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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年12月号

養護学校で学んだ者として、今考える

亀山健一

自己紹介

私は1970年生まれ、脳性まひ1種1級の障害をもっています。小学校から高校までの12年間、東京都立小平養護学校で学びました。そして2年間の浪人生活を経験し、日本ルーテル神学大学(現ルーテル学院大学)に進学しました。現在は、社会福祉士の資格を取得して、地元の障害者団体等に所属して活動しています。

養護学校時代を振り返って

当時を振り返り、第一に感じることは放課後の孤立感です。これは下校時、友達同士の住んでいる地域と学校が離れている場合、それぞれのスクールバス・コースの関係で、自由に気の合う友達と一緒に家に帰れなかったことです。今でも、たまに下校時の小中学生同士が仲良く帰っている姿を見かけると、「楽しそうだなあ」とうらやましく思ってしまうことがあります。そして、家に帰ってからも、健常児と接触する機会がないわけですから、近所の同世代の子どもと遊べずに、家の中で過ごしていました。

このような私の体験から考えると、特別支援教育のねらいの一つである『養護学校の地域化』や『普通級との交流教育の推進』が、これらの問題を解決してくれるのではないかと思います。

そして、もう一つ感じることとして、養護学校内だけでは障害をもった児童・生徒の個々のニーズに応えることが難しいということです。これは、私が高校2年の頃、進学することを固く決意した時に感じました。養護学校の授業時間数は、普通高校の時間数よりも全然足りない状況だったのです。たとえば、普通高校であれば毎日1コマは必ず行われる何らかの英語の授業について、養護学校ではよくて1週間に1コマ、いろいろな行事や進路実習で重なってしまった時などは、1か月以上もの間、英語の授業が行われないことがありました。このような状況ですから、普通高校で行う授業の内容を、いわば独学で頭に詰め込んでいかなければ到底進学などできません。私は家で独習し、理解できなかった箇所を放課後、先生に質問した時もありましたが、その質問すらなかなかできない時もありました。

つまり、今にしてわかったことですが、養護学校の先生の業務には、普通学校の先生よりもはるかに多くの業務があるのです。一例を挙げると、生徒一人ひとりのケースの検討や、進路指導でも、生徒が障害をもっている分、先生自らが人一倍、さまざまな事業所や企業に足を運ばなければならないのです。さらにスクールバスでの登下校なので、たった1人や2人のために、放課後の時間を費やせるはずがありません。そして、授業を削ってまでの文化祭や体育祭などの準備についても、仕方のないことだったと思います。

以上のような事情があり、学校側が私のような進学希望のニーズに応えられなかったのですが、今にして思えば理解できます。しかし、当時は理解どころではありませんでした。今だから言えますが、養護学校に対して不信感を持ったこともあり、それはどうしようもないことだったのです。でも、私のニーズも、れっきとした一人の養護学校生徒のニーズに違いありません。

来年度から実施される『特別支援教育』の中にも、普通級との連携が強調されています。私の提起したニーズもこの中に含まれるのかどうかわかりませんが、ぜひ進学を希望する生徒のニーズに応えられる『特別支援教育』の仕組みづくりを願っています。

養護学校の必要性

これまでの内容は、特別支援教育をかなり評価したものとなってしまいましたが、では養護学校をすべて『特別支援学校』に移行してよいのでしょうか。現在、主として考えられている『特別支援学校構想』には、さまざまな障害をもった児童・生徒に対応する、ということがうたわれており、しかも、時には地域の普通学級に在籍する児童・生徒を支援するということも言われています。このこと自体は、より幅広く障害をもった児童・生徒に適切な教育を行うように見受けられますが、それだけ教育そのものが手薄になってしまうことが心配です。

私自身、養護学校ならではの手厚い指導のお陰で、身についた力もあります。具体的には、おぼつかない歩き方の私に、先生が「一人で通学しなさい」と指導された時がありました。それには私の母親も驚いたのですが、後から聞いた話によると、先生がこっそり後ろから、追跡してくれていたそうです。その他、学校生活のあらゆる場面で、たとえできないと思ってしまうことでも時間をかけて、一人でやるように促されてしまうのが養護学校です。この指導は当時の私にもかなり身体的にきつかったのですが、あの時できることを増やしてよかったと今になってつくづく思います。

このような時間の掛かる指導が、果たして今後確保されるのか、疑問に思います。現在の私の身体は、かなり身体の緊張が高まっており、無理はできません。もし私が普通学校に在籍していたら、周りのペースに合わせることが求められ、結果、全部介助員や親にやってもらう羽目となり今よりも自分でできる機能が奪われ、身体の拘縮も一層進んでいたかもしれません。

したがって、今後も現在のような、障害種別による障害児教育も存続させてもらいたいと思います。そして、その時々の障害児のニーズによって、障害児を取り巻く関係者が連携を取り合って、その子の教育を考えていくのが本来の姿だと思います。

(かめやまけんいち 三多摩肢体障害者協議会事務局次長)