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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年12月号

わがまちの障害者計画 愛知県半田市

愛知県半田市長 榊原伊三氏に聞く
活力ある市民パワーと共に新たな「協働」へ

聞き手:原田正樹
(日本福祉大学社会福祉学部助教授)


愛知県半田市基礎データ

◆面積:47.24平方キロメートル
◆人口:119,196人(2006年11月1日現在)
◆障害者の状況(2006年11月1日現在)
身体障害者手帳保有者 3,206人
(知的障害)療育手帳保有者 632人
精神障害者保健福祉手帳保有者 506人
◆半田市の概況:
愛知県南部、知多半島の中央に位置し、名古屋からは電車で35分、開港したばかりの中部国際空港にもバスで30分の近い距離にある。江戸時代から酒、酢、醤油等の醸造産業とそれを運ぶ海運業で栄え、「蔵の街」として運河沿いには古い黒藏が立ち並ぶ。31台の「山車」が集結する5年に1度の「はんだ山車まつり」には約50万人が訪れる。「旧中埜家住宅」「小栗家住宅」など歴史的文化遺産が多く、いずれも観光名所。「ごんきつね」で知られる童話作家・新美南吉のふるさと。
◆問い合わせ:
半田市福祉部福祉課
〒475―8666 半田市東洋町2―1
TEL 0569―21―3111(代) FAX 0569―23―4162

▼まず榊原市長が大切にしている「まちづくり」の理念からお聞かせいただけますか。

私が大切にしているのは、地域の文化を大切にするということ。半田市は知多半島の中核都市として、江戸時代から明治にかけて栄えた文化遺産が多くあります。愛知万博でも注目された半田の山車、特に「亀崎潮干祭り」の山車は国指定重要無形民俗文化財になっています。こうした歴史と文化をしっかりと引き継ぎ、郷土の文化としてさらに高めていくことがまちづくりの柱のひとつです。

そしてもうひとつが市民との協働です。アダプトプログラムといって市民参加で行動し、行政がそれを応援するというプログラムですが、今では7000人もの市民が参加しています。この始まりは海岸をボランティアで清掃活動をしていた市民からの一言です。「自分たちは自分たちのまちをきれいにしたいだけ。ただそれを行政が認めてくれるともっと活動が広がりやすい」と。今ではこの活動はしっかり市民に根付いています。

▼市長が公約にされている「市民との協働」は流行言葉のようです。市民への押しつけにはなりませんか。

それは市民と行政の信頼関係が前提にないとうまくいかないでしょう。行政から市民団体に責任を押しつけない、市民団体は行政に過度に頼らない自立性。そのバランス感覚が求められます。市民の参加は市民にとっての生きがいづくりにもなっています。また市民の活動によって浮いたお金は、さらに効果的に活用していく。そのことがきちんと説明できるようにならなければ、信頼関係はうまれないと思います。

半田市では、個性的で多彩な市民活動が活発に行われています。たとえば、NPO法人の活動では、現在20団体が活動しており、そのうち15団体が福祉系です。県下でもトップクラスの数です。これも半田市の特徴といっていいと思います。半田市のまちづくり、とりわけ、福祉の分野はこの市民のエネルギーが背景になっています。

このことはタテマエで話していても仕方ないと思います。半田市の財政状況は、一般会計で約330億円、特別会計などすべてを入れて18年度が約812億円です。財政力を示す指数は1.01ですから、国の地方交付税はもらっていません。これに対して、地方債残高、すなわち借金は、17年度末で944億円です。つまり1年分の全予算額よりも多い額の借金があるのです。こうしたなかでも、医療費や福祉サービスへの経費を主要とする民生費の伸びは、この5年間だけでも19億円が増えています。この大きな原因は、地方への福祉施策の事務事業移管によるものです。

こうした今の地方財政状況のなかで、自治体行政のみで福祉資源の整備拡大を行っていくことは不可能です。こうした厳しい事実は事実として、市民の皆さんにきちんと伝えていく。そのなかでどういう自治体経営をしていくかが福祉の分野でも必要な視点だと思うのです。

▼確かに理念だけで福祉行政が進むものではないと思います。ただ理念はなければならない。その理念を、どう智恵を出して実現していくかということですね。

その通りです。お金がないからできないでは市としての責任を果たすことはできません。何が本当に必要なことなのかを市民の皆さんと一緒に考えていく。必要なことについては優先的に予算を使う。少し我慢できたり、今までとは違う方法でできるのであれば、それを工夫してみる。そういう取り組みこそが協働です。

半田市は、これまでに小学校の空き教室を福祉団体の活動拠点に開放したり、市有地をNPO法人に無償貸与したり、できるだけ市民の提案やパワーを施策に取り入れてきました。そのときに大事なのは、市民に行政が信頼してもらうと同様に、行政も信頼できる市民のパートナーを見つけていくことです。そのためにはお互いにできないことはできないと率直に語りあい、それぞれが恣意的にならないように、透明性を確保したオープンな議論を重ねていくことです。やがてそれは行政と福祉団体とが、福祉事業に限らず一緒にまちづくりをしていくことになります。このまちづくりを通して、さらに信頼関係を蓄積していく。この繰り返しではないでしょうか。

▼市長のまちづくりの理念はよくわかりました。さて、榊原市長は障害のある人たちとどんなかかわりをお持ちですか。

私がいつも忘れてはならないと思っているのは、市長に就任したばかりのころ、ある市民の方から「市長は市長を辞めることはできても、私たちは、障害者やその家族であることをやめることはできない」と言われたことです。その思いの深さがどこまで私に理解できているかわかりませんが、そのことを決して忘れてはならないと思ってきました。実は私の親戚にも障害のある方がいて、子どもの頃からいろいろなつきあいがありました。

そんな経験から思うのは、「障害者のために」という視点からものを考えるのは、いささか古いのではないかと思うのです。先ほどお話したことにも重なりますが、障害者のために行政が何か施策を講じるのではなく、障害のある市民とともにまちづくりをしていく。そのために行政は何をしていくかを考える段階にあるのではないかと思うのです。半田のまちのなかでは、昔と比べると大勢の障害のある人たちを見かけるようになりました。まだまだ十分ではありませんが、彼らがどんどんまちの中に出ることで、気がつくこともたくさんあります。そのことをみんなで解決していくことが大事なのではないでしょうか。

▼「福祉でまちづくり」をめざして、半田市はどんな障害者福祉の施策を展開しているのでしょうか。

行政として必要な施策はきちんと講じていきます。今回の障害者自立支援法の地域生活支援事業でも半田市は独自施策として、所得区分によって段階的な利用者負担率を設定しました。低所得世帯に対しての対応です。また利用者負担額の上限額を、地域生活支援事業として行うサービスの利用負担と合算して適用することにしました。あるいは障害児施設については原則1割の利用者負担額を、これまでの措置制度による負担額を超える額については助成をします。他に精神障害者通院医療費の本人負担額の全額市費負担です。これらは決してバラマキ的な発想ではなく、実際のニーズや数値に基づいて、今の半田市に必要な施策であると総合的に判断した結果です。こうした支援は、行政がきちんと優先順位を考えながら市民の合意を得ながら行っていきます。

また現在、策定中の障害福祉計画もユニークな取り組みの一つかもしれません。半田市にある社会福祉法人「むそう」(戸枝陽基理事長)との縁で、NPO法人全国地域生活支援ネットワークに計画策定を委託することができました。今回の障害者自立支援法は具体的なことが見えずに、なかなか情報も入ってこない。そこで全国的に先進事業を展開している方々に策定委員をお願いし、最新情報とさまざまな智恵を提供していただいています。それらをもとに半田市の実態をアンケートやヒアリングでしっかりつかみ、地元では今後、地域自立支援協議会の準備組織になる障害福祉計画懇話会を開催して多くの意見を取り入れながら策定をしていく予定です。

▼半田市の理想的な取り組みを聞かせていただきましたが、最後に、これからの課題についてもぜひ教えてください。

決して理想的なまちづくりが進んでいるわけではありません。まだまだ課題のほうが多いのが現実です。私がこれからの大きな課題だと思っていることの一つは、市民の皆さんの意識、こころのバリアフリーです。行政の施策や関係者による支援は、これは仕事としてきちんとしていかなければなりません。ところが市民の意識は簡単には変わりません。

ノーマライゼーションといっても、総論賛成・各論反対といった現実が、半田の中ではまだまだ見受けられます。子どものときからの福祉教育も必要でしょうし、私たち大人の意識も変えていかなければならない。これは難しいことです。幸い、市内には原田先生のいる日福大もあり、障害のある学生もたくさんいます。人的資源も豊富です。日常生活の中で障害のある市民と交流できる機会をつくったり、障害のある市民がもっと社会参加できる機会を増やしていくことなど、いろいろなことに取り組んでいかなければいけないと思っています。


(インタビューを終えて)

榊原市長は、若い頃はヨットマンとして世界一周をした経験をお持ちの方。その行動力や決断力は自治体経営にも発揮されているのであろう。福祉だけを見るのではなく、財政問題も含めた今日的な行政課題をしっかりと見つめ、一方で障害のある市民の声にしっかりと耳を傾けている。そのなかで必要な施策については、スピード感をもって先手先手と打ち出していく。そのことが2年間で約4000人の人口を増やし、都市の住み良さランキングでも常に上位に入る原動力になっているのであろう。それに呼応するように民間の団体が元気であること。今回のインタビューを通して、最近少し懐疑的に捉えていた「市民との協働」について、あらためて見直してみることができた。