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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年8月号

列島縦断ネットワーキング

京都 カヌーと100年後に咲く花

吉井了

ライトスタッフの目的

私たち、ライトスタッフは健常者と障害者が共に楽しめる、さまざまなスポーツやイベントを企画・実施している任意団体です。開催プログラムはカヌー、タンデムサイクリング、合気道、寺社巡り、ハイキングなど、会員がその時々に興味のある企画を提案し、提案者が中心となってプログラムを組み立てていますので、幅の広いプログラムが生まれています。その中でも今年で5回目を迎えるカヌーは、ライトスタッフ設立の直接のきっかけとなったプログラムです。

カヌー初級編

今回は「カヌー初級編」と題して、梅雨前の6月19日、本格的なシーズンより少し早めのカヌー体験となりました。この事業は、独立行政法人福祉医療機構(障害者スポーツ支援基金)助成金の交付・後援により行いました。

カヌーは楽しいとは言え、自然相手のスポーツですから、油断は事故につながりかねません。安全面を考慮し、大阪のプロガイド「G―アウトフィッター」さんに全面的に協力してもらい、アクシデントがあったときにも対応できるよう、体制を整えました。

会場は京都府和知町カヌークラブ艇庫前。当日は午後から雨との予報もあり、天気の心配をしていましたが、蓋を開けてみれば、日差しの照りつけるカヌー日和になりました。参加者は視覚障害者3名、健常者がスタッフを含めて11名と、例年より少し人数が少なかったのですが、その分、密度の濃いイベントとなりました。

カヌーを経験したことのある人も、全く経験のない人も、安全面のポイントを押さえることや、ちょっとした工夫で、それぞれがそれぞれに楽しめるのがカヌーのいいところです。最初は水の上にいる感覚や、まっすぐ進まないカヌーの操作にとまどっている人がいましたが、時間が経つにつれ徐々に川と一つになり、水面から見る景色、空の色、川や頭上をまたぐ鉄橋を通る電車の音、トンボや周囲に咲く花などを楽しんでいました。

参加者は朝9時30分に会場に到着。着替え、準備運動を済ませ、ガイドの指示により水上に色とりどりのカヌーが浮かんでいきます。最初は艇庫前の瀞場(水が多く、ゆっくりと流れているところ)でまっすぐに進む練習。とは言え、ゆっくりながらも流れのある場所ですので、最初はまっすぐに進むのは難しく、右に左に、ふらふらと安定しないカヌーに初心者はてこずっていました。ガイドやスタッフからアドバイスの声が飛び交います。健常者への指示は、行くべき方向を示すだけで済みますが、視覚障害者へのアドバイスは、本人から見て前・後・左・右の方向で指示を出さないといけません。そして少し漕げる視覚障害者には、ホイッスルで「ピッピッピッ…」と断続的に音を出して、誘導する方法をとりました。

障害に関係なく楽しめるカヌー

いつまでもクルクル回っている健常者もいれば、すぐにコツを飲み込む視覚障害者もいて、障害の有無にかかわらず、それぞれのレベルで楽しめるスポーツだなと再認識しました。また、今回は都合で参加できなかった下肢障害の会員も「みんなと一緒のスピードで行きたいところに行ける」と、カヌーの楽しさを教えてくれたこともありました。

少し操作に慣れてきたところで上流へ漕ぎ上がっていきます。タンデム(2人乗り)に乗って、「右・左・右・左・…」と前の人と声をそろえて一生懸命に漕いだり、シングル(1人乗り)で少し流れの速いところへ行こうとする人がいたり、はしゃぎながら少し上流の河原に到着しました。

到着する頃にはお腹もちょうど減っています。日よけのタープの下で昼食をとり、昼食後は、各自のんびり休憩したり、付近を探索したり、カヌーに乗ってポンプで水の掛け合いをしたり、それぞれの時間を過ごしました。

ゆっくり休憩をとった後、再びカヌーに乗り、川上の昼食ポイントから川下の出発ポイントに戻ります。下りは川の流れもあって、カヌーはあまり漕がなくてもゆっくり流れていきます。このころには、みんな川岸の花を間近で見たり、トンボと追いかけっこしたり、川を渡る風を感じたりと余裕が出てきました。「もっともっと乗りたいのに…。まだまっすぐ思った通りに進むようになっていないのに…。そう思うと、ぜひまた挑戦したいと思いました。そして、もう一度川と一体になるあの心地良さを体験したいです」とは終了間際の参加者の言葉。名残惜しいのか、いつまでも上陸しようとしない人もいました。

上陸後はシャワーを浴び、着替えてからミーティングです。「楽しかった」「またやってみたい」と、声の挙がる中、「障害者と触れあうのは初めてだったが、一緒に楽しめることをして、今までの見方と変わった(女性・健常者)」「障害者はもっと普段の生活で健常者と触れあい、理解し合うべきと思う。最初は相手もとまどうが、少しの時間で慣れてくれる(男性・視覚障害者)」といった、障害・健常者間の関係について、前向きな意見も出てきました。

「遊び」を通してノーマライゼーションの社会へ

私たちは健常者と障害者が共に歩み寄り、お互いへの偏見をなくし理解し合える社会を作りたいと思い、活動しています。きっかけは何でもいいから、まずはしっかりと人間として向き合うこと。健常者は「障害者だから…」と妙な遠慮をせず、障害者は「してくれて当然」というおごりを持たないこと。これはどちらも差別という名のコインの裏表です。今、障害者の周囲では、ハード面のインフラは整備されてきていますが、人間同士の心のソフト面では、まだまだ互いに差別している状況ではないでしょうか。

今必要とされているのは差別でなく、区別だと私たちは考えています。健常者にもいろいろな人間がいるように、障害者も個人個人でいろいろいる。この当たり前の認識を、当たり前に感じてもらうための手段として「一緒に楽しむ・遊ぶ」プログラムをこれからも続けていきたいと思います。

私たちライトスタッフでは、障害者にも積極的に企画スタッフになっていただきます。やりたいことがあれば、だれでもやりたいことを実現できる環境を作っていき、一つのイベントを作り上げるという、苦しみと楽しみを共有できる「遊び」を通して互いを知り、理解する一助になれば光栄だと思っています。

障害者・健常者が互いに理解し、支え合う社会。そんな社会がいつ来るのか。100年先か、200年先か、それとももっと先か。いつか来るであろう、そんな社会を実現するために、私たちは人々の心に「人間として理解し合う」という種を植えていきたいと思っています。

いつ種が芽吹き、花が咲くのか。咲いたとしてそれはどんな花なのか。私たちの世代が結果を見ることはないかもしれませんが、今からそれが楽しみで仕方ありません。

(よしいりょう ライトスタッフ代表)

●ライトスタッフ事務局
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