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列島縦断ネットワーキング

東京
21世紀の社会は
障害をもつ人たちの
ノウハウが活かされる時代

今西正義

 高齢化社会が急速に広がり、十数年後には4人に1人が65歳以上の高齢者といわれ、超高齢化社会への対応にさまざまな分野で取り組みが始まった。昨年11月には、「交通バリアフリー法」(平成12年)がスタートし、市町村が作成する基本構想に障害をもつ当事者の計画への参画が法律の中に明文化された。トータル・アクセス・サポート・センター(タスク=仕事)では、21世紀の社会づくりに障害をもつ人たちのノウハウを有償で役立たせる新しいビジネスを開始した。障害当事者を中心メンバーとして平成12年1月に設立され、計画段階から「福祉機器の開発」や「バリアフリー社会の街づくり」に加わり、相談から提案までを行う事業を展開している。

多くの時間と資金のロス

 車いすの人たちが大きな苦労を伴わず町に出られるようになって、いったい何年が経つだろうか。街を歩いていると車いすの人たちに出会い、電車に乗っていても見かけるようになった。裏返せばそれだけ外出しやすい環境が整ってきたのであろう。しかし、本当に利用しやすくなったのか、首を傾けてしまうことが多い。
 車いす用トイレは随分古くから公共の施設などで作られてきたが、トイレの中で何が起きているか、作った人たちは知っているのだろうか。車いす障害者の多くは小用をするのにわざわざ便座に乗り移って用を足す人たちは少ない。つかまり立ちして、シビンで受け、自己導尿で、収尿器や膀胱瘻からの蓄尿袋に溜まったものを車いす上から捨てるなど、いろいろな方法で用を足している。しかし、今まで作られた車いす用トイレの多くは、必ず便座に座って水洗ボタンを押すように作られている。そのため、車いす上から水洗ボタンを押そうとしても手が届かないところにボタンがある。いったいだれがこうしたトイレの基準、設計、施行をしてきていたのだろうか。これでは、ずっと使いづらい車いす用トイレを作り続けてきたことになる。本当に利用する人たちの意見や使い勝手を聞いたのか疑問を持つ。これは車いす用トイレに限らず、あらゆる日常生活の中で見ることができる。
 現在、「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」がはやり言葉のように使われ、建物やバス・電車等の車両、生活機器や福祉機器など物づくりで取り入れられはじめた。そうした視点を持ちながら開発する姿勢は大歓迎だが、実際に使う時に使いづらかったり、まったく使えないものもいまだに見受けられる。その原因の多くは利用する人たちのニーズや使い方、意見をきちんと把握しないまま、利用者抜きに開発や計画が進められてきた結果だ。また利用者のニーズをつかもうと思ってもどこに窓口があるのか分からなかったり、仮に見つかっても偏った個人の意見であったり、多くの時間と多額のお金を掛けたわりには無駄なものを多く作ってきたと思われる例も少なくない。なかには貴重な税金を掛けたものも見受けられる。

タスクの取り組み

 タスクでは、こうした企業や行政など研究や開発をしている人たちの窓口として、相談やアドバイス、アンケート調査やモニタリング、試験評価、教育等のコンサルティング事業に障害をもつ人たちが組織的にかかわっている。
 障害をもつ人たちの多くは地域の中で自立した生活を築くため、いろんな試行錯誤を繰り返し、たくさんの経験やいろいろな生活の工夫をしてきた。住宅を自分の障害に合わせ、出入り口、トイレ、浴室、居室、台所などの改造や、便利な住宅・生活機器を積極的に取り入れてきた。外出手段も車いすや電動車いすを体の一部として使い、買い物や食事、遊び、通勤・通学と改造自動車や福祉車両、バスや電車を毎日のように利用している。またスポーツや旅行、映画、コンサートなど街に出かけ、建物のトイレやエレベーターなどを利用してきた。
 いままではこうした実生活で得た貴重な体験を、企業や行政の人たちにほとんどが無料に近い形で提供してきた。しかし、これからは個々の経験やノウハウは、“障害者才能バンク”データベースに登録していき、研究や開発をしている人たちへ有償で提供していく。そのことは、従来のようにでき上がった物を試すモニターにとどまらず、もっと積極的に最初から企画に入り、意見や提案を出し合うパートナーとして物づくりに加わること。また、人づくりでも企業研修や学校の福祉教育など講師として人材育成に向け、積極的にかかわりを持つようにすることである。

企業とのジョイント事業

 現在、企業と共同で具体的にいくつかの取り組みを進めている。一つは大手総合化学メーカーや大手シンクタンク等で福祉機器の開発やIT関連の取り組みをコンセプト作りから進めている。ほかには日本交通公社と「福祉体験学習プログラム」を共同で企画し、全国から修学旅行で東京に来た中・高校生を対象に、1組(5~6人)に1人ずつ車いすや電動車いすの人が付いて電車やバスに乗ったり、新宿の高層ビルの中の設備を見たり、街のなかを一緒に歩きながら車いす用トイレや歩道の段差、視覚障害者の誘導ブロックなど、障害をもつ人たちの視点からのバリアフリー体験をインストラクトするものだ。今年4月から6月までに11校、約500人の中学生に教えてきた。もちろん企業や学校からは、ボランティアではなく、仕事としてきちっと対価を取り、担当したそれぞれの障害者へ報酬の支払いを行ってきている。

障害をもつ人たちの新たなビジネスとして

 こうした障害者の団体と企業がビジネスを通して共同した取り組みは、すでに米国では進められているが、日本では初めてのケースといえる。お互いの得意とする分野、領域で手を結ぶこの事業は、特に、障害者の雇用がなかなか進まぬ日本では、障害者の新たな仕事の一つとして、経済的な自立の一部を担うものとして一歩踏み出した。そして、何よりも障害の種別を越え、お互いがそれぞれ得意とする分野で専門性を伸ばし、21世紀の社会づくりに自分たちのノウハウを役立たせることができるものである。この取り組みが全国に広がることを期待したい。

(いまにしまさよし 特定非営利活動法人トータル・アクセス・サポート・センター事務局長)