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変わる著作権法 1

著作権法改正で何が変わるのか
-通訳IRCの活動を通して-

山田桂子

通訳IRCの活動と著作権

 インターネットには、IRC(インターネット・リレー・チャット)と呼ばれる、インターネットに接続している人同士キーボードを通じて生でおしゃべりができるシステムがあります。私たち「通訳IRC」ではそれを利用して、聴覚障害者にテレビの音声を文字(字幕)にして通訳する非営利のボランティア活動をしています。
 鑑賞者(字幕を楽しむ人)と入力者(字幕を打つ人)は、番組放送時間にIRCに接続して、「#通訳IRC」「#通訳雑談」という二つのチャンネル(部屋)に入ります。そして、入力者はテレビを見ながら聞き取った台詞を「#通訳IRC」の部屋にキーボードから字幕として流し、鑑賞者はテレビと字幕の両方を見て、「#通訳雑談」の部屋で番組を見ながらのおしゃべりを楽しむわけです。
 放送の音声を文字にしてインターネットに送信するには、事前に著作権者の許諾を得ておかなければなりません。
 通訳IRCでは、聴覚障害者から「このドラマの文字通訳をしてほしい」という要望を受けて、まずドラマに字幕がつくかどうかをテレビ局に確認します。字幕がないと分かると、次に著作権をもっているのがだれなのかを調べます。ドラマでは、一般に脚本家、原作者、テレビ局が著作権者となります。テレビ局のご厚意で、局のほうから一括して許諾を頂けるような場合はよいのですが、通常はすべての著作権者の名前・連絡先を調べ、全員に許諾申請の手紙を出し、返事を待たなければなりません。大変な時間がかかり、許諾が番組放映に間に合うかどうか、ぎりぎりの勝負です。多数の著作権者がいるバラエティではその大変さに、許諾申請する前に見るのを諦めてしまうことすらありました。
 また、著作権者の連絡先が分からないために、許諾申請ができないままに通訳活動を諦めざるを得ないということもありました。さらに、法人格をもたないグループに対しては、許諾を出さない方針の著作権管理団体もあって、インターネットによる通訳活動の前には、常に著作権の大きな壁が立ちふさがっていました。
 聴覚障害者がテレビを視聴するには、字幕が必要です。音声が聞き取れない聴覚障害者は、音声のみの映像では内容が分からないからです。音声を文字に変換するという作業がなければ、著作物にアクセスすることができない、つまり字幕がなければ、テレビ番組という著作物に触れることができないのです。日本の特に民放では、ほとんどの番組に字幕がありません。テレビ局が字幕をつけないので、非営利のボランティア活動で字幕つけを行っているわけなのですが、字幕をつける許諾を得るには膨大な手間と時間がかかり、場合によっては著作物使用料を要求されることもあります。そのような手続きを経てからしか著作物に触れることのできない聴覚障害者と、テレビをつけるだけで楽しむことができる健聴者……両者の間には、大きな隔たりがあります。
 インターネット等の技術の進歩がもたらした、リアルタイム字幕による情報保障によって、聞こえなくてもテレビが楽しめるようになりました。しかし、どんなに技術が進んでも、従来の著作権法では、聴覚障害者が自由にテレビを楽しむことができないようになっていたのです。

聴覚障害者の情報アクセスと著作権

 ところが、このたびの著作権法改正により、聴覚障害者のための自動公衆送信(リアルタイム字幕)と、字幕を送信するにあたっての翻案(要約)が認められることになりました。
 これによって、政令で定める事業者は、著作権者の許諾なしに自由に音声を文字にして送信することができるようになります。著作権法において、初めて聴覚障害者の情報アクセスの必要性がはっきりと認められ、著作権に制限がかけられたのです。
 これからは、迂遠な手続きの末、許諾の返事を待っている間に放送が終わってしまうこともなく、見たいと思ったときに、テレビの内容を知ることができます。テレビを見たくても字幕がないから分からないと諦める必要はないのです。インターネットができれば健聴者と同じようにテレビを楽しむことができるのです。
 聞こえない人には音声を文字に変換する作業、字幕が必要であると、はっきり法律で認められたことは、聴覚障害者の情報アクセス権の拡大に向かっての大きな一歩と言えるでしょう。法改正にご尽力いただきました関係者の皆様に、心よりお礼を申し上げます。

今後に期待すること

 放送はデジタル化の時代を迎え、テレビとインターネットが融合した新しい放送が始まります。情報が人々の生活にとって、欠かせないものとなるこれからの時代に、情報を受け取れる人と受け取れない人との間に、ますます生活上の格差が広がっていくでしょう。聴覚障害者が、聞こえないという障害ゆえに情報から取り残されないよう、あらゆる形での情報保障を求めていく必要があります。
 技術の進歩はめざましく、放送に字幕をつけることはすでに難しいことではなくなりました。これからは、聞こえないから分からないのではなく、情報保障がなされていないから分からないのだという認識、そして情報保障は障害者を支援するために、あって当然のものなのだという理解を広めていくことが大事だと思います。
 この法改正により、今後は一定の施設に限り、リアルタイム字幕のボランティア活動が自由にできるようになりますが、それだけでは、インターネットにアクセスできる限られた範囲の人が恩恵を受けられるだけです。本当の意味での情報保障、「すべての番組に字幕がつくこと」を希望してやみません。
 リアルタイム字幕によって、テレビの内容が分かり、これまで字幕がないからテレビを見なかった人など、1人でも多くの人に、テレビの楽しさを味わってほしいです。そして、聴覚障害者が人として、健聴者と同じようにテレビを見て楽しむ権利があることを、聴覚障害者自身に気づいてほしいと願っています。

(やまだけいこ 通訳IRC)


◎通訳IRCのホームページです。どうぞご覧ください。
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