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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年9月号

列島縦断ネットワーキング【佐賀】

佐賀大学に生活行動支援の実験室が完成

松尾清美

人間は、だれでも歳をとっていきます。また、長い人生では、事故や病気などで身体が思うように動かないことがあります。ですから、身体に障害をもつことは、他人事ではないのです。また、障害が有ることを「悪いこと」や「もうおしまい」と思ってほしくないのです。万一、身体のどこかが悪くても、うまく付き合っていく方法を探すことが大切です。そうすることで、人生は楽しいものに変えられます。それをお手伝いするのが、佐賀大学医学部の地域医療科学教育研究センターの中に、国立大学では初めて設置された福祉健康科学(社会生活行動支援)部門です。

このセンターでは、患者・高齢者・障害者とその家族をとりまく諸課題に対処し、地域全体の医療サービス・福祉・健康生活の充実をめざす地域包括医療の教育研究を行っています。福祉健康科学部門は、現在の医学では完治させることのできない高齢者・障害者に関する心理的社会的課題と医学的課題の統合を見据えた新しい論理、視点による生活行動支援技術の教育研究を行うことが目的です。

具体的には、医療支援技術と在宅や社会での生活支援の考え方と役割、そして実際の支援や二次障害の予防方法の研究を行っています。また、その支援方法を関係する専門職へ教育する方法やシステムの研究も行っています。もっと簡単に言うと、道具と住環境を個々の生活状況に合わせて整備することで、障害を感じずに、人生を楽しむための研究とも言えます。

この部門におけるチームは、社会学(ソーシャルワーカー)、心理学、そして私の機械工学と人間工学と建築工学を基礎としたリハビリテーション工学という教授陣です。クライアントが相談に来られた場合は、このチームの専門職では不足です。そこで、クライアントの社会生活行動支援を行うため、さまざまな専門の医師や看護師の協力を得ることになります。加えて、佐賀県や佐賀市、伊万里市など周囲の市町村にいる生活行動支援を専門とするケアマネジャーやヘルパー、社会福祉士や介護福祉士、介護保険の広域連合などとも協力して支援の輪を広げ、クライアントの生活を地域で支援するところまで応援しています。

そして、この誌面を通して皆様へお伝えしたいことは、社会生活行動支援において、欠かすことのできない生活動作のシミュレーション設備と動作データや生理学的データを計測したり集積することのできる計測機が組み込まれ完成したということです。

この実験装置の完成で、自宅や施設などで生活する方法を本人や家族と一緒に考え、生活道具や福祉用具を選定し、住宅改修の内容も実際の移乗動作や生活動作を試して決めることができるようになったのです。クライアントの動作の特性や使用する生活道具については、必要なら、本人の動作をモーションキャプチャーという動作分析装置を使って分析することで、本人の動作特性だけでなく、使用する道具の使い方まで指導することができるようになったのです。

また、選定した福祉用具によって住宅改修の方法も異なりますので、住宅内の各部屋の広さや設備機器の配置などもシミュレーション動作ができるように、単位空間別に広さを変えたり、設備機器の位置も変更できるようにしました。これまで1100人ほどの重度障害者(児)や高齢者などの住宅設計を行った後に、実際の生活方法を調査して自立度を向上する方法や介助負担を軽減する方法を調査してきた研究の集積なのです。調査研究と支援研究の積み重ねで、次のことが分かりました。

「障害をもつことが悪いことや悲しいことではなく、障害をもっていることで嘆き悲しんだり、障害が楽しい人生を台無しにしていると考えたり、自分を見失ったりすることが悲しいのです」。また、「実際に、重度の障害があっても、人生を楽しんでいる人々がたくさんいるのです」

そこで、本人や家族へ障害の考え方や人生の中での障害の位置づけ、自立生活へ向けた自信の獲得、生活の概念を改善するための励ましなどとともに、高齢や身体障害のため自立することができないと言われている方々でも、補助器具を使い、それに適した住環境改善を行えば自立生活の可能性が高くなるということを伝達し、社会生活行動支援を進めていきたいと考えています。

また、この研究を通して、地域社会の人の心と物理的環境をバリアフリーにして、後世に残したいと考えています。そのために、人間は歳をとって身体機能が低下していくことや一生の間にはさまざまなことが起こり、それを乗り越えていく心の準備と物理的環境をバリアフリーにする努力が大切であると考えています。たとえ、身体機能が低下して歩けなくなっても、適切な移動補助器具を選択し住宅を改造すれば、トイレやお風呂は自分の家で自立できますし、もし介助が必要な場合でも移乗補助器具やリフトを使えば楽に介助できるのです。このような考え方を地域に根付かせることが研究の最終目標です。

物理的環境は、住宅環境や社会環境そして生活道具や家具、家電製品などですから、住宅や道具を作る建築士や大工さん、デザイナーなどがバリアフリーのことを知り、ユニバーサルデザインの手法を用いて設計すれば、いつかは、すべての障害者(児)や高齢者の方々も含め、生活しやすい環境が整うはずです。そういう期待を持って、地域の企業や工務店、地場産業の皆さんと一緒になって、バリアフリーやユニバーサルデザインのものづくりも続けていきたいと考えています。

(まつおきよみ 佐賀大学医学部地域医療科学教育研究センター福祉健康科学(社会生活行動支援)部門助教授)