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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年1月号

知り隊おしえ隊

演劇を楽しみませんか!

河辺豊子

ここは、都営三田線、千石駅から徒歩1分、三百人劇場。「劇団昴」の観劇日だ。入り口を入るや、左右から係りの方々の明るい声がかけられる。チケットを切ってもらい、場内へ。座席までは、これまた劇場関係者の誘導で最前列に難なく腰を落ち着ける。すると、音声ガイドを聞くための機械が手渡される。ちょっと大き目のポケットラジオほどの機械からは、紐が出ていて、それを首からかける。機械が床に落ちないためのようだ。

「休憩の際にまた参ります。化粧室など何か困ったことがありましたら、おっしゃってください」

と、これから上演される作品の点字パンフレットが手渡され、係りの人が去って行く。

受け取った受信機のスイッチを入れる。イヤホンからは舞台装置やその位置関係、出演者の紹介が聞こえてくる。ナレーターの女性の声を聞きながら、点字パンフレットを指でたどる。

私が演劇とかかわるようになったのは、高校生の時である。当時、「東京労演」の会員になっていて定期的に公演を観ていた。しかし、視覚障害者に対するサービスは特になくて、一緒に行った友達や先生が、公演途中で「いま、○○してるよ」と小声で教えてくれたり、公演が終了して帰りに「○○の時は何があったの?」「○○の時はどうしてたの?」と聞いていたものだった。

その後、社会人となり結婚をして、子育て中は一時期演劇を観ることから離れていたが、遠藤貞男さんを紹介していただいたことがきっかけで、再び演劇を観るようになった。遠藤貞男さんは、視覚障害者も演劇を楽しめることを劇団側に積極的に働きかけてこられた方だ。遠藤さんに「俳優座」を紹介されて会員登録をして定期的に公演を観るようになった。会員には特典があり、一般の前売りよりも早くチケットの販売が行われる。それを利用して最前列を予約する。視覚障害の人は最前列がいい、というのは遠藤さんからのアドバイスだ。最前列の席からは舞台の様子が分かりやすい。

その後、1995年に始まった「劇団昴」の音声ガイドサービスは画期的なものだった。

「劇団昴」では、年間5、6本の音声ガイドつき公演があるだろうか。私はほとんどすべての公演に出かけているのだが、何といっても、毎年12月に上演される、チャールズ・ディケンズ原作の「クリスマス・キャロル」は感動ものである。舞台上の光景は、最前列に座る私には、うれしいことに役者のたてるさまざまな音でイメージすることができる。ジェイコブ・マーレイの引きずる鎖の音、苦しげな息づかい、テーブルにコップを並べる音、逃げ回る足音、目の前で繰り広げられる芝居の流れは、直接私の心を打つ。そして、無音の場面では、音声ガイドの説明がタイミングよく入る。

ほかにも、ジョン・スタインベック原作の「怒りの葡萄」、芥川龍之介の(『偸盗』より)「羅城門」などなど音声ガイドつき公演のどれ一つを取ってみても、すばらしい作品ばかりであった。

もうお分かりだろうが、この「劇団昴」の手がけてきた音声ガイドつき公演は、私たち視覚障害者が全く一人でも観劇できるというシステムなのである。だが、経費の関係か、来年からは縮小せざるを得ない状況にあると聞いた。音声ガイドつき公演を楽しみにしている私にとっては、非常に残念である。

さて、私にはもう一つ楽しみがある。それは、「劇団民藝」の後援会「民藝の仲間」に入会して、定期的に舞台鑑賞をしていることだ。演劇好きな友人たちと連れ立って、いろいろな劇場に足を運ぶ。年間6本、その公演を心待ちにしている私だが、この演劇好きは前述したように高校在学中からのもので、当時は演劇クラブにも所属し、演ずる側に回ったこともあるほどなのだが、50代後半になる今もその演劇好きは続いているのである。

民藝の公演には音声ガイドはないが、それを補う方法が取られている。会員には月刊紙「民藝の仲間」という新聞が毎月郵送されてくるが、それを音声化したものがカセットテープで送られてくるのだ。これは、劇団員の方が朗読し、観劇の前情報として製作してくれるのだが、最近では、ただ記事を読むだけではなく、新人劇団員の声や役どころを紹介するなど、紙面づくりに一工夫加わるようになってきた。また、男性と女性の掛け合いで読み進めるなど趣向を凝らし、読み物的要素をも加味させながら、私たちの耳を楽しませてくれるのだ。

そして、やはり席は最前列。したがって、後ろの席では決して聞き取ることのできない役者の息づかい、衣擦れ、足音などによって、目の前で繰り広げられる情景は、想像できるし、無音の場面や、理解しにくいところは、晴眼者の友人が補足説明をしてくれる。

劇場の受付で渡された100ページを越す点字パンフレット(これは、墨字パンフレットを抜粋せずに、全文を点訳した物である)を読みながら、私は癒しの世界、潤いの時に身を委ねる。

今回は、「劇団昴」と「劇団民藝」のサービスを紹介したが、最近では、新しい劇場でも舞台説明など、視覚障害をもつ人たちに向けた試みをしているところもあると聞いている。

以前は「俳優座」「前進座」「文学座」「青年座」などいろいろな劇団の出し物を鑑賞したものだが、これからもたくさんの演劇に触れたいと思う。好きな時間に見たい演劇を楽しむ。劇場の受付まで行けば、会場関係者が席まで誘導してくれて、なおかつ、休憩時間にはさりげなく声をかけてくれる。そんなシステムが実現することを願っている。友人と連れ立って行くも良し、一人で静かに舞台を鑑賞するも良し、という、健常者が当たり前に行っていることを、私たちもごく自然にできたらなと思うのである。

つい最近、学生時代の演劇部のOBや演劇好きの友人たちと放送劇に挑戦してみた。真に楽しいのだ。のめりこんでしまいそうなのである。

演劇を観ること、演じること、それぞれに楽しもうではありませんか。また一つ、世界が広がること請け合いです!

(かわべとよこ 日本盲人会連合職員)

●劇団昴
TEL 03―3994―5451
FAX 03―3994―5458

●劇団民藝
TEL 044―987―7711
FAX 044―986―0034

「劇団昴」の音声ガイドサービス

劇団昴では、視覚障害者の方にも健常者と一緒にお芝居を楽しんでいただきたい、という思いから1995年の『クリスマス・キャロル』より音声ガイドサービスを開始し、劇団のほとんどの公演で実現してきました。受信機のイヤホンから流れてくるのは、俳優の動作の説明や舞台装置・衣裳の色や形など毎回利用者のご意見を参考に、観劇の妨げにならない適度な情報量を心がけています。ナレーションは、舞台はもちろん海外ドラマや洋画の吹替などで活躍している昴の俳優陣が担当、聞きやすい語り口は大変好評です。

器材の貸し出しは無料、点字・墨字による簡易パンフレット、劇場までの道順も点字で用意しています。しかしながら、このサービスを開始して10年、当たり前のこととして定着しながらも、利用者数という面で伸び悩んでいることは否めません。そこで、経費がかからず劇団が人力でフォローできる対策を日々模索し、最近では一般販売用と同じデータのフロッピーディスクによるパンフレットを作成したり、舞台説明会を試みたり、劇場のある文京区内で介助ボランティアも募集しています。

当劇団では、音声ガイドサービスのほかにも聴覚障害のあるお客様のために字幕スーパーを付ける公演も行っています。いずれも、多くの障害者のお客様のご観劇とご要望があれば、今後もさまざまなサービスを実現していきたいと思います。