「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年5月号
ワールドナウ
イギリスの障害者権利委員会を訪ねて
寺島彰
「障害者の情報バリアフリー」調査研究事業(埼玉県民共済生活協同組合助成)により、EU、イギリスおよびフランスの障害者の情報アクセシビリティーや、情報にかかわる人権擁護に関する制度や組織の実情を調査した(同報告書は、日本障害者リハビリテーション協会で配布している)。その調査において、イギリスの障害者権利委員会(Disability Rights Commission:DRC)を訪問する機会を得たので、それについて紹介する。
DRCは、米国の障害者差別禁止法(Americans with Disability Act:ADA)の雇用機会均等委員会(The Equal Employment Opportunity Commission:EEOC)に相当するもので、イギリスの障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act:DDA)に基づき、障害者差別の撤廃のために、1.法が適切に施行されているか調査すること、2.障害者に法的及び財政的な援助を含む援助を提供すること、3.法律の修正のための提案を行うことなどを目的として設立された機関である。
以下は、訪問における説明と議論の内容をまとめたものである。
背景
1995年に成立したDDAは、成立当初から、障害者団体や障害者運動に携わっている人々の多くにより批判を受けてきた。これらの批判には、いくつかのものがあったが、そのうち最も大きな批判の一つは、DDAにより設置された全国障害審議会(The National Disability Council:NDC)の機能が脆弱であるということであった。すなわち、NDCは、障害者差別撤廃に関して国務大臣に助言する機関にすぎず、EEOCが、ADAに基づき訴訟の係争事項についての申立の調査をしたり、必要に応じて障害者が障害者差別で企業を訴えるなどを支援する任務をもっているのに比較すると、有効性が低いというものである。当時野党であった労働党も、同様の批判をしていた。
ところが、1997年5月1日の総選挙で労働党が圧勝したことで、それまで、野党の立場で批判をしていた労働党は、DDAを施行しつつ修正していくという政策を行った。訪問したDRCは、その修正の一つである。この機関は、NDCに代わるもので、ADAにならって、雇用やアクセスにおいて障害者差別があった場合に、雇用主や事業者と交渉し差別撤廃を求め、それが不調に終わった場合は、裁判に訴えることを支援するという強力な権限をもっている。ただし、本機関は、DDAではなく、別の法律により2000年5月8日に設置された。
DRCの概要
(1)目的
雇用、情報、公共交通、自立生活などの権利擁護
(2)目標
雇用主とサービス提供者に情報提供と啓発を行うことで、一般の人々の障害者の権利に対する無知をなくし、ひいては、障害者のすべての生活の質を改善すること。
特に、雇用主やサービス提供者は、合理的調整(reasonable adjustment)の義務があることを伝えることを重要視している。この概念は、法律に定義もなく理解が難しい。また、社会的資源の有無によっても左右される。
(3)サービス内容
- 電話によるヘルプライン
- ケースワーク支援
- 法的支援(裁判に訴えることを含む)
専門家が権利擁護について相談にあたる。苦情申し立て者が障害者であり、その人が差別されている証拠があることが支援の要件。円満解決の原則で動いているが、そうならない場合は、裁判になる。裁判では、賠償金を要求する。 - 啓発
DDAの意味を説明したパンフレットの作成、学校などでの講演。
(4)予算
職員数200人、2000万ポンドである。イギリスの障害者数1000万人と比べると非常に小さな機関である。雇用・年金省の下部組織にあり予算はそこから来るが、従属しているのではなく、独立している機関である。
(5)事務所
ロンドン、エディンバラ、マンチェスター、エーディフに事務所がある。
(6)対象
雇用・年金省の下部組織にあるからといって雇用のみを強調してはいない。雇用、輸送、保険、サービスへのアクセスなど広範にわたって、対象にしている。
DDA
(1)DDAの障害の定義
「通常の日常活動を遂行する能力に実質的かつ長期に不利な影響を及ぼす身体的または精神的損傷がある(第1条)」場合に障害者とされる。また、過去に障害のあった人にも一部適用されるが、ADAのように、障害があると周囲の人からみなされている人までは対象にはなっていない。
(2)社会モデル
DDA以前は、障害を病気とみなす医学モデルによりとらえられていたが、DDAでは、完全に社会モデルによりとらえられており、社会の側を変更しようとしている。それが、合理的調整の背景である。
法的支援
(1)対象ケース
すべてを裁判ケースに持っていく資金はない。サポートするケースは、次の二つに留意して選択する。
- ケースを取り上げることで法律の不明瞭な点を明確にできるか
- ケースを取り上げることで、多くの障害者に利益があるかどうか
(2)ケース数
年間12万件の相談があり、その半分くらいは相談のみ実施する。さらにその半分くらいは、本当の差別にかかわる相談である。そのうち、裁判を支援するのは、1年に100件くらい。自分で裁判に持ち込むことを助言することもある。
(3)支援の方法
裁判は、本人の名前で行い、DRCは、後方支援する。裁判経費は、DRCが負担する。
委員
(1)定員
法律では、10人以上で、そのうち障害者委員が半分以上であることとされている。委員長は、政府が使命する。実際は、15人の委員がいる。障害者委員の内訳は、ポリオ2人、視覚障害者2人、聴覚障害者1人、知的障害者1人、脊髄損傷2人である。
(2)委員募集
募集は、新聞など一般の媒体を通じて行い、応募者の中から最も適した人を指名していく。5年前に募集したときは、6000人の応募があった。
(3)委員に対する配慮
知的障害者の委員に対しては、会議の1週間前にその委員に会って、わかりやすい言葉で会議の内容を伝える。会議では、サポートワーカーが付く。
(4)任期
5年前に15人から始まった。全員が同時に代わらないように委員の交代は徐々に行う。欠員の場合、公募する。
(5)手当
委員長は常勤だが、委員は無給。ただし、1回の会議で委員手当が146ポンド支給される。年間20日の会議がある。
障害者団体との関係
外部団体との交流は積極的に行っている。障害者団体からの要望を受け、政府に報告書を出すことが役割の一つである。
DDAの現状と将来
(1)現状
2004年10月に大きな変化があり、それまで、DDAの対象になる雇用主は、15人以上の従業員を雇用する雇用主であったが、それ以後、すべての事業主がDDAの対象になり、障害者のための合理的調整の義務を負うことになった。
現在、DDAをさらに強化しようとしており、法案が議会で議論されている。その主な内容には、
- 公的機関は、社会にある障害者差別に対して積極的な行動をとらねばならない。
- すべての公共交通機関はアクセスを保障しなければならない。
- 対象を、HIV、がん、多発性硬化症などに広げる。
- 住宅に関する権利の強化として、賃貸住宅の家賃、期間、アクセスについて家主は、明確に示さなければならないこと、住宅改造に対し家主は、合理的調整をしなければならないことを盛り込んだ。
具体的には、実施基準とサービス基準を明記することとしている。
(2)DDAの将来
現在、人種差別に関する権利委員会と性差別に関する権利委員会および障害者差別に関する権利委員会が独立して存在する。これらの委員会は、2006年に、宗教による差別、年齢による差別、性向(sexorientation)による差別も含めて、平等と人権委員会(Commission for equality and human rights)という一つの委員会になる予定である。この委員会には非常に期待しているが、新しい組織の中で、障害者差別はその対象の一部になってしまうので、そのような中で、一番遅れている障害者の権利を守り発展させていけるかが不安である。
DDAは、大胆な実験である。これによって社会が根本的に変わる可能性がある。これまでは、小さな変化の積み重ねであったが、あまり、効果はなかった。まだ、はじまったばかりで、いろいろやることが多いが、20年、30年後を見据えて取り組んで行きたい。
多くの障害者が社会から締め出されている。障害児に対するサービスも提供する必要がある。1000万人の障害者が顧客になるのだから、この法律を遵守することで経営的な効果もあるという説得をすることが必要である。
(てらしまあきら 浦和大学総合福祉学部)