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障害者の自立生活と介護保険の見直し

尾上浩二

求められる地域生活支援の新しい人的サービス

 今年5月から厚生労働省「障害者(児)の地域生活支援の在り方検討会」が開催されている。1月のホームヘルプ国庫補助金に端を発した騒動を受けて、設置されたものだ。
 これまで複数の当事者委員からは、障害者一人ひとりにあった介助サービス確立の必要性が提起されてきた。聴覚障害者のコミュニケーション支援への公的保障や、ろう重複のニードに対応した社会資源の不足や、知的障害者が地域生活を実現していくのに当たってサービス開発が不可欠で、既存の高齢者向けヘルパー(介護保険ヘルパー)では知的障害者のニードに対応できないこと等の指摘があった。また、世帯単位から個人単位への組み替えや障害者の社会参加を支える介助、パーソナル・アシスタント・サービスに向けた介護概念の見直しが必要であることが、複数の委員からも提起されてきた。
 全身性障害をもつ当事者委員から、次のような総括的提起があった。「私のように重度の障害者が当たり前に地域で生きられるように、生存権を保障してほしい。地域での私の生活というのは、介護保険でいう、ホームヘルプという概念ではない。居宅だけではなく、地域で自立するための支援である。それぞれの障害特性にあった介護者を必要としている。突き詰めて言えば、パーソナル・アシスタント・サービス、個々人に応じたサービスができるアテンダントに変えていくことが必要だ」。
 海外事例のヒアリングで、スウェーデンやイギリスでは、地域での新しい人的サービスとして、パーソナル・アシスタント・サービスやダイレクトペイ等の方式が確立していったこと、それらが重度障害者の地域生活を進めていくうえで非常に重要な役割を果たしてきたことが報告された。
 「パーソナル・アシスタント・サービス」を一つのキーワードにして、既存の地域生活支援の体系の洗い直し・再編と、障害者の地域生活実現の人的サービスを創出するような展開が求められている。

介護保険への吸収・合併か、介護保険の抜本的見直しか

 前述の検討会では、「高齢者介護研究会報告」の説明もあった。今年6月にまとめられた報告書である。今後の介護の在り方として、「3人称(自分には関わりがない)、2人称(身内のため)から、1人称(自分自身)のケアへの転換」という基本視点を提起していた。これまでの介護保険は、家族介護を前提としたものだったが、今後、利用者自身が前面に出てくる。他方、障害者の介助は当事者主体ということを打ち出してきた。そうした1人称のケアへの組み換えという中で、障害者の介助との接点があり得るとの提起であった。ある意味で、介護保険の抜本的な組み替えを想定した提起である。
 ドタバタ劇の中で支援費制度がスタートしたことから、「障害者サービスを安定させるためには、介護保険に組み込むしかない」という意見を聞くことが多くなってきた。
 しかし、この報告では高齢者介護を1人称型に組み換えていくというダイナミックな見直しを提起しており、その抜本的見直しを前提に障害者の介助との関係を探っていこうというものである。その点で、単に財政的理由から現行の介護保険への組み込みを求める意見とは次元が違う。さらに言えば、介護保険導入のきっかけとなった「高齢者介護・自立支援システム研究会報告書」(1994年)で述べられていた「今後は、重度の障害を有する高齢者であっても、例えば、車いすで外出し、好きな買い物ができ、友人に会い、地域社会の一員として様々な活動に参加するなど、自分の生活を楽しむことができるような、自立した生活の実現を積極的に支援することが、介護の基本理念として置かれるべき」という線に沿ったものと言える。
 介護保険との相関関係を考える時に、現行のままの介護保険への組み込み=介護保険への障害者サービスの吸収・併合なのか、それとも1人称型への介護保険の抜本的見直しを図ったうえで、障害者向けの地域サービスを充実させていくための財源の一つとして介護保険をも活用するのかでは、全く異なる議論となってくる。

障害者の自立生活と介護保険見直し~山積された課題

 障害者の地域生活支援についての検討と平行して、社会保障審議会の部会で介護保険の見直しの議論が進められてきている。そうしたこともあり、介護保険との関係をどう考えるかということは避けて通れない状況にある。
 現行の介護保険に関して、障害者の自立生活の視点から見た場合、数々の問題点があり、障害者団体の多くは反対、あるいは慎重の立場を取ってきた。ただ、厳しい財政状況を背景に、「財源確保のため介護保険への組み込み止むなし」という意見に引っ張られて事態が進んでいく可能性がある。繰り返しになるが、それは介護保険への障害者サービスの吸収・併合でしかなく、何としても避けなければならない。
 そうではなく、パーソナル・アシスタント・サービスに象徴される地域生活支援の人的サービスの拡充、創出を基軸に、それを実現するためのシステム、制度がどうあるべきか、その中の財源の一つとして介護保険が位置づくかどうかの検討がなされる必要がある。
 サービス内容については、検討会の議論を紹介したので詳しくは省くが、現行の介護保険のサービス内容は障害者の自立と社会参加という点から見た場合、居宅内に限られ、社会参加、コミュニケーション支援といった部分を欠いている。現行の介護保険に組み込まれた場合には、明らかにサービス内容が限定されることになる。
 また、現行の介護保険のアセスメントはADL自立の考え方に基づくものであり、社会参加やコミュニケーション支援等の面は考慮されていない。そして、障害者の自立生活運動はたとえ重度の障害をもっていても、一人暮らし(家族介護が得られない)であっても、自立生活ができることをめざしてきた。そうでなければ、施設や病院での生活が否応なしに待っているわけだから。ところが、現行の介護保険のサービスメニューは要介護度と家族の介護力の組み合わせに基づいて検討されてきたのだが、要介護度が高く、一人暮らしのパターンについては、そもそも検討すらされなかった。「重度障害者の地域での自立」という自立生活運動の目標と相反する状態にあると言わなければならない。
 利用の仕組みでは、次の点が介護保険と支援費制度では異なっている。1.要介護認定の仕組みか、利用者本人の意向を含めた総合的判断か、2.ケアマネジメントが制度的に組み込まれているか、支援のための手法か、3.自己負担が応益(1割負担)か、応能負担か。
 そして、「財源確保の点から介護保険の活用を」という際に、次のような懸念がある。日本の介護保険は50%が税財源になっていることから、障害者施策分の税財源もそちらに組み込まれてしまう可能性が高いのではないか。そうなると、介護保険の基本メニューを超える部分は、すべて市町村独自負担の上乗せ・横出しサービスとなり、実質的には、そうしたサービスは縮小・解体に向かわないだろうか。
 また、パーソナル・アシスタント・サービス創設ということを基本軸としたうえで、障害者サービスだけ別枠の仕組みを考えたうえで、財源の一部に保険財源を使うということが可能だろうか。スウェーデンでも長時間介護(週20時間程度以上)が必要な障害者は、コムーン(基礎自治体)からではなく、国庫を財源とするようになっていると聞く。地方分権が日本よりはるかに進んでいるスウェーデンでも、人口的には少数である長時間介護が必要な障害者のサービスの財源確保には工夫が必要であり、基礎自治体に委ねると、地方でのパーソナル・アシスタント・サービスの展開が見込めないと判断してのことだろう。
 量的なレベルで介護保険の「標準水準」で対応が不可能な長時間の介護については、別枠(市町村の上乗せ・横出しではなく)の全国から拠出するような形の統一金庫をつくることが可能だろうか。

施設から在宅へのシフトを、ホームヘルプの義務的経費化を

 以上のような課題とともに、「タイミング」の問題もあげられる。
 支援費制度移行に伴いさまざまな問題が出てきているが、措置制度のもとで覆い隠されていた問題が明るみに出たと言える。そうして出てきた問題を、「実際に走りながら考える」ことが、制度改革のためには重要である。ところが、やっと走りだしたばかりのところで、すぐに介護保険に組み込みでは、考える余裕もない。
 また、これまでの検討会での地域生活支援の実例の報告を聴いていると、施設サービスに比べて、地域生活に関するサービスの層の薄さ(当然、量や財源的な裏付けも含めてだが)を実感する。あらためて、施設中心の施策体系のもとで、付け足し的に地域生活支援のサービスが進められてきた歴史を感じずにはおれない。そうした中で、それぞれの地域で試行錯誤を重ねながら先駆的な実践が進められてきた。支援費制度により、ようやく一定の広がりを持った展開の可能性が出てきている。地域生活支援の実践をもとにサービスの形を明確にしていくためには、まだ時間が必要である。
 そして、1人称型への介護保険の見直しは2015年までを見通したものであり、2005年の見直しでどの程度取り入れられるかはまだ分からない。介護保険の抜本的見直しが見通せない状況の中では、介護保険との統合問題には慎重にならざるを得ない。
 もちろん、支援費制度を取り巻く財政状況の中で手をこまねいて見ていてよいわけではない。今、急がなければならないのは、ホームヘルプをはじめとする居宅サービスの義務的経費化ではあろう。施設関係の予算が義務的経費として国の責任が明確であるのに対して、居宅関係の予算は裁量的経費として位置づけられ、国はあくまで自治体に対して補助する形になっている。ホームヘルプは地域生活を支える中心のサービスとして、障害者の生命に関わるものであり、ホームヘルプ予算に伴う人件費が主な使途である。その点で、「義務的経費ではない」とする、合理的根拠はない。
 さらに、介護保険への見直し議論に対して、障害者サイドから選択肢を持って臨む、その前提条件としても、義務的経費化が求められる。仮に居宅生活支援費が義務的経費になれば、介護保険の抜本的見直しが即座には難しい場合、ある程度定型化しやすい施設訓練支援費を先行的に介護保険に組み込み、それで浮いた財源を居宅に充てるといったことも、一つの案として成り立つのではないか。単純に考えて、2700億円の施設訓練支援費がそのまま充てられれば、居宅支援費は一挙に5倍以上となる。だが、居宅生活支援費が裁量的経費のまま、施設訓練支援費だけが介護保険に移行すると、一挙、国庫補助金の打ち切り、一般財源化という事態にもつながりかねない。
 さまざまなことが予想される中で、どんな状況になっても施設から地域生活へのシフトを着実に進めていくために、当面、ホームヘルプ予算の義務的経費化を焦点とした取り組みが必要であろう。

(おのうえこうじ DPI日本会議事務局次長)