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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年5月号

車いすカーリング

藤記拓也

1 「カーリング」と「車いすカーリング」

皆さんは、「カーリング」という競技をご存知でしょうか。氷の上を、的に向かって漬物石のようなものを滑らせ、その前をブラシで掃除しているような、一見ユーモラスに見える競技です。トリノオリンピックで、日本女子代表が大健闘し、日本中にカーリングブームを巻き起こしたのを記憶している方も多いと思います。

そのトリノオリンピックから数週間後、今度はトリノパラリンピックで、オリンピックで使われたのと同じ競技場を使い、パラリンピック版の「車いすカーリング」が行われました。こちらは、日本代表は残念ながら出場できませんでしたが、8か国の代表チームが参加し、決勝でカナダが英国を破って初代の金メダルウィナーに輝きました。

「車いすカーリング」は、カーリングをベースに1990年代にヨーロッパで始められ、2000年からは、毎年世界選手権も開催されています。カーリングをベースにしただけに、競技場、滑らせる石(ストーンと呼ばれています)、基本ルールなどは、カーリングと共通になります。と、言っても、カーリング自体が日本ではまだマイナーなスポーツですから、ちょっと詳しく見てみましょう。

2 車いすカーリングのルール

1チームは車いすのプレーヤー4人で構成されます。必ず男女混合でなければなりません。次に、競技場ですが、行われる場所はシートと呼ばれ、図1のような寸法です。当然ながら氷の上です。このシートのホグラインの手前から、25mほど離れた反対側のハウスと呼ばれる円を目掛けてストーンを滑らせていきます。

図1 シート(競技場)
図1 シート(競技場)拡大図・テキスト

カーリングの場合は、氷の上に固定したゴムのブロックを足で蹴った勢いでストーンを滑らせますが、車いすカーリングの場合は、氷上に車いすを静止させ、腕を伸ばしてストーンを直接つかんで、ストーンを滑らせるか、または、ストーンをつかむ長い棒のような器具(キューなどと呼ばれます)を使って、ストーンを押し出すようにして滑らせます。この時、車いすが動かないように、チームメイトが後ろで車いすを押さえることも許されています。カーリングの場合は、ストーンの前をブラシなどでこすって、ストーンのスピードや曲がる角度を調整しますが、車いすカーリングの場合、ブラシなどでこすることは禁止されています。したがって、ストーンが一度手を離れてしまうと、もう手出しはできません。後は、狙い通りの動きをするように、祈っているしかありません。投げた後の調整ができない分、カーリングよりも車いすカーリングのほうが難しいかもしれません。

4人が1人2回ずつ、相手と交互にストーンを滑らせて、最終的にハウスの中心に近いところにストーンを置いているチームが得点します。これをエンドと呼んで、1試合は、6回このエンドを繰り返して、合計得点の多いチームが勝ちとなります。

3 車いすカーリングの楽しさ

ハウスの中心に近いところにストーンがあるほうが得点できるわけですから、単純に中心に向かって投げるだけの競技と思われるかもしれません。

しかし、ハウスの中心に近いところへストーンを止めればいいというものでもありません(実は、それだけでも結構難しいのですが)。早い段階で中心近くにストーンを置くと、相手にストーンをぶつけられて、ハウスの外へ押し出されてしまうこともあるからです。ですから、普通得点をとるために、まずハウスの手前にストーンを置いて障害物(ガード)とし、その後にストーンを回り込ませて止める(カム・アラウンド、カマーなどと呼びます)方法が採られます(図2)。

図2 ハウスにおけるストーンの戦略
図2 ハウスにおけるストーンの戦略拡大図・テキスト

これを相手との駆け引きの中でやりますから、いつガードを置き、いつ得点となるストーンを置きに行くか、あるいは、相手のストーンをハウスから叩き出すか、もしくは相手の置いてあるストーンを利用してしまうか、などをその時の状況から決めていく、という戦略・戦術的な面白さがあるわけです。カーリングの場合も、この戦略的・戦術的な面白さから、「氷上のチェス」という呼ばれ方をされますが、車いすカーリングの場合は、この戦略面の重要性がさらに増し、頭脳戦の占める割合がより大きくなっていると言ってよいでしょう。

さて、さらりと「回り込ませる」という言葉を使いましたが、ストーンが氷の上を滑るだけで曲がったりするのか、という疑問をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。実は、ストーンを投げる時、わずかにストーンに回転をかけると、ストーンのスピードが落ちるに従って回転をかけた方向に曲がっていきます。ですから、狙ったところにストーンを止めたい場合には、どのくらいの強さで投げればいいか、と同時に、どのくらい曲がってくれるか、を計算して投げる必要があります。

相手と駆け引きをするスポーツといっても、自分が狙ったところにストーンを止められなければ駆け引きになりません。つまり、ストーンを滑らせて、狙ったところに止める技術も必要ということになるわけです。しかも、ストーンを止める場所の精度は、数cmの誤差が勝敗を分ける場合もあります。それが約25m先で数cmですから、手元ではまさに数mm、下手をすれば本当に髪の毛1本分の差が勝敗を分けるともいえます。

さらに、氷の状態がいつも一緒とは限りません。試合会場によっても違いますし、日によっても滑り具合は違います。さらに試合の途中でも、同じところをストーンが何度も滑っていけば、氷の表面が均されて滑りやすくなっていったり、気温が上がっていけば、氷の表面が多少水を含んで滑りやすくなったり、と滑り具合がどんどん変化します。その状態変化を読んで、投げる力や方向を常に修正していく、という「氷を読む力」も大事な要素です。

はたから見ていると、交互にストーンを滑らせているだけのように見えるスポーツですが、その裏では、「氷を読み」、「数mmの技術を競い」、「チームとして相手と戦略を競う」という熱い戦いが繰り広げられているのです。

一方、体力的な面を見てみると、一人当たり1試合で2×6の12回石を滑らせるだけですから、負担はそれ程でもありません。もっとも、1試合はおよそ2時間弱かかりますが、その間ずっと氷の上にいますので、寒さへの耐久力という面、さらに、集中力を保つという面での体力が必要になります。

4 健常者のカーリングチームとのゲーム

車いすカーリングは、カーリングをベースに作られたので、ルール上は共通点が多く、しかも、このように頭脳戦の占める割合が大きいので、健常者のカーリングチームとも試合ができます。スイーピングができないという点がハンディキャップとはなりますが、他には体力的なハンディなどもありませんから、戦術面で上回ることができれば、互角以上の勝負をすることも可能です。残念ながら、健常者のカーリングの公式の大会(地方選手権や日本選手権など)には出場できませんが、オープン大会などでは、健常者のチームに挑む車いすカーリングのチームが出場しています。事実、長野県の信州チェアカーリングチームは、長野県の健常者のカーリングのリーグに入って試合を行っており、今シーズンは2勝を挙げるなど、健闘しています。

5 日本選手権、パラリンピックへの道

4月初旬、長野県の御代田町において、第2回日本車椅子カーリング選手権が行われ、先ほどの信州チェアカーリングチームの他、チーム埼玉、チーム山梨が参加して、3チームが日本一の座を争いました。2日間にわたる熱戦の結果、信州チェアカーリングチームが2連覇を果たし、日本代表の座も獲得しました。健常者のカーリングでもなかなか見られないような、針の穴を通すようなスーパーショットも見られるなど、参加者はもちろん、観戦する側も非常に面白い戦いが繰り広げられていました。

日本代表になると、パシフィック選手権(日本・中国・アメリカなど、環太平洋地域での選手権)の出場権が得られ、そこを勝ち抜くと世界選手権への出場が可能になります。世界選手権で上位に入ってポイントを重ねていくことで、パラリンピックへの出場権が得られます。次の冬季パラリンピックは4年後の2010年、カナダのバンクーバーでの開催です。カナダは、カーリングが盛んな地ですし、トリノで優勝してディフェンディングチャンピオンとして臨むわけですから、並々ならぬ意気込みで参加してくることでしょう。できるなら、パラリンピックの舞台での日本対カナダ戦を、バンクーバーで見たいものです。

6 車いすカーリングを始めるには

では、車いすカーリングを始めるのに必要なことは何でしょう。まず、男女混合の4人のチームを作る必要があります。道具は、ストーンを投げるキューと、指示用のブラシが1本必要になります。キューは、国内での入手が難しいので、海外から通信販売などで購入するのが早道です(1本1万円ぐらい)。ブラシは、国内のショップから通信販売で買うことができます。基本的には道具はこれだけで、あとは氷の上でも寒くない服装をしていけばOKです。

問題は、道具よりも場所になります。カーリングの専用施設は日本でも数か所しかなく、その他に、スケートリンクを借りてカーリングを行っているところを合わせても、日本全国で30か所程度しかカーリングのできる場所はありません。

まずは、インターネットなどでお住まいの地域のカーリング協会を調べて、問い合わせてみましょう。施設の問題(段差やトイレなど)もあるので、受け入れ体制を作ってもらわなければならない場合もあります。道具の入手の相談に乗ってもらえることもありますので、まずは聞いてみましょう。

では、「氷上のチェス」、車いすカーリングを楽しんでください。

(ふじきたくや 横浜市総合リハビリテーションセンター)