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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年3月号

ワールド・ナウ

ろう児の教育振興に取り組む「アジアろう者友好基金」

大杉豊

財団法人全日本ろうあ連盟は昨年11月25日から12月3日まで、代表団をミャンマーおよびカンボジアに派遣し、「アジアろう者友好基金」を活用した今後の支援の方策について関係者と協議をしました。

ミャンマーにはろう学校が2校あります。マンダレーに設置されている国立ろう学校は1987年に設立された当時は50余人の生徒数でしたが、現在は通学生140人・寄宿生70人合わせて210人と増えています。24人の教員のうち5人が同ろう学校を卒業したろう者です。一方、私立ろう学校はヤンゴンにあるかなり歴史の古い学校で、367人の生徒が27人(ろう教員2人)の教員から学んでいます。この二つのろう学校を視察したところ、共通課題として財政の厳しさが挙げられました。

両校とも生徒の約半数が寄宿生活ですが、経済的に恵まれない家庭の児童が多く、寄宿費の負担が可能なのは30~35%のみで、残りはろう学校の寄付活動等によって支えられているということでした。また、最近はガソリン代が高騰しており、スクールバスの運行経費がかさむなど負担が大きくなっているとのことです。このような厳しい現状に対する具体的な支援策をアジアろう者友好基金委員会で検討することとなりました。

また、ろう者の就職が困難な状況に対し、日本国内のNGOと協力し合って、ろう学校での縫製訓練やスポーツ活動を支援するために、手話による対応が可能なろう者をシニアボランティアとして派遣する準備が進められています。さらに、国立ろう学校近辺の農場を買い上げて、生徒・卒業生に農業技術の訓練を行う計画も浮上しています。

カンボジアは40年に及ぶ内戦の結果として、ろう教育の施行が遅れており、その結果、標準的な手話の確立や成人ろう団体の設立と発展が妨げられてきたという事情があります。現在、いくつかのNGOがろう教育の支援に入り、ろうの当事者による主体的な活動の支援も始められていますが、ほとんどのろう者が教育環境の未整備のために自国語の読み書きが困難です。

また、職業訓練や就職環境も不十分で失業したままの状況です。現在、肢体障害者を中心とした職業訓練校はいくつかありますので、これら既存施設を活かしてろう者も訓練を受けられるような事業がフィンランド政府と現地NGOによって起こされる見通しが立っています。この場合、地方のろう者が職業訓練施設のあるプノンペンに集まって生活をする必要がありますので、アジアろう者友好基金委員会は、東京のろう者・手話関係者を中心とした募金活動からの寄託金を生活拠点施設設置に活かす方向で検討中です。

このようにミャンマー、カンボジアの両国ともろう教育と職業訓練が必要とされていますが、ろう者の雇用を受け入れる社会基盤作りがもっとも大きな課題であり、その環境整備にはろう者自身による当事者団体の発展が重要な要素となります。

「アジアろう者友好基金」は全日本ろうあ連盟が創立50周年記念事業として1996年に設立した基金で、趣旨に賛同する「友の会」会員の会費および全日本ろうあ連盟、ならびに同加盟団体等の募金活動を通して集まった資金によって運営されています。

「アジア太平洋障害者の十年」は2002年に最終年を迎えましたが、アジア太平洋地域における障害者の「完全参加と平等」の実現にはほど遠く、とくに障害の特性が理解されにくいろう者への施策が遅れています。日本をはじめとした先進諸国のろう運動およびろう者福祉の発展の歴史的な流れを見ると、教育が果たしてきた役割が非常に大きいことがわかります。そのため、「アジアろう者友好基金」では、アジア太平洋地域各国のろう団体等と協力しあって、ろう児の教育振興に焦点をあてた支援を実施しています。

貧困により義務教育を継続することが困難なろう児に対して、学費・教材費・食費などの教育費を援助することによって義務教育等を満期終了させることを目的とする奨学事業ですが、方法を次のとおりに定めているところに特色があります。

(1)当該事業の実施を援助国のろう団体に委託し、全日本ろうあ連盟との協同事業として実施する。

(2)受託団体には、ろう児の教育に直接必要な教育費とは別に、協議のうえ、事業実施に必要な事務経費等の一部を提供する。

(3)受託団体は当該事業を実施し、当該事業が効果的かつ適正に実施されているか随時モニタリングを行う。

本事業が継続して実施されているのはタイとネパールの2か国です。タイには比較的多くのろう学校が設立されていますが、山間地にまだ多くのろう児が教育を受けられず孤立しているとの話がありました。これは日本でも昔にあった話ですが、山間地ではろう学校に関する情報が少なく、仮にあったとしても通学するのに遠いため、教育費が捻出できず、ろう児は学校に行けないまま家で育てられることになります。そこで、「アジアろう者友好基金」は1997年に調査団を派遣し、タイろう協会に山間地の実地調査を依頼しました。その結果、経済的な問題や家庭的な問題により、未就学のろう児が多く孤立している状況の報告を受けました。

その後のタイろう協会の入念な選出作業により、1999年にノンタブリろう学校12人、チェンマイろう学校8人の児童を対象とした奨学事業が開始され、現在は32人に増加しています。委託事業ですので、奨学金はタイろう協会を経由して各ろう学校に渡され、教員が奨学金の管理をすることになります。1年間に一度タイろう協会が各ろう学校を視察して、奨学生の状況について保護者と教職員にヒアリングを行い、評価作業を経て次年度の奨学生選出につなげるといった流れで、タイろう協会への奨学事業委託は継続されています。

2003年にチェンマイろう学校の奨学生プラファン・ホムファン君から友好基金事務局に届けられた手紙を紹介します。

「奨学金ありがとうございます。奨学金を最大限に有効に使うことを約束します。この間先生がスリウォンの書店に連れて行ってくれました。読みたい本が山ほどありましたが、高かったので、2冊だけ買いました。もうすぐ、12年生(高校3年)を終了したら、ラチャスダ大学で勉強を続けたいのですが、父が学費を払えるかどうかはわかりません。私はテレビで日本のニュースを見ます。技術が進んでいて驚かされます。ぜひ、一度日本に行ってみたいです」

ネパールでは、チベット地方など山岳地帯で極寒という気候的条件と、街に下りて診療を受けるまで1日以上かかるような地理的条件から、聴覚障害が多数発生しているようです。ヒマラヤ山脈への登山口として知られるポカラ市に拠点を構えるガンダキろう協会は、ネパールろう難聴者連盟の中でももっともエネルギッシュな活動を展開している支部で、既設のろう学校との教育方針などをめぐる対話が困難なことを理由に、2001年7月にシュリジャーナろう学校を設立しています。ろう者による運営と手話による教育の実践がこのろう学校の特色ですが、山岳地帯から多くのろう児を受け入れるための資金が必要な状況でした。

そこで、「アジアろう者友好基金」は2001年にスクールバス1台をろう学校に寄贈するとともに、その後30人の児童を対象とする奨学事業をガンダキろう協会に委託しています。こういう形での奨学事業は、ろう児に専門教育を受けさせ人間的な自立を支援するほかに、ろう者を主体とする団体が事業運営を行うことで経営的な力をつけ、またろう学校との緊密な関係づくりを通してろう教育の発展に関わりを持つなど、ろう当事者団体のエンパワーメントを支援する目的も含まれているところに大きな意義があります。

奨学金事業を中心とする「アジアろう者友好基金」は、全国のろう者・手話関係者の心温まる募金活動に支えられ、今後もアジア太平洋地域での幅広い取り組みが期待されています。

しかし、わが国のろう者や手話関係者の力だけでは早期的、効果的な支援が困難ですので、取り組みを広げるための方法として、アジア太平洋の諸国の中で、経済的な自立が可能で組織力や指導力に優れたろう当事者団体にパートナーとしての協力をお願いする方向での検討を始めています。このような実績とビジョンを持って、アジア太平洋地域のろう児の教育振興に焦点をあてた支援活動を続ける「アジアろう者友好基金」に、皆さまからもご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。

(おおすぎゆたか 全日本ろうあ連盟本部事務所長)