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障害の経済学 第8回

再び「工賃」の概念について

京極高宣

はじめに

 第6回で、授産施設の「工賃」の概念について私なりの疑問を一部述べましたが、途中で中断しましたので再び工賃論に戻ることにしましょう。
 この工賃に関しては、通常、セルプ協などでも高低をうんぬんすることから議論が始まりますが、あるべき姿を論ずる際には、その本質論を避けて通れないのです。

工賃の性格は配分金である

 まず、授産施設の「工賃」については、身体障害者授産施設の場合は、第6回で触れたように、「事業収入から本業に必要な経費を控除した額に相当する金額」(運営基準第33条)であることの確認をしておきましょう。これは、知的障害者援護施設の設備及び運営に関する基準(平成2年12月19日厚生省令第57号)や精神障害者社会復帰施設の設備及び運営に関する基準(平成12年3月31日厚生省令第87号)においても全く同様です。
 この場合、いわゆる措置費として一般的な事務経費は除いてあり、当該事業に直接かかった経費を事業収入から控除していることに注意を払う必要があります。というのは、一般企業における経費には措置費で手当している一般事務費を含めて考えるのが通常であり、その分、授産施設の「工賃」は、実際よりも大きく評価されているからです。この工賃の性格は、授産施設のうち、第1種としての福祉工場の場合は、最低賃金制を前提として、一般的な工賃の意味を一部分担うものの、通常の第2種の授産施設においては、必ずしも一般的な工賃の意味内容をなしていないと思われます。
 そもそも、授産施設の定義は、たとえば身体障害者授産施設の例をみると、身体障害者福祉法第31条に、「身体障害者で雇用されることの困難なもの又は生活に困窮するもの等を入所させて、必要な訓練を行い、かつ、職業を与え、自活させる施設」とあります。
 言い換えれば、第1に必要な訓練を行う施設であること、第2に職業を与え、自活させる施設であるという二重の規定を受けています。第1はともかく、問題は第2で、そこには大変幅があり、最低賃金を支払って自活できるレベルから、小遣い程度を得て施設で生活するレベル、さらには収入はほとんどなくとも将来に向けて職業訓練を行ったり、福祉的就労を行っているレベルまで存在します。
 ただ定義上必要なことは、「工賃」を支払う施設であるか否かは一切問われていないことです。あくまで施設運営上で、事業収入と必要経費に差額がでた場合に利用者に「工賃」として支払うという規定がなされているにすぎないのです。
 このように解釈すると、授産施設は文字通り障害者の職業訓練のための社会福祉施設であり、「工賃」うんぬんは事業の結果についての記述であると言えます。一般企業の工賃とは全く異なり、事業の結果、生まれた果実を利用者で配分する金という意味なのです。

 

費用徴収は工賃から差し引かれるべきか

 ところで、授産施設の工賃に関する議論でよく話題にのぼるのは、費用徴収が工賃から差し引かれ、ほとんど手元に金が残らないのは問題だという疑念です。これは、本質的には、社会福祉施設の費用徴収に関する一般的議論に集約されることで、保育園にも費用徴収があるのと同様に、授産施設の特殊性いかんにかかわらず、職業訓練等に伴う一部の費用徴収を課すことは、現行法体系では避けられないことです。それは、授産施設で事業収入から必要経費を差し引いた余剰金があろうとなかろうと関係なく生ずる問題です。
 ただし、「工賃」という名の配分金が利用者によっては、費用徴収額を上回ることがありえるし、そのほうが望ましいということは言えるでしょう。だからといって、費用徴収をすべきでないという短絡的な議論をしてよいわけではありません。
 問題は、労働行政で失業者などへ職業訓練を施す場合に、一定期間、有給(最低賃金保障)で行うのに、他方の社会福祉施設が費用徴収をするというアンバランスをどう考えるかです。この点に関しては、平成13年1月以降の厚生労働省の設置で新たな柔軟な対応が生まれることを期待したいところですが、いずれにしても、現に働いている者が他職業に転換する短期間の失業保障と、障害者が将来に向けて職業訓練を受ける生活保障とは、政策的には十分に区別されなければならないでしょう。授産施設が社会福祉施設である以上は、宿命的に費用徴収の課題は存在するのであり、工賃が多少生じたから、そこから差し引くのはけしからんというのは本末転倒です。最初に費用徴収ありきであり、「工賃」が生まれなくても、適切な職業訓練を行う授産施設があって何らさしつかえないのです。
 これは、かつて私が座長を務めた委員会報告「授産施設のあり方に関する提言」でも、授産施設を「授産施設の出発点は、一般就労に向けての通過型施設としての機能であり、社会復帰できるものは、社会復帰を促すとともに、施設機能に応じた適正な利用を推進する」と述べているゆえんです。それをあえて継続的就労機能に変更する必要が本当にあるのか、あらためて問題視しなければなりません。それであれば、授産という美名で福祉工場や他の保護雇用へ、さらに一般就労につなげていく努力を怠ってよいことにならないでしょうか。

(きょうごくたかのぶ 日本社会事業大学学長)