「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年5月号
障害者スポーツのニューウエーブ
田川豪太
はじめに
いくつかの事例を紹介しながら『障害者スポーツのニューウエーブ』というテーマで特集が組まれることとなった。ここでは個々の事例についてではなく、『障害者スポーツのニューウエーブ』というテーマそのものについて少し考えてみたい。
ニューウエーブということ
ニューウエーブという言葉をWeb(はてなダイアリー)1)で調べたところ、次のように定義されていた。
【あるジャンル、文化において、集団で登場する新潮流の作者、作品を指す】
また、ニューウエーブ(New Wave)を英語の辞書で調べると、
【New Waveとは新しい波、新傾向のこと】
となっており、Trend(トレンド)と近い意味であることが分かった。
スポーツにおけるニューウエーブ
障害者のスポーツに限らず、スポーツには流行がある。トリノオリンピックにおける荒川選手の活躍によって、各地のスケートリンクが連日賑わっている、というようなニュースはこのよい例であろう。ただしこのような流行は一過性の場合もあり、必ずしもニューウエーブとまでいかないことも多い。
普通スポーツの場合には、過去に行われてきた種目が新たな用具の開発やルールの改良などによって、より多くの人の参加を可能にしたり、各種メディアの情報によって不特定多数の人の興味を喚起したり、また荒川選手の例のようにスター選手の活躍などをきっかけとして普及が進み、新しい波としてのニューウエーブが始まるものと思われる。
ニューウエーブとニュースポーツ
ところで、ニュースポーツというジャンルがあるのをご存知であろうか。今回の原稿を書くにあたっては、『ニュースポーツ辞典』2)という書籍を調べた。これは障害者スポーツのニューウエーブというテーマを考察する際、ニュースポーツの研究が参考になると思ったからである。
実際、そこには「どのようにして新しいスポーツが生まれてくるのか」「なぜそのようなスポーツが生まれてきたのか」等々、非常に示唆に富む記述があった。そこで以下では、ニュースポーツについてやや詳しく見ていく。
ニュースポーツ
(1)ニュースポーツとは何か
ニュースポーツとは何か、という点について『ニュースポーツ辞典』の240頁には表1のように示されている。
この記述は、ニュースポーツの成立過程に焦点をあてた定義で、確かにニュースポーツは、表1の1から3のどれかにあてはまる。
表1 ニュースポーツとは
1.国内外を問わず最新の科学技術の成果、新しい発想などによって最近生まれた広義のスポーツ 2.広義の身体文化として国内外を問わずこれまでに存在し、一部の人や国では行われていたものが、見直されたり手直しされたりして最近普及するようになった広義のスポーツ 3.既存のスポーツ、成熟したスポーツを簡易化したり、組み合わせたり、工夫改良したりして多様なニーズに応えられるようにした広義のスポーツ (野々宮:ニュースポーツ辞典2)、P.240、2000) |
(2)ニュースポーツの生まれた背景
さて、ニュースポーツの誕生には20世紀後半の時代的な背景が大きな役割を果たしたようだ。表2に示したとおり、1960年代の欧米諸国は国民の脆弱化傾向に危機意識を持ち、国家としての体力・健康の向上を考え始めた。1966年には、有名な「スポーツ・フォア・オール」のスローガンが提案されるものの、基本的に従来型の競技スポーツを前提としたため、もっと手軽に多くの人が楽しめるようにという機運が高まった。
表2 ニュースポーツを生んだ時代的な背景
年代 | できごと |
---|---|
1960年代 | ●世界大戦後、欧米では自国民の心身の脆弱化傾向を踏まえ、「体力つくり」「健康つくり」が国家的な課題となった |
1966年 | ●ヨーロッパ審議会の下部組織が「スポーツ・フォア・オール(みんなのスポーツ)」のスローガンを提案 |
1970年代 | ●スポーツの大衆化論を受け、手軽に多くの人がスポーツを楽しむべきである、といった機運が高まる |
1980年代 | ●スポーツ=競技(より高い身体的達成性を競うもの)という図式を離れ、ニュースポーツ開発の動きが進む |
1980年代以降 | ●女性、高齢者、障害者の広範なスポーツ参加の拡大と「見るスポーツ」など、スポーツ参加のあり方も変化 |
1980年代に入るとスポーツがイコール競技という図式から開放され、いわゆるニュースポーツの開発が一気に加速し、その対象者も女性・高齢者・障害者と広がりを見せた。
また、それまでの「するスポーツ」一辺倒から、「見るスポーツ」「つくるスポーツ」というように、スポーツ参加のあり方自体も多様に変化して現在に至っている。
(3)ニュースポーツと障害者のスポーツ
野々宮は、【ニュースポーツとは、スポーツを楽しもうとする人に、スポーツの意味や方法、条件などを適合させようとする努力によって、生み出され、形づけられてきたもの】(『ニュースポーツ辞典』、244頁)と述べ、この精神が競技スポーツの「競争原理」に対して「適合原理」と表現できるとしたうえで、障害者スポーツとの共通点を指摘している。
筆者もこの考えに同感で、現在行われている障害者スポーツのほとんどをニュースポーツとして捉えることが可能であると思う。
なぜなら、障害者のスポーツはさまざまな障害に応じてルールや用具を工夫し、まさに対象者へ適合させていく活動だからである。
ちなみに最近は、障害者スポーツをアダプテッドスポーツ(adapt:適応、~に合わせる)と呼ぶことが多くなってきたが(たとえば、日本体育学会では障害者スポーツを主に議論する場をアダプテッドスポーツ専門部会としている)、これも障害者のスポーツが「適合原理」をベースとしていることの証といえよう。
障害者スポーツのニューウエーブ
ニュースポーツが生まれてくる一般的な過程をモデル化すると図1のようになる。障害者のスポーツもおおむね同じような成立過程を示すと思われるが、図で初期から中期にあたる時期がニューウエーブとして位置づけられるのではないだろうか。つまり、新しい活動が小さなエリアで始まり、そのルールや実施方法が整備されることで対象者の幅や実施されるエリアが広がりつつある段階をニューウエーブとして捉えることができるのだ、と思う。
図1 ニュースポーツの成立過程
(拡大図・テキスト)
さて、今回は「ハンドサイクル」「フライングディスク」「車いすカーリング」の3種目が紹介される予定のようだ。以下ではこれらについて極簡単に紹介し、『ニュースポーツ辞典』で試みられている、ニュースポーツの活動分類(表3に概略を示す)を見ることにする。
表3 ニュースポーツの活動分類表
運動特性 | 活動型 |
---|---|
1.時間・距離・成果判定型 | 走・跳・投・泳型 漕・滑・飛行・移動型 |
2.格技・力技系 | 柔道・レスリング型 剣道・フェンシング型 ウェイトリフティング型、ほか |
3.芸術性・正確性・技能判定系 | ジャンプ・飛込み・スカイダイビング型 体操競技・ダンス型、ほか |
4.標的系 | ターゲット型 ボウルズ型 ゴルフ型、ほか |
5.対抗・攻防系 | バレーボール型 バスケットボール型 テニス・バドミントン型 サッカー・ラグビー型 野球・クリケット型、ほか |
6.体操・フィットネス系 | 表現・身体強化型 舞踊・武術型 |
7.調息・瞑想系 | 気功・ヨーガ型、ほか |
8.移動・ツーリング型 | ウォーキング・ジョギング・サイクリング型 キャンプ・ホステリング型、ほか |
9.克服系 | 登山・ダイビング型、ほか |
10.狩猟・調整系 | フィッシング型 乗馬・ロデオ系、ほか |
11.複合系 | 観察・追跡型 総称・他種目型 |
*表はニュースポーツの活動分類の大枠を示すために、ニュースポーツ辞典2)のp.266―267を一部抜粋してまとめたもの
(1)ハンドサイクル
ハンドサイクルは、主に両腕を使って走る自転車である。車いす使用者や高齢者などが利用しやすい構造となっており、ジョギングやウォーキングと同じような効果(気分転換や運動不足解消、持久力の向上など)を期待できる。
なお、『ニュースポーツ辞典』ではハンドサイクルを「移動・ツーリング系のウォーキング・ジョギング・サイクリング型」のニュースポーツとして分類している(300頁)。
(2)フライングディスク
フライングディスクは、全国障害者スポーツ大会の正式種目となっていて、図1に従えばすでに完成期の種目といえる。ただし、今回紹介されるアルティメットは、まだ普及が始まったばかりであり、これから注目されていく種目、ということからニューウエーブとしての位置づけが可能である。
『ニュースポーツ辞典』では、アルティメットを「対抗・攻防系のサッカー・ラグビー型」のニュースポーツとして分類している(282頁)。
(3)車いすカーリング
車いすカーリングは、先のトリノオリンピックのチーム青森の活躍で一躍有名になったカーリングを車いすで行う、というものである。
『ニュースポーツ辞典』には、さすがに車いすカーリングそのものの記載はない。一般のカーリングは「標的系のボウルズ型氷雪域」のニュースポーツとして分類されているが(276頁)、車いすで行うからといって、特にこの分類が変わることはないだろう。
おわりに
『障害者スポーツのニューウエーブ』という特集のイントロダクションとして、障害者スポーツの成り立ちと関連の深いニュースポーツの視点を基に考察した。
ニュースポーツは、障害者スポーツと同様、適合原理に基づいて行われる活動で、ニュースポーツに関する先行研究の成果は、障害者スポーツを考えるうえで大変示唆に富んでいた。
(たがわごうた 障害者スポーツ文化センター横浜ラポール)
引用・参考文献など
1)Hatena::Diary::Keyword:ニューウエーブとは、http://d.hatena.ne.jp/keyword/
2)野々宮徹:ニュースポーツ辞典、2000、遊戯社