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九州
「見えない芝居・風の街ルーン」
~オキナワ月光舎の活動~

長谷川淳一

心の目でみる芝居

 ―「お芝居が終わるまで、どうか、決して、その目を開けないでください。これは、儚(はかな)いひと夜の夢と同じに、目を開ければ、たちまち見えなくなってしまうのです。だから、私たちは『見えない芝居』と呼んでいます」
 目を閉じると心の中に映像が浮かびあがってくる―そんな「心の目でみる」芝居をめざして、2003年1月26日、視覚障害者対応舞台公演「見えない芝居・風の街ルーン」は、福岡で上演されました。
 「見えない芝居」とは、目の不自由な方々でも楽しめるように、視覚以外の感覚を使ってお芝居を観せるという、日本でも他に類を見ない試みです。
 このお芝居では、場面に応じておいしそうなお菓子や果物などの「香り」を漂わせたり、大きな団扇(うちわ)で「風」をおこして皮膚感覚に働きかけたり、「音の臨場感」を高めるため、昔のラジオドラマさながらに、生の効果音を取り入れたりと、さまざまな工夫で想像力を刺激します。

オキナワ月光舎

 「目の不自由な方々にも、お芝居を楽しんでもらおう」―この独創的な演劇プロジェクトを支えているのは、役者たちの魅力的な「声」です。劇団「オキナワ月光舎」所属の、アニメ声優を夢見る十代から二十代の若者たちが、セリフに命を吹き込みます。
 「オキナワ月光舎」は、東京に本部を置く声優スクールの講師・長谷川淳一を主宰とし、同校の生徒・卒業生らによって構成されています。声の演技を磨くために「実践的な表現の場」を作ろうと、2000年12月31日、沖縄で結成されました。その後、主宰の長谷川の転勤により、福岡でも新メンバーを増やし、活動の場を広げました。現在のメンバーは14人。平均年齢22歳の若い集団です。
 「見えない芝居」は、彼ら声優のタマゴたちの声を、やり直しのきかない舞台を通して鍛え上げる、画期的な演目として考案されたのです。
 最初の公演は、2001年3月5日、沖縄県立沖縄盲学校の仲宗根正則校長のご厚意により、同校で実現しました。脚本には、横浜で活躍する劇作・演出家、小松杏里氏の手による『グレシアの森に』(戯曲集「おとぎげき」収録・而立書房刊)を用いました。これは、ロシアの詩人マルシャークの名作児童劇『森は生きている』をモチーフにしたもので、旗揚げ公演でも取り組んだ馴染み深い作品です。しかし、前例のない公演形態への変更により、稽古は試行錯誤の連続でした。まず、臨場感を考慮して、新たに客席の中を縫うような通路状舞台が考案されました。観客が芝居をすぐ近くで体感しやすくしたのです。また、音の距離感や方向性にもこだわり、音源となるスピーカーを場面に応じて移動させたり、客席の上で宙づりにしたりと、実験を繰り返します。そして、ひとつの効果が仕上がるたびに、出演者自らが客席へと回り、正しく観客に伝わっているかを、丹念に確認するという作業が、日々続けられました。
 こうして完成した「見えない芝居」は、上演時間2時間という長編にもかかわらず、最後まで盲学校の子どもたちを舞台に釘付けにしました。輝くような笑顔と歓声に包まれて、大きな拍手のうちに幕を閉じたのです。
 当時の中学部の生徒さんから次のような感想がありました。
 「映画や劇を観る時は、見える人に説明してもらいます。でも、(その説明のために)集中力が途切れてしまうので十分に楽しめないのです。しかし、今回初めて、最後までドラマの世界に引き込まれた」というのです。テレビドラマなどの、副音声の解説に代表される表現手法の限界を感じるとともに、私たちの活動の意義を改めて感じさせられました。
 この公演を機に、オキナワ月光舎は、「見えない芝居」を、その活動の中心に据えることとなったのです。

障害者も健常者も、共に楽しめる舞台を

 初演の手応えと反省から、「見えない芝居」には多くの改良が加えられていきました。
 2001年11月9日、沖縄盲学校での2回目の公演では、まず、脚本が見直されました。気楽に観劇できるよう上演時間を1時間に短縮し、音や匂いの効果をさらに盛り込むために、書き下ろし作品を小松杏里氏に依頼しました。そして、完成したのが「風の街ルーン」です。舞台はエネルギー供給の要である「風」を失い混乱する都市。風を取り戻すため、伝説の「風の生まれる街」を探して、少年たちが旅に出る、という冒険ストーリーです。ファンタジックな作品であると同時に、環境問題や社会風刺も盛り込まれています。
 2002年12月22日には、さらに那覇市NPO活動支援基金のご支援と、沖縄視覚障害者福祉協会のご協力を得て、同作品を沖視協ホールにて一般公開しました。この公演では、音の効果がさらに追加されました。たとえば、場面転換を知らせる重要な効果として「足音」が使われています。舞台セットや照明効果を使って情景を見せる代わりに、足音の変化で伝えるのです。森のシーンでは枯葉を踏みしめ、会議室ではカツカツと響く冷たい靴音、岩場のシーンでは靴底に砂利の入った袋をつけて歩く等々。足音は絶えず登場人物と共にあるので、BGMを使った演出よりもさりげなく、シーンに応じた雰囲気を作り出すことができるのです。
 そして、2003年1月26日、沖縄生まれの「見えない芝居」はついに海を渡り、福岡公演を迎えました。この公演は従来とは異なり、テレビ・ラジオを通じて広く観劇を呼びかけ、健常者の方も一緒に楽しめる芝居をめざしました。
 動員総数は77人。晴眼者の方々にはあらかじめ目隠しをお渡しして、それをつけてご観劇いただくようにしました。晴眼者の方の多くは、目を閉じて芝居を観るということに、半信半疑だったようですが、終演後のアンケートによれば、「目を閉じているのに心で映像が見えてくる」初めての体験に、皆さんが感動している様子でした。また、「見えない状態だからこそ、とても真剣に音を聞き、風を感じて、自分の空想の世界が広がった」と、普段使われていなかった感覚が呼び覚まされ、目を開けている時よりも想像力が豊かになったと感じた方が多かったようです。
 目を開けると見えず、目を閉じれば見えてくる芝居―今後も私たちは、「見えない芝居」の活動を通じて、障害者と健常者の客席の垣根を取り払い、目の不自由な方々のノーマライゼーションに努めていきたいと考えています。

(はせがわじゅんいち オキナワ月光舎・主宰/代々木アニメーション学院福岡校声優タレント科講師)

●オキナワ月光舎
 URL:http://www.gekkosha.com
 E-mail:okinawa@gekkosha.com
 電話080―5205―8948(ハセガワ)