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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年3月号

会議

国連第7回障害者の権利条約特別委員会報告

崔栄繁

◆概要

去る1月16日から2月3日までの15日間、「障害者の権利及び尊厳の促進と保護のための包括的かつ総合的な国際条約」(以下、条約)第7回特別委員会がニューヨークで開催された。2001年12月にメキシコのイニシアチブにより国連で条約の検討のための特別委員会設置が決議されてからほぼ5年、条約交渉も大詰めを迎えようとしている。

第7回特別委員会は、議長草案の一通りの審議を行った。2004年の1月に開催された作業部会の議論をもとに作業部会草案が作られ、第3回から第6回までの特別委員会ではその審議が行われた。そして、それらの議論を参考にして、ドン・マッケイ特別委員会議長によって新たに作成されたのが議長草案である。

議長草案は、前文と4部から構成されている。第1部は計9条からなる「定義」などの一般規定、第2部は第10条から第30条までの実体規定、第31条から第34条までの第3部は「モニタリング」などの実施措置の規定であり、第4部は署名・批准などの規定がされている。

今回の日本政府代表団長は、新任の鈴木譽理子外務省人権人道課首席事務官が務めた。政府からは他に文部科学省や厚生労働省、またJDF(日本障害フォーラム)の推薦を受けた東俊裕氏(DPI日本会議常任委員・弁護士)が代表団顧問として参加し、JDF構成団体からのべ20人ほどが参加した。

◆審議の主要論点と作業テキスト

審議は第8条から始まり、最終週に前文から第7条までの一般条項の議論を行うという日程が組まれた。紙面の都合上、いくつかの論点に絞って報告する。また、すでに今会期の議論を受けて議長草案を修正した作業テキストが出されており、その内容も参考にしながら報告したい。以下、条項については、特に断りのない限り議長テキストの条項である(作業テキストについては、次のURLを参照。http://www.un.org/esa/socdev/enable/rights/ahc7ann2rep.htm(英語))。

今回の特別委員会での審議では、「パラダイム・シフト」という言葉が政府代表団やNGO団体から盛んに使用された。パラダイム・シフトとは、制度や法律などのもととなっている考え方を根本的に変えていくこと、とでも言えようが、そうした「流れ」が個別条項の審議の中でも感じられた。

1.定義(第2条)

第2条では、まず、差別の定義の中に「合理的配慮の否定」が入るかどうかが重要な争点である。これまでの議論の流れでは、締約国や事業体の負担が大きくなるとして否定的な意見が支配的であったが、今回の議論では多くの国から肯定的な意見が出され、作業テキストに明記された。障害者団体としては大きな一歩である。日本政府は反対の立場であるが、JDFとしては政府に対する働きかけを強める必要がある。また、「直接差別と間接差別」を書き込むかどうかも重要な論点であるが、書き込む必要はないという意見が多かった。コミュニケーションの定義については、作業テキストでは、「平易な(plain)言葉」や「文字表記」などが追加された。これに関しては審議の中で日本政府の貢献があった。

「障害」「障害のある人」についての定義は必要ないという意見が有力であったが、今回は必要性を強く主張する政府がいくつかあり、作業テキストによれば今後検討することになっている。「障害」「障害のある人」の両者を定義するのか、「障害」だけにするのかなどは今後の議論が待たれる。

2.第12条・第17条の問題

法的能力や非自発的治療についての言及がされている第12条と第17条は、特に精神障害者や知的障害者から、多くの批判が寄せられた。後見人や人格代理人、非自発的治療というのは、何らかの行為を遂行する能力を制限することが前提になるからである。これらに関連する議論として、いくつかの政府代表や障害NGOのネットワークであるIDC(国際障害コーカス)からは、権利の制限を前提とした「代理決定(substituted decision making)」ではなく、「支援された決定(supported decision making)」を前提とした制度へのパラダイム・シフトが主張された。

後見人制度や非自発的治療の規定をなくすことに対する反対も根強いが、作業テキストでは、第12条に関しては、議長草案を基本的に維持している案と、後見制度に言及しているパラグラフを削除しセーフガードに言及する新しいパラグラフを追加する対案の二つを掲載している。第17条に関して非自発的治療に言及しているパラグラフ4が削除の対象になった。

3.教育(第24条)―旧来の立場に固執する日本政府―

「教育」については、議長テキストに対して支持を表明する国が圧倒的に多かった。議長草案では、「障害者のあらゆる段階におけるインクルーシブな教育や生涯学習の確保」「障害のある人が障害を根拠として一般教育制度から排除されないこと」「完全なインクルージョンという目標に即した効果的な代替支援措置の確保」といった規定がなされている。インクルーシブな教育環境の中での個別ニーズを尊重するということである。ここでも各国政府代表や議長からの「パラダイム・シフト」という言葉は大きな流れを感じさせた。ところが、日本政府は自国の現状である分離教育を前提にする固執した発言を行い、この発言に対しては名指しで反対されるという事態が起きた。発言の要旨などは、以下のURLを参照(http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/adhoc7/ri20060124.html)。作業テキストにおいては基本的に議長草案の方向性が維持されている。

4.労働(第27条)

ここでは、開かれた労働市場と保護雇用の関係、積極的差別是正措置などが議論となる。ILO(国際労働機関)などからは、保護雇用下にある障害者への権利保護を明記すべきであるという意見が出された。イスラエルなどは一歩踏み込んで、「開かれた労働環境への移行」を訴えていたが、これらの意見は作業テキストには反映されておらず、雇用割り当て制度についても個別の言及はされていない。基本的に議長草案支持ということになる。今後さらに代替雇用から一般就労への流れをつくっていく必要がある。

5.その他―条約のタイトル、障害女性条項など

条約のタイトルに関して、簡潔なものとすべきであるという意見が出された。作業テキストではタイトルが「障害をもつ人の権利に関する国際条約」となっており、この線で調整される可能性が高いのではないかと考えられる。

障害をもつ女性と障害児に関して、作業テキストでは第6条、第7条で個別条項として提案された。第8条や第16条などの関連条項でもジェンダーや子どもへの言及がされている。これは、今委員会で支持が多くあった個別条項と各関連条項での明記を同時に行うというツイントラック・アプローチの考えに沿ったものと考えられる。

第19条の自立生活条項では、independentlyという文言の削除を多くの国が訴えた。independently(自立した)という言葉が、支援を受けないでも一人でできることを想起させるという理由である。これに対して、日本政府はJDFなどの意見を尊重し、文言維持を主張した。

第33条の国内モニタリングについては、「条約を実施するための独立の仕組みを国内で維持する」という文言が新たに作業テキストに加えられた。国内での条約履行において、大きな影響を持つものとなるだろう。

◆今会議の特色と今後の課題・展望

今回はIDCの活躍が大変目に付いた。確証はもちろんないが、各国政府に対する事前のロビーをかなり強力に行ったのではないかと思われる。パラダイム・シフトについて先に述べたが、この流れをつくったのは一つにはIDCの動きがあるのは間違いない。

次回の第8回特別委員会は8月14日から2週間開催される。それまでにJDFとしては、作業テキストの各条文の検討と政府の関連各部署へのさらなる強い働きかけは当然のことながら、IDCとの連携を視野に入れた動きを行う必要があるように思われた。また、マッケイ議長の早期締結に向けた取り組みから、次回の特別委員会が最後となる可能性もなくはない。JDFとして条約締結後をにらんだ動きをつくることが求められよう。

(さいたかのり DPI日本会議)