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列島縦断ネットワーキング

北海道
障害者のニーズと技術の整合を目指して

シンポジウム
「こんなものが欲しい、福祉情報システム」の開催

渡辺哲也

1 障害者のニーズを伝える

 大学や国の研究所が研究・開発する福祉機器・システムは実用的に使えない、というユーザー側の声をよく聞きます。他方で開発者側は、実用的な機器の開発をめざしているものの、一般に福祉の分野には馴染みが薄く、ユーザーの意見を正確に把握できていない状況です。そこで、開発者が集まる場所で障害者のニーズや夢を直接語っていただき、開発の参考にしてもらおうという趣旨で、「こんなものが欲しい、福祉情報システム」と題したシンポジウムを企画しました。
 シンポジウムは、情報科学技術フォーラムの企画イベントの一環として、9月11日に北海道江別市の札幌学院大学で開かれました。情報科学技術フォーラムは、情報処理学会と電子情報通信学会の共催による国内で最大級の情報技術関連会議で、大学、国立研究所、企業等から多数の開発者が参加します。

2 福祉情報工学研究会

 シンポジウムを企画したのは、電子情報通信学会の福祉情報工学研究会です。この研究会は、高齢者・障害者向けの情報通信技術をテーマとして年間4回から5回の研究発表会を開くほか、今回のような情報アクセシビリティ関連の企画を年に2回実施しています。この研究会とシンポジウムの趣旨は、現研究会委員長の岡本明氏が説明しました。シンポジウムの司会は、研究会を設立した千葉大学の市川熹(あきら)氏です。

3 聴覚障害の立場から

 最初のシンポジストとして、NTT研究所に勤める井上正之氏に講演していただきました。井上氏は、聴覚障害者にとって最も期待やニーズが大きいと考えられる3つのシステムを提案しました。
 1つ目は、ドアのチャイムや各種電子機器のアラーム音、そして警報音などを伝える生活音認識・伝達システムです。このシステムの開発にあたっては、いくつもの音がある中で何が鳴っているかの区別と、聴覚障害者に情報を伝える方法が課題であると指摘されました。
 2つ目は音声認識システムです。近年では音声認識ソフトがパソコン用に販売されたり、テレビニュースの字幕作成支援に使われたりしています。しかし、実際に使ってみると、特定の人がマイクの前ではっきり話さないとうまく認識してくれません。大学の講義や職場の会議などの場で利用するには、(1)雑音があっても、(2)不特定多数の話者に、(3)話題の事前学習なしで対応できる、強力な音声認識システムが望まれます。
 3つ目の要望は、画像伝送システムの性能向上です。高速な情報通信網の普及により画像の通信が実用化されていますが、これを手話映像の伝達に使うと、画面が小さい、画像が粗い、コマ落ちが生じる、などの問題があり実用的ではありません。その解決には、手の動きや顔の表情などを十分伝えられる技術仕様を聴覚障害者の立場から提案し、これに基づいた技術開発が必要なことが述べられました。

4 視覚障害の立場から

 2人目のシンポジストは、筑波技術短期大学の長岡英司氏です。長岡氏はまず、視覚障害がもたらす諸問題を、(1)読み書きに関する問題、(2)外出に関する問題、(3)その他の問題、の3分野に整理しました。次に、個々の問題に対処すべく開発されてきた障害補償機器を分野ごとに紹介するとともに、将来欲しいシステムを述べました。
 視覚障害者の読み書きの支援は、最も成功した福祉情報システムの1分野です。印刷文字を触覚的に読み取らせる「オプタコン」、点字プリンタ、点字ディスプレイ、パソコン画面を音声で伝えるスクリーンリーダなどが写真を添えて紹介されました。この分野で長岡氏は、オプタコンの販売再開のほか、触覚ディスプレイ、騒音の低い点字プリンタ、複数行を表示できる点字ディスプレイなどの実用化を要望しました。
 視覚障害者の外出を支援する機器として、障害物を検知して音や振動で伝える装置が従来から開発されてきましたが、広く普及したものはありません。最近では、位置や環境情報を伝える誘導システムが各種研究されており、その方式の統一性が必要とされました。この目的で欲しいとされたのは、手軽に持ち運びができ、どこででも、さまざまな用途に使えるユニバーサルな情報端末です。
 その他の補償機器として、音声や触覚で情報を伝えるさまざまな機器や用具が紹介されました。ここでは、新しい機器が発売されたり、新しいシステムが導入されたるたびに、以前まで使えていた機能が使えなくなるという問題が指摘されました。

5 重複障害の立場から

 3人目のシンポジストである東京大学の福島智氏には、盲ろう者の立場から講演をいただきました。福島氏は、ご自身の日常生活を紹介しながら、その各場面で欲しいと思うものを述べました。
 まず朝起きるには、振動で時刻を伝える時計が必要です。1回の振動でちゃんと起きるには、あんま機のように強力なものが欲しいという話には会場から笑いが起きました。
 自宅で家族を探すことも、頻繁に起こるニーズのようです。ポケベルのようなもので振動を伝えればと単純に思いますが、存在だけでなく場所情報も伝達するにはインタフェースの工夫が必要です。
 触・振動感覚は、盲ろう者への情報伝達手段というだけでなく、今後はアート、ヒーリング、美的なものへ展開できるのでは、という意見も主張されました。

6 技術者の立場から

 安藤彰男氏は、NHKの字幕放送技術の開発者です。安藤氏は、今の音声認識技術が、音声の理解ではなく、語彙データベースからの統計的判断で実現されていることを説明しました。将来の技術開発で一番重要なのは、入力した音が声か、声でないかの分類だそうです。
 Windows用スクリーンリーダの開発に携わってきた筆者は、スクリーンリーダの利用者数のほか、その開発には障害者本人が携わってきた例が多いことなどを話しました。
 国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所の中山剛氏は、同研究所で開発された要約筆記システムを紹介しました。また、アメリカでユニバーサルデザインという言葉が生まれたが、現在ではその反動が来ており、ユニバーサルデザインでは対応できない人々をorphan technologyで対応しようとしている、という興味深い話を伺いました。

7 参加者からの質問

 シンポジストへは多くの質問が寄せられました。そのうちいくつかを紹介します。
 長岡氏に対する質問の1つは、視覚障害者の外出を支援する機器を紹介しなかったのは、必要がないためか、使える機器がないためか、どちらかというものでした。長岡氏は、歩行において一番有効なのはやはり白杖であり、機器は補助的なものであると回答するとともに、理想とするユニバーサルな端末について再度説明しました。オプタコンの利点を尋ねる質問には、音声化・点字化しづらい画像情報を独力で手早く確認できることと回答しました。
 井上氏は、視覚を使った音楽等のエンターテインメント音のサポートシステムに対して意見を求められました。エンターテインメント音は、欲しい人もいれば、欲しくない人もおり、その前にまず生活音伝達システムが必要であることを強調しました。この生活音伝達や画像伝送のシステムは、現在の技術で実現可能と考えている技術者も多くいましたが、実用的なシステムがまだないことを認識させられました。
 福島氏には、コンピュータ利用時の漢字の入力方法について質問がありました。福島氏は文章をすべて点字で処理しており、漢字を熟語などを使って説明する「詳細読み」を点字ディスプレイで読んで確認しているとのことでした。

8 おわりに

 シンポジウムでは、障害のある講演者・参加者のための情報保障として、手話通訳、要約筆記、点字資料を用意しました。福島氏には指点字通訳者が付きました。この現状からわかるように、機器の利用には限界があり、人的資源と併せた活用を計ることが肝要です。さらに、福祉情報システム開発時には、障害のある当事者が関与することが不可欠であることがまとめられました。
 参加人数は、講演者・通訳者・主催者を含めてピーク時には109名を超え、盛会でした。終了後の意見には、肢体不自由をテーマにこのような会を催してほしいという声もありました。今後も福祉情報工学研究会では、障害者参加型の福祉情報システムの研究開発を進めるため、今回のようなシンポジウムの企画にも傾注したいと考えています。

(わたなべてつや 国立特殊教育総合研究所研究員)

◆福祉情報工学研究会のホームページ
http://www.ieice.org/~wit/