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春を待つ寝台式車いす

佐藤きみよ

 1年の半分は雪に埋もれたこの北国で、「車いすの障害者たちはみなどう暮らしているのよ?」とよく質問される。それはやっぱりクマのように冬眠をし、半年間は一歩も外へ出ず…というのは冗談で、私のまわりの仲間たちは雪道でも電動車いすをビュンビュン走らせて遊びまくっている。雪の多い1月、2月くらいはしっかり雪道も固まって、歩くとキュッキュッと音がするくらいだから、車いすのタイヤもわりと滑らかに動くが、苦労するのが3月末の雪解け道。道路はすでに大根おろしのようなザクザク状態。車いすはすっかり埋まり身動きひとつできなくなる。
 春がもうすぐそこまでやってきているこの季節はやはり、リフト付きの車をお願いし、ドアトゥドアの外出が多くなる。ところで私はというと、寝台式車いすにベンチレーター(人工呼吸器)を積んでいる。どんな形かというと、ストレッチャーを少し小さくしたような形にタイヤが付いていて、その上に真っ赤な布で作ったマットがのっている。
 最近はこの寝台式車いすを電動にするという(もちろんオーダーメイドで)夢がようやく叶った。寝台式車いすとは座位がとれないので、少しのリクライニングで上半身を起こし、ほとんど寝たままの状態で乗る車いすのこと。だから運転していても下が見えず、片手に手鏡を持ち、前を見ながらジョイスティックを握る。あとは横にいる介助者が「段差です」とか言ってくれるので、勘を頼りに街を歩く。
 やっぱり電動車いすはいいなぁ。お地蔵さんのようにじーっと同じ場所にいなくてもいいもの。どんどん自分で行きたい場所に行ける。でもわが愛車ながらもちょっと不満も…。それは速度がちょっぴり遅いこと。横断歩道を渡る時なんか「あっ、青が点滅してるよぉ」と焦って渡らなきゃならないし、寒くて1分でも早く建物の中に入りたくても私の電動はジーッとマイペースな速度で走り、焦るのは気持ちばかりってことがよくある。まわりの人たちは「それ以上速くしないほうがいい、暴走するとみんなに迷惑がかかる」と言って止められている。たしかによくあっちにガン、こっちにガンとぶつかることは多いけど。1年くらい乗り続けて、やっとこの頃若葉マークがもらえそうだ。
 10年前、自立生活を始めた頃、私の障害は一気に重くなった。長かった施設での生活からやっと抜けだし「あれもやろう、これもやりたい」と夢を膨らませていた時だった。座位がとれなくなり、もう二度と電動車いすには乗れないと絶望したけれど、私の辞書に「寝たきり」なんて言葉はいらなかった。そう、座位がとれなければ寝たまま車いすに乗って歩けばいいということを発見したのだから。レストランに美術館、近くの公園や森の中、春になったら彼と並んで手をつないで歩こう。この春、夢がまたひとつ叶う。

(さとうきみよ ベンチレーター使用者ネットワーク代表)