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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年7月号

実践報告

精神障害のある人たちの地域生活を支える仕組みづくり
―麦の郷・岩出地域生活支援センターの取り組み

野中康寛

1 はじめに

麦の郷・岩出地域生活支援センターの母体である社会福祉法人一麦会、麦の郷は、前身の聴覚障害と知的障害を併せもつ重度重複障害者の「たつのこ共同作業所」から27年の歴史があり、形式にとらわれず、障害の種別を越えて支援を行っています。麦の郷の理事である伊藤静美は言います。「誰であっても目の前に困った人がいたら、藁にもすがりたい思いなんや、藁もほらんで、見てるだけやったらあかん、藁でもいいから、ほらなあかん」「ほっとけやん」と行政の支援や制度があるないにかかわらず、さまざまな方々からの支援や協力を受けながら障害児者についての問題に取り組んできました。

麦の郷の名前の由来である「麦」は、「踏まれても、踏まれてもやがて多くの芽が出て成長する」という聖書の言葉からとられ、27年前から考えると今では、地域に根を張り大きく成長した麦の姿があるように思います。その麦の郷のDNAを受け継ぎ、95年に麦の郷・岩出地域生活支援センターを和歌山市内から車で約35分の隣町である那賀郡に新たな地域福祉の拠点として構えました。那賀郡は、6町(2005年に岩出町が町から市へ、残り5町が合併予定)からなり、東西に有吉佐和子が舞台としたことで有名な紀の川が流れ、紀の川をはさみ北と南に地域が分かれ、総人口は約12万人。面積の多くは田畑や果樹園、山林と川ののどかな地域です。95年当時、那賀郡は精神保健福祉の空白地であり、1か所の精神無認可作業所と家族会、民間精神病院だけという地域でした。

2 地域保健師たちの悲鳴

「もう、これ以上私たちだけでは、なんもできへん(なにもできない)」支援センターが開設した当初、保健師さんの1人が悲痛な叫びをあげました。この保健師さんは、昼夜土曜・日曜を問わず、本当に地域の精神保健福祉に熱心にかかわり地域での取り組みを進めていました。しかし、社会資源の少ない中で単一の部署や施設だけでは、障害者を地域で支えることが困難です。地域や保健師さんたちの悲痛な叫びを受け、地域をつなぐネットワークとして支援センター開設と、同時期に那賀郡精神保健福祉業務連絡会(以下業務連)を立ち上げました。業務連は、東京都小平市での業務連絡会をモデルにして始まり、現在では、業務連を基本とする支援センターが事務局を持つ6つのグループとネットワークが構築されています(資料)。

資料

1.那賀郡精神保健福祉業務連絡会(1995年7月)
〈事務局〉支援センター
発足当初は、郡内の精神保健についての学習と郡内に支援センターの役割を伝えることを目的とし、現在は、各関係者の交流・情報交換。郡内のネットワークの中心的役割を果たしています。
2.精神保健福祉ホームヘルパー学習会(2001年9月)
〈事務局〉岩出保健所・支援センター
精神障害者へのホームヘルプ活動についての学習と交流。ホームヘルパーのネットワークづくり。あまり関わりのなかった社協や事業所等との相互理解と連携をすすめます。
3.障害者の日広がれネットワーク(2002年9月)
〈事務局〉きのかわ共同作業所・ひまわり園・支援センター
障害種別、障害程度をこえてすべての人々が豊かな生活ができるようにネットワークを組み、さまざまな相談を受けることができる体制づくりや啓発のための学習会を行います。今までのネットワークをさらに広げるため、今まで関われていなかった団体と連携を行います。
4.那賀郡自立支援ネットワーク(2000年4月)
〈事務局〉岩出保健所・紀の川病院・支援センター
各機関が連携し、資源を使いながら障害者が豊かに地域生活を送れるように支援体制づくりをすすめ、さまざまな関係機関を集めての具体的なケース会議。ケースを通じて保健所の影響力を使い、民間の呼びかけでは参加が困難な機関を呼び、同じ立場でケース会議を行います。
5.那賀郡にグループホームをつくる会(2002年9月)
〈事務局〉支援センター
まず、ひとつグループホームを那賀郡内につくり、那賀郡内6町すべてにグループホームを設立する。モデルとノウハウを伝えグループホームを広げる。
6.那賀郡児童・思春期ネットワーク(2002年11月)
〈事務局〉支援センター
教育・医療・福祉等の関係者が同じ立場での精神保健分野の相互理解、相互協力ができる関係をつくる教育委員や学校関係者との連携がスムーズに行えるようにします。また、教育関係者に対して精神保健の理解を求めます。

※きのかわ共同作業所→知的障害者通所授産施設・療育等支援事業
※ひまわり園→知的障害児通園施設

3 精神障害者支援センターで不登校・ひきこもり支援の取り組み

精神障害をもつ人々の多くは、学生時代に不登校状態を経験しており、不登校やひきこもりという枠の中で、治療が必要な精神障害児者が放置されています。不登校・ひきこもり支援は、精神障害を予防・早期発見し、早期治療に向かい、精神障害の重症化を防ぐための活動として重要な意味を持っています。また、病名や障害名が付かないが、コミュニケーションがとれない、自閉傾向等の社会生活が困難なケースもあり、制度や支援体制の狭間にある彼らにどのような支援ができるのか、どのような場所が必要か、これからの地域の課題です。誤解が生じないように補足しますが、不登校やひきこもりをしている当事者が精神障害になるということではなく、学校や家庭・社会での心理不安を持つ不登校・ひきこもりとは、問題の本質が違うということを記します。

では、不登校とは何かということに少しふれたいと思います。分離不安や学力・友人関係・いじめ等学校への不安が根本にあるもの、家庭での問題が根本にあるもの等のように、不登校は、不登校状態にあるゆえの理由が見え隠れします。もちろん、不登校から生じる二次的な不安を解決しなければなりませんが、極端に言えばその理由が解決すれば、新たな道を発見し、不登校状態を克服してゆきます。この理由があるということに私はこだわりたいと思います。

一方、ひきこもりについては、不登校でみられる理由がないように感じられ、私が思うにあえて言えば、この日本の社会状況の中、社会で生きることに疑問を感じ、ひきこもってしまうそんな気がしてなりません。また、自分の役割の喪失もあげられる点ではないでしょうか。ひとは学童期・思春期・青年期どの時期にしても、群れ(集団)の中で自分の役割を模索します。最小の単位では、家族ですし、その枠が大きくなれば、学校や友人関係そして地域へと大きく枠が広がります。自分自身の役割が喪失すると社会で生きる意味を見失います。もうひとつは、長期化(不登校状態から継続して)することで、最初の段階では理由があったが、次第にその理由が風化され、ひきこもることでの二次的不安要素が大きくなる場合もあります。

生きる役割の再構築が大きなテーマになり、ひきこもる人々への支援として、一番大切なことは、当事者が活動できる場所で、その中で、共同の取り組みをすることでもう一度、自分の役割の重要性、だれ一人として欠けてはならないということを自ら体験することが重要と考えられます。単に寄り合う場所も必要と思いますが、寄り合うだけでなく、仲間と一緒で群れになって何かの目標をもって実行するような質の高い活動が求められます。和歌山では、ひきこもりを支援する共同作業所「エルシティオ」が支援センターとの共同の取り組みで立ち上がりました。

写真1 ハートフルハウス
写真1

上記の写真は、付設の施設として不登校児の居場所『ハートフルハウス』です(写真1)。不登校の子どもたちにとって、安心できる居場所を保障し、さまざまな体験活動を行うことで多くの子どもたちが新しい場所(再登校・高校進学・就職)へ巣立っていきました。また、高校・大学へ進学した不登校経験者が、現在苦しみを抱えている不登校児に対して自分自身の経験を生かしながら、先輩として時には友達として関わりをもってくれています。

4 精神障害者や不登校・社会的ひきこもり青年を地域で支える仕組みづくり

ネットワークを組織するキーポイントとして、すべての組織が同じラインで対等の立場で、そして限りなくフォーマルに近いインフォーマルネットワークを組織することが重要と思います。基本的には、肩書きなしの個人参加が前提ですが実質は一定の強制力と強制性があり、その中で大切にしたいことは、「最初は、金太郎飴でもいい」「その人の立場や関わりの程度や温度差、経験、物理的条件が異なってあたりまえ」「地域には、その地域独自の問題解決の方法や能力がある」「主催者(事務局)は、常に一致点と誘導点を複数体制で検討すること」「ノミニケーション(交流会)を大切に」「講演会等の共同での取り組み」そして、何といっても大切なものは「ひと」ということを第一に考えなければならない。確実に継続したネットワークでは、行政も民間も家族も育て・育てられ、少しずつ地域は変わり豊かになります。

麦の郷はもうすぐ30周年を迎えます。その中で言われていることは、新しい価値の創造です。今までのような、古い価値観ではこの先の福祉は衰退する一方です。麦の郷は常に先を見据えた活動を行い続け、それは何なのかということを最前線で考える施設が支援センターであり、その答えがネットワークシステムにあるように感じられます。社会資源のない地域だから、何もできないということでなく、社会資源がない地域だからこそネットワークの必要性が重視され地域の連携が取れるようになるとも思います。もし、那賀郡が社会資源が充実している地域なら、ネットワーク構築の必要性が軽視され自己完結型の地域マネジメントになりかねません。

地域で豊かに障害者が生きてゆくためには、地域のネットワークが機能し地域の関係者すべてが手を取り合って、「問題の根源」は何かということを考えてゆく、それがネットワークを構築する意味であり、そして、新たな社会資源を生み出していくことが、地域生活支援センターの職務であると私は考えます。

写真2 第54回 精神保健業務連連絡会の様子
写真2

(のなかやすひろ 麦の郷・岩出地域生活支援センター施設長)

◆麦の郷 岩出地域生活支援センター
TEL・FAX 0736―61―0615
http://www.vaw.ne.jp/aso/heartfull/