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二次障害考

二次障害=ポストポリオとつきあって
―ホイルチェアー(車いす)デビュー―

佐野武和

はじめに

 何気なく読んでいた新聞の記事は、神戸でのポリオの女性たちの集まりを伝えていた。早速、リーダーの柴田多恵さんに手紙を書いて機関誌を送ってもらった。5年ほど前になる。そこで知った、ちょうど同年期のポリオの人たちが訴えている症状や悩みは、あまりにも当時の私に酷似していて驚いた。生後まもなくポリオに感染した私は、右下肢に残る障害を背負って50年近く生きてきたことになる。
 小学生の頃、施設での暮らしも経験した。高校生まではお利口を演じ、健気ながんばる障害者であった。その後、多感で反抗的な青春時代を送ったが、ふるさとにUターンしてからは、小規模作業所や自立生活センターを設立して障害者運動にエネルギーを注いできた。

ホイルチェアーデビュー

 東京駅で新幹線を降りる。八重洲口からJR中央線新宿方面の丸の内側まで駅を横断することになる。階段を必死に下りて、田舎では考えられないたくさんの人の流れにもみくちゃにされながら、背中のリュックを左右に揺すってコンコースを歩く。ある日、杖が滑って転んで、しこたま床に顔を打ちつけた。「なんてこっちゃ」この美形の顔が…。「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのは杖をついたおばあさんであった。「トホホ…」とホームにたどり着くが、先発はすでに満員だ。弱気で後発を待つ。しかし、ホームにベンチは見あたらない。「東京駅ともあろうもんがホームにいすもあらへんのか」と小さな声で叫んだ。
 田舎ではほとんど車に頼りっきりの生活が続いていて、お出かけの体力がどれだけ落ちてきているかを、東京駅が皮肉にも教えてくれる結果となったのだ。娘に話すと、「もう年やで…」とあっさり言われ、女房には「ええかげんにしとき、東京になんかええことあるんか?」と詮索されて、寂しく孤立していた。
 さらに大阪駅で階段を上がるのに、「荷物を階段の上まで持ち上げてくれませんか」と若い女性に頼んだところ、冷たい目線でことわられ、結局、酔っぱらいのおじさんに助けてもらったことをきっかけにして、車いすでお出かけすることを真剣に考え始めた。
 そしてついに、4年前にメキシコで開かれたDPIの国際会議に初めて車いすで出かけた。大きな荷物を車いすにくくりつけ、在来の北陸線から新幹線に乗り継ぎ、丸の内側のまだ外側にある地下の総武線までのアクセスは、不気味な東京駅トンネル要塞経由で一応スムーズであったし、空港に着いたときには感激ものであった。空港のアシスト、帰りに立ち寄ったアメリカユニバーサルスタジオ…。あれほど自分の体を酷使してがんばってきたのに、目から鱗が落ちる思いであった。周囲の人はみんな優しく見えた。第一、膝が痛くなるほどの荷物を背負っての階段から解放され、列車内での座席の確保やホームのベンチを探すこともなくなった。
 日本的といえると思うが、最近できた福祉系の建物でも、田舎ではスリッパに履き替えるところが残っている。これが実は歩行型の障害者にはバリアーなのだ。履き替えるベンチがあるところは少なく、スリッパは実に歩きにくい。いや冬なんかは歩けないのだ。こういった建物に出かける時も車いすを使っている。駐車場が遠くにあったりはするが、大型店舗に買い物に出かける時と車いすを使う機会は増えるばかりだ。わたしは、これをホイルチェアーデビューと呼んで楽しんでいる。
 障害の等級や車いすの給付援助などの課題は発生するが、まず車いすを使い始めるタイミングは、セルフケアマネージメントでありたい。生きていくツールであり、チェアーウォーカーとしての技術の習得はメジャーな感性でいたいのだ。車いすのカラーリングもこだわりたいし、体にシックリくるスマートなやつを捜したい。

ポストポリオとして

 ポリオの後遺障害をもって長年暮らしてきた私たちが、運動・感覚・呼吸などにさまざまな症状を訴えているのは、加齢に大きく起因する遅発性、もしくは二次的な機能障害と考えられている。その急激性や骨折事故の誘発など、この機能障害は深刻な部分を持っていて、一気に生活の力を失うこともあり得る。なかなか相談する医療機関も身近にはなく、それこそ我慢我慢の暮らしを続けている人がいるに違いない。私の住んでる地域にもポストポリオのことを少しずつ情報発信していきたい。
 昨年、全国ポリオ会連絡会出版部から刊行された冊子「ポリオとポストポリオの理解のために」は、ぜひ読んでいただきたいお勧めの本だ。医学的論文が中心だが、リハビリテーションの項に示唆的な六つの提案がなされている。
(1)関節や筋肉の負担を軽くするための体重を少なくする工夫
(2)過度の活動、疲労の軽減
(3)低負荷反復運動
(4)片側荷重を少なくする
(5)脚長差等の矯正の工夫
(6)運動不足、気力減退にならないようにする
 なるほど無理をしてはいけないということである。反面、軽度の障害者として必死に健全者の社会に同化することを強いてきた一面が自分自身にあって、これからの生き様を転換する困難さを、正直言って感じている。周囲の理解も必要であろう。

各地でポリオの会発足

 私は障害の種別を細分化し、集い会うことには消極的だ。私自身が、障害の種別を問わず、サポートを必要としている人のための自立生活センターを運営の原則としていることもあるが、やはり、いろいろな違いがあってそれを認められる、包み込める社会であってほしいのだ。ポリオの会が共通する課題に積極的であると同時に、開かれた感性を持っていてほしいと思っている。一方で、神戸や東京をはじめ、各地からポリオの人たちのエネルギーが伝わってくるのがうれしいし、特に女性のパワーにエールを送りたい。

(さのたけかず 自立生活センター(CIL湖北)代表)


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