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米国における脳外傷リハビリテーションと高次脳機能障害

大橋正洋

1 はじめに

 1996年の本誌で、脳外傷後遺症に高次脳機能障害が多く、それが社会復帰を阻害する要因となっていることを指摘した(1)。その中で、米国の脳外傷当事者組織が極めて活発に活動していることを述べた。1999年の本誌では、わが国において「高次脳機能障害」が、学術用語というよりも報道や施策、あるいは当事者が用いる一般用語となっていることを指摘し、社会の関心を集めていることを述べた。これを受けて行政が、高次脳機能障害者の実態調査に手を付けたことを述べた(2)。
 その後も高次脳機能障害に関しては多くの動きがあり、わずか数年の間に、日本全国10か所に脳外傷家族会が発足した。このように高次脳機能障害についての啓発はすすんだが、高次脳機能障害者が必要としていることをどれだけ現実のものとできるか、それが今後の課題であろう。
 米国は、以前の記事でも紹介したように、脳外傷リハビリテーション(以下リハ)に関して先進国である。しかし米国は、脳外傷者の高次脳機能障害を特別扱いしているのであろうか? インターネットによる情報検索に基づき、米国で脳外傷者の高次脳機能障害が扱われている様子を紹介する。

2 脳外傷モデルシステム(3)

 米国では、1996年に脳外傷法が米国議会を通過した。この法律によって連邦政府は、脳外傷の予防・啓発・研究・当事者の生活支援などの活動に、多大の財政的援助を行うようになった。この背景には、脳外傷を原因とした障害者数が多いことが上げられる。米国の調査機関(Centers for Disease Control and Prevention)は、年間約8万人の脳外傷による慢性的障害をもつ人々が発生し、累積では米国人口の約2%、530万人が脳外傷を原因とした障害をもって生活していると報告している。また1980年に発足した脳外傷当事者組織(Brain Injury Association U.S.A.:BIAUSA)は、活発な広報活動や政府へのロビー活動を通じて施策へ影響力を行使している。
 脳外傷法成立以前の1987年に、米国は4か所の主要なリハセンターを脳外傷モデルセンターと位置づけた。モデルセンターの役割は、急性期・亜急性期の包括的リハおよび慢性期の支援を、前方視的・長期的に行い、全国的な標準を確立することであった。脳外傷法の成立により、年間170万ドルであったモデルセンターへの予算は、1998年に670万ドルへと増額された。この結果、モデルセンターは4か所から17か所になった。それぞれのセンターが独自の役割を割り当てられたため、脳外傷リハへの取り組みは、量的にも質的にも加速された。
 モデルセンターで治療を受けた脳外傷者の情報は、全国的データベースへ登録される。2000年12月の段階で1861件が登録されている。入力項目は、入院時に496項目、1年ごとの追跡調査時に470項目と決められている(表1)。このデータベースに登録された情報から、高次脳機能障害がどのように扱われているかを眺めてみる。データベースに入力される項目には、詳細な神経心理学的検査情報が含まれている。年2回インターネット上で公開される概要(Facts and Figures)には、これらのデータを利用した各種研究が紹介されている。たとえば1999年春季には、脳外傷者の障害自己認識、予後に影響する家族環境、神経心理学的症状の回復などのテーマが示されている。

表1 米国脳外傷モデルシステム・データベース入力項目

1.既往歴:脳外傷既往・逮捕歴・薬物使用・精神科治療歴・飲酒歴・学習障害・行動障害
2.人口統計学的情報:年齢・同居者・結婚・性・住居・職業・人種・教育
3.脳外傷原因/重症度:受傷日・血中アルコール濃度・ICD-9外傷コード・Glasgow Coma Scale・外傷スコア・意識障害期間・外傷後健忘期間
4.診断:ICD-9診断コード・死亡原因・脳内出血・合併症・身体所見・頭部画像所見・瞳孔反射・神経心理学的所見・合併外傷
5.治療:手術・薬物・入院リハ・再入院
6.経費:入院期間・入院費・リハ中断日数・支払い者
7.予後予測および帰結情報
 ・機能障害:死亡日・死亡原因・神経心理学的所見・身体所見・脳外傷再受傷・合併症
 ・能力障害:Disability Rating Scale・Functional Independence Measure・Rancho Los Amigos Scale・Glasgow Outcome Scale
 ・社会的不利:同居者・薬物/飲酒・住居・地域内移動・結婚・収入・教育・就労・逮捕・Community Integration Questionnaire・精神症状・Neurobehavioral Functioning Inventory・Satisfaction With Life Scale・Supervision Rating Scale

 しかし、モデルセンターおよびデータベースの内容から判断すると、高次脳機能障害は成人脳外傷者が抱える多彩な問題の一つとして扱われているに過ぎない。

3 脳外傷専門家認定制度(4)

 1990年代のはじめ、米国脳外傷当事者組織BIAUSAは、脳外傷リハプログラムを持つ全米の565施設にアンケート調査を行い、脳外傷専門家の必要性を尋ねた。その結果、大多数の施設が、脳外傷の専門的な訓練や教育を受けた職員を雇用することを希望していた。そこでBIAUSAは、1998年に専門家の研修と認定試験制度を発足させた。専門家は、その知識と技術によって初級、中級、上級に分けられる。2001年8月の時点で、初級資格は160人に与えられている。資格者の名簿を見ると、職種は多彩で、米国の広い地域から応募している。この専門家認定制度のカリキュラムを見ると、認知・言語・心理社会的行動障害が含まれているが、高次脳機能障害だけを脳外傷者の特別な課題とは位置づけていない(表2)。

表2 脳外傷専門家Brain Injury Specialst(初級)履修内容

脳外傷一般:発生率・罹患率・ライフステージに伴う課題
脳機能:神経解剖・脳外傷機転と予後
障害学:認知・言語・心理社会的行動障害、運動・感覚障害
医学:医学用語・医療およびリハ専門職・救急法・薬物治療など
治療理念:スタッフの役割・リハの概念・自立と参加など
治療プログラム:機能評価法・帰結予測など
小児脳外傷:復学援助など
家族への対応:家族への情報提供や支援の方法
法律と倫理:


4 脳外傷児童の教育プログラム(4)(5)

 米国では、1975年の障害児教育法(Individuals with Disabilities Education Act:IDEA)によって、特殊教育サービスを受けることのできる障害の種類が制定された。1990年の法改定で、新たに脳外傷と自閉症が加えられた(図1)。脳外傷が加えられた理由は、身体障害よりも高次脳機能障害が問題とされたためである。すなわち脳外傷は、後遺症として認知、言語、記憶、注意、抽象的思考、理論的思考、判断、問題解決、情報処理、知覚、運動、心理社会的行動に障害を残し、これに対して特別な教育的配慮が必要と判断された。

図1 米国における障害児教育の年次推移 障害別対象者数

拡大図
図1 米国における障害児教育の年次推移 障害別対象者数

 IDEAによる特殊教育サービスとは、障害児を健常児とともに教育し、必要がある場合に個別の教室、あるいは施設で対応することを学校の義務としていることである。1997年の法改定では、障害児が14歳になるまでに、学校から就労への移行を円滑にすすめる(individualized education program:IEP)が策定された。これは、個々の児童に応じた課題と方針をチームで検討する方策である。しかし米国では、IDEAに基づく対応ができない学校もあり、やむなく保護者が学校を提訴する事例もあるという。脳外傷当事者組織は、IDEAが確実に施行されるように政府のさらなる財政支援を働きかけている。

5 おわりに

 米国において脳外傷リハは、医療・行政・教育・当事者組織など幅広い立場の人々が参加する大きな活動となっている。当事者組織の啓発活動などもあって、脳外傷者と家族がさまざまな問題を抱えていることは広く認識されている。
 高次脳機能障害は、脳外傷者の社会参加を妨げる重大な要因ではあるが、成人の場合には、高次脳機能障害だけが問題であるとは認識されていない。ただし脳外傷児童の場合は、高次脳機能障害の評価と対応が教育を行ううえで重要と認識されている。個々の脳外傷者が、どのような問題を抱えているのか、それを的確に診断評価することは重要である。その結果、高次脳機能障害への対応が重要と判断される事例もあり、医療的問題への取り組みを優先しなければならない事例もあるだろう。わが国においては、個々の脳外傷者の問題を総合的に診断評価できる専門家および専門施設の充実が望まれる。

(おおはしまさひろ 神奈川県総合リハセンター、神奈川リハ病院リハ医学科部長)


【文献とWebSite】

1.「高次脳機能障害とリハビリテーションサービス─特に脳外傷患者における問題点─」
 『ノーマライゼーション』第16巻:55─58頁、1996年
2.「講座:高次脳機能障害─脳外傷と高次脳機能障害」
  『ノーマライゼーション』第19巻:66─69頁、1999年
3.TBIMS: Traumatic  Brain  Injury Model Systems
  http://www.tbims.org/
4.BIAUSA: GUIDELINES FOR CERTIFIED BRAIN INJURY SPECIALISTS
  http://www.biausa.org/aacbis2.htm
5.Bernadette, K, Barbara, S: IDEA’s Definition of Disabilities.
  http://www.ed.gov/databases/ERIC_Digests/ed429396.html
6.National Council on Disability : Transition and Post-School Outcomes for Youth with Disabilities: Closing the Gaps to Post-Secondary Education and Employment
  http://www.ncd.gov/newsroom/publications/transition_11-1-00.html

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2001年10月号(第21巻 通巻243号)