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ほんの森

光成沢美著
『指先で紡(つむ)ぐ愛』
グチもケンカもトキメキも

評者 斉藤龍一郎

 「ノーマライゼーション」愛読者のみなさんは、盲ろう者の東大助教授・福島智さんをご存知だと思います。その福島さんと結婚して10年になる光成さんが、昨年1月、朝日新聞に載った記事をきっかけに本を書きました。
 もちろん福島さんの話がたくさん出てきます。福島さん自身も講演でよく話すという、光成さんがゴミ出しに部屋を出たのを知らずに福島さんがドア・チェーンをかけてしまった事件のてんまつや指点字誕生秘話も、光成さんの目から見ると違ったおもしろさがあります。福島さんが聾学校時代からの友達と真っ暗な部屋の中で指点字を使って話している場面やいつも独り言を言っていることなど、福島さん自身は、多分話題にしないようなエピソードも紹介されています。光成さんの誕生日のお祝いだと言って、高級レストランや料亭でごちそうを食べて満足している福島さんの傍らで、光成さんが、無事に連れて帰らなきゃと気を使っているというエピソードを読むと、だれのための誕生日なのかな、と半分あきれながら笑ってしまいます。光成さんが指点字を打つスピードがケンカの時に速くなる、ケンカの一方の当事者である福島さんが、突然「司会者」に変身してまとめに入る、という話も笑ってしまった後で、だから夫婦でいるんだな、と納得しました。
 この本が書かれるきっかけになった朝日新聞の記事には、金沢大学教育学部助教授であった福島さんが東大先端研に移ると決めた際、光成さんが「私はね、仕方なく東京について行くんだからね!」と声を荒げたというエピソードが紹介されていました。
 夫婦だから一緒に、というだけのことではなく、盲ろう者の夫の指点字通訳そして介助者として側にいなくてはという責任感と、「私には私の人づきあいがあって、やりたいこともある」という気持ちがぶつかった、という光成さんの体験に反応した人たちがいました。夫が盲人になった、肢体不自由になった、そして彼らの身の回りの世話も活動のための介助も私のところへやってきた、という障害者を夫に持った人たちです。グチをこぼし合いたい、と生糸の会というネットワークを作って会合を重ねているそうです。
 それにしても、一通書き上げるのに3日間をかけたこともある点字レターでの文通から始まり、徹底的にことばにすることを迫られるケンカを繰り返してきた光成さんの文章もわかりやすくて面白いですね。

(さいとうりゅういちろう 書店員、障害学研究会)