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障害者権利条約特別委員会
第2回会合に参加して

久野和博

 6月16日、ニューヨークで障害者権利条約第2回特別委員会会合が2週間の日程で幕を開けました。わが国政府からは、齋賀(さいが)国連代表部大使を団長として、山本国連代表部公使、久野(くの)外務省人権人道課首席事務官、大竹厚生労働省障害者雇用対策課雇用促進係長のほか、顧問として東(ひがし)弁護士がこの会合に臨みました。
 約1年前に同地で第1回会合が開催されて以来、この特別委員会に参加するすべての国連加盟国・オブザーバー、多くの障害者関係団体にとっての最大の関心事項は、第2回会合において、障害者権利条約の作成に向けた具体的な方向性が示されるか否かという点にありました。というのも、第1回会合においては、NGOの特別会合への参加のあり方についての議論に大半の時間が費やされ、障害者権利条約を作成するかどうかについては明確な方向性が示されるまでには至らなかったという経緯があります。
 第2回会合では、ふたを開けてみると、障害者権利条約の作成の必要性についての一致した認識が示されるまでには、長い時間はかかりませんでした。会合の冒頭から、障害者権利条約の作成の必要性を強調する発言が各国政府から相次ぎました。わが国政府代表団も、権利に基づいたアプローチを完全に支持していると表明するとともに、障害者権利条約の作成に積極的に取り組んでいくことを明確に述べました。第1回会合では、障害者権利条約の作成に消極的であると思われた国も、第2回会合では積極的な発言に転じたり、あるいは、消極的な発言を控えるといった対応を取りました。新たな条約の作成に向けた大きな歴史の流れが、国連の会議場全体を包み込んだ瞬間であったと言えるかもしれません。これは、会場に参集したNGOをはじめ、障害者関係団体の長年の活動なしには考えられなかったことだと思います。
 このように障害者権利条約の作成の必要性についておおむね意見の一致が示される一方で、一口に障害者権利条約といっても、各国が思い描く条約のイメージや内容はまちまちであるということがもう一つの現実として明らかになり始めました。なかでも条約がどういうタイプの人権条約となるかについての主張に対立が生じました。ある国は、障害者権利条約は、非差別原則、平等原則に特化した簡潔な条約であるべきであると主張し、別の国は、この条約は、児童の権利条約が児童の権利を包括的に規定しているのと同様に、障害者の権利を包括的に規定するものとすべきであると主張しました。この点について、わが国政府は、条約が規定すべき内容を明確にしていくことが重要であり、その結果として、条約の姿は自ずと見えてくると考えましたが、会合においては条約の内容面についての議論がなかなか深まりませんでした。第1週の半ばが終わろうとしていた時、参加者は、残る1週間余りで第2回会合の具体的な成果を残すことができるのだろうか、と不安を覚えました。
 この不安を解消するための作業に、会合の第1週の後半から第2週の大半の時間が費やされ、ここで指導的な役割を果たしたのは、EUでした。EUは、新しい条約を作成する以上は、条約交渉のたたき台となる条約草案が必要になるという点に、いち早く着目しました。そして条約草案を作成する15名の専門家会合を創設することを提案しました。この提案は、障害者権利条約の作成という目的に照らした場合、条約の規定内容について意見の収斂をめざすという内容に着目したアプローチを直ちに取るのではなく、むしろ、条約作成のための手順や仕組みについて合意をめざすという手続き的なアプローチを取るほうがより現実的であり、有効であるとの考え方に立っていました。
 このEUの考え方自体は支持されましたが、EUの提案については、ニュージーランドやラテンアメリカ諸国の政府は、条約草案の作成は政府主導で行っていくべきであり、また、すでに特別委員会自体に多くの専門家が参加しているのであるから、条約草案の作成を別の専門家に委ねるべきではないと主張しました。また、一部のNGOは、NGOの代表の参加を確保するという観点から、15名という数は少なすぎると主張しました。そして、種々議論が行われた結果、27名の政府代表(アジア7、アフリカ7、ラテンアメリカ5、西欧等5、東欧等3)、12名のNGO代表、1名の国内人権機関の代表から構成される作業部会が来年早々に会合を持ち、条約草案を作成することが決定されました。
 では、この条約草案の中身はどのようなものになるのでしょうか。決定によれば、条約草案の作成にあたっては、作業部会の会合が行われるまでに各国政府、地域、NGOが文書により提出するすべての意見が考慮されることになっています。したがって、これまでにわが国を含む各国政府が提出した新たな条約についての見解や、わが国が参加した6月のESCAPバンコク会合の成果文書である「バンコク勧告」のような地域としての意見、あるいは、DPIポジションペーパーのようなNGOの意見が考慮されることはもちろん、新たな提案についても、作業部会会合の前までに提出されるのであれば、考慮されることになります。
 ここで、政府、NGO等が提出する意見の間で対立したり、矛盾したりするものが出てきた場合に、この対立や矛盾をどう解消するのかという疑問が生じます。実際、一部の国の政府は、条約草案を作成する以上、特定の意見が優先され、特定の意見が排除されるという事態が生じるのではないかと指摘し、最後まで作業部会が行う作業の中身にこだわりました。この点について議論が尽くされた結果、作業部会は、これまでに出された種々の意見を条約にふさわしい言語及び形式により表現し直すことを任務とするとの考え方で参加者は一致しました。作業部会は、ある案とそれに対立する案が有る場合、それぞれの案を解釈して、一つの妥協案を作成するのではなく、複数の異なる案がある場合には、それを併記することが期待されているわけです。
 このように条約草案は実は一つの案ではなく、複数の意見を含むものになるであろうということを考慮すると、そうした複数の意見を一つにまとめなければ成立しない障害者権利条約が作成されるまでには、一体どれだけの時間がかかるのだろうか、どれほどの紆余曲折があるだろうか、と不安になる向きもあるかもしれません。しかし、その一方で障害者権利条約の作成に向けた動きは、もはや逆戻りすることはないということもまた確かです。第3回会合から始まる条約交渉においては、さまざまな特定の論点について、意見の対立が明確になってくるでしょう。意見の対立軸は、途上国対先進国であったり、法体系の違いによるものであったり、論点ごとにさまざまであり得ましょう。
 いずれにしても、意見の対立は、それ自体が問題であるわけではありません。重要なことは、特別委員会の参加国が、障害者の権利保護の促進のために障害者権利条約を作成するという大きな目的に向かって、意見の対立をいかに解決し、乗り越えていくかということです。第2回会合において、参加国政府は、意見の対立の明確化を恐れず、解決を先延ばしにせずに、意見の対立に向き合い、その解決に向けた一歩を踏み出しました。
 わが国政府も、今後、条約草案の起草作業を行う作業部会に向けて、そして、第3回会合に向けて、積極的に貢献していくために真剣に検討を行っていきます。

(くのかずひろ 外務省人権人道課首席事務官)