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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年10月号

わがまちの障害福祉計画 滋賀県湖南市

湖南市長 谷畑英吾氏に聞く
故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る

聞き手:関宏之
(広島国際大学教授、本誌編集同人)


滋賀県湖南市基礎データ

◆面積:70.49平方キロメートル
◆人口:56,475人(2006年8月31日現在)
◆障害者の状況:(2006年3月31日現在)
身体障害者手帳所持者 1,482人
(知的障害者)療育手帳所持者 326人
精神障害者保健福祉手帳所持者 113人
◆湖南市の概況:
滋賀県の南東部に位置し、大阪、名古屋からも100キロ圏内。市の中心部を国道1号線、JR草津線が走り京阪神への交通の要衝となっている。古くは伊勢参宮街道として、江戸時代は東海道51番目の宿場町石部宿として栄えた。県内最大の工業団地「湖南工業団地」を有し、最近は京阪神へのベッドタウンとして発展。市の木「うつくし松」は国の天然記念物、また市内にある国宝の三寺(常楽寺、長寿寺、善水寺)は湖南三山として共に観光名所。
◆問い合わせ:
湖南市健康福祉部社会福祉課
〒520―3288 湖南市中央1―1
TEL 0748―71―2364 FAX 0748―72―3788

▼石部町と甲西町が合併して平成16年10月に湖南市になりました。初代市長になられた谷畑市長は法律がご専門ですが、福祉に対するお考えをまずお伺いしたいと思います。

私は大学は法学部、県職員時代は企画や行政改革をやっておりまして、福祉は門外漢なんです(笑)。ただこの財政難の時代、少子高齢社会到来のなかで果実の取り合いはやめようと考えてきました。選挙期間中、「市はお金がない、使えるパイは決まっている」ということを説明し、自分の陣地だけを守るようなことはできないと申し上げながら当選させていただきました。お互いが協力し合えるところは協力する、支え合う関係が必要だと訴えたわけです。みんなが納得をしながら進んでいく合意形成が大事だと思っています。

▼市民に受けのいいグッドサウンドの話ではなく、市の実情をきちんと公開して一緒にやっていきましょうという市長を市民の側は受け入れたわけですね。「協働」の姿勢を最初に打ち出されたのは面白いですね。

湖南市は米作りを中心とした農業と工業団地、京阪神へのベッドタウンとしての新しい市民が渾然としています。その全市民の合意を得られる施策が求められます。福祉団体に呼ばれて話をしたときに「皆さんは企業や公共事業が敵と思ってはいませんか」と問題提起しました。今、市が進めている障がいのある人の就労についても企業の協力なくしてはありえません。そこのところを理解して、お互いがいかに助け合っていくかが大切なんだと思います。

▼「滋賀方式」と呼ばれるほど、福祉施策でも独自色を打ち出されている滋賀県です。ここは甲賀福祉圏域として福祉のネットワークを早くから築いておられますね。

そうです、県内7圏域で地域生活支援のネットワークが組まれていますが、この甲賀圏域がモデルになりました。障がい者サービス調整会議などを通じてしっかり機能していますね。「オープンスペースれがーと」や「宅老所」など先駆的な事業も早くから始まっています。

▼信楽寮には、わが国の障害者福祉の起点ともなる数々のルーツやそうそうたるメンバーがそろっておられます。障害のある方を受け入れる土地柄とでもいいましょうか、そういう素地があったのでしょうか。

「障害福祉の父」と言われた糸賀一雄先生をはじめとして田村一二さんなどに影響を受けてこの地で実践されている独創的な方たちが牽引役を果たしていることは確かですね。障がい者が施設を出て街で生きようとしたときに、市民の方は彼らの生き方を見てきましたから、自然に温かく受け入れる「文化」というものが育っていったとも考えられます。

▼こういうユニークな方たちに先導されて共に歩む行政は全国でも珍しいと思いますが、その仕組みはどこにあるのでしょうね。

北岡賢剛さん、牛谷正人さん、溝口弘さんたちの考え方は、まず自らで取り組むという気概があるんですね。すべて行政におんぶに抱っこではないんです。お互いが足りないところを補い合い、支え合う関係でやってきたのです。当事者と事業者、行政がそれぞれの役割をしっかりと捉え、サポートしあう関係を培ってきました。

▼6月に制定された「障がいのある人が地域でいきいきと生活できるための自立支援に関する湖南市条例」についてお伺いしたいと思います。これはとてもユニークで面白いですね。

特に、第4条3項は障がい当事者団体から追加してほしいと言われたものです。第4条1項は議会でも削る削らないでずいぶん論議しました。「さりげなく」という文言は法令用語になじまないとも言われましたが、私自身は市民総参加の糸口になるはずだと思っています。市民の方が義務的に負担を感じながら支援していくのでは、持続可能なシステム、社会にはなっていきません。担当部長はこの条例を福祉六法みたいだ(笑)と評価しています。

▼発達支援システムが市条例できちんと位置づけられたことの意味はありますか。

これまで必ずしも法的に担保されてきませんでした。20年前に「ことばの教室」ができ、平成10年には発達相談に、14年には横断的な個別指導に取り組んできましたが、いずれも要綱行政の枠内でした。支援の必要な人に対し、乳幼児から学齢期、就労期までの縦の連携と教育・福祉・保健・就労・医療の横の連携によって支援を提供する仕組みとして、平成16年に内閣総理大臣から「バリアフリー化推進功労者賞」をいただきましたが、就労支援はまだまだ不十分でした。それも含めて、市は持続可能な制度を構築しなければなりません。財源が無くなったらやめますとはいきませんし、市民も含め市全体で取り組むためには条例が必要なわけです。

障がいのある人が地域でいきいきと生活できるための自立支援に関する湖南市条例より(一部抜粋)

(市の責務)

第3条4項 市は、効果的な障がい者支援施策が市民に対して持続的に提供されるために、他の地方公共団体に情報を提供し施策の普及に努めるとともに、国、県に対して制度化等による財政上の安定化が実現するよう働きかけるものとする。

(市民の責務)

第4条1項 市民は、助け合いの精神に基づき、協力して障がい者が地域でいきいきと暮らせるよう積極的又はさりげなく応援することに努めなければならない。

第4条3項 障がい者並びに障がい者の家族及び保護者は、社会の一員として自立に努めるものとする。

▼持続可能というキーワードはとても大切ですね。同感です。学齢期の発達支援から就労支援まで、どのようにつなげていこうとお考えですか。

早期発見、早期療育のプロセスは整ってきて、特別支援教育もネットワークが機能しはじめ、残るは就労支援になったのです。地域との連携を考えて、工業団地の経営者が集まったところで何とか協力してほしいと頼みました。

▼発達支援システムには子どもの教育もきちんと明示されてうれしいというか、全国ではなかなかこうはならないでしょうね。

全国で同じことをしてもらうように、市の責務として“布教”(笑)を条例に書いたわけです。湖南市の施策が良いと市外からたくさん転入されれば財政的に厳しくなる、ほかの自治体も同じことをやってもらえれば負担は分け合える、そういう発想です。そうしないと負担を避けて先進的な施策は行われなくなってしまいます。

▼地方自治体である「市」がバリアフリー化推進功労者賞を受賞したのは、湖南市が初めてではないかと思いますが、市長さん自らが経営者に頼んでくださるのは、うれしい話ですね。ハードルがずいぶん低くなったと感じる支援者も多かったのではないでしょうか。

すぐに雇用に結びつくほど甘くはありませんが(笑)、そこにつながっていけばいいと考えています。企業と話をして気づいたのは、マッチングが大事なんです。つまり企業側が望む人材、障がい者側の就業できる能力、そういうお互いの情報がこれまで交換されてこなかったんですね。そこで17年に「湖南市障害者就労支援検討会」を設立し、実行組織として雇用推進協議会を設置して、法律で強制的に雇用しなさいと言うのではなく、どういう状況なら人を雇えるのかという点も含めて調査を行いました。

▼大変失礼な質問ですが、たくさんある緊急案件の中で、福祉は市長の中ではどのくらいの位置づけですか。

その時々によって違いますね。今は福祉のことを話していますから福祉が一番ですが、ホットな話題だと新幹線新駅問題とかもありますし(笑)。

▼障害者自立支援法が動き出しました。市長はどう評価、考えておられますか。

自立支援法に限らずですが、現在は割り切って考えるという姿勢が多すぎます。原則は原則としてそれをどう原則を崩さない範囲で運用するのか、というところに知恵が生かされていない。言葉だけで否定されてしまう社会の怖さの一面を感じています。

良い、悪いというだけで社会は成り立ってはいないんです。自分たちの生活をできるだけよくしようという努力は忘れてはなりませんが、もちろん生活の苦しい人たちへの配慮、きちんと支援していくような制度設計で全体のバランスをとっていくことが大事だと思っています。市民のモラルハザードが言われますけれども、言葉は厳しいですが、障がい者だけはモラルハザードがありませんというのは、市民から受け入れられないでしょう。

▼市長はまだ40歳のお若い首長さんです。最後に若い世代、新しい市民に向けたメッセージをお願いします。

お互いが助け合わないと社会は成り立っていきません。自分が自分がという主張だけではなく、相手の思いを聞くこと、姿勢が求められます。そのことを子どもたちに伝えたいですね。自立といっても自分で律することはできても一人では立てませんから。


(インタビューを終えて)

暑い暑いさなかの訪問でした。お約束の時間を大幅に早めに頂いてのインタビューでしたが、福祉関係の担当者が同席されるでもなく、また、込み入った質問にもご自身が資料などをめくりながらお応え頂きました。

この地には、国宝や重要文化財の仏像やお寺があり、その周遊コースを訪れた観光客を市民ボランティアがお世話するのだそうです。障害者福祉への思い入れもこの地ならではの伝統に裏付けられたものでしょう。この地が培った福祉文化を市長ご自身がとうとうとお話になったことにとても共感しました。「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」(温故知新)を実感したインタビューでした。お忙しいさなか、貴重なお時間を頂きました。次回も、ゆっくりとお話をお聞きできる機会があればと思いました。