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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年7月号

障害者権利条約への道

第3回障害者権利条約に関するアドホック委員会に出席して

角茂樹

1 全般

本年5月24日から6月4日までの2週間にわたり、第3回障害者権利条約に関するアドホック委員会がニューヨークの国連本部で開催されました。2002年から始まった第1回と第2回の交渉においては、この権利条約の作成のための手続きについて話し合うことに主眼がおかれましたので、今回の委員会の開催は、条約の具体化に向けいよいよ本格的な交渉が始められたことを意味します。今回の討議においては、政府代表団に加えて障害者関連のNGOの団体がオブザーバーとして全討議を傍聴したのみならず、政府代表の討議に加えてコメントを述べることが許されました。本来、政府間交渉である条約交渉にこのような広範囲でNGOが参加を許されたのは画期的なことでした。また、いくつかの政府代表団の中には、NGOの代表が正式団員として参加を許されていましたが外務省、内閣府(現 総理府本府)、文部科学省からなる日本政府代表団にも東俊裕弁護師がNGOの代表として正式に参加して代表団の団長を務めた私を補佐してくれました。

2 本年1月の作業部会条約案文

今回の討議のたたき台となったのは、本年1月に同じニューヨークの国連本部で開催された作業部会で作成された条約案文でした。この交渉案文の策定は、27か国の政府代表と12のNGO代表並びに南アフリカ国内人権委員会が参加して作りあげたもので、日本も策定作業に参加しました。1月の作業部会の討議と今回の議論を通じて次のことが明らかになってきました。まず障害者の権利擁護促進のためには、今まで作られた人権条約が保障した権利は、すべて障害者も等しく享受することを明らかにすることです。これは、形の上では、これまで作られた人権諸条約は、障害者を含むすべての人に有効なはずですが、実際は障害という制約のために制限的にしか障害者は享受できなかったのではないかとの反省に立ったものです。次にこれまでの人権条約には、言論の自由、参政権の保障といったすぐさま実行をしなくてはならない政治的市民的な権利と、文化的生活、衣食住の確保といった漸進的に確保すべき経済的社会的文化的な権利があるが、そのどちらも含めるべきことについても同意がありました。

さらに、今回の条約では、障害者の差別を禁止するとの規定に加え、障害者が障害のない人々と同等の暮らしができるようにするための積極的な措置も明記すべきことについても同意がありました。このことは、障害者に対しては、障害のない人に比べ特段の配慮が必要とされることを意味します。それから障害者の権利の実現は、おおよそすべての社会分野に関連してくるので、現在ある条約、国内法規との整理が必要であることについても合意がありました。これは、たとえば参政権の保障という政治的市民的権利をとった場合、本来であれば、耳の不自由な人のためには、選挙演説をする人の側で、手話をつけることを義務づける必要があるけれども、実際の問題としては、予算の制約との兼ね合いを考えることは許さねばならないことを意味します。

3 今次議論の具体的内容

それでは、今回行われた議論について具体的に説明致しましょう。

まず障害者の定義をどうするかについての問題があります。障害者を身体的・精神的な機能不完全(インペアメント)を有するものとしてとらえ(これが治癒されない範囲において不可避的に)日常生活または、社会生活において制限を受けるとするいわゆる医学的モデルにおいてとらえるのか、障害者が共存するための社会的な整備が進んでいないために、活動を制約されている者との切り口からアプローチする社会的モデルとしてとらえるのかにつき双方の意見が述べられましたが、今回の討議では、定義の問題は次回に行うとしてより深くは踏み込みませんでした。

条約の一般原則及び加盟国の一般的義務に関しては、障害者に対する差別禁止は、当然のこととして、障害者を特別扱いするのではなく人間の一つの形態として受け入れるべきこと、障害者が人生のすべての活動に参加、謳歌するためのユニバーサル・デザインの必要性についても意見が出ました。

生命に対する権利に関しては、障害者は、生命に関し固有の権利を持つとされるとの意見が出されました。これは、障害を理由に生存権を脅かされてきた障害者の生命の保護を訴えるものと考えられます。このことに関しては、中絶の是非との問題とも絡んで機微な問題でもあるので書き方には、注意すべきと各国も考えています。

法の前の平等に関しては、知的障害者が自己の財産の処分等に関し保護されるべきことにつき議論が行われました。この関連で保護者が立てられる場合、代理人にどこまで権利を与えるかが一つの問題となっています。

精神障害者を強制収容することの是非に関しては、政府が障害者の保護を目的として例外的に強制収容する決定をなしうることについては、ほぼ合意ができましたが、その場合にも、厳格な法手続きに基づくべきこと、その障害者は、不法に強制収容されると感じた場合には、救済のための司法手続きをとれることなどを保障すべきことが述べられました。

この条約に、障害をもつ児童に関し新たな条項を必要とするか否かに関しても議論が行われました。これについては、すでに存在する児童の権利条約で取り扱われているので必要ないとする国と、児童は特に保護されるべき対象であるので何らかの条文が必要であるとする国に分かれ、意見はまとまりませんでした。

教育を受ける権利に関しては、障害者とそうでない人たちとを合同で教育を行うのか、障害者の特殊教育を認めるのか、たとえ認めるとしてもあくまでも特殊教育は、一般教育に統合されるまでの一つの過程とみなすのか、さらに一般教育を受けるか特殊学校教育を受けるかの選択は、本人、またはその保護者が行うのか、それとも教育機関側が行うのかにそれぞれの国の立場に応じて案文が出されました。また、聾唖の方々は、むしろ聾唖の特殊学校を推進していることにも注意が払われました。これまでのところ、特殊学校を全く認めないという議論を展開する国はありませんが、先進国の中でも教育を受けさせることに重点を置くのか、障害者の社会への統合に重きを置くかについて立場の違いがあるので、その書き方にはバランスが必要とされるものと思われます。

雇用に関しては、「合理的配慮」の考え方に関し討議が行われました。合理的配慮とは、障害者が他の人々と同様に仕事ができるようにいわば職場の基礎の部分を改善(車いすの人のためには、特殊の机、エレベーターの設備を行うといった配慮を行うこと)を行うことで、これまで米、英、豪においてこの考え方を取り入れた政策が行われています。他方、この考え方は、これまでの人権関連条約ではなかった考え方であったため、1月の作業部会においてはその意味合いを巡って議論が行われました。今回の交渉においては、合理的配慮という用語自体に関しては、認識が広まり受け入れを表明した国が多くありました。ただこの考え方を一つの指針ととらえるのか、もう少し法的なものと考えるのかについては、今後さらに議論を行っていく必要があると考えられています。

国際協力に関しては、各国の情報及び経験の交換を始め幅広い協力が、先進国と途上国のみならず、途上国間、先進国間においても必要であることについては確認されました。

4 日本の貢献

それでは日本は、どのような貢献を行ったのでしょうか。日本の意見が多くの注目を浴びた例として次のようなものがありました。

まず一般原則に関してバリアフリーの概念を取り入れるべきことを主張しました。また、裁判手続きにおいて障害者は、取り調べ、裁判において障害者のない人以上に保護されないと不利な立場に立たされる可能性があるとして保護の必要性を内容とした案文を提出しましたが、これは、各国、NGOの代表から日本は、障害者のことをよく理解しているとして大変に好評でした。この案文は、代表団の一員であるNGOの東弁護師が、日本政府代表団として発案して政府が取り上げたものでした。合理的配慮に関しては、合理的配慮とこれまで日本が雇用政策でとってきた雇用割り当て制という積極的措置は、意味合いが違うので双方が存在する必要があることを説明しました。国際協力に関しても日本は、障害者援助を二国間援助としてこれまでも積極的に行ってきたことを踏まえ、今後ともさらに充実すべきことを述べたことも前向きの姿勢として評価されました。さらに会議の昼休みを利用して日本のNGOと政府が協力して「合理的配慮」に関するシンポジウムを開催したところ、部屋に入りきれないほどの参加者が押しかけ質の高い議論が展開されたことも特筆して良いと思います。

5 今後の進め方

次の会合は、8月23日から2週間ニューヨークの国連本部で再び行われることとなっています。次回会合からは、今回出された案文を基に各条ごとに案文を整理していくこととなります。今後条約の完成には紆余曲折が予想されますが、私も外務省も大変に燃えていますので、ぜひこの条約の完成をめざして頑張っていきたいと思います。

(すみしげき 政府代表・外務省国際社会協力部参事官)