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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年4月号

海外の状況

イギリスにおけるダイレクト・ペイメント制度

小川喜道

はじめに

2006年1月の議会に提出された英国保健省の白書『私たちの健康、私たちのケア、私たちの声―地域サービスの新たな方向性』1)では、これからのケアの中核としてのダイレクト・ペイメント(行政がケアの費用を直接、障害者に現金で給付)がより発展的に述べられている。たとえば、ケアを利用するうえで「なぜ、私の経歴や障害を何回も繰り返し話さなければならないのか」という意見に対し、新たな方向として異なる各種社会的ケア(デイケア、身辺介助、レスパイトケア、福祉用具取得、住宅改修など)をダイレクト・ペイメントに含めようとして、13自治体でパイロット・プロジェクトが行われている。また、ケント州では、デビット・カードでのケア支払いも試みられている。すなわち、障害のある人たちはより能動的なケアの購買者となる方向にある。

ダイレクト・ペイメントの経緯

障害者に対する経済的保障は、資産調査を伴う生活費援助(基本単価に障害に伴う上乗せ)、調査の伴わない障害生活手当などがあり、これに福祉用具支給、住宅改修やケアの直接提供がなされる。しかし、障害者は提供されるケアの受給者に甘んじるのではなく、自らの生活を管理する手段を求めてきた。その一つが、パーソナル・アシスタント(障害者自身が雇用する有料介助者)である。イギリスではそのパーソナル・アシスタントを雇用する経費を調達するために、1988年に自立生活基金が設置された。この延長線上にダイレクト・ペイメントがある2)

ダイレクト・ペイメントは、1996年成立、1997年4月に発効し、当初はいわゆる労働年齢の成人(18~64歳)を対象としていた。その後、2000年に65歳以上も対象となり、2001年には障害児をもつ親や親の介護にあたる16.17歳の若年齢層にも幅が広げられた。さらに、2003年4月より各自治体は、ケアを受ける人すべてにその選択権があることを伝えることになった。初めのインテークに限らず、ケアマネジメントの再検討会議でもその利用について確認するよう求められている。

ダイレクト・ペイメント利用者の概況

170万人ともいわれる社会的ケア受給者のうち、ダイレクト・ペイメントを利用している率は非常に低い。2004年度のコミュニティケア統計(概数)によれば、イングランドでは24,600人(うち、65歳以上7,000人)が利用している。内訳として、身体障害者19,000人(肢体不自由、聴覚障害、視覚障害、重複障害等を含む)、知的障害者3,400人、精神障害者1,600人、その他600人となっている(年次推移は図参照)3)。もともと、肢体不自由者が中心となり働きかけてきたパーソナル・アシスタントのシステムは、障害別に勝ち取るというものではなく、すべての障害者の自立概念に基づいたものである。自己決定・自己管理にサポートが必要な場合は指定人を置いたり、また、わかりやすい契約書類を用意するなどの配慮を行っているところは学ぶべき点である。

ダイレクト・ペイメントを利用者数の推移
折れ線グラフ ダイレクト・ペイメントを利用者数の推移拡大図・テキスト

ダイレクト・ペイメントの今後

ダイレクト・ペイメントという用語は金融関係で使用され、また年金支給の際にも利用されるため、混同されてしまう危険性があることは以前から指摘されていた。そこでより適切な表現が検討されている。

また、イギリスでは個人予算(Individual Budgets)という新たな制度試行を登場させ、2006年より保健省が13自治体を指定して、その先行プログラムを行っている。これは本稿の冒頭にも述べたように、将来はケアの資金だけでなく福祉用具、住宅関連の資金も投入して行おうとしているものである。また、これを発展させるツールとして「簡単な自己アセスメント表」「資金配当制度」などを導入し、高齢者も手軽に活用できる制度にしたいという狙いがある。西サセックス州の報告によれば、高齢者がパーソナル・アシスタントを雇い、施設でのレスパイトの代わりにホテルを利用するなどフレキシブルな使い方をしている。保健省の緑書『自立、幸福、選択』4)によれば、この個人予算は、障害者に対する社会的ケアの革新的な発展となると述べている。この分野における英国の施策取り組みが、長期的なビジョンに基づいていること、障害者の自立生活運動を踏まえて展開しているところが高く評価される点である。

(おがわよしみち 神奈川工科大学)

(文献)

1)Department of Health(DoH):Our health,our care,our say:a new direction for community services,2006

2)小川喜道『障害者の自立支援とパーソナル・アシスタンス、ダイレクト・ペイメント―英国障害者福祉の変革』明石書店、2005年

3)DoH:Community Care Statistics,各年度の統計

4)DoH:Independence,Wellbeing and ChoiceOur vision for the future of social care for adults in England,2005