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ESCAP
「障害者権利条約」推進を
決めるアドホックに「バンコク提案」

高田英一

はじめに

 「障害者の権利及び尊厳を保護及び促進する国際条約に関する専門家会議及びセミナー」(以下専門家会議)が国連アジア太平洋地域経済社会委員会(ESCAP)の主催により、6月1日から6日までタイ・バンコクの国連センターで開催されました。これはESCAPが現在、国連・特別委員会(以下アドホック)で討議が開始されている「障害者権利条約」の内容について、意見を整理し、アドホックに提案するなど積極的なその推進を決定するために開催されたものです。

1 ESCAPの積極的姿勢

 ESCAPはアジア太平洋地域全体における唯一の政府間機関として、「障害者の権利及び尊厳を保護及び促進する国際条約」(以下「障害者権利条約」)採択のために建設的な協議と活動を積極的に推進する姿勢を明確にしました。
 ESCAPは国連経済社会理事会に属する五つの地域委員会の一つですが、「障害者権利条約」を審議するアドホックに対して発言権を持っています。「アドホックで決議権を行使できるのは、政府だけである。アドホックには障害者NGOの発言権は認められているが、地域委員会の発言はより重みをもって考慮される」とESCAPのジェラルド・ヒューイット社会開発部長は会議で発言しました。
 会議の参加は政府代表としてアフガニスタン、バングラデシュ、カンボジア、マレーシア、ネパール、パキスタン、フイリピン、タイ、東チモール(正式国名はチモール・レステ)、ベトナムそれに日本など。障害者NGOは世界ろう連盟(WFD)、世界盲人連合(WBU)、国際リハビリテーション協会(RI)、国際育成会(II)など。専門家はアンドルー・バーンズ博士(オーストラリア国立大学、国際法)など、そして国連専門機関関係者等に区分されます。出席者は130人と発表され、意外と多数ですが、それはESCAPの熱意の表れかもしれません。

2 「バンコク提案」のおおまかな解説

 会議はその最終日に「『障害者の権利及び尊厳の促進及び保護に関する包括的かつ総合的な国際条約』の起草に関するバンコク提案」(以下バンコク提案)を採択しました。その要点をまとめると次のようなものです。
 まず、背景と総合的アプローチとして、既存の人権条約が障害者に関して具体的に機能を発揮できないこと、したがって新しい「障害者人権条約」が障害当事者の直接の参加を得て起草されるべきことなどを述べます。
 次いで条約の内容として、障害者の受ける差別、平等でないことに具体的に対応できること、締結国の義務、モニタリング機関等を明記するべきことを指摘します。さらに差別、障害の定義について詳しく述べ「完全参加へのバリアを減少もしくは撤廃する積極的な行動もしくは特別措置、さらに均等な機会と平等の取り扱いを実現するための支援環境の提供は差別とみなされない」としました。これらは大事なことと思います。政府の義務として条約の遵守を監視し、国内制度に関する条項を整備し、その実施権限をもつ専門部署の設置、啓発・広報を行う義務、障害者組織の支援義務などが列記されました。
 最後に、条約の遵守監視のモニタリング機関は国際(国連レベル)、地域(アジア太平洋など)各国内の各レベルに設けられるべきこと、それは独立機関として、障害当事者の参加を必要とするとしています。
 この提案は「障害者人権条約」に対する提案であって、条約そのものの案ではありませんが、ESCAPは6月に開催されたアドホックでこの提案を読み上げることにしていました。後の情報では、アドホックでこの提案は高く評価されたとのことでした。

3 「障害者人権条約」の前提

 「バンコク提案」は予定される「障害者人権条約」はマルチトラックアプローチ(総合的運用)が必要であるとしています。それは既存の人権条約、「障害者世界行動計画」「障害者の機会均等に関する国連基準規則」「びわこ・ミレニアム・フレームワーク」など、これまでに制定された「完全参加と平等」をめざす諸文書などと総合的に活用すべきことを強調して幅の広さをみせます。他方「バンコク提案」は、文書として十分整理されず、繰り返しや重複する箇所が随所に散見され、さらに残された課題もあります。
 たとえば障害と障害者の区別です。私も後になって気がついたのですが、障害と障害者を区別しないで定義するのは困難と思いました。思いつきですが、たとえば障害者とは身体機能の不具合いまた自然的、社会的、文化的環境に不適応のある人を指し、他方障害とは自然的、社会的、文化的環境の不適応と限定するのがよいと思います。この論理を展開すると「人は身体機能によるだけでなく自然的、社会的、文化的環境によっても障害者となる」と言えるでしょう。
 するとこの論理は「障害とは障害者をして障害者とするだけでなく、万人を障害者にする」と発展させられ、障害の克服は万人の課題となるでしょう。これは事実と思います。
 さらに開発と人権について、その区別と優先順位がよく論議されますが、それは「完全参加と平等」に対応して一体不離の関係があります。つまり完全参加とは社会開発の問題であり、平等とは人権問題です。基本に人権平等があり、それを展開すると完全参加つまり社会開発の問題になります。
 たとえば、チモール・レステ政府代表は「わが国は新しく作られた国なので、障害者の平等、差別禁止を規定した立派な憲法はある。それに基づいて法制度の確立が今後の課題だが、一番困るのはそれを裏付ける財源がないことだ」と訴えました。それは手話を言語と認め、それによるコミュニケーション権を憲法で保障したとしても財源がなければ、標準手話を確定し、手話通訳者を養成、派遣できず、結果として障害者の平等、差別禁止は実現できない、ということです。チモール・レステに限らず発展途上国には、財源つまり国家的貧困の問題がつきまといます。ですから、観念的に人権を保障するだけでは足りない、その財源を保障しなければなりません。その保障を先進国の義務として「障害者人権条約」に書き込めればよいと思いました。それは日本のODAの行く先を変更すれば可能です。「障害者人権条約」はそれを可能とするだけの力がほしいものです。

4 翻訳の問題

 「バンコク提案」のように包括的かつ総合的で複雑な文書を、わずか3日間の討議で整理、まとめようとするのはそもそも至難の業です。そのためESCAP職員など関係者は昼夜兼行の作業を強いられたことと同情にたえません。
 しかし、問題はこれだけでなく、使用される言語は英語という制約もありました。私はろう者であり、英語も堪能でないので、手話・日本語と英語・日本語と二通りの通訳者が必要で、通訳にどうしても時間がかかります。会議進行のあまりの早さにもっと遅く、と議事進行に注文をつけました。議長もそこで初めて気付いたようで、その後の会議進行で留意するようになりました。
 会議終了後、アジアの人たちがこもごもに私にお礼にやってきました。実は自分たちも困っていたのだと。英語は書けば一つでも、発音すれば日本はもとよりベトナム、インド、タイなど国の数だけあるもので、英語がネィティブでない人たちは聴くにも、話すにも不自由していたようです。障害とは人の属性でもあれば、また環境の産物です。ESCAPはまずこの基本的な障害の克服から出発すべきでしょう。

終わりに

 終わりに、この専門家会議のスポンサーからの要請ということで会議の評価に関するアンケート回答を求められました。私はこの会議の意義を高く評価(本当です)するとともに、「AP地域における貧困の克服」に関する意見も回答しました。後で考えてみるとスポンサーは案外日本政府かも、と思いました。

(たかだえいいち 全日本ろうあ連盟常任理事)

【参考資料】

  1. 「障害者の権利及び尊厳を保護及び促進する包括的かつ総合的な国際条約」の起草に関するバンコク提案(翻訳・全日本ろうあ連盟)
  2. 「AP地域における貧困の克服」に関するアンケート高田回答

※いずれも全日本ろうあ連盟ホームページ(http://www.jtd.or.jp)に掲載しています。