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職業リハビリテーション:
個性と能力に向き合うために

関宏之

1 個性・能力を発揮するということ

 わが国の障害者は、身体障害者39万6000人、知的障害者6万9000人、精神障害者5万1000人、合計51万6000人が雇用就労しているとされる(労働省:平成10年度障害者雇用実態調査結果)。一方、表にみるように最近の身体及び知的障害者の就業状況は、総数52万人の41.2%に相当する21万4000人が常用雇用者であり、常用雇用者以外の28万5000人のうち34.4%に相当する9万8000人が自営業者、19.3%に相当する5万5000人が会社・団体の役員などで、全就業者の3割に当たる15万3000人が今回のテーマである〈自分の個性・能力・キャリア〉を発揮して就業し、あるいは自らの思いを活(い)かして起業されていると推測される。

 以前、アメリカで就労している日米の身体障害者の意見交歓会に出席したことがある。そこで、企業に雇用されたきっかけについて話し合われたが、アメリカの障害者は、企業に対して自分の能力や企業貢献についてアピールした結果だと報告した。一方、わが国から参加した障害者は、一流企業に就職できたのは職業安定所の斡旋によるものだと述べて周囲をあわてさせた。お国柄なのだろうが、通常は強烈な個性や能力は求められれない。
 こんな状況に一石を投じようと、1986年より当初は日本IBMの社会貢献活動に支えられながら「東京コロニー」や「太陽の家」の方々と「障害者の情報処理教育と就労を考える―びわ湖会議」協議会を立ち上げ、企業との連携を重視した教育を展開しながら、障害者の個性的な働き方を奨励し、その実現をめざして在宅雇用や授産施設・福祉工場・能力開発施設の運営方針の転換に関する提言や開拓的な活動を行ってきた。しかし、施設サイドの保守性は変わらず、「笛吹けど踊らず」で、1996年にはこの会を解散した。
 職業リハビリテーションのめざすところは、障害者の就業可能性すなわち職業的個性を発見し、それを活かした就業場所を確保することである。しかし、現実には、大企業での安定した就業を権利とし、「雇用率制度と納付金制度」に後押しされた社会正義を楯としてその実現をめざしてきた。また、能力開発施設における職業訓練は、スキル・アップやキャリア・アップの機会を提供したり、個性に応じた就業能力を開発することを目的とするのだろうが、その設置数に極端な地域差があって利用機会も限られ、情報通信を媒体とした在宅就労が語られる今日でも頑として能力開発施設に自力通勤を強い、およそ雇用環境とはかけ離れた訓練科目を堅持し、もう数年前から業務の非意図的遂行などと揶揄されながらも地域の就業支援ネットワークの構築やその中核的な役割を果たすなどという考えはなかった。
 現在、職業訓練のあり方を抜本的に見直そうとする気運がある。そのアプローチにはかつてない信頼感を抱かせる。就業支援にかかる諸機関が、「雇用の流動化」に対応したセーフティーネットとして、また、事業所の雇用ニーズのあるいは地域の社会資源として機能するよう再構築されることを願ってやまない。

身体及び知的障害者就業実態調査の調査結果について

(単位:千人)

就業者計 常用雇用 常用雇用以外   無回答
自営 家族従事者 会社団体役員 臨時雇・日雇 内職 授産施設など 作業所など その他
520
(100.0)
214
(41.2)
285
(54.8)
98
(34.4)
27
(9.5)
55
(19.3)
36
(12.6)
12
(4.2)
13
(4.6)
13
(4.6)
31
(10.9)
21
(4.0)

(厚生労働省:平成15年3月27日)

2 個性的な就業

 さて、〈個性〉を活かして就業している人たちには、プログラマーとして、情報コーディネーターとして、芸術家として、教師として、法律家として、公認会計士・税理士、政治家として、など「一人仕事」に従事する人もあれば経営者や施設経営者だってこの範疇に入るだろうし、ここで紹介されるように、ホームヘルパーやビジネス分野で就労する知的障害者も含まれよう。要するに、就業に関するある種のリスクを自らが引き受けながら、それぞれの個性やキャリア、あるいは思いを活かして働いている人のことである。
 確かに、IT(information technology)による情報通信における電子技術が飛躍的に発展し、「情報通信ネットワーク」が政治・経済・社会・文化の領域の隅々にまで浸透し、情報化社会(information society)と呼ばれる今日的な様相が引き金になろう。情報を有効に利用することによって有利な機会や知識を得るためには、「情報リテラシー(information literacy)」、すなわち情報処理機器の操作性や「情報通信ネットワーク」へのアクセスの利便性、提供される情報の有用性(利用価値)、「情報通信ネットワーク」の利用にかかるルール(社会的な制約)の習熟度などを高める必要はあるが、ますますその可能性が広がるものと予想される。
 しかし、IT以前にも、たくさんの個性的な人に出会った。私が最初に勤務した視覚障害関係の施設は、先進的な思想を掲げた運営がなされたこともあり、随分と個性的な人々が集まった。先天性の視覚障害で、全くの視覚経験のない若者が、噺家になりたいからさまざまなしぐさを教えろと言われて困ったことがある。彼は笑福亭門下に入門して修行を積み、今では「視覚ネタ」も交じえながら結構な噺家として活躍している。
 また、ある時には、音楽大学を卒業した全盲の青年が入所してきた。彼のトランペット奏法は卓越しており、しかし、それでは飯が食えないからとさる放送局の好意でディスクジョッキーをさせてもらっていた。施設では毎年クラシック主体のチャリティーショーを行っており、彼を司会者として起用した。厳格で知られる会場は爆笑爆笑の渦で、著名なバイオリンのソリストやクラシックの演奏家たちを喰ってしまった。会場の責任者や演奏家たちからこっぴどく叱られたことはいうまでもない。
 所定のコースを設定し、そこから企業就職を誘導するという今の立場とは矛盾するが、私どもの施設を通過した強者には事欠かない。鼻で入力するのが一番と言いながら情報処理1級の試験に当然のように合格した重度の脳性マヒの方がいて、在宅での業務に従事しておられる。もう10年も前の話である。また、元暴走族でマフラーの大きな改造車に乗り、茶髪でギンギンのメタル・ルックの脊損のお兄さんが入所してきた。車いすまで暴走族風で、「どうかな!」と思っていたが、彼はめきめきと頭角をあらわし、超一流のプログラマーに変身した。何を思ったか単身でアメリカに出かけてからはさらに拍車がかかり、しばらくは当方のサテライトオフィスで勤務していたが、月給50万円でも安かろうというほどの実力者で独立して会社を興した。また、重度の頸椎損傷がある人が在宅で就業しているが、このような事例もさほどとりたてて話題にするほどの特例ではない。

3 就労の概念を巡って

 このたびの企画の面白さは、〈個性と起業〉を前面に打ち出した点にある。その反対側には、ややもすれば人間としての〈没個性や不可能〉という消極的な同意を示す〈障害者〉という概念や社会通念がある。それを象徴するのがWHO(1980)の「障害分類試案(ICIDH)」であり、「疾病の結果・帰結としての障害・障害者」を強調し、個人還元的であり、また、社会的不利益(handicap)を発生させる社会的要因に言及しておらず、社会的弱者として庇護・まるがかえ・保護の対象としてスティグマ(汚辱感)助長するだけの定義であるということをわれわれはよく知っている。
 心身機能の損傷や変調はだれでも遭遇しうる極めて蓋然(がいぜん)性の高い生活事故であり、また、「老い」による心身機能の衰えは避けることのできない必然である、と考えるのが自然であり、だからこそ個体差としてもまた個体内にもさまざまな変調が存在するという事実に対応できるセーフティーネットをあらかじめ組み込んだ社会を構築することが必要である。
 WHOは、2001年に「国際生活機能分類=障害分類最終版(ICF:International Classification of Functioning, Disability and Health)」を明らかにし、「障害者」から連想される〈disability〉〈handicap〉という表現を、それぞれ〈activities〉〈participation〉に置き換え、環境因子や個人因子といった新たな文脈を加味して人間存在という視点から「ひとの機能」の実相を表すことを提唱している。
 ここにはあらかじめの障害者観や社会通念はない。異質から同質、不連続(類型化・分類・ラベリング)から連続(メインストリーム)、差異化から同化・統合・包摂(include)へのシフトを促し、「障害者」という症候群あるいは弱者集団から、個々の名前をもつ普遍的な人間、すなわち、あたりまえの存在である「個人」に言及すべきことを唱えている。
 この文脈でいえば、それぞれが障害者であるまえに個人であるという単純な結論に到達する。今回のテーマ〈個性・能力・起業〉は、大仰にいえば、このような流れの延長線上にあると考えたい。雇用率や職業訓練といった「雇用のされ方」や「雇用のあり方」にかかることではなく、個人が働き方を選択するということであって、そこには、個人の強い思いと自己責任があり、かつ、それを実現させた環境があったということである。

 自営業などで一人仕事を営み、人並みはずれた個性を発揮して芸術活動に従事し、経営者としてキャリアや手腕を発揮している方々と遭遇することはあるが、その詳細に関しては、1983年に東京都社会福祉協議会が行った「身体障害者の自営の実態」以外に調査報告を知らない。その実態を明らかにして、「一人仕事」への共感や支援のありようを模索することが職業リハビリテーションの明日を展望する目安になるような気がする。

(せきひろゆき 大阪市職業リハビリテーションセンター・大阪市職業指導センター所長、NPO法人大阪障害者雇用支援ネットワーク代表理事)