助と同一視され、生活保護法でいう自立助長とは、経済的自立イコール生活保護からの脱却(自助努力による稼得収入の確保)と受けとめられています。しかし、近年の障害者自立生活運動(independent living movement)において、自立(indepence)ないし自立生活(independent living)とは、障害者の目標概念であり、他方自助(Selfhelp)は互助(ないし共助)や公助と並んだ手段概念であることが明確になってきています。とすれば、自立支援(自立生活を支援すること)は、バリエーションの差はあれ、自助と互助と公助の組み合わせで達成されればよいことです。
 さきの障害者の生活保護費受給例に関しても、障害年金プラス稼得収入プラス生活保護費で、きちんとした生活が営まれていれば、経済的自立は必ずしも十分でなくてもそれは自立生活という目標に到達することができるとみるべきでありましょう。
 ちなみに、生活保護費ないし救護施設でアルコール依存症の人たちが無為な生活をしている例と、金額は少なくても年金に加え一定の稼得収入を得て、一部の生活保護を受けて、生活設計がきちんとしている例があるとすれば、後の例において、それなりの自立生活が営まれているとして認めてもよいのではないでしょうか。
 多くの障害者の場合、一般就労で稼得収入だけで生活はできないことを考慮すれば、その自立助長を促進させることの意味は何か、疑問がないとは言えません。狭義の自立助長でも、精神的な自立といった点では、生活保護を100%受けていても適切な指導である程度可能でしょう。また生活保護を一部受け、稼得収入を一部得て生活すれば、十分に自立生活が可能です。特に後者については、経済的自立という点でも、半ば自立(自律)しているとみることができます。
 このように考えてくると、障害者の生活にとって自立とは何か、それは狭義の経済学的な意味で、自助努力に基づく稼得収入のみによって成り立つ生活と捉えることは正しくありません。それは、障害者が自助としての稼得収入と互助としての障害年金とに加えて公助としての生活保護費を受け、毛利元就の3本の矢の喩えのごとく、自助、互助、公助の三つの組み合わせで、生活できることを含むものでなくてはならないでしょう。
 問題は二つあり、その一つは、障害者自身ないし保護者(後見人を含む)によって自己選択されたものであるか、それとも、だれかに強制されたものであるのか。二つ目に、その組み合わせが将来の障害者の生活設計にプラスに影響するものか否かにあります。個人にとっての自立は、国にとっての独立(independence)と全く同様に、たとえば外国からの援助を受ける際にも、第1にその国の意思決定が他国から強制されず自らの意志でなされたか否か(自己決定の原則)、第2に将来の自律可能性にとってプラスに働くか否か(自律可能性の原則)に基づいて、判断されるのです。すなわち、外国からの援助を自らの意志で選択し、かつ将来の経済発展に寄与する方向で不可欠な援助を受けることは、何ら独立に反しないことであると同様に、障害者の場合にとって、否すべての人間にとって、それは自立の範囲であると言えるものです。
 従って、生活保護費が占める生活費構成のみから判断するのではなく、生活保護費を一部受けていても全体として障害者がどのような気概をもって生活しているか、またどのような方向で生活しているかが最も重要なのではないでしょうか。
 稼得収入に関しては、その金額の多寡をうんぬんするだけでなく、生活費の構成としてどのような比率をもっているかが問われなければなりません。さらにそれだけでなく、生活全体において稼得行為(就労)がどのような積極的な意味をもっているかを問い直さなければならないでしょう。そして、障害者の就労が仮に十分な稼得収入を得られない場合でも、その全体的な意味を正しく評価し、今後の方向として、さまざまな障害の種類と程度に見合った職業リハビリテーションの成果を十分に取り入れ、稼得収入をさらに増加させる方策を創造的に探ることが、極めて重要であると思われます。

(きょうごくたかのぶ 日本社会事業大学学長)