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ドイツの「改革」

市野川容孝

 残すところ、あと1か月だが、今年の3月末から半年間、ドイツで在外研究をしている。今回は「提言」というよりも「レポート」だが、ドイツの動向を少しお伝えしよう。
 前回(本誌5月号)、「社会的」という理念について書いたが、ドイツ基本法(第20条)の定める「社会的」国家(=福祉国家)は、今、大きな曲がり角にある。
 今年3月にシュレーダー首相の打ち出した「アゲンダ2010」は、とにかく評判が悪い。失業保険の削減、年金支給開始年齢の吊り上げ、各種福祉サービスにおける自己負担の増大などからなる、この福祉「改革」案に対しては、各方面から「社会的なものの解体Sozialabbau!」という非難が向けられている。批判の炎は首相の足元、つまりSPD(ドイツ社会民主党)の内部でもくすぶっていて、6月1日の特別党大会では、この「アゲンダ2010」を党として支持するかどうかが焦点となった。シュレーダー首相は結局、90%の支持を取りつけて、エビアン・サミットに遅刻して向かい、連立のパートナーである「緑の党/90年連合」も、6月15日の党大会で投票の結果(賛成・360、反対・322)、この改革案を支持する姿勢を固めた。
 シュレーダー首相の言い分は、こうだ。「私は社会的国家を解体しようとしているのではない。それを今後も維持していくのに必要な改革を提示しているのである。これまでのような経済成長が望めない以上、また少子高齢化が進んでいる以上、こういう痛みなしに社会的国家は維持できない。万事、これまでどおりで大丈夫と言う輩のほうが、ペテン師である」。
 とはいえ、批判の炎はおさまっていない。「改革」案の中には当然、「医療改革」も含まれている。ドイツ国内の各種障害者団体の連合から始まり(1967年)、現在では、ほぼすべての慢性病患者の団体も包含している「BAGH:Bundesarbeitsgemeinschaft Hilfe fur Behinderten」(加盟者総数、約85万)は、現時点で予想される医療「改革」を、こう批判する。「改革」案が、今後は当事者団体を決定のテーブルに積極的に参加させて、医療改革を進めようとしていることは評価できる。しかし、慢性病患者・障害者に対して、年収の1%が上限とはいえ、医療費を一部自己負担させることは、ノーマライゼーションの理念に反する、と。
 ドイツの「改革」がどうなるか、まだ不確かな部分が大きいけれども、対岸の火事ではないことだけは確かだろう。

(いちのかわやすたか 東京大学教員)