「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年6月号
ユニバーサルデザインの広場
Ud&Ecostyle ―momotaro―
(ユーデコスタイル モモタロー)
坂巻裕一
Ud&Ecostyleについて
Ud&Ecostyle(ユーデコスタイル)とは、「21世紀の社会にとって重要な二つのキーワードであるUd(ユニバーサルデザイン)とEco(エコデザイン)をひとつに融合させ、持続可能な共創社会の実現と、すべての人が利用できる製品や環境づくりをすすめる」という新しいコンセプトを表した言葉で、イトーキの企業理念になっています。
イトーキは、製品・環境づくりにおいて「Ud&Ecostyle」の具現化に取り組み、人と自然にやさしい、共創社会をデザインしています。
イトーキの企業理念
イトーキはユニバーサルデザインを「社会」/「場」/「製品」の三つのレベルで考えます
イトーキではユニバーサルデザインを考えるとき、「社会のUd」「場のUd」「製品のUd」の三つのレベルに分けて考え、それによって、ユニバーサルデザインを整理し、実現の具体的な方向を定めています。
「社会のUd」は、シルバーシートが“決まりを表すステッカー”だけでUd製品になっているというような、「製品や場が特別にUdに配慮されていなくとも、それに関わる人々の行動によっては、製品や場がUdになりえる」という「人々の思いやり」のことです。シルバーシートが、“シルバーシート”のステッカーがなくても全席優先席になることが「社会のUd」のめざすべき方向です。
しかし、「社会のUd」だけでは、それに関わる人々の負担が大きいことが容易に想像できます。そのために、より具体的な「場のUd」と「製品のUd」が必要になってきます。
「場のUd」は、駅のホームから改札までの経路において、エレベーターとエスカレーターと階段がその場で選択できるような空間計画:「連続性と選択肢を考慮した空間の運用計画」のことです。「ある場がUdでその周辺の場がUdではない場合、Udである場自体にアクセスできない」という「連続性」の問題を解決しつつ、人々の多様な状況に対応できるような「選択肢」を計画しておくことで、多くの人が使用できる環境をつくります。
「場のUd」を上手に計画することで、「『社会のUd』だけで場合によっては人々に負担をかけてしまう」ことのないような解決ができるようになるでしょう。
「製品のUd」は、「場のUd」に置かれるモノ自体の「Ud的な性能」のことです。「Ud的な性能」は「人間の多様性に対応すること」と言い換えることができます。人間の身体的側面/感覚的側面/あたま(情報処理)の側面の多様性に対応した工夫を製品に盛り込むことで、製品のUd的な性能を上げていきます。
イトーキのユニバーサルデザインは、まず「製品のUd」を考えることで多様な人間にできる限り対応し、それでできない対応は「場のUd」:連続性と選択肢を考慮した計画で解消し、さらにそれで解消できない問題は「社会のUd」で解決して行こうという解決の方向を示した「ユニバーサルデザイン指向」という考え方をベースにしています。
ユニバーサルデザインは、社会全体が、自立分散的に、ユニバーサルデザインの方向へ向かうことが早道で、社会を構成するひとつの個としてのイトーキの行う活動は、製品と場において、具体的にユニバーサルデザインの価値をつくりだし、また、その活動が、間接的に社会のUdの価値をつくりだすことにも貢献していくことと言えるでしょう。
ユニバーサルデザイン指向
momotaro(モモタロー)は人間を中心に考えられました
今回「製品のUd」の例としてご紹介する事務用デスク―momotaro―は、「高次元・高密度の仕事の振る舞いから生まれたミニマムクリエイティブワークステーション」という位置付けの製品です。従来の事務用デスクのシステムが、建物のモジュール(基準寸法)から割り出された四角い形であったのに対して、momotaroは、文字通り人間を中心において考えられました。momotaroは、デスクシステムの要素と、人間の「身体的な関係性」「感覚的な関係性」「精神的な関係性」の三つを考慮して開発されています。
ミニマムクリエイティブワークステーション momotaro
第一に、momotaroのモジュール、アジャスタビリティ(調整可能性)、余計な力が要らないという三つの工夫は「人間の身体的な関係性」について考えられた結果です。
momotaroの要素は1メートル60センチの円の中に収まり、その中ですべての作業が行えるようになっています。
1m60cmの円の中ですべての作業ができる
そのための形が“桃”を思い起こさせるようなスタイリングで、中心がえぐれた形状のメインテーブルの中心に座ると、テーブルの端まで手が届き、動くアームに取り付けられたオプションと、組み合わせのできるさまざまなサイドテーブルや、別置きのワゴン、キャビネットにより、個々の作業に合わせた執務環境をつくることができます。
テーブルの高さの設定ができる
また、ワーカー個人に合わせられるように、メインテーブルの高さやアッパーキャビネットの高さを、身長の低い方から高い方まで合わせることができます。
アッパーキャビネットの高さの設定ができる
アームの動きや、アッパーキャビネット・別置きのキャビネットの扉の開閉、スクリーンの上下の動きなどは、余計な力が要らない軽さになっています。つまみやグリップ、にぎりにもさまざまな工夫がされており、テーブル下面に掘り込んである凹グリップは、テーブルを回転させたり、自分がオフィスチェアに座ったままテーブルに近づくための便利な機能になっています。
スクリーンの高さの調節ができる
テーブル下面のグリップ
第二に、パソコン作業のときの視覚や触覚に配慮された工夫は「人間の感覚的な関係性」について考えられた結果です。
パソコンのモニターは、作業中に目の健康に影響のない位置に設定できます。キーボードを操作するときに、リスト(前腕)が、接触するテーブルのエッジ部分で負担がかかってしまわないように、さわるとなめらかに感じるゆるやかなカーブになっています。これは、触覚に配慮した工夫です。
テーブルエッジのなめらかな感触
ほかにも、触感に配慮して、ガラスの冷たさを感じさせないような樹脂や、同じくグラスファイバー風のメラミン化粧板を採用しています。
パソコンのモニターの適正な距離
第三に、中が見えるキャビネットは「人間の精神的な関係性」について考えられた結果です。ほんの少し透けていることで、キャビネットを開ける前に中の収納物をイメージできます。透けて見えるスクリーンも、同様の意味合いで、向こう側のワーカーの存在を感じることができます。
収納物をイメージできるキャビネット
その他、あたり前ですが重要な「ロックは赤、ロック解除は緑」という色分けのキャスターロックを採用しています。
コミュニケーションに関わることとして、momotaroの1メートル60センチのモジュールは、隣接する人と人との距離が常に最適な距離に保たれ、仕事上のコミュニケーションが円滑に行える距離になっています。加えて、メインテーブルが円弧運動することによって、さまざまなコミュニケーションモードの設定ができます。
momotaroには、このようなさまざまなUd的な工夫が隠されており、使っていると気がつかないうちに身体になじんでいって、ほかのデスクシステムにはもう戻れないような快適さを持っているのです。
今後の展開
持続可能な共創社会の実現のために、イトーキでは今後も製品や環境づくりにおいて「Ud&Ecostyle」の具現化に取り組み、人と自然にやさしい製品や環境をデザインしていきます。
メモボードの位置の調節ができる
照明の位置の調節ができる
(さかまきゆういち 株式会社イトーキ総合研究所Ud&Eco研究所)