「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年5月号
私と補助犬
ペットから介助犬へ
木村佳友
私は今から17年前、オートバイ事故で、頸椎を脱臼骨折し頸髄を損傷、車いすの生活となりました。3年半の入院・リハビリ訓練の後、車いすで生活できるように改築した自宅での生活が始まりました。仕事は、在宅勤務の嘱託社員としてコンピュータープログラミングの仕事をしています。
妻との2人暮らしで、妻が仕事に出かけた後、日中はひとりで仕事をしていますが、思ったように身体が動かず、車いすから転落し、妻が帰宅するまで、何時間も床に転がっていたこともあります。また、手指も動かないためフロッピーを落としただけで仕事が中断するなど大変でした。
そんな頃、心の安らぎを求めて、ラブラドールレトリーバーの子犬(シンシア)を飼い始めました。生後50日でわが家へやってきたシンシアは、なんとも可愛いく、心が安らぎました。しかし、成長するにつれて、いたずらの限りを尽くすようになりました。フロッピィディスクやリモコン、コードレス電話の子機など、私の大事な物をくわえて走ります。取り返そうと車いすで追いかけるのが、犬にはおもしろいようで、家の中を走り回るのです。遊んでほしいと誘っているのだと分かるのはずっと後になってからで、当時の私にはそんな余裕はありませんでした。いたずらをする犬がうっとうしく無視すると、犬のほうは関わりをもちたくてますます悪さをするという、悪循環に陥っていました。到底、心の安らぎどころではありませんでした。
そんな頃、ペット雑誌で介助犬の記事をみつけ、協会へ連絡を取ったところ、「シンシアも、介助犬の訓練を受けるための適性評価を受けてみませんか?」との返事がきました。駄目でもともと、いたずらが少しでもましになればとの思いで適性評価を受けました。
介助犬には、攻撃性がない、大きな音に過剰反応しない、乗り物酔いがないなど生まれ持った性質が必要とされます。また大型犬に多い股関節形成不全等の疾患がないなど、健康であることも欠かせません。
シンシアは、ペットとしてわが家にやってきたため、特別に血統や性格をチェックしたわけではありませんでしたが、適性評価に合格し、介助犬になるための訓練を受けることになりました。
訓練は順調にすすみ、半年後に合同訓練が始まりました。合同訓練とは、障害者がトレーナーから、介助犬との接し方や指示の出し方を学び、介助犬にとってのリーダーになるための訓練です。ところが、トレーナーと妻の指示には嬉々として従うのに、肝心の私の言うことをききません。ペットの頃に私が世話をしていなかったことのしっぺ返しを受けることになったのです。介助犬は関係づくりが重要で、自宅周辺を毎日散歩し、餌も私の号令で食べさせるなど、私もできうる限りの努力をしました。今振り返れば犬と共に暮らすには、当たり前のことなのですが、人任せでは私の介助をしてくれません。
「物を拾ってもらうだけで、こんな苦労をするのは耐えられない、もうやめたい」と何度も思いました。シンシアも私も、互いを認めあうには時間が必要でした。
合同訓練も3週間が経った頃、ようやくシンシアは私の指示に従ってくれるようになりました。たとえ犬であろうと、心が通じる瞬間があることを知りました。相手を思いやる気持ちが大切なのです。シンシアをよく見ることで、今どうしたいのか、どんな気持ちなのかも分かるようになりました。
障害者自身が飼っているペットが、介助犬になれば、信頼関係を築くのが簡単なように思われるかもしれません。しかし、私のように犬が他の家族になついている場合があります。また、健康面や気性面でのブリーディング管理がなされている盲導犬でさえ、誕生した子犬のうち盲導犬になれるのは約3~4割と言われます。
シンシアも老犬となり引退がせまっていますが、私の次の介助犬は、育成団体で選別された犬になる予定です。
私自身の経験から、障害者のペットを介助犬に育成することは、リスクやデメリットも多く、慎重に検討するべきだと実感しています。
(きむらよしとも 日本介助犬使用者の会会長)